勇者とマレビト(3)
「なぁ、双騎士さん方……帝国の臣民ってのは、助けてもらった奴を殺すべき相手として訴えるのが礼儀なのか?」
「……いや、えぇと……ソーガ、君だったかな?流石に帝国の臣民は、そんな人でなしの集まりではない」
「聞かせてくれないか?我々としても、レネットの記憶は無いよりあるほうが良い」
陣をなだめるアルフの横で、そうだろう?とギムリットが目で将司に問いかける。
それに対して、将司はしっかりと頷いた。
「なぁ、双牙……その、教えてくれないか?」
「……俺が、この世界に来てすぐの頃、帝国の兵士に射られて死にかけた、持っていた物も全部奪われて、本当にやばかった所を、エルに……その森の魔女に助けられたんだよ」
それを聞いた帝国騎士の二人は少し気まずそうに眼をそらす。
町から離れた所で、帝国の兵が半ば盗賊のような行いをするのは、無い事では無いからだ。
むろん発覚すれば、特に相手が罪人や山賊、野盗の類でないならば厳しく罰せられるが……。
多くの場合、死人に口なしとなっている状況であり、抜本的な対策は不可能だとされている。
「……で、暫く一緒に暮らしてた。こんな紙切れに書いてあるような「淫蕩で邪悪な魔女」なんかじゃない、周りの村を含めて、なにかあったなら薬師として、魔術師として一人でも助けようと頑張っていた……ただの女の子だったよ……少なくとも、陰でこんな風に言われながら、それでも真摯に誰かを助けようとするなんてのは、俺にはできない」
言葉の中にある敬意を感じ取り、アルフが「そうか」と呟く。
「とても良く、見ていたんだな……どう思う?ギムリット」
「……そこで俺に振る辺り、答えは出てるんだろう?思う様にやれよ」
そうなったお前を、俺が止めると思うか?とギムリットが肩をすくめる。
それを尻目に、アルフが何か小さな紙にしたためていた。
「まぁ、そいつぁイイとして、だ」
話を戻したのは、ウルリック。鎧のせいで太っていると思われがちだが、実はこの場にいる誰よりも、大きくて引き締まった体を持っている偉丈夫が、口を開く。
「ファルメリア神官は、妙に教会の教えに意固地になってるな、なにかあったのか?」
それを聞いて、陣とギムリットが顔を見合わせた。
「……実は……」
「それに関しては、私からお話します、勇者マサシ、そして……お久しぶりですね、ジン・ソーガさん」
不意に扉を開け、リアラが入ってきた。
しかし、先ほどと明らかに雰囲気が違う。
それに気づいたアルフとギムリット、一瞬遅れてウルリックが膝をつき、首を垂れる。
「かしこまる必要はありません、信徒アルフ、信徒ギムリット……そして、司祭ウルリック」
「……?リアラ……」
その名に、目の前の少女以外覚えはない、思い出そうとする陣の姿に、彼女はくすりと笑う。
「あら、覚えてませんか?あの教会で、葡萄酒を分け合ったのに」
「……リア、さん?」
ようやく思い出した陣の言葉に、彼女は微笑み、他の面々、特にアルフとギムリットは驚く。
「はい、修道女のリアですよ」
「……お戯れを、女神様」
ギムリットが頭痛のする頭を押さえながら、リアラを止めにかかる。
「……すまない、ソーガ君……その、教会でリアラ様と葡萄酒を分け合ったというのは……?」
「あぁ……戦闘に慣れてなくて、色々ぐちゃぐちゃしてた時に……」
あぁ、そーいや……と今度はウルリックが頭を抱える。
「こっちの風習とかはあんまり知らないんだっけな」
「そう言えば、勇者様も変な所で常識知らずだと思っていたが……」
「ソーガさんに関しては聞いた限りの状況では致し方ない事ですし、勇者マサシに関しては……その、文句言われたら言い訳できないなぁ、とは思ってます」
はは……と頬を指先でかきながら、リアラが苦笑する。
「……つまり、どーいう事ですか?」
「洗礼か何かと同じだったとか?信仰する気はさらさらありませんが」
二人でリアラに尋ねる。
「信仰しないってきっぱり言われるとそれはそれで神様としては寂しいんですが……」
こほん、と咳払いして弛緩した空気を戻す。
「……婚約です」
「あぁ……なるほど、けどそれを認めるはずの女神さまが認めないなら無効では?」
「そーなんですけど……教会で葡萄酒を分け合うって古いやり方……なんでアタシも忘れてたよーな風習まだ根付いてるのよ」
ぶつぶつと言い始めた女神さまはとりあえずおいておいて、ウルリックが陣の背中をばんばんと叩く。
「まぁなんだ、花蜜の酒でなくて良かったな」
「そうそう、それだと結婚の契りになるからな」
「……アルフ、お前はこの状況が宗教に与える衝撃を考えろ、下手すりゃ神官戦士団が大暴れするぞ」
眉間を揉みこむギムリットをからかう様に、アルフがいう。
「その場合、女神様が受肉する手立てを考えて降臨すりゃいいんじゃね?」
「あのなぁ……」
はぁ、とため息を吐くタイミングで、ユーリルが顔を出した。
「ごめん、マサシ……そっちにリアラ様が……」
「乱入してきたよ、とりあえず、女神様?リアラが気になるんで……」
「えぇ、けどその前に……」
改めて、女神リアラは自らが召喚した勇者と、異界からの放浪者に向かい合う。
「この世界のどんな種族にも、誰にでも、その生まれではなく成したことを考え、評価し、向かい合ってくださることに、改めて感謝いたします」
そして、女神が深々と頭を下げた。
「……女神教信徒の皆さん……私は、種族や出自によって差別することを良しとした教えを伝えた覚えはありません……しかし、女神教の教えは、特に帝国では政治と深く深く結びついてしまい、今更それを根拠とした奴隷制を覆す事は不可能でしょう」
今度は、自らの信徒に向けて、女神としての言葉を伝える。
「神が多く在ってもいいし、ヒュムネとエルムが恋に落ちてもいい……より多くの命が互いを認め合い、その存在を喜び合う事こそを、私は女神として望みます」
頭を下げる女神教信徒達、女神の意識が消えた時、リアラは全身の力が抜けて倒れ込む。
「……リアラ、大丈夫?」
それをしっかりと、将司が支える。
「……勇者、様……私は……帝国臣民は、間違っていたのでしょうか?」
リアラにも、女神の声は届いていた。
ただ、彼女は認められなかった、認めたくなかった。
女神の教えを違え、誤った教義を信じ続け、自分たちこそが、女神の意志に反していた、とは。
「うん、そして、その過ちを正すには……100年や200年じゃ到底足りない」
「……酷いですね、そこは嘘でも、個人の過ちであって、教義は間違ってない、という所では?」
「聞いてただろ?その教義そのものが間違ってるんだ、女神様本人のお墨付きで」
支えられている手を離れ、貴族然と一礼して謝意を表すリアラ。
「それでも、急に鞍替えはできませんわ……だって、私が15年信じてきたのは、帝国の認めた女神教の教えですもの」
残酷な真実と向かい合う事は、とてもできない。
そう、彼女は結んだ。