表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/136

夢の中の少女

 誰もが、夢の中まで己を隠そうとはしない。

 夢に住まう者にとって、それは当然のことだ。

 夢の中では、心の内側では、外向けの意識を維持し続けている者はそういない。


 特に、誰かを、何かを想う心は強く強く、現れる。


「さて、どう動きますかね」


 既に夢の領域把握は済んでいる。ナイトメアを捉える事は出来ない。



 ……今は、まだ。


***


 これは夢。


 そんな事は判っている。


 だから、この流れ出る血も、燃え盛る炎も、全て夢。


 判っている。


 ……本当に?


 ……。


***


 燃える森の中を、陣が進む。

 多くのエルンが焼かれ、捕らえられ、殺される。

 これは夢、最早手出しのしようもない過去の出来事。

 そう判っていても、陣の握る手には力がこもる。

 エルン達は老いも若きも人買いの集団に挑み、戦い……そして誰もが勝てなかった。

 皆誇り高く勇敢な守り手であるが故に、卑劣な罠に、人質を使った姦計に、抗いきる事ができなかったのだ。


 陣が進む夢は少なくとも、レティシアがそう信じているからこそ、それが真実として記憶されていた。

 事実は、老人たちの自業自得であり、他の者たちはそれに巻き込まれただけだったとしても、レティシアがそれを知る術は無い以上、伝え聞いた話のみが、彼女の中での真実となってしまっている。

 無論、陣もそれは知らない。


「何があったとしても表面だけで捉えるな、か……」


 呟く陣の言葉を聞くものは誰も居ない。

 不意に、陣の背筋を「嫌な予感」が走った。

 咄嗟に飛び退いた地面に突き刺さる、幾本もの矢。

 こちらを狙い、弓を構えるエルン達と、こちらに向かって走りながら、剣を抜こうとするヒュムネ達。

 どうあってもこれは夢の1シーンという訳ではないだろう。

 となれば


『ジンさん、ナイトメアの末端です』

「どうすれば?」


 混乱していられるような余裕のある状況ではない、とりあえず対応を訪ねながら、放たれた矢を避ける。


『あれらは言わば使い魔のような物、叩き潰せば問題ありません』


 シャルルの言葉に頷くが、陣はまだ自分が丸腰だという事を思い出した。

 さてどうしたものか、と考えるが、いい考えなどそう直ぐに浮かぶはずもない。


『落ち着いてください、ここはレティシアさんの夢でありますが、同時にあなたの夢でもあります』


 続くシャルルの言葉に背を押されるように、陣は自分の手の中に武器があると信じる。

 次の瞬間、目の前に迫ったごろつき風の男を、陣の手にするハルバードが一撃のもとに切り捨てた。


「なーるほど、こういう事か」


 血は流れず、文字通り霧散するごろつきの姿に小さくつぶやく。

 息つく暇もなく放たれる矢をかわすため、前へと飛び込むように前転、両足が地面についたとき、目の前にはまさに次の矢を構えようとするエルンの弓手。


「ふっ!!」


 躊躇はしない、ただ正面の敵を貫く。

 最短の距離を走る刃が、弓手の胸を貫く。霧散する弓手の表情はない。

 薙ぎ払う刃に引き裂かれ、それらは一挙に姿を消した。


「……悪夢、とはよく言ったもの、かな」


 姿を消した「敵」が再び何処からともなく現れる、倍以上の数を持って。


『気を付けてください、夢の中とて、傷を受け続ければ死ぬのは変わりません』

「……リアルな夢なんて嫌いだ」


 シャルルの言葉に陣は少し辟易した表情を浮かべ……状況の不利をどうするか、と考える。

 放たれる矢が文字通り矢の雨を作り出している現状、遮蔽物から顔一つ出す事はできない。

 その辺りの木の棒に落ちていた兜を乗せて、軽く遮蔽から出してみるだけで、凄まじい速さと鋭さを持った矢が、それを吹き飛ばした。

 

「うへぇ……」


 先ほどから矢ばかりで、魔術が飛んでこないのは何か理由があるのだろうか。

 兜を失った枝を放り投げて、ふとそれを思い立つ。

 エルンの森で、エレメントスペルの使い手が居ない訳がない。

 温存しているのか、それとも……


 考えあぐねていると、視界の端を小さな影が走った。


 長い尾のようにたなびく銀、それが銀糸のように細い髪だと気づくのに、陣は数瞬の時間を要した。

 精霊たちが彼女に集まる、それはどちらかというと寄り添い、共に一方向に力を向けているようにも見え……


ウィンディア(風精霊)、お願い」


 鈴が鳴るような声で呟く、恐らくそれが彼女の()()

 放たれたのは、暴風の砲弾、と表現するのが一番近いだろうか。

 「敵」のど真ん中に着弾すると、猛烈な暴風が竜巻のように吹き上がり、周囲一帯を飲み込んだ。

 あとに残るのは、強烈な破壊の跡。その前に立つ、「幼い」と言える見た目の女の子。


「……大丈夫?」


 振り向くと、レティシアの面影を持つ女の子が、囁くように尋ねた。


***


 女の子の案内を受けて、陣は夢の扉へと歩を進める。

 夢によって作られた人物が、ここが夢だと把握していることは少ない。にも拘わらず、女の子はここを夢だと知っていて、夢の扉の存在も理解していた。


「ねぇ、君は……」


 黙々と歩を進める彼女に、陣は何気なく声をかける。


「私は……レティシア」


 足を止め、くるり、と振り返って陣に向き直ると、彼女はそういった。


「レティシア・アーセニック……お姉ちゃんを、探してる」

「お姉さんを?」


 うん、と一つ頷き続ける。


「双子の、お姉ちゃん……エルネット・アーセニック」


 大きな、真っ直ぐな瞳が、陣を捉えた。


「それって……」

「……そこだよ、夢の扉」


 すっと杖を向けると、その先にテレビが浮かび上がった。


「隠されてた、けど、隠し方が雑」


 半分呆れたように、口の中で何事か続けていた。

 陣はそれをうまく聞き取れなかったが「さすがわたし」と続けていたようだ。


「……故郷を離れてから……」


 誰に言うでもなく、レティシアがつぶやく。


「私は、魔術は好きじゃなくなった……私にとって、魔術はお姉ちゃんのとても綺麗なエレメントスペルの事だから」


 話しながら、慣れた手つきでテレビの電源を入れる。


「だから、弓を鍛えたの……魔術は、どうしても思い出してしまうから」


 彼女が何なのか、陣はまだ判らずにいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