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女神、神官、夢渡


***


 空高く輝く天弓の鏃は、夜を告げる最初の星だ。

 レティは子供の頃父からそれを聞き、天弓の鏃が昇る頃には家路についていた。


「レティ……」

「……いいの、今は……帰りたく……ないから」


 初めて、彼の腕に身を預けて、レティは微笑んだ。


***


 ナイトメア、夢に住み着き、人を殺す魔。

 それ自体は決して強くはないが、それを殺すためには多大な犠牲を必要とする悪魔。

 それが、レティに入り込んだ異形の正体。

 それを殺す方法は唯一つ、レティを殺す事でナイトメアを同時に殺す事。


「良いじゃありませんか、最小の犠牲で目的が達成できます」


 しれっと言うリアラの言葉に、全員の視線が刺さる。


「な、なんですか!私は何も間違ったことは!」

「いや初めから終わりまで余す所なく間違ってるから」

「それに、目的を間違えてるわよ?リアラ」


 あくまでも、レティシアさんを救う事が目的でしょ、とユーリルが窘める。

 それを聞いたリアラは、不思議そうに小首をかしげ


「だから、汚らわしいエルムの姉を持つエルンという穢れ切った生から救っているではありませんか?」

「おし、リアラ、少しばかり俺と外回りしてこようか」


 いい加減陣達からの視線が痛い程度では済まなくなってきたことを感じて、将司がリアラを連れてその場を離れる。

 ドアが閉まるなり、「すまない」と帝国の紅旗、アルフが頭を下げた。


「リアラも決して悪い子じゃないの、ただ、心のよりどころをその根拠から否定されて、どうしようもないから意固地に、盲目的になってるだけなの」


 同じく頭をさげて、ユーリルがいう。

 状況を説明したのは失敗だったか、と陣が少し遠い目をしていた。


「……それはそれ、として……現実的な話を、しよう?」


 三角帽子を被ったままのアクイラが、話を続けることを促した。


***


「なぁ、リアラ……さっきのはいくらなんでもどうかと思うぞ?」

「マサシ様まで私が悪いというのですか!?」


 一方、その場から離れたリアラと将司は、宿から少し離れた公園の一部でやりあっていた。


「女神さんの言葉は聞いてたんだろ?直ぐに変えられるとは誰も思ってないからさ……」

「冷静に考えれば、あれが女神様である、という保証も確証もありません、悪鬼の類が女神様を騙り私を堕落させようとしていると、十分考えらえるのです」


 危うく、堕落し、信仰を失う所でした、とリアラは帝国派の神官が持つタリスマンを掲げて祈る。


「だからさ、それが間違ってるんだ、帝国の女神教の教えは、帝国が周辺を侵略し、異種族を奴隷化する為の言い訳に……」

「そんな事はありません!女神の教えは一つであり!何よりも正しく信じられるべきものなのです!マサシ様こそどうなさったのですか!まるで異教の輩のような事を!」


 将司の言葉を遮って、リアラが叫びに近い声を上げる。


「俺は最初から、その異教の輩だよ?いや、もっと酷いかも知れないね」


 それを受けて、将司は静かに言う。


「俺は、双牙もそうだけど……今まで、いや、今でも、神様なんて信じちゃいないんだから」


 そう、将司も陣も、神は信じてはいない。

 彼らにとって、神は「在るモノ」だから。

 信じ、頼って、縋る超常の存在ではなく、不可思議な、そこにあるモノ、だから。


「……なにを?」

「俺は俺の生きる道を神様なんかに決めさせない、それが神の決めた事だと立ちはだかるなら、殺してでも自分の路を自分で行く」

「女神様に召喚された勇者であるあなたが、女神様に反旗を翻すというのですか!?」


 今度こそ、怒りのこもった言葉に、将司はやはり首を横に振る。


「反旗も何も、向こうがこっちにちょっかい掛けてこなければ俺も向こうをどうこうしようとはしないよ」

「……なんたる傲慢……あなたは、女神様と対等のつもりなのですか!?」


 腰に下げた片手槌を抜き、将司に突き付ける。


「……たとえそんな傲慢な言葉でも、真摯に罪を認め、過ちを悔いるならば女神様は許してくださいます、懺悔なさい」

「何を?俺は悔いる様な事は言っていないし、過ちを犯しても居ない……なんの罪もない者を気分で攻撃しても良いなんて、帝国の信じる女神というのは、俺を召喚した女神さんとは違うようだね」

「減らず口を!」


 勢いよく振り上げられた片手槌が、将司に襲い掛かる。

 しかしそれは将司に届くことは無く、分厚い魔力の壁に阻まれた。


『ま、間に合いました……』


 脳に響くような、耳元で囁かれるような不思議な声が、将司とリアラに届いた。


『……神官リアラ、勇者マサシの言っていることは間違ってはいません』

「めがみ、さま?なぜですか……なぜ、私の信仰が間違っていないと仰ってくださらないのですか!?」


 光が広がり、あたりが真っ白に覆いつくされる。

 その光の中に、将司とリアラが立っており、対面に立つように、女神リアラが居た。


『先日言った通り、帝国の教えは、もはや私の教えとは離れているからです……早晩、帝国の教えを元とした、新たな女神が生まれる事となるでしょう』

「何を仰るのですか!?この世界に正しき神とはあなた様お一人の筈!」

『それは違います、神官リアラ……私は……いえ、この世界における神とは「世界を構成する一要素」に過ぎないのです、一人である必要はなく、変わらない必要もないのです』


 光の中で、女神リアラが寂しそうに微笑んだ。


***


 公園で神と人の邂逅があった頃……リアラが飛び出していった後の部屋で、もう一つの動きが起こっていた。


「よぅ、待たせたな」

「神官ウルリック、何か情報が?」


 遅れて部屋に入ってきたウルリックは、ギムリットの言葉に複雑そうな顔をした。


「あぁ……あるっちゃあるが……正直俺も話半分としか思えない程度の事なんだ」

『だとしてもよ、今はどんな情報でも欲しいぜ、ウルリックの旦那』


 リーンヴルムの言葉に、しょーがないか、とウルリックは腹を決める。


「様子からして、ナイトメアがどんな物かは情報が集まった、って前提で話すぞ?」

「あぁ、そのほうがこちらとしても助かる」


 ギムリットの言葉に、ウルリックが頷く。


「連中を殺すには、取り付かれた奴ごと殺すしかない、しかもかすり傷一つ負わずにな……けれど、そうでないやり方でナイトメアを仕留めた例があるにはある」


 全員が気色ばむ。「それは!?」とニールが身を乗り出した。


「まぁ落ち着いて聞いてくれ……要するに、実体のない存在をこっちに顕現してる間に倒さなきゃいけないから無理が掛かるんだ。夢に取り付いたナイトメアをひっぺがせば、ナイトメア自体はただの雑魚だ」

「……そんな都合のいいやり方がないから、皆頭抱えてるんじゃない」

「夢渡り」


 ウルリックが言った言葉に、ニールがぴくりと反応し、アクイラが目を細め、なぜか、レネットが動きを止めた。


「何かと思えば……神官ウルリック、それはただの伝説で……」

「だと思うだろう?俺もそう考えてた……、が、時代の中で呼ばれ方が変わっただけだったんだ」


 言いかけたアルフが、口を閉ざす。


「そいつらが夢渡りなんて呼ばれてたのは、それこそ神話の中の世界の頃、今はこう呼ばれている」


 前置きしてウルリックが告げたその正体は


「サッキュバス」

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