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再び、あの子と


「あ~、お二方?お互いになんらかの因縁あるのは判ったがね」


 のんびり、という姿勢そのものでウルリックが陣とレティの間に入ってくる。


「とりあえず、エルンのお嬢さん、あんたがあの竜と一緒に俺らを見張ってた訳を教えてくれるか?」

「そうですね……まず、あなた方に対する攻撃の意志はありません、私はこの、リーンヴルムと共に旅をしている途中です。見ていたのは、あなた方……というか、そこの黒髪の、彼、です」


 努めて冷静で在ろうとしながら、レティは目の前の男に自分たちの理由を説明する。


「ジン、か……そういや、帝国で奴隷剣闘士にされた時、あんたに助けられたって言ってたな」


***


 ウルリックとレティが話をしている間、アクイラはリーンヴルムに声をかけていた。


『……という訳で、キリキリ白状しなさい、リーンヴルム』

『いや白状も何も……話したことが全てですぜお嬢……』


 腰に手を当てて竜を睨む少女と、伏せの姿勢で白旗の様に尻尾をぱたぱたと揺らす竜。


「なにこれ、どういう状況?」


 ニールのツッコミが、虚しく風に響いた。


『……という訳でだな、お前さんが外を見てるのを見た相棒が声かけようかかけまいか迷ってる構図が、たまたま偵察してる様に見えたんだ、恐らく』


 頭の中に響くような、耳元で囁かれるような不思議な伝達。

 精霊のささやき(エレイドウィスプ)と呼ばれる人と精霊を繋げる言葉。それは精霊に近しい一部の竜と人の意思疎通も可能としていた。


『それが話しかけて見りゃ喧嘩腰とは……』

「……頭に血が上ったのよ、今は冷静だから大丈夫」


 ウルリックと話している内にいくばくか落ち着いたのだろう。レティが改めて陣に向き合う。


「急にけんか腰で、ごめんね。レティシア・アーセニックよ」

「いつかは、助けてくれてありがとう。レティシアさん。ジン・ソウガです」

「助けたなんて……結局、落としちゃったし……それに……」


 言いながら、レティの手が陣の顔、左目を覆う様に触れる。


「……」


 言いたいことがあるのに、言葉が詰まって出せない。

 レティの悲し気な表情から、陣はそれを悟った。


***


「ところで……レティシア・アーセニック」


 微妙な沈黙を破る様に、助け舟を出す様に、アクイラがレティに声をかけた。


「こちらに降りている間は、レネ・フォルウッドを名乗っています。シエラヴルムの名は隠しておいて」

「判りました、アクイラ・レネ・フォルウッド」


 そんな会話に、陣は首をかしげる。


「アクイラさん、偽名だったの?」

「家名は、ね……あんまり、知られていい事無いと思うから」


 アクイラの代わりに、ニールが答えた。青色の瞳が、どこか遠くを見つめている。


「そいで、俺らは鉄工街まで行くんだが、お前さん方はどうするんだ?」


 ウルリックがレティに水を向けると、レティは少し考える。


「どうしようか、リーンヴルム」

『行く先が同じなら、一緒に行っても良いんじゃねぇか?……先に言っとくが、乗せられねーぞ?』

『リーンヴルム……あなたね』

『いやお嬢、ほんとバランス崩れて飛べなくなるんだって、相棒が乗るだけでもどれだけ訓練したか』


 リーンヴルムの言葉に、レティがうんうんと頷く。


「あ~、素人考えなんだがな?そりゃ、鞍も乗せずに裸で乗ってるからじゃないか?」

「……リーンヴルム、鞍とかの装備は嫌がるんです。それに、このサイズに合う鞍なんて見たことありません」


 ウルリックが漏らした疑問に、レティが律儀に返す。


「あ~、まぁなぁ……」

『いや、鞍だけならなんとかなるんだ、問題は鞍から伸びる革紐。あれが翼の動き制限するんだ』

「なら、首の下と尻尾の付け根で固定する奴はどうだ?飛竜隊の鞍なんかは大体そんな作りだが」

『それ体左右に捻れねぇ、飛ぶ分にはなんとかなるけど曲がれねぇんだ』


 飛竜種の小さな体と比べ、リーンヴルムのそれは3倍を優に超すサイズを持っていた。更に旋回する時、特に空中の敵を追う時に、リーンヴルムは体を思いっきり捻って旋回半径を小さくする。

