再会の白い翼
旅人は流離い、一所に留まる事は無い。
それは、異世界からの旅人であったとしても同じ事。
旅装束の4人が、もう一度、とジルコニアを振り返る。
戦いの傷も癒えぬ都市は、それでもその荘厳な姿を崩すことは無かった。
ジルコニアから鉄工街までは、直接向かえばそれほど遠い訳ではない。
しかし二つの町の間には地竜小山脈が横たわっており、結局のところそれなりの遠回りを強いられる。
陣達も例にもれず、地竜小山脈を回避する街道を進んでいた。
「さて、出来るだけ急いでいきたいってのが皆の共通認識だと思うけど、アクイラ、このルート選んだ理由は?」
「超えるの?地竜峠、私たちの体力で?」
「ごめん、あたしが悪かった」
アクイラの発した言葉に、ニールが速攻で白旗を上げる。
凶暴な竜種の魔物が群れる地竜峠は、そこを超える事が出来れば、鉄工街までの道のりをほぼ半分にできるという場所にある。
険しい山道と、絶え間なく襲ってくる竜、という難題にどう立ち向かうかという最大の問題があるが。
「ま、竜車も使ってるんだ、普通に歩くよりゃ早く着くさ」
そんな二人の会話に、手綱を取りながらウルリックが入り込む。
「後半日も行けば最初の宿場だ、今日はそこまでにして休むとしようや」
そんな会話を聞きながら、陣は先日の手紙に目を落としていた。
懐かしい、故郷の字。
そんな風に思えるほど、ここに来てからの時間は濃いものだった。
手紙を折りたたみ、懐にしまう。
幌の開口部分から見える空は、異世界でも青かった。
不意に、視界がぼやけている事に気づく。
視界の中に、別のフィルターが被さっているような、違和感。
左目を閉じる、これまで通りの青空。
右目を閉じる、青空を背景に、何かが見える。
「……アクイラ」
「なに?ジンくん」
それを見たまま、アクイラに声をかける、寄ってきたアクイラに、そらの一部を指して
「この辺りまで、竜って来るのか?」
「……そんなの、居ない、よ?そもそも地竜峠の竜は、地竜って言葉通り空を飛べない……」
言いながら、陣の見ている先を見てなにもない、と返す言葉は、途中で止まった。
「ジン、くん……?左目の水晶って……?」
「あぁ……帝国から逃げた後に、なんか……」
陣が言い終わるよりも早く、アクイラの顔が陣の顔のすぐ近くにあった。
ちょっとした揺れで唇が触れてもおかしくない、そんな超至近距離に、陣が硬直する。
ついそっちに目をやったニールも、硬直していた。
そんな事はお構いなしとばかりに、アクイラが陣の目を、正しくは左の眼窩に埋め込まれた水晶を見る。
「……どこで、どうやって、見つけたの?」
「見つけた、というか、気づいたら入れられていたというか……多分、精霊ってのの仕業だと……」
陣から一歩離れ、ぺたん。とアクイラが座り込む。
「ち、ちょっとアクイラ、どうしたの急に!?」
何を想像していたのか、うっすらと頬を赤らめたニールが、慌ててアクイラを支える。
「そうえんの……しすいしょう……」
呟いたアクイラの言葉に、ニールが眉を顰める
「炎精の炎を地精が鍛えて水精が清めるってあれ?そのおとぎ話がなんの……」
「おとぎ話……だと、思ってたよ、わたしも……今、この瞬間まで」
あり得ない、そう言いたげにニールが陣を見る。
「本当なら、国が買える程度じゃすまないレベルのお宝なんだけど」
「ニル、目の前に、ある、よ?」
もし、それが本当に、おとぎ話に出てくるあれならば……とニールは「見える」と意識して二人が見ていた空を見る。
「……いる、多分、鳥竜……こっちを、見てる?」
妖精の隠れ蓑で姿を隠された、純白の羽毛を持つ竜の姿を認めて、ニールが警戒を促す。
「……マナは全てを見通す」
アクイラも何か呪文を唱え……おそらく、不可視の存在を見えるようにするものだろう。ニールと同じく空を見る。
「竜鳥の鳥竜……?……まって、あれは……」
そういうと、アクイラは大きく息を吸い込んだ。
何かに気づいたニールが陣とウルリックに「耳塞いで!」と警戒を促す。
『ラーズ・ヴ・ルィ・ドラグナ・グラフ・リーンヴルム!!』
彼女の愛らしい口から出たとは思えぬ、「竜の咆哮」が響き渡った。
***
『……わりぃ、レティ。バレた』
「えぇ……」
空の上、ジルコニアから出たとある一団を上空から追っていたリーンヴルムとレティは、バレた事に頭を抱える。
「……どう説明付けんのよ」
『判らん、けど、どっちにしても降りるぜ?俺お嬢とはやり合いたくねぇ』
はぁ、と聞こえるため息一つ。それを聞きながらリーンヴルムはゆっくりと高度を下げていった。
ややあって、止まっている竜車の前に降り立つ。乗っていたであろう4人が、既に立っていた。
分厚い鎧を身に纏い、身長と同じくらいの盾を担いだ重戦士。槍斧を持ち、動きやすい鎧で身を固めた戦士。 そして知己の二人、ニールとアクイラ。
『ファル・ナールス・ゴム・リーンヴルム』
『エルメティア・ウル・ロト・ヒュムネ』
リーンヴルムが周りを見回し、目を閉じて数秒沈黙する。
『わ~ったぜ、お嬢』
「……お嬢はやめて、あと、ちゃんと皆に伝わる様にしてる?」
諦めた様に、もう一度リーンヴルムが目を閉じ、集中する。
「お?なんだこりゃ」
「相変わらず……独特、だね。あなたの『囁き』」
直接耳にささやいてくるような、頭の中に響くような「声」にウルリックが驚き、アクイラが呆れる
『お嬢と一緒にせんでくれ……俺ぁしがないグラフなんだからよ……相棒に鍛えられて大分通じるようにはなってるんだぜ?』
「お嬢はやめて、それで、その相棒は?」
言われて、リーンヴルムの背後から一人の少女が現れる。
「……初めまして、アクイラ・リル・シエラヴルム、私はレティシア・アーセニック、このリーンヴルムと共に世界を巡る旅を……」
うやうやしく一礼して、視界に彼の姿が映ると、レティはその動きを止めた。
腰まである長い銀髪が揺れ、まるで彼の存在が幽霊でない事を確かめるかのように、頬に触れる。
「え、えと……あの……?」
混乱する陣は、彼女の目にうっすら涙が溜まっている事に気づいて、二の句を継げなかった。
「あなた、生きてたの!?あの状況からどうやって!?というか言葉通じてる!?」
矢継ぎ早に発せられる言葉に押されて、少し下がりながら、彼女の名前を思い出し……。
「アーセニック……お姉さんか妹に、エル……エルネットって、居ませんか?」
その名が出た時、レティははっきりと狼狽した。
「どういう事……?なんで、姉さんの名前、知ってるの?」