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陣とアーディン

 城の練兵場に据え付けられている調練用のスペースで、陣は練習用のハルバードを構えて向かいに立つアーディンとまみえていた。


「んじゃ、再度確認するぞ。周囲への被害を出さないため攻撃魔術は禁止、どちらかの降参、意識の消失で決着とする、戦えなくなった相手への追い打ちは禁止」


 ウルリックが説明する声を聴きながら、どうしてこうなった……と陣はその時の事に思いをはせる。


***


「……一騎打ち?」


 唐突にウルリックからかけられた言葉に、陣は言いながら後ずさる。


「いやお前そこまでビビらんでも……戦えない訳じゃないだろ」

「いやまぁ……けど俺みたいな見ただけで弱いって判るやつにそれはどーよ、とか思いません?」


 陣の言葉に、ウルリックはおかっぱのようにした髪ごと頭を掻きながら言う。


「やり合いたいって言ってるのはお前と戦ってたアーディン……俺の元部下だ。聞いたとこじゃ、お前ともそれなりの因縁って感じだが」

「二度とやり合いたくない、と思う程度には」


 そうでなくとも、陣はそもそも余計な戦いはゴメンだ、と体全体で表現する。


「……アイツも不器用者でな、お前とちゃんと向き合って話せばいいんだが……一度剣を交えて決着がつかない相手と話し合い、ってのがどうにもできないんだよ」

「それはそのアーディンさんの都合であってジンはまったく関係ないじゃない」


 きっぱり「受ける必要はない」と続けるニール、アクイラも半眼のまま……おそらく今はいつもの眠そうな目なのではなく、ホントにジト目なのだろう……頷いている。


「そう言ったんだがなぁ……あいつも頑固でよ、聞かねぇんだ」


 曰く「言葉であれば相手をいかようにでも騙せる。戦いに勝るものではない」との事だ、と疲れた表情で言うあたり、ウルリックも相当に粘って互いに死なない程度の譲歩を引き出したのだろう。


「勝ち負けじゃねぇ、見極めろ、とはキツく言ってある。だから、な、頼む」


 そういって頭を下げるウルリックの姿に、陣は割とあっさり折れた。


「けど、準備時間位はくれますよね?」


そんな一言を残して。


***


 そして今現在。陣の前には鎧を身に纏ったアーディンが構えている。互いに無言、練習用の槌と盾を構え、守りを主とした姿勢は陣の技量で抜くことはできないだろう。それは陣自身が知っていることで、誰の目にも明らかな事。

 都市国家全体を巻き込んだテロが失敗に終わり。状況は落ち着いたものの、まだ一部では残存狩りすら続いている状況でやる事ではない。そんな事はこの場にいる誰もが判っている。そして、信用できない相手と組んで動かねばならぬ時、常に背後から刺されることに対して警戒しなければならない事も。


「始め!」


 ウルリックが戦いの開始を告げるや、アーディンが陣に向けて襲い掛かる、目隠しを兼ねて盾を叩きつけ、それを避ける事を見据えて槌を横なぎにできるよう構える。即座に盾側に体をそらして避けた陣の動きをみるや、アーディンは盾を腕ごと振り回す。咄嗟に大きく後ろに跳ねて盾をよけた陣だが、急な動きでバランスを崩し、片膝をつく。そこに槌の振り下ろしが襲い掛かった。確実に陣の頭部を捉える必殺の一撃、それが陣を捕らえるよりも、陣が咄嗟に足元の土を掴んで投げるほうが早かった。突然の飛来物にアーディンは咄嗟に盾を使って身を守り、狙いを逸れた槌は虚しく地を打った。


「っ!」


 卑怯、とアーディンは言わなかった。戦いにおいて状況、環境……ありとあらゆるものを使うのは至極当然の事であり、これは攻撃を外したアーディンが間抜けと言う他にない事だからだ。距離が離れたのをいい事に、兜のバイザーを下ろし目をカバーする。視野は狭まったが、戦いに支障は無い。再び槌を構えるアーディンの視界の中で、陣が槍斧を構えなおした。