 翼を大きく左右にピンと張り、バランスをわざと崩すことで旋回する飛竜種の鞍が合わないのも道理だろう。


「……まぁ、リーンヴルムの事はともかく、どうするの?レティシア」

『俺は相棒に従うぜ……』


 少し、顎に手を当てて瞑目して。


「いずれにせよ、鉄工街までは頭数が居たほうがこちらもありがたいです、ご一緒させてください」


 レティが微笑んで言った。

 その微笑みは、エルに似ていた。


***


 エルン一人と竜(グラフという、鳥のような羽毛の生えた竜)一匹を加えた一行は、予定よりやや遅れて最初の宿場町が見える所まで来ていた。


「そう言えば、レティ、リーンヴルム、どうするの?」


 いくら何でもこの巨体と翼を持った竜をランドラゴンだと言い張るのは無理がある。

 そう言いたげなアクイラに、レティは一つ頷くと


「リーンヴルム、いつも通りに」

『了解だ、相棒』


 リーンヴルムが何か嘶くと彼の体は小さくなり、まるでレティの使い魔と言えるような大きさに変化した。


「町に入るときは、いつもこうしています」


 レティの肩に、鳥が止まる様に小さくなったリーンヴルムが乗っている。

 余程注意して見ていなければ、使い魔の鳥だと思うだろう。


「なら、まぁ大丈夫か……ジン、そっちぁどうだ?」

「こっちはできてます、と言っても、言われた通り油さしただけですけど」


 リーンヴルムの巨体を即席のジャッキ代わりにして車輪を浮かせ、ギシギシと音を立て始めた車軸に油をさしていた陣が、手ぬぐいで手を拭きながら言う。


「ジン、鼻に油、ついてるよ?」


 油が落ちてきたのだろう、鼻の上に絆創膏でも張ったかのように油の帯が引かれており、それを見たニールとアクイラがくすくすと笑う。


「マジか……あぁもう……」


 鼻の頭を擦ろうとする陣の手を、ニールが留めた。


「ほら、じっとして」


 ごしごしと、物入れから取り出した布で、陣の鼻を拭ってやる。


「んぐ……ありあと……」


 拭かれながら礼を言ったせいか、発音が変になる。


「どういたしまして」


 油がふき取られた頃、ウルリックが適当に休ませていたランドラゴンにハーネスを取り付けた。

 もうひと踏ん張りだ、と皆で宿場町へ移動する。


「ねぇ」


 歩きながら、レティシアが陣に話しかける


「なんですか?」

「……本気、なの?本気で、姉さんが死んでいたら、復活の方法を探す気?」


 死者を蘇らせる、それは彼女にとって、あるいはこの世界としても、あってはならぬ事。


「勿論」

「……そう」


 何よりも思いを込めた、そんな一言が小さく消えた。


「ジン、くん……」


 次に口を開いたのは、たまたま隣にいたアクイラ。


「どうしたの?アクイラさん、疲れた?」

「わたし、ジンくんと白杖の魔女のこと、聞きたいな」

「……俺と、エルの?と言っても、何があったかは話したよ?」


 陣の言葉に、アクイラは首を横に振る。


「そうじゃなくて、ジンくんがエルネットと、どんな事をして、毎日を過ごしていたのか」

「……思い出話、ですか」


 呟くと、少し上を見て記憶を漁り、町に着くまでの間、エルとの思い出話を、ドラグナムの少女に話して聞かせる。

 そんな話を、アクイラとレティが、静かに聞いていた。

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