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勇者とマレビト(2)


「エル……?」


 信じられなかった。


 陣は、彼女の顛末を知らなかったから。


 心のどこかで、死んでしまったかもしれない、と思っていたから。


「エル……どうして……?」


 呆然としたまま、腕が本心に従って彼女に触れようとする。

 しかしその腕は、紅と蒼の壁に阻まれた。


「すまない、青年。知り合いに似ていたのかな?」

「まぁ、だとしても彼女は今や、身も心もあの彼のものだ、何か理由があるのかは知らないが……」


 怯えた様に、もう一人の、同じ年位の男の影に隠れる彼女。


「どうしたんだよ……エル……」

「……」


 認めたくない、そんなニュアンスを含んだ言葉が、陣から漏れた。


「……ごめん、なさい……わたし、なにも、覚えてません」


 答えるように、奴隷の少女の口から、言葉が紡がれた。


「……あーっと……すまん、何がどうなってるのか判らないから少し話させてもらっていいか?」


 奴隷の少女を隠す様に、黒髪の青年が前に出て……


「……そ、双牙ぁ!?」


 心の底から驚いた、としか言えないような声を出した。


***


「おま……なんだってこんなトコに!?」


 間違いなく驚き、声をあげている勇者を見て、アルフとギムレットは顔を見合わせる。

 警戒は解かぬまま、少し離れて様子を見ることにしたようだ。

 レネットは既にユーリルが確保している。


「……」


 ソーガ、と呼ばれた青年は何を言うでもなく、勇者の声に耳を傾けるだけ。


「なぁ、何があったんだ?お前……やっぱ行方不明になって、死んだのか?」

「……そか、そうだったな」


 ふと、隻眼の青年が息を吐く。


「久しぶり……と言ったら俺の主観だけど……俺が行方不明になってから、お前の主観でどれ位経ってた?冬野」


 久々に出会った人間と再会を喜ぶには、寂しそうな声でそう言った。


「……7か月と、こっち来てから半年」

「そか……俺は、死んではないよ、どういう訳かこの世界に飛ばされたんだ」

「……それって、どういう?」


 先を促す将司の言葉を一度止めさせ、陣が続けた。


「長くなる、どっかに腰落ち着けて話そう」


***


 陣を探しに来たアクイラ、ニール、ウルリック、レティシアが合流したのは、そのすぐ後だった。

 陣の仲間を見たリアラの機嫌が、あからさまに悪くなる。


「全く……マサシ様のご朋友というからどのような方かと思えば……蛮族を手下に従えたお山の大将気取りとは……」

「……亜人種を蛮族扱いするの、変わってない、ね?帝国」


 アクイラがウルリックに、あえて将司の仲間たちにも聞こえるように言う。


「ちょっと、言いたいことがあるならはっきり言いなさい、三角帽子」

「……メルファリア神官、女神教の神官としてその態度はいかがなものかと思うのだが」

「……流石、破門されてしまえば正義も悪もないという事ですか?ウルリック元司祭長」


 思わず窘めたウルリックに、リアラが敵意を隠そうともせずに言う。


「女神教の教えを捨て、人としての道を外れた者が女神の教えに疑問をさしはさむなど、恥を知りなさい!」

「そーいう所がイヤだから教会おん出たんだよ、ったく」

「大体!汚らわしい蛮族が女神教の神官の前に出た以上!頭を下げ!膝を地に付け!自らの存在という罪を恥じて裁きを待つのが道理というモノ!!その理も弁えず抗弁するなどっ!」


