夢と気持ちと
決闘騒ぎの後、アクイラとニールは陣を連れてクリスタルエリアの酒場兼宿屋に身を置いていた。
気を失ったままの陣を担いだウルリックに案内された、安いながらも質のいい宿だ。
「わりぃな、お嬢さんがた。ウチの頑固者が迷惑かけて」
「まぁ出発が多少遅れるのは……痛いけど仕方ないわ」
頭を下げるウルリックに、ニールが苦笑しつつ答える。後輩の頑固さ加減には、彼も若干辟易しているようだ。
陣を膝枕しながら、アクイラも「気にしない」と頷く。
ウルリックが「ありがたい」とため息つきつつ繰り返した。
亜人種である二人は、特に女神教に積極的に関わろうとはしない。関わっていい事はないと判っている。
陣の受けたダメージは一日もあれば抜けるだろう、ならば、と二人は顔を見合わせる。
「ウルリック、鉄工街まで、あなたの力を貸して」
「神官、居てくれた方が助かるわ」
それは予想していなかったか、ウルリックが面食らった顔をする。
「いやそれは良いんだが……放逐されたと言っても、俺女神教の神官だぞ?」
「生臭売僧の類と違うのは、みてる、よ?」
多少呆れたような言葉に、アクイラがのほほんと返す。
「それに、あなたが来てくれれば、誰かが怪我したときの薬代も浮くしね」
「おいおい、俺は傷薬扱いかよ?……だが、旅人なんてそれくらいちゃっかりしてるほうが良い」
ウルリックが相好を崩し、ニールとアクイラが笑みを返す。
「任された、鉄工街まで、ご一緒させてもらうぜ」
***
夢だ。
陣は夢を見ていた。
それはあり得ないと判っている夢。
子供の頃からロボアニメやSFファンタジーが好きだった。
様々な作品のプラモデルや設定資料が飾られた、自分の部屋。
そこに一人の女の子がいた。
自分の身長を超える、白く塗られた杖を持った、背まである白銀の髪をストレートに流している少女。
薄く金の入った大きな瞳が、興味深げに部屋の中を見る。
最も彼女を特徴づけているのはその耳だ。
中途半端に尖った、「まざりもの」である事を示す証。
髪で耳を隠す様に、梳き直す。
大丈夫だよ、ここではそんな事を気にする人はいない。君は可愛いから男たちの目を引くだろうけど。
そう言いたくて、陣は自らが声を出せない事を知った。
それどころか、身動きの一つも取れない。
それはそうだ、と理解する。
自分はまだ、眠っているのだから。
ふと、ゲーム機が視界に入った。VRでロボットを操作できる、買ったばかりの新作。
そう言えば、あれはまだ触り位しかプレイしてなかった。
陣はヘッドマウントディスプレイに手を伸ばし……
ふに。
何かすごく柔らかい感触が、手のひらに伝わった。
***
目を覚ますと、目の前に女の子の寝顔。
しかも彼女の大きな胸のふくらみを、偶然からかしっかりと鷲掴みにしてしまっている時、男はどんな顔をすればいいのだろう。
目を覚まして直ぐ、陣は現状を理解して硬直した。
「おはよ、ジンくん」
目の前の少女が目を開き、蠱惑的ともいえる笑みを浮かべる。
「……えっち」
怒る、というより茶化すような、誘うような言い回し。
「あ、いや違うんです、これはその」
こういう時一番やってはいけないのは、慌てる事だ。
焦ってどうにかしようとする思考は、混乱した動作として手先に命令を伝える。
つまり。
鷲掴みにしたままの胸を、思いっきり揉みこんだ。
そりゃあもう言い訳のしようもないほど、ふにふにと。
「……んっ」
ぴくりと震える反応と、その表情に陣は我知らず唾を飲み込む。
「あ、いやちがうんですこれはなんというかてがこーいううごきをするとはおもってなくて」
「……大丈夫、いったん落ち着けばいつも通りに動く、よ?」
よけい慌てる陣の頭を、胸に抱き寄せて優しく撫でる。
母親が、子供をあやすかのように。
胸に顔を挟まれて混乱がピークに達し硬直していた陣は、そうやってあやされる事で落ち着きを感じた。
「……アクイラ、あんたジン起こしに行ったと思ったら何やってんの」
丁度そのタイミングで、様子を見に来たニールがとりあえずツッコミを入れた。
***
「はっはっはっは!そりゃ幸運だったな!ジン!」
「……気が気じゃなかったんですが?ウルリックさん」
大口開けて大笑いに笑うウルリックに、流石に陣が不貞腐れて見せる。
「いーじゃねぇか、アクイラ嬢ちゃん胸でっかいからな。男冥利ってもんだろ?」
「いやだから言い方……オッサンですか」
「おう、30超えたら男なんてオッサンよ」
バカ笑いを止めぬまま、陣の肩をばんばんと叩くウルリック。そんな二人を見るニールの目は、ジト目だ。
「で、アクイラ、なんであーいう事してたの?」
「もぐ」
6皿目のサンドイッチを口に放り込んだタイミングで声をかけられ、アクイラが彼女にしては慌てた感じで口の中のものを飲み込んだ。紅茶で残りを流し込み、ふぅ、と一息つく。
その一息つく構図が無駄に色っぽい。「この天然悪女」とニールが口の中で呟いた。
「半分は事故、4割5分は偶然」
「まった、残り5分はなに」
空色のショートカットが揺れ、茜色の瞳に動揺が走る。
「ジンくんは、怖がり、だから」
「は?何それ……?」
相棒の言葉に、ニールは頭いっぱいの疑問符を浮かべる。
当のアクイラはそれ以上いう積りはないらしく、紅茶の残りを口に運んでいる。
そういう楚々とした仕草は自分以上にお嬢様してる、と思いながら、アクイラから情報を引き出すのはほぼ無理だろう、とニールは判断した。
「ジンくんって、そんなに戦闘経験無いでしょ?それがあの状況に放り込まれて、更に異端審問官との一騎打ち、立ち直れない位の傷があってもおかしくないって思った」
「……それでなんで服はだけて胸で顔挟み込むって事になるのよ」
ニールの言葉に、アクイラは一本立てた指を頬に当て、数秒考える。
「男の子だし、元気出るかなって」
そのまま、少し首をかしげての返答。
(すみません、実際超元気になりました、暴発寸前でした)
声が聞こえる範囲に居るが故の不運、陣は思いっきり自己嫌悪に陥っていた。
暫くネタには困らないなとか一瞬考えてしまい、違うそうじゃない、と頭を振って妄想を追い出す。
「ジンくん」
「ひゃいっ!?」
不意にかけられた声、脳裏をよぎった桃色の妄想を見透かされたような気がして、陣の声は普段より1オクターブ高いものとなった。
「前にも言ったけど……思い出してする、位ならかまわない、よ?」
思わせぶりで、恥じらいを浮かべて、蠱惑的な表情でアクイラが囁く。
「だから止めなさいよあんたは!そういう思わせぶり!」
今度こそ、ニールのツッコミ手刀がアクイラの後頭部に直撃した。
「痛い……だって、どうせ止めてもする時には思い出すんだから、OK出しといたほうが、後腐れとか遠慮、なくてすむ、よ?」
「そういう事言ってんじゃないの!!」
ぎゃあぎゃあと声を荒げるニールと、飄々と流すアクイラ。
そんな二人の様子を見て頭を抱える陣と、大声上げて笑うウルリック。
そんな彼らの元に、王城から使者が来た。