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悪夢来たりて

 それがなぜそこに居るのか、いつから居るのか。

 そんな事は、それにとってどうでも良かった。

 重要なのは、そこに居る限り誰もがそれに手を出せない事。


 そして、それこそが、それが強い所以であった。


 獲物が、それの罠に手を伸ばす。


 それはにやりと笑みを浮かべた。



***


『おい、相棒』

「なに?リーンヴルム」


 レティとリーンヴルムは街中をぶらつきながら消耗品の補給中だった。

 不意に、レティの肩の上でリーンヴルムが警戒した声を出す。


『後ろ、つけてきてるな』

「うん」


 弓手としての感覚が、徐々に近づいている気配を感じてはいた。

 しかしてどうするか、そこで少し悩む。


「……誘いこむわ、リーンヴルム」

『……油断すんなよ?なにか嫌な予感がするぜ……』


 警戒していないそぶりを見せながら、人の少ない路地へと入り込む。

 追跡者が少し速度を上げて追いすがってくる気配を感じて、リーンブルムが物陰に潜む。

 路地に入り込んだ追跡者が見たものは


「動かないで、あなたが動くよりも、私が射抜く方が速い」


 暗殺用の小型弓を構えた、レティの姿。

 だがそれでいい、射殺されようと関係ない。

 それは懐からナイフを取り出すと


 にやりと嘲笑って、自らの胸にその刃を突き立てた。


「なっ!?」


 狼狽、その隙を見逃す襲撃者ではない。最期の力を振り絞って血の付いたナイフをレティに投げつける。

 投擲されたナイフは、レティの腕を掠めるに終わり、乾いた音を立てて地面に落ちた。


『おいレティ、無事か!?』

「大丈夫、けど、なんだったんだろう……」


 まるで不意に刺されて死んだかのような表情をした襲撃者の死体。

 その不一致に、レティは若干の疑問を抱いた。


***


 その夜、レティは夢を見た。

 幼い頃の、まだ家族が皆揃っていた頃の夢。

 ヒュムネの町との交渉役であった父は、変わったものをたくさん持っていた。

 それがどんな物か、考えたり、答え合わせをしたり……そんな事がとても楽しかった。


「懐かしいな……」


 やがて夢は閉じていく。

 その陰で、それはにやりと笑みを浮かべた。


***


 3日間、レティは深く眠ったまま、起きてこなかった。


『……っかしーな……確かに相棒、多少寝起きはわりぃが、ここまで寝る奴でも無いんだが』


 流石におかしいと思った一同が、レティの様子を確認するが、レティ自身はすやすやと眠っているようにしか見えない。


「……魔術を行使された気配は、ない、よ」

「ただ疲れてるだけ……って気配じゃないよね」


 魔術的なサーチを行っていたアクイラが、魔術を切ってため息交じりに言う。

 毒の類を調べていたニールも首を横に振った。


『気になる……と言えば命を司る精霊が元気ねぇ位か……けど、あいつら基本的に言葉通じねぇからなぁ』


 リーンヴルムのぼやきに、陣が右目を隠して左目だけでレティを見る。

 リーンヴルムの言う、生命の精霊というのはどれか判らなかったが、アクイラやニールに比べて、レティの体を覆うオーラのようなものが弱々しい、恐らくこれだろうと陣は当たりを付ける。


「なぁ、その命を司る精霊ってのを、回復させることはできないのか?」

『無理だな、よっぽど相性のいい奴でもなきゃ……アイツら、ひょろい癖に喧嘩っ早い』


 とにかく、現状成す術がないという事が判った。

 放っておくわけにもいかず、陣達は似たような状況、症状を調べにかかる。

 本は調の字が付く貴重品……という訳ではないが高級品だった。

 教会勤めの知人という伝手を使えるウルリックは教会を中心に、そんな症状を引き起こす病を調べ

 ほかの面子は医者や知識人への聞き込みを中心として情報収集を行うことにした。


「眠り茸……は街中に生えてる訳もなし、ましてエルンがンなもん食うか」

「眠りの精霊……そう言やそっちはどうなんだろうな、後でジンか竜助に聞いてみるか」


 教会の奥、一部の者にしか解放されていない図書館で、ウルリックは病状や、エレメントスペルの効果による長期間の睡眠について蔵書を漁っていた。


「なぁ、ウルリックよぉ」

「あン?」


 ウルリックの隣で「監視」の名目を得てサボっていた古なじみが、ふと思い出したように言う。


「そのエルンの嬢ちゃんに関係あるかどうかは判らないが……被害者が眠ったままってんなら、確か似たような事件があったと思うぜ?」

「薬とかそういう類じゃねぇぞ?」


 向き直るウルリックの姿に、彼は肩をすくめる。


「まぁ、眉唾って意味じゃあんまり変わらねぇと思うが……」

「今は精度よりも量が欲しい、聞かせてくれるか?」


 おう、と立ち上がると、彼は古びた綴りを持ってくる。


「……夢魔(ナイトメア)?」

「あぁ、夢に取り付き、取り付いた相手の心を食う、悪魔だ」


 改めて椅子に腰かけ、綴りをウルリックに投げ渡す。

 ウルリックがそれを開くと、ナイトメアと呼ばれた一体の悪魔が、実に50人以上の人間を殺した、その調査記録が飛び出してきた。

 結局そのナイトメアは、取り付いていた少女ごと、という形で倒す事は出来ているが……


「……こいつぁ、後味悪いなんてもんじゃねぇな」


 そのやり方は記録を読んだウルリックが眉をしかめるほど凄惨なものだった。


「しかもこりゃ、70年は前の記録じゃねぇか」

「だから言ったろ、眉唾さ」

「自分が取り付いた体に血を流させ、その血が体に入る事で、ナイトメア自身が移動する、か」


 それに気が付き、完全に拘束した5つの幼子を60人からの完全武装の騎士が取り囲んで……それでも物理的にどうにかする事はできず、「逃がさないようにしてからの兵糧攻め(餓死狙い)」がその時に取られた策であった。


「ナイトメア自身は弱い、寄生先が死ぬような事があればたいていの場合共に死ぬ……か」

「最悪だろ?だが、結局のところそれが一番被害が少なく済んだ」


 確かに、それ以外に行われた事は、全て取り付かれた者が死に、ナイトメア自身には逃げられている。

 ウルリックは何も言わず、綴りを閉じて胸の前で手を組み祈りをささげた。


「まぁ、ナイトメアが出た、となったら……この唯一の被害がない成功例を再現しようとするだろうな」

「だろうな……しかしこいつぁ……」


 手が出せない、ナイトメアに与えたダメージは、そのまま取り付かれた者へのダメージとして送られる。

 そして、ナイトメア自身が何らかの方法で傷を負ったとしても、取り付かれた者の生命力を犠牲としてすぐに回復されてしまうのだ。

 何もできないと放っておけば、ナイトメアによって衰弱させられ、殺される。

 ナイトメアを倒そうにも、確実に倒そうとすれば取り付かれた者は道連れになる。


「……伝説の「夢渡り」でもいりゃあ、なんとかなるんだろうけどな」

「それこそ雲を掴む話だ」


 ウルリックのぼやきに、古なじみは肩をすくめる。


「伝説を、お探しですか?」


 そんな声が、不意に響いた。

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