精霊の歌
異変は、陣達がレティと一緒に鉄工街へ向かい始めたころから起こった。
時折、陣が左目を覆って辺りを見回したり、ふいにあらぬ方向へ振り向くことが多くなった。
視界に被さる様に、色々なものが見えるようになってきた、と本人は言う。
見えるモノ……羽を持った飛ぶ小人や、炎を纏ったトカゲ、さらに小さな力の塊のような球。
それを聞いて、リーンヴルムが得心が行ったように答える。
『そりゃ、小妖精とか、精霊力、なんて言われる奴だな。自我は薄いがある、自然の力がある程度の塊になって形を持ったものだ』
「……エレメントスペルの、力の源?」
ぐん、と陣に寄ってきた竜の眼が細められる。
『よその世界から来たってぇ割には、飲み込みいいじゃねぇか?確かにその通り、エレメントの詠唱は、ほぼこいつ等への「呼びかけ」だ』
「……力を借りる、ってのはそういう意味だったのか」
『……あぁ、そりゃ、相棒の姉貴とやらの言かい?確かに、そういう使い手なら、あいつらも気持ちよく力貸すわな』
一息ついて竜の頭は陣の近くから離れ、遠くを見る。
『エレメントスペルは最古の魔術とか呼ばれててよ、元々はこいつらの力を借りて超常の現象を起こすのが、魔術だったはずなんだ』
それがいつの間にか、精霊の力を使役し、使い果たす事がエレメントスペルだと言われるようになっていった。
『今じゃ魔力で強引に支配して、「撃て」だの「穿て」だの命令されてそれに力を全部吸い取られちまう』
効率は上がった、詠唱の短いエレメントスペルは個人戦闘でとても使われることが多い魔術だ。
『だから、今のエレメントスペルはまともな力なんか出ちゃいねぇ……けど、お前さんのやり方で力を付けて行ったら……』
あり得ないか、と言いたげに笑いをこらえながら、竜は続ける。
『あるいは、大精霊の力すら借りた一撃も、放てるかもな』
***
町から町へ、村から村へと、陣達は旅を続ける。目指す鉄工街はまだ遠く、その間、陣はウルリックに師事して戦い方を学んでいた。
ぶん、ぶんと愛用のハルバードでの素振りを続ける。
武器の重さ、長さ、重心の偏り、そう言ったものを体で覚えるためだ。
「ほれ、軸がブレてるぞ。しっかり持つんだ」
「はいっ!」
振り下ろし、突き、薙ぎ払う。それぞれを何度も、何百度も繰り返す。
振り下ろしの時、重さを支えきれず体がブレる。
突き出せば、前へずれる重心に対応しきれず体を持って行かれる。
薙ぎ払いは、そもそも刃を真っ直ぐに薙ぐことができない。波打ち、ブレる。
力を籠め、しっかりと大地を踏みしめ、振り下ろす。
額の汗を拭く暇もあればこそ、陣は愛用の槍斧を振り回し続ける。
そうやって遠回りすることが、最短なんだと信じて。
「ウルリックさん、ジン、そろそろ終わりにしても良いんじゃない?」
声をかけられて、二人はそろそろ日も暮れようかという時間である事に気づいた。
始めた時は、昼前だったと思っていたのだが。
「ありゃ……わりぃな、ニール」
「別にいいわ、なんにせよ、そろそろお夕飯の時間だから呼びに来たんだし」
旅装束ではなく、軽装の、普段着から伸びた一対の翼がばさ、と羽ばたく。
「てか、ジンは呼び捨てで、俺ぁさん付けなのな?」
「そりゃ、20は上って言われたら、それなりに年上って事である程度きちっとするわ」
逆にほぼ同い年の陣には、あまり容赦がない。
「ジン、力ついてきた感じよね?前は振り回す時にもっとふらついてた気がしたわ」
「まだまだですよ、もっと鍛えないと」
「けど、旅の途中だって忘れちゃダメよ?ちゃんと歩ける分の体力は残す事」
「……はい」
何度か、力尽きて倒れていた身としては文字通り肩身が狭いのだろう。
縮こまる陣をみて、ウルリックが苦笑する。
「じゃあ私、アクイラ呼んでくるから……あのコも一度寝ると起きないのよねぇ……」
言いながら、一度羽ばたいて体を浮かせる。
ニールとしては、単に楽をしたかっただけなのだろう。
実際、ふわふわと飛び上がって、アクイラの部屋の窓を開けると、そのまますんなりと部屋に入っていく。
そんな様子を、下から見上げる男二人。
「……後で、謝るべきでしょうか」
「引っかかれたきゃな。何も見なかったことにして、幸運に感謝しようぜ」
真っ赤になった陣が鼻を押さえ、年齢的にもスタイル的にもニールは対象ではないウルリックが肩をすくめる。
男二人、美少女のミニスカートの中は見えなかったことにした瞬間だった。
***
夜、空に浮かんだ月を、陣がぼんやりと眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。
どうぞ、と声をかけると、扉をあけて入って来たのは、アクイラ。
「……ジン、くん……一緒に、いい?」
「うん、と言っても、月を見てるだけなんだけどね」
向かい合わせに並んだ椅子に座り、何を言うでなく二人で空を見る。
「……二つの月は、まだ、見慣れない?」
「……慣れてきた、かな」
夜空に浮かぶ二つの月も、見慣れてきた。少なくとも、目の前の女の子の姿を、気にする様になった程度には。
「……みたい?」
アクイラが、胸を隠す様に両腕で我が身を抱きながら、からかう様にいう。
「見て良いならね」
「ん~……まだ、ダメ」
陣の返しに、アクイラがころころと笑う。
ふと、陣はその声に別の笑い声が被さっている気がした。
「大丈夫、だよ?精霊達が、笑ってる、だけだから」
周りを伺う陣の姿に、アクイラが微笑む。
「声、に……集中、して?」
言われた通り、目を閉じて聞こえてくる声に集中してみる。
『~~~♪~~~♪』
小さな、精霊の歌声が、聞こえてきた。
「今日は二つの満月、マナが満ちて、精霊たちも活発になる……よ?」
微笑みながら、なぜか、アクイラが陣に寄り添う。
隣に座り、陣の肩に頭を乗せて、精霊の歌声に合わせて、小さく鼻歌が聞こえてくる。
その時、陣がアクイラの顔をのぞき込めば、判っただろう。
彼女が、実は真っ赤になって顔を隠しているだけだ、という事に。
精霊たちは歌う。小さな歌を。
それは、ごくありふれた、恋の歌
月光に照らされた恋人たちが
どんな運命に飲まれようとも
その行く道に幸せがある様に、と歌う
精霊たちの小さな歌に包まれて、アクイラは真っ赤な顔を隠していた。
なお、何を歌っているか判らない陣は、アクイラが我に返るまでの間、首をかしげていた。
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