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 状況は変化しつつあった。混乱は収まり、諸所でギルドを中心とした防衛体制がとられ、残存の正規軍が反撃の準備を整える。彼らが目指すのは、王城の奪還。



 奇襲の効果が薄れ、守勢に回った襲撃者たちは占領地を放棄し、後方へと下がっていった。城を巡る攻防はこれまで以上の戦いとなり、一進一退を繰り返す戦いは永遠に続くかと思えたが……襲撃者側の持ちだしたあるもので、状況は鮮烈に、しかしゆっくりと変化する。彼らが掲げたものは……

 邪教の聖印を模したオブジェに磔にされたスカイゴールドの最高位、王の地位に坐する、カイとその伴侶ネイラ。その死を穢され、邪教徒たちの勝利の印として掲げられ……彼らと親しく交流していた者たちは怒りに燃え、多くの兵はその凄惨な姿に息をのんだ。その中に一人、目を下げ、ただ一言「親父、お袋……」とだけ呟いた青年が、手にした槍斧を掲げ叫ぶ。


「皆聞け!スカイゴールドの王が討たれた!だがここにその血と意思を継ぐ者が居る!我が名はグルス!グルス・ザーラント・スカイゴールド!恐れるな!怯むな!勇敢な兵士諸君!忠勇なる騎士諸君!汝らが仰ぐべき旗はここにある!」


 驚愕は波となって伝わり、怖れに剣を取り落としかけた者たちに、再び戦う力を与えた。その正当性を一瞬疑った者たちこそ、ほんの少し思い出せば「ああ……」とほほを緩ませる。その声は、王と王妃が城を抜け出すたびに、近衛や近回りに混じって追いかけまわしていた声ではないか。二人が「息子」と愛おしんでいた声ではないか。


「我が元に集う精兵達はどこだ!」


 大音声が再び響けば……


「近衛師団全隊10名!ここに!」


精鋭中の精鋭、ミライトの剣を掲げ、10名が声を上げる。


「第一騎士隊残存全隊ここに!」

「第二騎兵隊残存全騎!これより御元に!」

「第一魔法騎士隊残存全騎、ここに!」

「第十六弓騎隊残存全騎!これより王の御旗の元に!」


 次々と上がる参上を告げる声、傭兵たちは急ごしらえの「自由騎士隊」として声を上げる。それは最盛の時に比べればはるかに少ない、雑兵を含めても500に届かぬ、この国の新たな盾。誰もかれもが傷つき疲れ、それでも己の責務に忠実たれと、整然と立つ。


「最初の命令が酷く個人的で申し訳ないが、そこはあの親父とお袋の子だからと許してほしい」


 ほんの少し、安堵の息と一緒にこぼれた言葉に、声を上げた者たちが笑う。「なぁに、その程度、カイとネイラの突飛な行動に比べりゃ可愛いもんよ!」「遠慮すんな!所詮敗残と寄せ集めの集まりだ!遠慮なく指揮をとれ!」そんな声に後押しされ、グルスはきり、とこれから攻める城を睨みつけ、槍斧の穂先で指し示す。


「全隊!我らの目標はスカイゴールド城!我らの城を我らの手に取り戻せ!」


 鬨の声はあがり、戦いが始まった。


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 状況は今、彼の手を離れつつあった。確かに指導者の死体を吊るし上げることで、敗北を感じて諦めたもの、逃げを決めたものが居た……。だがそれ以上が、奮起し、襲い掛かってくるとは思っていなかった。


「やりすぎた……いや、封建社会に頭までどっぷり浸かった脳筋の馬鹿さ加減を甘く見たか」


 手下の魔物……オーガやトロールたちがいくら強いと言っても、それはあくまで個々の戦闘力での話だ。隊伍を組んで戦場レベルでの戦闘を行うなら、その数の少なさはそのまま不利になる。それを補佐するための人間の兵だったが、こちらは戦意を失い、面白いほどに敗北と撤退を繰り返していた。勝ちが後半歩まで見えていた戦いで、誰も死にたくはない。それが故に、決死の反攻に恐れをなしたのだ。

 食い止めさせねば、所詮敗北間近の寄せ集めが行うやぶれかぶれ、城を持ち、兵の質、量で勝るこちらが守りに徹すれば先に疲弊するのは向こうだ。そう考えて当然。しかしそれには前提があった。味方が敵を恐れていない事。


「またなんとも、戦場の霧に手ひどくやられたようですな」

「予想外のことが起こらないなんて事はあり得ない、しかしこれは勢いが付きすぎだな」


 恐れは簡単に伝播し、戦意を奪っていく。教団の手勢ではこれが限度か、と彼は声をかけてきた男に振り向く。


「幸いにして、バカ騒ぎをしているうちに要件は済みました。ここは適当な所で切り上げるのが上策かと」

「あぁ、適当な所で……」


 言いかけて、彼は跳ねるように玉座の後ろに隠れる。刹那の間すら置かず玉座のクッションに突き刺さったのは機械弓のボルトだ。射線を追ってみると、片方の肩鎧が砕け、籠手も失った状態で、それでもなお、槍斧と機械弓を手にして立つ、灰金色をした髪の偉丈夫と、彼に付き従う騎士達。


「無駄な足掻きはやめろ、大局は決した」

「逆の立場からテーブルひっくり返してきた奴がそれを言うか?」


 魔道騎士達が虚を突いて魔術を放つ。多種様々な魔力の矢が彼に向かい……


その全てが、ことごとくかき消された。


「なに!?」


多くの兵が驚愕し、しかしグルスは、グルスだけは誰よりも早く立ち直り、槍斧を構えて鬨の声と共に突っ込んでいく。彼が手にした筒のようなものをグルスに向け……


「避けろ!」


 その声に弾かれるようにグルスが横っ飛びに避ける。射線を外された弾丸は壁に穴をあけるにとどまった。そして返礼とばかりに降り注ぐボルトの雨、渋面を隠す気もなく、彼は武器だけを遮蔽物(玉座)の影から出してめくら撃ち(ブラインドショット)。何人かの騎士が弾丸を受け、悲鳴と共に倒れる。その悲鳴を突き破るように、陣が飛び出した。目標は、物陰に隠れた本命ではなく、その横で詠唱を続けている神官。邪なる神に祈りをささげていた彼はその口から呪詛代わりの血を吐き出して、陣の槍斧に貫かれた。

 自分を直接攻撃できる位置に躍り出た敵兵。それをどうにかしようとそちらを向いた彼は、一瞬その動きとめる。


「……双牙?」

「なっ!?」


 一人は、ここにいるはずのない者を見つけたがため、もう一人は呼ばれるはずのない呼び方をされたため。お互いが動きとめる。しっかりと相手を認め、見間違いでない事を確信し……


「てめぇも……俺を邪魔するってのかよ……!」

「結城……?お前、何言って……!」


 次の瞬間、放たれた魔術でその場にいる全てが視界を奪われ……再び見えるようになった時、そこに居たはずの首魁は、姿を消していた。

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