同郷からの古い手紙
ジルコニア王城、スカイゴールド城。
まだ修理すらままならない、戦いの痕跡そのままの城で、陣達はグルスと差し向かいで話をしていた。
「わりぃな、ジン、こればっかりは俺には何もわからなくてよ」
「……グルスに判らない事で、俺に判るような事、あるのか?」
そういわれると、グルスは傍らに置かれた箱を開いた。
その中を見て、アクイラ、ニール、ウルリックの三人は疑問符を浮かべ
陣だけが、はっと息をのむ。
そこにあったのは、一枚の紙。
書かれているのは、日本語。
「随分、角ばった……字?」
「……私も、こーいうのは見た事無い、よ?」
どういう事だ?と陣が目でグルスに問う。
「そいつは、かっ剝がされた宝物庫の壁の裏から出てきたんだ」
陣を真っ直ぐ見ながら、グルスが続ける。
「お前が、時々そんな字を書いてるのは、たまに見た。読めるか?」
「あぁ、けど……これは……」
一拍迷い、陣は文面に再度目を落とす。
「もし、これを読んでる奴が……」
***
もし、これを読んでる奴が日本から来たなら、幸運を喜ぶべきか、不幸を嘆くべきか判らない。
もし、外国人ならこれを読んでる奴が日本語を読めることを祈るしかない。
もしもこれを読んでる奴がこの世界の人間なら、読めないだろうから最悪この情報が誰の目にも見られることなく、失われる事も考えられる。
だから、これを読んでる奴が日本人……それも、西暦2020年前後から来たと仮定して書いておく。
もしもこの世界に来たばかりなら、安心しろ、食う事も飲むこともできる。まぁこんな事は言われるまでもないだろうが。
俺は別に世界全部を旅した訳じゃない、この大陸の中央まではなんとかたどり着いたという程度だ、それを前提として見ておいてくれ。
ここまで旅をしてきた奴なら、この世界が中世に近い文化文明を持っていることは体感してきたと思う。しかし、実際問題の所、教会がそれなり以上に強い力を持った大航海時代と思ったほうが間違いないだろう。
この、おそらくは大陸の東端北方を占めているのがアーティルガ帝国。まんま帝国主義で拡張政策を隠す気もない大国だ、この世界最大派閥の宗教、女神教の総本山を有する国でもある。
そこから南へ下った所、山脈に囲まれた平野部分が南の大国、南部連合……腐った連合かどうかはしらないが、複数国家が合同統治で北からの脅威に立ち向かっている……そうだ。
西の方はまさに戦国時代と言った所だ、山脈一つ越えたら、沢山の種類の亜人が国家を作り、統一された大国家になろうと戦争を繰り返している。
鉄工街の近くには、エルン……エルフの森と呼ばれる集落、国家みたいなものがある。そこも、結構人間とは侃々諤々にやりあってるようだ。
亜人達の国を超えて更に西には、深い森が広がっている。
俺がこの大陸を踏破できなかったのは、この森のせいだ。
様々な魔獣が住み、深い森は人の侵入を許さない。
俺は、そこで諦めた。
ま、そんな事は……どうでも良くはないが今は別にいい事だ。
夜空を確認したか?今が夜なら外を見て見ると良い、月が三つある。少なくとも、ここは太陽系から外れたどこかって事だけは、保証されてるわけだ。
帰る方法は、まるで判らない。本気で見当もつかないのが現状だ。
もし、これを読んでるお前が、それが出来る技術の持ち主だったら……
お前の時代には、もうなくなってるかもしれないが、日本の富士山に、この手紙だけでも持って帰って埋めてくれ。
死んだとしても、魂だけは生まれた世界に……
***
「こんな所だな、後は、故郷を忘れんな、みたいな事が書いてある」
陣が手紙から目を上げると、ニールとアクイラがまさか、といいたげな表情をしていた。ウルリックとグルスは、やや渋い顔、という感じか。
「ジン……あんた……」
「マレビト……伝説の上にしかいないはずの、世界を渡る、ひと?」
ずい、とアクイラが陣に近寄る。その距離感の近さに、陣は少しのけぞるが、アクイラは逃がさない。
陣の頭を捕まえ、「すこし、じっとして」と言うと、目を閉じ、陣の額に自分の額をくっつける。
目の前に美少女のキス顔、という状況でドキドキしないほど、陣も男を捨てているわけではないのだが。
小さく呪文を唱えるアクイラ。ほんの数秒で、彼女は一歩離れた。
「……ニル、後で、話そ」
「うん、判った」
ニールとアクイラは二人で何事か頷くと、その目をグルスに向ける。
陣と一緒にあっけにとられていたグルスだったが、雰囲気を戻そうと言わんばかりに咳ばらいを一つする。
「何はともあれ……ジン、俺はエルが言っていたおとぎ話を頭から信じてる訳じゃないが……さっき読んでもらったのを聞いた限りじゃ、裏付けの一つにはなるみたいだ」
「あぁ」
「……話してくれるか?」
陣は一瞬迷う、だが、自分が迷っていると思った瞬間。口を開くことを選んだ。
「エルの言っていた通り、俺は、違う世界から来た」
***
グルスに、自分の身に起こった事を詳しく話す。信じる信じないは、自由だ。と一言添えて。
「歩いている途中で突然に、か」
グルスは少し考える。陣がこの状況で、特に今更自分に対して嘘を吐く理由というのは見つからなかった。
しかし現実は油断ならない。特に、陣が最初帝国の虜囚だった、という点で。
魔術的な仕込みがあると考えられる動きを、陣はしていたからだ。あの坑道で。
破壊衝動に全てを支配させ、都市の、戦う術を持たない人を含めて殺しつくす破壊兵器
そうなる様に暗示をかけられていても、おかしくはない。
「……暗示とか、そういうのじゃ、ない、よ」
思考に浸る時間を遮ったのは、アクイラだった。
「あれは、魔術……多分、暗示をベースに神意魔術、呪術を組み合わせた、洗脳魔術。特定の状況下で、命を捨てても戦うようになる」
「……解除の方法は?」
グルスの言葉に、アクイラは首を横に振る。
「判らない、けど、あれはジンくんの魂の根を分けて、そこから強引にもう一人のジンくんを作り上げたような魔術……呪いも、何もかもごっちゃに混ぜて訳の分からないバランスの上で成り立ってる、下手に解呪とか、解除しようとすると、危険、かも」
特定の条件下における破壊衝動の解放、そんなものだろうとグルスは予想を立てる。
そして、破壊衝動を存分に発揮させるため、邪魔な理性の類を封じる。
そんな魔術を研究しているのは、帝国の呪術師たちに違いない。
「どうにもならないのか?」
「下手に解除しようとしたら、呪いが魔術と一緒に魂まで自壊させる」
どうにもならない。そんな現実が付きつけられた。
「まぁ、判ってきたこともある」
ウルリックが、後を継ぐように続けた。
「ジンが戦闘の緊張下で意識を失わない限り、呪いは発動しないだろう、って事だ」
「なんでそう言い切れるの?」
至極当然なニールの質問に、ウルリックは遠い目をする。
「教会で、何度か妙な死に方をした奴隷の埋葬を行った。誰もがまるで死んだ後も戦い続けた様に壊れた遺体が、毎日のように出てた時期があった」
人体実験、陣もまた、その被害を受けた一人だった。