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レティシア


 アーセニック家は、彼女の育った「森」の中で、ヒュムネの町との交渉役を務める家だった。

 多くのエルンが、一生涯を己の生まれた森で過ごす中で、外との交渉を掌る家だ。

 そんな家で、双子の娘が生まれた。

 一人は銀髪で耳の長い、エルン

 もう一人は、銀というにはやや明るい、白銀の髪を持つ、耳の長さがエルンともヒュムネとも付かない長さの、エルム


 両親ともエルンの家で、エルムが生まれるのは呪いだ。

 森の年寄りたちはそう言い続け、姉を殺す様に両親を責め立てる。

 そんなものはまやかし、と双子の両親は二人ともを大切に育てた。

 森のエルン達も、意固地の年寄りを除き、エルムである姉にも隔たり無く接した。

 年寄りたちは姉を殺したかったが、できなかった。

 姉は、調和の魔女の証である左右違いの目をしていたから。

 だから殺せなかった。しかしどうにかして排除したかった。

 だが、結局のところうまい案が浮かばず、何もできなかった。

 あるいはそのままそれが続くなら、次の悲劇は起こらなかったのかもしれない。


 双子が生まれて1年経った頃、酷い干ばつが森をはじめとする一帯を襲った。

 その年の秋、収穫期には、普段よりはるかに早い寒の入りと長雨が訪れた。

 まともに狩りに出る事もできない状況、年寄りたちは「それ見た事か」と双子の両親と、エルムの姉を責め立てた。

 悪魔の子だ、殺さねばさらなる不幸が訪れる。この年寄りには判るのだ。と

 時に涙を湛えて情に訴え、時に高圧に責め立てた。

 実に狡猾に、老獪に。

 卑しいほどに、人の好意と悪意を利用して。

 自分たちには決して疑いの目が向けられぬように。


 アーセニックの家は徐々に森から孤立し……それは、突然に起こった。


 屋敷に火をかけられ、両親は娘たちを抱えて逃げ出す。

 逃げた先に居たのは、森の年寄りたちに引き連れられたエルン達。

 彼らは姉妹を家族から引き離すと、姉は事前に話を通しておいた人買いに渡し。

 両親は燃え盛る屋敷に閉じ込め、火あぶりにして殺した。


 これで大丈夫だ、これでこの天変地異も終わり、平穏な生活が戻ってくる。

 森の誰もがそう思い、年寄りたちも「そうだ、間違いない」と満足そうに笑った。

 後ろ手に10万枚の紅瑠璃貨を隠して。自分たちには幸せが訪れると信じて疑わなかった。



 そして、そんなモノはやっては来なかった。


 やってきたのは年寄りたちが姉を始末するために呼んだ人買い。

 冬に入ったころ、彼らは準備を整えて、エルンの森を焼き払った。

 かつて、エルンたちが姉妹の両親にそうした様に。


 男と老人は炎の中で焼かれ、年若い女は連れ去られ、犯された。


 男たちは森を守ろうと懸命に戦った。


 しかし、そんなものは人買いが雇った傭兵たちが操る武器の前に、なんの意味もなさなかった。


 老人たちはひざまづき、泣きわめきながら「若い者はどうなっても構わない、自分たちだけは助けてくれ、この哀れな年寄りに慈悲をくれ」と人買いたちに縋った。

 人買いたちは汚らわしい物でも見るように老人達を一瞥すると、その首を残らず撥ねた。



 すべてが終わった後、森は焼け落ち、動くものは何もなかった。

 年寄りたちが迷信を信じて災厄から逃れようとした結果、より現実的に、森は滅びた。


 奴隷として捕らえられた女達は、ばらばらに買われていった。

 売り物にならない妹は、道端に捨てられ……それを、とある森の狩人が拾った。


***

 それから時が経ち、赤子だった妹は美しい少女となった。

 別の森のエルンの狩人に助けられた妹、レティシアは逃亡奴隷らしき一人のエルンを助ける。

 レティを見た逃亡奴隷は、まるで信じられないものを見るように彼女を見て


「今度はこの森を焼かせるつもりか!疫病神!」


 と怒りと共にレティの胸倉を掴み上げた。


 その後、レティは一人で森を出ると、放浪の旅を始めた。

 友も、恋人も、義理の両親も、誰もがそれを見て見ぬふりをした。

 「エルムの姉を持つ疫病神」が居なくなる事を、誰もが心の底で望んでいたからだ。


 レティが生まれて、100年の時が経っていた。


***


「なんで、あなたが姉さんの名前を知っているの」


 声音に含まれているのは、疑問と、敵意。

 レティが知っている数少ない姉の情報。「エルネット」という名前。


「……君たちに助けられて、空から落ちた後、森の中でエルに助けられた」

「災厄の悪魔が?人を助けた?信じられないわ」


 吐き捨てるように言う彼女を、複雑そうにリーンヴルムが見る。


「エルは悪魔なんかじゃない。人里離れた森の中で、忌み嫌われながら、それでも人の為に生き続けた女の子だ」

「そんな事、関係ないわ」


 静かに言う陣の言葉に、レティが冷たく返す。


「姉が居たから、生きていたから……故郷は焼かれ、両親は殺され、私は生きていた場所を出なければならなかった」

「エルムだから、だろう?俺から言わせてもらえれば、迷信を真に受けた馬鹿なおとぎ話愛好家の妄想だ」


 ぱん、と乾いた音が響いた。

 眦に涙を浮かべたレティが陣を睨む。彼の頬を張った姿のまま。

 陣の頬に赤い跡が残る、しかし痛みなど感じていないかのように、どこまでも冷徹に、彼はレティを見ていた。


「偉そうに言わないで、何も知らないくせに……!何も判らないくせにっ!!」

「エルが優しい事を知ってる。エルが死にかけていた俺を助けてくれたことを知ってる。生きる事すらできなかった俺に、生きる術を教えてくれたことを知ってる」

「だから何だっていうの!?私は家族として、姉を殺さなきゃいけない!これはけじめなの!!」

「……できないんだよ、それは、誰にも」


 己の無力を思い出して、陣は我知らず、拳を強く握っていた。

 掌に爪が食い込み、血が流れる。


「エルは……白杖の魔女は……居なくなってしまったんだ」


 そして、声を絞り出すように、そう言った。

 状況からして、生きているとは到底思えない。

 それが可能なら、陣は今すぐにでも帝国に取って返し、あの町の住民を一人残らず皆殺しにするだろう。

 それをしても何も変わらないと知りながら、そうしなければ前に進めないとも知っているから。

 心の内にわずかに残っている、可能性を信じる部分が「死んでいる」とは言わせなかった。


「どういう……事よ」


 レティもまた、絞り出すように声を出す。

 彼の言葉を信じるならば、彼女が復讐を果たすべき相手は既に……。


「どういう事よ……私は、復讐することも許されないっていうの……?」


 それは、怒りを纏った嘆きの声に聞こえた。


「……諦めが良いんだな、レティシアさん」


 陣が静かに続ける。


「俺は諦めない、エルを探す。生きているならそれでいい、死んでいるなら、黄泉がえりの方法でもなんでも探すまでだ」


 その静かな声は、まるで青白く燃える炎だった。


「正気なの?復活の軌跡なんて、神でもない限り不可能よ」

「必要なら、そこまで手を届かせる、それだけさ」


 今度こそ、レティの背筋を寒気が走った。

 目の前の青年に、レティは恐怖を感じたのだ。

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