***


 全身鎧に大盾、大槌という見た目に判る重装備でありながらも速い。それはよくある異世界ものの話ではありきたりなチートではなく、単純に鍛え鍛えた戦士の動き。振り下ろされる一撃はまさに致命の一撃となるだろう。大きく強い腕から生み出される力を、十全に使い切った強さ。陣の力では受ける事も致命的、圧倒的な格差、どんな努力でも覆せない。圧倒的な素質、才覚の差。

 大盾を目隠しとして構えつつ振り下ろされる槌、それが幾度となく陣の体を打ち据える。致命打となりえるモノをどうにか逃れると陣は身を低く構え、そのままアーディンの懐に飛び込んだ。後方へ下がるとばかり思っていたアーディンは、不意の前進に目を見張る。同時に盾を前に出し、自らも距離を詰めて槍斧の射程を殺したのは見事だと言えるだろう。


 それが、陣の狙った通りの動きでなければ。


 槍斧から手を放し、伸びきった腕をとる。相手の脇を肘で押し上げ、体を崩す。

 重さを感じるのは最初の一瞬、全身のばねを使って跳ね上げる。

 

 背負い投げ、授業でやった程度の拙い、隙だらけの、多少なりとも経験があれば余裕で受け身をとって逃げられるような投げ。




 しかし、この世界の住人には未知の技術。



 背を叩きつけられ、一瞬呼吸が止まりながらも続く顔面への踏みつけを転がって避けたのは優秀な戦士である事の証左だろう。

 足元の槍斧を足の甲で跳ね上げ、持ち直す陣と、咳き込みながら起き上がり、再度構えるアーディン。


「まさか、この体格差で投げ飛ばしてくるとはな」


 答えずに陣が繰り出した突きを、アーディンは盾を払って弾く。

 弾かれた腕を戻そうとしたとき、陣はその腕をしっかりと掴まれた。


「こう、か」


 いつの間にか空手にしていた両腕で、陣を捕らえる。

 力づくで腕を引き、強引に体を崩し、腕一本を両腕で掴んで強引に引っこ抜く。

 陣とアーディンの体格差は絶望的だ、型も何もない力技だが、陣は放り投げられ、したたかに背を打つ。

 

 一瞬飛ぶ意識をそれでも繋ぎ止めた時、陣の頭部のすぐ横に槌の一撃が叩き込まれた。


「そこまで!」


 ウルリックの声が響く。


 アーディンの目に一瞬惑いが生まれた、制止を聞かなかったことにしてもう一度、槌を足元の男の頭部に叩き込めば神敵を一人打ち倒すことができる。

 そう考えるのと一緒に、背筋を寒気が走った。気配を目で辿ると……そこには、杖を構え、魔力を集めている魔術師と、翼を広げ、機械弓への装填を終えた翼人。

 魔術師の方は、後一言で詠唱を終え、同時に発動してくるだろう。

 翼人に飛び上がられ、上から矢を射かけられればアーディン自身に抵抗の術はない。


「いい技を教えてもらった」


 故に、アーディンはそれだけ言って陣から離れる。


「おい、アーディン」

「背を預けるには至りません、従騎士と組ませるのが精々かと」

「そうじゃねぇ、テメェ事故起こす気でいたろ」


 ウルリックの言葉に、アーディンは一瞬動きを止める。


「神に刃向かう者です、ここで殺さないだけ譲歩しているとお考えいただきたい」

「あー……ったく、これだから赤狗は」


 むべもないアーディンの言葉に、ウルリックはがしがしと頭を掻く。


「テメェにゃぁ、その鉄兜より天翼狼の被り物の方が似合ってるんじゃねぇか?」

「……かつて御自分が立たれていた地位を愚弄なさるか」

「あぁ、あそこをおン出て、色々旅して判った事が一つだけある。居るかいねぇか誰も知らねぇ神とやらに縋っても、いい事なんかネェ」


 剣呑な気配を漂わせるアーディンの言葉に、ウルリックがさらりと返す。


「覚えとけよ、アーディン。カミサマとやらの御威光がどうであれ、御意志とやらがどうであれ……」


 振り返り、この男にしては至極真面目に……かつて、塔の悪魔と恐れられた頃の眼光で続けた。


「出向いて、手足を動かし、誰かを殺すのはお前だ。その時、神様は助けてはくれないぞ」


 その言葉に、アーディンはなにも返さず、ウルリックの横を抜けて控室へ戻った。


 自分でも知らぬうちに、強く拳を握りしめながら。

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