あなたには絶対あげない
夢を通して、互いが互いを見る。
「何が来たのかと思えば、御同輩とは」
「あなたと御同輩などと言われると、嫌悪感しか感じませんね、ナイトメア」
向かい合う夢渡二人。
ナイトメアと、インキュバス。同じ夢を渡る者でありながら、人を狩るものとそうで無いものに別れた生命。
片や、道化の衣装を身に纏い、片や少年のような容貌を嫌悪にゆがませる。
「嫌悪とは……いやいや、生きる為には食わねばならない、当然の事でしょう?」
「あなた方はやりすぎると言っている」
「ともあれ、淫魔と悪夢が相容れることは無い、それはお互い判り切っている事です。長い時間の果てに」
最早互いに生きる術はそれしか知らず、それ故に互いが歩み寄ることは無い。
互いが判り合うことは無い、という共通認識。それが敵対という形で表現される。
霞の様に互いの姿が消え去る。残るのは、生きる為に殺す、純粋な生存のための闘争。
***
『ともあれ、助かってよかった』
初めに口を開いたのは、シャルルだ。その表情から、心の底からそう思っていることが容易に読み取れる。
『我々は、人に死なれるのは嫌います、それが夢を原因としたものならばなおの事です』
彼らの生態を考えればそれは妥当な所だろうと思い、陣は礼を言うに反応を留めた。
好んで波風立てても良いことは無い。
淫魔とは、要は腸内細菌のようなものだ、善玉悪玉日和見とあるが、どれも腸内の栄養を掠め取っているのに違いはない。
そんなもの、と考えれば「人体に害のある」ものに対して対策をとる事は、陣としては何も気にすることは無い。
「いえ、助かりました……それと、すみません、流石に、状況を見誤ってました」
心配するシャルルに、陣は頭を下げ、詫びる。
状況が穏やかに推移していたこともあり、「これは夢」と油断があったのも事実だからだ。
『正直、状況としては芳しくない、ともいえるでしょう。ナイトメアは確実に私の存在に気付きました』
しかし、それはこちらも同じ事、と彼は続ける。
『向こうがこちらの動きを知ろうとするなら、何かしらの異常が探知できます』
「それを追うのは?」
『簡単です、少なくとも、扉を開け続ける必要はありますが』
改めて考える。いわば、陣のやる事は特定外来の水生生物をその生息域から追い出すために、在来の生物には無害だが、外来の生物にとっては苦痛となるものを、陣の夢という媒体を使って流し込む時、それが周りに悪影響を与えないよう、水路を作るようなもの。
果たしてうまく行くのか。今更ながら、陣の心の内にわずかな不安がよぎった。
***
一息ついて、再び大通りを進みだすまで、レティシアと陣は二人とも無言だった。
「ねえ……姉さんとは、深い仲って訳じゃないのよね?」
「えぇ、少なくとも」
扉を探す最中、ふとレティシアがそういう事を聞いてきた。
「ふ……ん……」
まじまじと、改めて陣を観察する彼女に、陣は少しばかり居心地の悪さを感じる。
「えっと……?」
「あ、んーん、何も」
それでもやはり、値踏みするような視線は変わらなかった。
「……」
互いに何も言わず、しかし一足飛びに互いを守れる距離を離れず。
二人とも考える事は一つ。「気まずい」
改めて考えてみれば、陣はエルにキスされた所を双子の妹にがっつり見られている訳で、その意味で相当に気まずく、レティシアからすると、本当にどう言ったらいいか判らない気まずさを感じていた。
実のところ、レティシア自身はエルネットが陣とキスをしていた事はあまり気にしてはいないのだが。それを陣がどう思っているかは気になる所だった。
「……」
何をどう伝えたら良いか判らず、ただ黙々と扉を探す二人。
どこか空気が硬い、そう感じる中で新たな扉を発見する。
『この扉……これを潜ると、恐らくナイトメアに近い所に出るはずです』
「……なら、事は大詰めって訳ですね」
扉に感じた気配に、シャルルが警告の声を飛ばす。
一度テレビの電源に伸ばしかけた手を止め、陣がレティシアに向き直る。
「ごめん、俺は、レティシアが胸の内に抱えてるもの、まだどうにもできないかもしれない」
「……」
「それでも、何が何でもあいつだけは、ここから叩き出す。だから、手を貸してくれないか?」
あまりにも真摯な、真剣な口調。
それを聞いて、レティシアは「はぁ……」とため息を一つつくと、不意に陣の頬を引っ張った。
「むぐ……?」
「ジン、助けに来てくれたことは、心から感謝してるわ……そういう男の子、私、好きよ?その人に想い人が居ても」
「むぐ?」
にっこりと微笑み、エルネットそっくりの笑顔で
「けど、私の葛藤は私だけのもの、あなたには絶対あげない」
笑う様に、そういった。
「姉さんが好き、けど許せない。矛盾してるのは私が一番判ってるわ、だからこの気持ちは絶対誰にもあげない……私が、私として決着付けなきゃダメなの」
「ひゃい……」
頬を引っ張られたまま答える陣の姿に笑いをこらえながら、レティシアが頬を離す。
「だから、気負うのはやめて。ナイトメアの方に集中しましょう?」
「……はい」
ひりひりとする頬を撫でながら、夢の中なのに痛みがあるとはどーいう事だとシャルルを問い詰めてやろうか、と思っている陣だった。
***
大きく息を吸う、吐く。
心を落ち着けて、大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「行きます」
「うん」
発見したテレビの電源を入れる。
魔力が渦となって画面に現れ、陣とレティシアは、そこに飛び込んだ。