単純馬鹿
猛烈な暴風が吹き荒れ、巨岩が砲弾の様に飛ぶ。
それらを射抜き、放たれた矢が文字通りの矢嵐となる。
「災厄の魔女を肯定するような、アンタみたいな弱い所があるから!!」
「アンタみたいに!姉さんを切り捨てる事でようやく心の安寧を保てるような弱い所なんて!」
銀髪のレティシアに近づこうとする帝国兵達を、陣が食い止める。
逆に陣が赤髪のレティシアを取り押さえようとすると、どこからともなく帝国兵達が現れて陣を足止めする。
強烈な魔術と、それに匹敵するような弓術で争う二人。
その構図は、陣にも見えている。
同じ心の右と左。
優しい姉を認めて信じたい心と
災厄の元凶で、全てを奪った姉を許したくない心。
まるで同じコインの裏と表の様に、互いの存在を知ったとしても、ぶつかり合う事など無いはずだった。
背中合わせの想いは、結局のところ互いに向き合ってしまった。
そうなってしまった以上、互いの選択は、どちらかの滅びしかない。
心の内からも姉を排除し、完全な敵と認識するようにするか。
姉を信じて、受け入れ……持ちきれない過去に押しつぶされるか。
「「アンタは!私の中から!」」
強大な火球が生まれ、それを撃たせまいと渾身の力を込めて弓が引かれる。
「「消えろ!!」」
必殺の一撃が放たれたのは同時。
しかして、そのどちらも、相手を捉える事は無かった。
***
着弾の爆発と、猛烈な爆風が互いを飲み込んだ。
二人が見たのは、そこで何かが倒れる姿。
これがアイツの最期だと、二人は確信し……
すぐに、煙の向こうに自分自身の顔を見て愕然とする。
そうなれば、倒れたのは……。
二人分の視線が向いた先で。
左胸から矢を生やし、右半身を消し炭にされた陣が、どさりと倒れた。
『じ、ジンさん!なんたる無茶を!!』
一番に動いたのは、シャルルだ。常に状況を俯瞰していた彼は陣が行おうとしていた事も見ていた。そしてそれを止める事が出来なかった。
咄嗟に陣の周りの夢を支配し、陣の「拡散」を防ぐ。まだ死んでは居ない、しかし危険だ。
死ぬ夢、など実は珍しくもない。しかし今は状況が違いすぎる。
ここで陣が死ぬことは、ここに流している陣の意識の一部までもがレティシアのものとして、夢の中に拡散し、取り込まれる事を意味してしまう。
これをする事で、ナイトメアはシャルルの存在に気付くだろう。だったら、こそこそ逃げ隠れはもうやめだ、とばかりにシャルルが夢の中に姿を現す。
唐突な乱入者に混乱するレティシア、赤髪の方はすぐに我を取り戻すと、空間に溶けるように消えていった。
「ふたりは……?」
『喋らないで、現状あなたが一番の重傷です』
どうにかしようとするも、インキュバスには他人の治癒など出来ようはずがない。
レティシアの方は茫然自失という言葉そのものを表しているかのように、ただ愕然としている。
(再構築だけでも……!)
それでも、夢を渡る者として、彼を殺したくはなかった。
出来る限りの手を尽くして、足掻くその姿の後ろから、すっと純白の杖が伸びた。
「生命の精霊たち、お願い」
優しく響く声に、レティシアがはっとした表情で顔を上げる。
陣に宿る生命の精霊たちが、陣の体を癒し、治していく。
再生、癒しの魔術の中で高位に属し、引きちぎれた腕であっても繋ぎなおしてしまう、魔術。
「……」
その術をかける彼女の姿を見て、レティシアは喉から絞り出すような声を発した。
「……姉さん? 」
「うん、レティシア」
陣の受けた傷が癒えていく。
その魔術を維持しながら、エルネットが、いつも通りの口調で答えた。
***
『どうして……夢渡でなければ夢を渡る事は……』
「できない、けど、例外はある」
夢を渡る者が生きてはいない事、互いが互いを深く知っている事。
最も判りやすい例は、双子。
それを思い出したシャルルが、息をのむ。
「無論、かなり無茶はしてる……私は、ジンの精神に間借りしてる、私を目覚めさせる為の私を強引に転写した存在」
言いながら、陣を見る。
「ジン、無茶、しすぎ……」
怒ってる、その目の輝きを見て、陣はそう感じた。
「これは、夢であって夢じゃない、再生も、何度も使えるような魔術じゃない」
だから、奇跡はこれが最初で最後、と言葉を結ぶ。
体が癒え、立ち上がる陣を見て、エルネットが軽く頷く。
「忘れないで、レティシアを、助けて」
「うん、必ず」
じっと見つめ合い、言葉を紡ぐ。
彼なら必ずそれを出来る、と信じて。
彼女に頼まれた以上、必ず成功させる、と誓って。
「……約束」
そう言って
彼女は一息に彼との距離を詰め
「ん……」
目を閉じ、彼の唇にキスをする。
これは、夢。
彼女が言った言葉がよみがえる。
だから、あなたは勝てるよ。
白杖の魔女が、保証する。
唇が触れるだけの、軽いキス。
少しだけ顔が離れた時、赤く照れた彼女の表情は、マナとなって消え去った。
傷は癒え、痛みは消え去った。
死にかけて居たとは思えないほどに、陣の体に力が満ちる。
「単純な」と冷たく嘲笑う自分の心がある。
それを笑い飛ばす。 あぁ単純だ、だからどうした。
「単純馬鹿さ、死んで直るもんじゃない」
改めて、自分に言い聞かせるように口に出す。
死にかけて、ダメかもと諦めていたのに、好きな女の子にキスされて、応援されただけで立ち直る。
それを単純と言わずなんという、それだけで、まず彼女を助ける事に全力を尽くそう、と思う姿を馬鹿と言わずになんという。
それが、双牙陣だ、文句があるか。
陣の体には、傷跡の一つすら残されていなかった。