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レティシアとレティシア

 シャルルの説明によると、夢というのは年輪の様に層になっていて、奥に行くほど心へと変わっていくらしい。

 10歳ほどの姿のレティシアと連れ立って、陣は夢の奥へと続く扉を潜る。

 扉を潜った途端、世界が変わった。

 南街よりも多くの人が溢れる大きな町らしき場所に、種々様々な種族がごった返している。


「ここは……?」

「精霊の都」


 ふわり、と髪を揺らして彼女が振り返る。


「大陸東方の海岸から、ずっと西、地竜山脈を超えて中原まで行った所にある、街」

『おそらく、レティシアさんの心へと変わっていく場所が近いのでしょう、そういう所は、大抵大きな街を模す事があります』


 シャルルの「囁き」が聞こえる。

 ハブとなる部分は大都市、というのは経済が存在する以上の共通項となるのだろう。

 これまでよりも心に少し近い所……それは、ナイトメアの干渉がこれまでよりも強くなる所でもある。

 街自体は、レティシアが聞いた話や、もしかしたら行った事のある記憶から作られているのだろう。

 扉があっても入れなかったり、通路の先がぼやけて居たり、という事が多々ある。

 それでも、こういう大きな街がまだある。陣の知らない場所が、この世界にまだまだある訳だ。


「そっか……まだ、ここには見た事のない場所が沢山あるんだ」

「……」


 そう呟く陣を、レティシアの大きな瞳がじっと見つめる。


「あ、えっと……なにか?」

「ん、男の子な顔も、するんだなって」


 好奇心、それを指摘されて陣は少し気恥ずかしそうに頭を掻く。


「それは……恥ずかしいな」

「恥ずかしがるような事は無いでしょ?知らない事にわくわくするって、そんなに恥ずかしい事?」

「……いや、それは悪くないけど」

「良い悪いじゃない、そういう思いに蓋をして、全部訳知り顔で能面を貫く方が悪いし、変だと思う」


 見た目10歳程度の女の子に言われて、陣は返答に詰まる。

 感情を表に出さず、年齢にそぐわずに泰然自若としている事こそを普通だと言われ続けて、そこから解放されたがっていた何かが、鉄板にもにた何かで覆われた部分を、突き上げた気がした。


「少し、着替えるから、ここで待ってて」


 とある店の前……看板からして服屋か何かだろう……の前まで来た時、レティシアはそう言って店の中に入っていった。

 改めて周りを見ると、色々な人が歩いている。

 重厚な金属鎧に身を包み、身の丈程の盾を片手で軽々と持つ牡牛の頭をした者、人に近い体つきで体毛も薄い、肌もあらわな軽装に身を包んだ猫耳と尻尾を持つ者、直立した犬……あれは北街で戦った犬頭と呼ばれる種族と同一のものだろうか。


「ミノス、デュアラビア、最後にあなたが見てたのがコボルド」


 背後からレティシアの声が聞こえる。

 振り返り、直前までの癖で少し視線を下げると、ささやかではあるがしっかりと女性であると主張する胸のふくらみが視界に飛び込んできた。

 慌てて視線を上げる、目の前には、陣と同じくらいの背格好になった、レティシアの姿があった。


「この町のほとんどは、亜人、女神教では悪魔の類の様に扱われてるけど、心は、皆同じよ」


 先ほどまでの丈の大きなローブ姿ではなく、ロングのシャツとホットパンツを組み合わせたようなインナーに、左胸と左腕、腰と両足をカバーする軽鎧を身に付けた、一見するとアーチャーのような出で立ちのレティシアに、陣は一瞬見とれる。

 エルネットのような、お嬢様然とした魔法使い風ではなく、活発さを前面にだしたような動きやすい格好は、必然的に彼女のスタイルを強調し、すらりとした生足は、太腿の中ほどから脛までむき出しになっている。

 銀髪は後頭部で纏めてポニーテールにしており、それが彼女の活発さをより強く表現しているように思えた。


「お待たせ、行きましょう?」


 先に歩き始めるレティシアを追って、陣も再び歩を進める。

 が、数歩と進まない内に歩みを止めた。

 視線の先を追うと、そこには、表情のはっきりとしない帝国兵の一部隊が陣取っており、その先頭には、レティシアが居た。


「……やっぱり、来たの」

「当たり前でしょ、私はアンタを認めない」


 長弓を引き、眦を釣り上げるレティシアが、鋭く声を出す。


「故郷を焼かせ、家族を引き裂かせ、災厄をまき散らす災厄の子を、私は姉とは認めない」

「スグリを採りに行ったときも、川で遊んだときも、初めて大角牛を狩った時も、姉さんに付いてきてもらったでしょう」

「子供の頃の思い出で、ゆるがせられると思った?生憎と、私はアンタと違って大人なの」


 瞳に燃えるのは、嫌悪と憎悪。

 何かに煽られるように、弓を構えたレティシアの姿が変わる。

 長い銀髪は、赤い銀に燃え上がり、放たれる矢に、容赦の二文字は無い。


「どんなに過去と決別したくても!アンタが居る限り過去は私の未来に影を落とし続ける!」


 赤髪のレティシアが矢を放つ、それに呼応するように、「敵」……帝国兵たちの幻影が襲い掛かってきた。

 見てくれは弓手のような銀髪のレティシアは、帝国兵の剣技から逃れるほどの技量はない。

 彼女は死ぬ。



 そこに飛び込んでくる、異世界の青年がいなければ。


***


 レティシアの夢の深部に近づいている以上、思うような活躍など出来るはずもない。

 そんな事は陣は気づいていたし、そもそもこれまでだって思うような活躍などできては来なかった。

 ボロボロにやられて、何度も負けて。

 それでも、逆転の一手を掴もうと足掻いてきた。


「何があったかは、想像つくし、言いたくない事を聞こうとは思わない」


 弓を構えたまま、帝国兵達を吹き飛ばす陣を見た赤髪のレティシアの目が、驚愕に見開かれる。

 その隙に、銀髪のレティシアが、杖を取り出す。彼女の身長を超える、白銀の杖。

 それを見た赤髪のレティシアの表情が怒りに染まる。


「アンタは……そうやって私をコケにして!!」


 文字通り矢継はやと放たれる矢は、魔力によって生み出された風の盾に吹き散らされる。

 風の盾を超えて、その主を取り押さえられる帝国兵たちは、たった一人の青年に足止めを喰らっている。

 正確に風の渦の中心を狙っての連射、足止めを喰らった最初の一本に、残り2本が当たって押し出す。

 強烈な風に引き寄せられるように、風の盾を抜けた1本が銀髪のレティシアに襲い掛かった。


「人を過去だの影だの言って、いつまでもそれにこだわってるアンタはなんなの!」


 土の壁が持ち上がり、矢を受け止める。仕返しとばかりに放たれる岩石の弾丸。

 連続した轟音が、回避行動をとる赤髪のレティシアを追い詰めていく。

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