勇者とマレビト
旅は滞りなく進み、鉄工街までは大きな宿場町を2つ超えるだけとなった。
陣の左目も本人がだいぶ慣れてきたようで、さほどの事で慌てる事もなくなってきている。
そんな中で判って来たのは、精霊たちも想いがあるという事。
ヒトの様に複雑なものではないが、好む、嫌う、喜ぶ、悲しむなど、様々な感情が見て取れた。
それが見えるがゆえに、陣が魔術を使う時、精霊たちに命じるよりも、願う、に感覚が近くなっていく。
そしてその内に、魔術の消費は少しずつ、緩やかになっていた。
「そう言えば、ジン」
「なんですか?」
なんだかんだで竜車の御者を引き受けるウルリックが、後ろを振り向いて話しかけた。
「帝国に現れた勇者の話、聞いたか?」
「噂話程度は」
邪教と呼ばれる宗教の一派が過激な行動をとり始めたころから、誰ともなく「勇者」の話題を口にし始めていた。
強く、正しく、悪をくじき弱きを救う。異界から女神が召喚した戦士。
そんな奴が本当にいるのなら、多少は差別社会に文句言ってくれても良いもんだが、と陣はぼんやり考える。
「それでだ、その勇者の特徴なんだが……黒い目に黒髪、らしいぜ」
「……なるほど」
こっちを割と放置気味だった帝国が、教会を動かして自分に一当てしてきたわけだ、と思わず納得してしまう。
しかし、その指示を受けて動いた人間がアーディンだったあたり、帝国の側としては一応、程度の確認でしかないのだろう。
つまり、帝国は「勇者」の確保に成功した、あるいは既にコンタクトをとっている。
その上で、ある程度の情報を意図的に流して何らかの動きを誘っている。
となれば、探している対象は「勇者」と同じ世界から来ているかもしれない人物。
推測は出来るが、それで帝国が何をしたいのかが判らない。
引き込んで戦力化したい?
……あり得る、が、それだけだと理由として弱い気がする。
「勇者」があまりにも強力なコマ過ぎて、他に同じ世界から来ている奴がいたとしたら処分したい?
……あり得る、が、それをやってどれ程のプラスになるのだろうか。
何らかの理由で複数の「勇者」が召喚され、敵味方に別れた?あるいは対立状態にあり片方が逃走した?
……なくは無い、探す方も必死だろう。ある程度の情報漏洩は覚悟のうえで、1割の事実を混ぜた嘘を流しもするはずだ。
「……情報が、足らないなぁ」
「……何考えてるかは想像がつくけどよ?考えすぎじゃねぇか?」
思考の中に潜り込んでいる陣に、ウルリックが呆れて声をかける。
「罠なら罠で避けりゃいいし、避けられないなら食い破ればいい」
「……ウルリックさん、毎度豪胆ですね……俺みたいな小心者は、心配でしょうがないですよ」
「人間誰だって、目で見て、耳で聞いたことしか判らねぇからな。だったら、変な心配はするだけ損だぜ」
がっはっは、と大声で笑い、ゆっくりと竜車を進ませる。
豪胆というか雑というか……とあきれたが、ウルリックの言っていることは間違っていない、と陣も思う。
結局、行動の決定権はまだ帝国側にあるという事で、更に陣に関わっているかもわからない。
だったら、何かあるかもと考え過ぎて足が止まるより、楽天的に歩を進めたほうが良いのかもしれない。
ほんの少し、陣は気が楽になった気がした。
***
鉄工街から2日、ランドラゴンで走った所にある宿場町で、将司達は休息をとっていた。
鉄工街で合流した帝国軍の先遣隊は、いまだに噂になっている化け物を探して居る所で、あたりには南部連合の軍が小~中規模の部隊で帝国軍を囲むように……実際囲んでいるのだが……配置されていた。
そんな雰囲気の中で息の詰まらないヒュムネなど居るはずもなく、将司をはじめとした「勇者一行」は気晴らしを兼ねて周辺の巡回を行っていた所だ。