 ヒートアップするリアラに、将司が頭を抱え、陣が呆れた目を向ける。


「……なぁ、帝国ってのはこーいう人種差別主義が大手を振ってるのか?」

「……帝国というより、この世界じゃね?女神教ってキリスト教みたいな立ち位置みたいだし」


 男子二人の間でしか通じない異世界トークに、他の面子が疑問符を浮かべる。


「しかしこれは……勇者様には聞かねばならぬ事がまた増えたようですね」

「……勘弁してください、アルフさん」


 赤い貴族服を身に纏う、金髪の騎士が笑いをこらえながら言い、隣で仏頂面をしている青い貴族服の蒼銀の髪をした騎士に肘で小突かれる。


「とりあえず、一つずつ解決していこうや……とりあえず、女性陣は隣で男が居るんじゃ話しにくい所でも話し合っておいてくれ」

「……判りやすくドストレートね……けんかの仲裁は、期待しないでよ?」


 ウルリックの言葉に、ユーリルがまだ色々と喚いているリアラの首根っこを捕まえて隣の部屋に向かう。それに続いて、レネットを除く女性陣が入っていった。

 扉を閉めて、男全員でため息を吐く。


「ともあれ、こっちの事情から、説明すっか」


 ウルリックに促され、陣は自分の状況を(帝国で奴隷剣闘士とされていた事を除いて)将司達に説明した。今の、自分の目的についても。


「……女神さんに召喚されたりした訳じゃなく、ただ彷徨いこんだだけ、か」

「しかも……レネットがそのエルネットって魔女に瓜二つ……ね」

「……」


 レネットは何も答えない、ただ、申し訳なさそうに男たちを見るだけだ。


「……実際、何がどうなってるかはこっちも聞きたいんだ」


 そんなレネットの様子を見て、陣が尋ねる。


「間違いないのか?」

「あぁ」


 陣の言葉に、将司が頷いた。


「レネットは、記憶喪失だ」


***


 レネットは自分の事をほぼ覚えていない。レネットという名前も不意に頭に浮かんだ名前。

 それもいくつかの音が混ざり合ったような思い出し方をしたので、聞こえたままに口に出しただけだ。

 

「……っ」


 不意に、レネットの脳裏に人影が浮かんだ。

 黒髪で、黒い右目に、透き通った蒼色の眼をした「誰か」

 彼は微笑んで、口を動かす



 その言葉は、聞こえなかった。


 不意に、レネットの世界が暗く閉じた。


 慌てて周囲を見回す、目の前に白金の髪を、身長を超える白い杖を持った、紫と銀の眼をした少女が立っていた。


『大丈夫、この人は違う』


「……わた、し……?」


『思い出して、ゆっくりととで良い……』


「思い出す……?何を……?」


 レネットの言葉に、彼女は手にした杖を掲げる。

 そしてそこに、風が吹いた。

 水が、流れた。

 レネットはそれを知っていた。

 初めて見たものなのに。


「エレメントと……ワードの……混成……」

『思い出して……心を……』


 声が途切れるのと一緒に、世界が戻る。


「……大丈夫?」


 目の前に、空を背景にして隻眼の青年の姿があった。


***


 不意に倒れ込んだレネットを支えたのは、陣だった。


「エル!しっかりしろ!エルネット!!」


 何度か繰り返される名前に、ギムリットが首をかしげる。


「……そう言えば」

「ギムリットさん、なにかあった?」


 将司に言われて、ギムリットが何かを思い出そうと何度も額を指先で叩く。


「いえ、最初に調査した、森に飲まれて死んだ開拓村があったでしょう?」

「あぁ、レネットを助けた……」

「今、思い出したんですが……あそこに、腕のいいエレメントスペルの使い手で、薬師のエルムが居ると噂がありまして」


 あ~、と薄れていた記憶をなんとか頭の中から引っ張り出しつつ、ギムリットが続ける。


「確か、白金の髪に、紫と銀の異眼(ティレア)をもつ……女性であると」

「……一致、しますね」


 偶然、というには恐ろしいほどの一致。

 アルフが、真面目ぶった声音で続きを受け付いだ。


「……あ~、ギムリット、その開拓村というのが聞いたとおりに帝国南部の森に面した所だったのなら」


 えぇと、と呟きながら、一枚の紙を取り出す。


「あぁ、やはりだ」

「……なんだ、こりゃあ?」


 そこに描かれている特徴は、間違いなくレネット。

 薬師として帝国首都で噂になっているような少女は、周辺の開拓村から討伐の依頼をかけられていた。

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