夢と乙女と
<ニュース速報>
<羽田発ホノルル行き334便、太平洋上で消息不明>
無機質なテロップが芸人の内輪ネタを垂れ流すテレビの画面に流れた。
それを見た時、陣は何が起こったのか脳が理解を拒否しているのを理解した。
***
それから数日の間、ワイドショーやニュースはその話題で持ちきりだった。
事故説、陰謀説、様々な数の適当な憶測が無責任に垂れ流しにされ、そのまま流されていった。
***
さらに数日が過ぎると、人々はそれに飽きた。
話題は、芸能人のスキャンダルや偏っていることを隠す気もない政治叩きに戻り、誰もが行方不明の飛行機の事など、覚えても居なかった。
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捜索が打ち切られた事を、どこか他人事のように知った
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陣は不意に自分が夢を見ていることに気づいた。とてもリアルな感触があり、手の甲を抓ってみれば痛い位にはリアルな夢。けれど、自分が夢を見ていると判る夢。
夢のお題が思い出したくもない時の事だからだろうか、とやはりどこか他人事のように考える。
「陣……」
すぐ隣で、声がした。
声の方を振り向くと、白銀の髪を揺らす、中途に尖った耳をした少女が、タオルケットで前を隠しただけの格好で、不安そうに陣の腕を掴んでいる。
そうだ、捜索打ち切りのニュースを見て、心配した彼女が家にやってきて……
自分の中の不安や悲しみを誤魔化すように、そのまま……
陣は何も言わずに、彼女の肩に手を添え……
「あ……」
そのまま、彼女をベッドに押し倒した。
***
「……まずいですね」
夢の外側、入り込んで陣を連れ出そうとしたシャルルは、夢が硬くガードされている事に気が付いた。
どうやら一足先に、ナイトメアの方が手を打ってきたらしい、まずはこの壁を崩さない事にはシャルルが陣を誘導することは出来ない。
何より、陣が夢に飲まれかけている。
ナイトメアの夢に飲まれる前に、陣の自我を確立させなければ……しかしどうやって……?
思案に暮れるシャルルの視界の片隅を、青緑色の閃光が駆け抜けた。
***
押し倒された白銀の髪の少女は、何も言わず、ただ、受け入れるように目を閉じた。
手と手、胸と胸が重なり合うのを感じながら、陣も彼女にキスする為に目を閉じて……。
「えい」
ぽかり。
我を取り戻させるかのように杖で叩かれた。
痛みに思わず顔を上げる。
果たして視界の中には、亜麻色の髪をした少女が立っていた。彼女を特徴づけるのは、その前腕と腿に生えた、青みが強い青緑の鱗、同じ色の鱗に覆われた尻尾と、側頭部に小さいながら存在感を示している、角。
身に付けているのがバスタオル一枚で、溢れそうなほど大きな胸が谷間を作っているのに、陣は目を引き寄せられた。
「……えっち」
少し、恥じらう様に彼女が言う。すぐに、虚空を見上げると
「シャルル、少し力を緩めて、夢が影響されすぎて淫夢になりかけてる」
『わ、判りました……けれど、アクイラさん?どうやってここに……?』
「ジンくんの中にも、わたしのイメージはある、それを媒体にしてる」
『な、なるほど……古代精霊魔術にそんなようなのがありましたね』
「……リーンヴルムのやつ、後でしばく」
そりゃねぇよお嬢!?とどこからか悲鳴が聞こえた気がした。
「ま、こーいうイメージがあるって事は……良いけど、ね」
女の子には隠しておきたい男子高校生のシークレットをバラされた気がして、陣は素直に気恥ずかしかった。
アクイラの方も、思い出してする位は良い、と言ったのは彼女自身であるがゆえに文句は言えないのだろう。
「……それで、いつまでヒロイン演じてる、つもり?……白杖の魔女」
アクイラの言葉に、陣はえ、とばかりに先ほど押し倒していた少女に視線を向ける。
彼女は、なにかを誤魔化すかのように照れ笑いを浮かべて
「久しぶり、かな?それとも、さっきぶり?……どっちにしても、やっと、気づいてくれたね、ジン」
陣の腕の中で、エルが微笑んだ。
***
「ところで……いい加減恥ずかしい、から……服、着せてほしいな?」
「いや着替え位は自分で……」
「ジン、忘れてるかもだけど、ここ、ジンの夢の中……陣が思ったことが、そのまま形になるけど、私たちはそれに従属するしかできないの」
じゃあ、ついうっかりでも裸が見たい、とか思ったらそうなる訳か……と陣は考える。
けどそうなら、見て見たいかも。
「「きゃぁっ!?」」
不意に上がる二人分の悲鳴。
陣が声の方を見ると、先ほどまで二人で話していたアクイラとエルが、胸と股間を手で隠し、真っ赤になって悲鳴を上げていた。
「うわっ!?」
「ジ、ジンくん……無心になって!後なんか着せて!」
「よ、余計な事考えちゃだめ、だよ?普段の私たちの格好だけ、考えて!」
「は、はい!」
集中。今度は、エルとアクイラの普段通り衣装になった。
ほっとしたが、内心、残念とも思っていると、エルが耳元に口を近づけ……。
「また夢の中で……できる、よ?」
そんな事を呟いた。
「……何言ってるの?白杖の魔女……それと、なんであなたがここに?」
「ん、私もリード、したい……それと、私がここにいる理由だけど……」
ジト目で尋ねるアクイラに対し、大真面目にエルが続ける。
「私は、いざという時に私の心を呼び覚ますために構築された、外からの刺激」
***
自分が助かる事は十分計算に入れていた。しかし、どうなるかは予測の範囲を出なかった。
何らかの問題が発生する事も、可能性として十分にあり得た。
もし、自分の記憶が無くなった状態で、誰かと一緒に旅をする、となった時……陣と接触する事で記憶が戻り始めるよう、エルは陣の中に仕掛けを残していた。
「だから、私はエルネットを限りなく正確にトレースしているけれど、白杖の魔女ではない……彼女は、まだ、心の奥底で眠っている」
そういうエルは、少し悲し気に微笑んでいた。
「ごめんね、ジン……だから、本当に再会できるまでは……時間、かかる」
そんな事……と言おうとしたが、開こうとした口は、彼女の指一本で止められた。
「だから、私が目覚めるまでは……夢の中で今迄みたいに、可愛がって……ね?」
「……ジンくん、スケベ」
なぜかアクイラがふくれっ面で拗ね始め、自分の体に何か細工を始める。
『すごい……二人掛りとはいえ、まさかこれほど早く彼の意識を確立するとは……』
事の成り行きを見守っていたシャルルがつぶやく。
ともあれ、急いで目的を達成しよう、という陣の言葉に。
二人の魔女は、力強く頷いた。