「いやぁ、マサシ、君が来ていてくれて助かった。正直陣内は、本当に息が詰まるんだ」
「あのなぁ、アルフ……一応俺らは、巡回の命令を受けて遂行中だって忘れるんじゃないぞ?」
「判っているさ、ギムリット。だが、こういう時に多少息を吐いても罰は当たらんだろう」
将司達についてきた赤い軍装の騎士、アルフがギムリットの肩に肘を乗せていう。
うざったそうにその肘を払うと、ギムリットは呆れた様にため息を吐いた。
「……ギムリットさんが「帝国の蒼雷」ってのは知ってたけど、ホント、「紅旗の騎士」アルフ卿と仲がいいのね」
「こいつとは腐れ縁だからな……幼年学校からの」
「なんならこいつの女関係から何からちょっかい掛けてきた位の仲だからな」
はっはっは、と心から楽し気に笑うアルフを、ギムリットは思いっきりジト目で見た。
「言っとくけど、女癖悪いのはアルフの方だからな?」
「本気で女の子を泣かせた、“質”の方はギムリットが上だったと記憶しているがね」
似た者同士……将司は、二人が親友をやれている理由が判る気がした。
「……なんていうか、本当サイテーですね、二人して」
話を聞いていた女性陣の片割れ、リアラがとてもいい笑顔でずばっと言った。
女神の名を持つ神官の少女の額に、でっかい四つ角が浮かんでいるのを将司は幻視した気がした。
「質であれ量であれ、二人ともそんなに浮名を流しまくってたのかい」
こちらは年齢故か、単に呆れ切った声のユーリル。
「ま、家やら状況やら、色々な」
「俺は兎も角、ギムリットの方はな……帝国の名家なんて言っても、貴族社会で見たら軍人貴族なんか矢の1本みたいなもんだ」
何事か口を濁すギムリットを庇う様に、アルフが続けた。
「帝国はずっと、軍拡、領土拡大路線で来てるだろ?軍属は常に前線、数が足らなくて士官学校や軍学校は早期卒業で即席育成、即前線送りが基本みたいなもんだ」
「おいアルフ!」
「まぁそんな中でも、十代の頃は恋もすりゃ浮気もするもんでな。こいつはもうほんと見てるほうが恥ずかしくなる位イチャついてる彼女が居たんだが……」
「おらぁっ!!」
蒼雷の二つ名に恥じない素早さのけたぐりが、アルフの意識を華麗に刈り取った。
***
宿場町について、陣は何となく街中をぶらついていた。
ウルリックは部屋をとるなり寝てしまったし、ニールとアクイラは二人で何事か相談事。
自然と余った陣は暇を持て余して街をぶらつく、という形になっただけなのだが。
ぼっち。
ふと頭に浮かんだ単語を追い出す。
歩いている内に、ふと旅人らしき一団がわいわいとやっているのに気づいた。
「あのなぁ……本気で蹴る事無いだろギムリット、一瞬意識トんだぞ」
「変な事語ろうとするお前が悪い、アルフ」
「ところでところで!ギムリット卿の若い頃の恋愛話って私すごく気になるんですけど!!」
どうにも仲間内で若い頃の失敗談を暴露しようとした赤い騎士が、青い騎士からツッコミを喰らっていたらしい。
恋愛話に食いついたのか、二人を追い込む勢いでぐいぐい迫る神官姿の少女と、遠巻きに見ている3人は、恐らく仲間なのだろう。
一人は高身長でモデル体型の、盗賊らしき装備を身に纏った女性。
もう一人は、陣と同い年位の、恐らく剣士だろう青年。
そしてもう一人、奴隷服を着て、自身の身長を凌駕する大きさの杖を持った、長い白銀色の髪をたくわえる、紫と銀のオッドアイの少女。
「……エル?」
彼女を見て、思わず口から出た名前に、その一行が振り返った。
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