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教会を巡る戦い

 倒れたカイラスを中心に血だまりができてくる。この出血ならば、もう助からない。それを理解してローブ姿の男はにやりと笑みを浮かべる。大局は決し、スカイゴールド城は陥落した。


「後は好きにするといい、何をするも、何もしないも自由だ」


 彼の言葉に、付き従っていた者たちが思うまま動き始める。宝物を荒らすもの、逃げ惑う侍従を押さえつけ、犯すもの……思うままに欲望を吐き出す、人と人以外の生き物。それをしり目に彼は玉座に腰かけると、足を組んでその様を睥睨する。


「……くだらねぇ」


 トロルとオーガを押し出して、後ろで震えていたくせに状況が定まるとこれだ。と彼は冷めきった眼で城の侍女やメイドに群がる男たちを見ていた。否定され、排斥され続けた恨みつらみと言えど、タガが外れればこの程度。所詮はみ出し者の言い訳に過ぎない訳だ、と胸の内でつぶやく。邪教徒たちの蜂起はジルコニアのいたる所で起こり、もはや防衛は不可能だ。


「これは、ようやくの御成りですかな?新たな王」


 そこに現れたのは一人の男。男爵位の略章を付けた彼は配下と思わしき何人かに、その場に倒れているものを処理するよう命じると、玉座に座る彼に深々と頭を下げて見せる。


「予定よかちっと遅れてる、事前指示にあるように戒厳令を発して誰も外に出ないように……」

「その事ですがさっそくいくつか問題が」


早速か……と彼はげんなりした表情を浮かべた。


----------------------------------------------


 城での戦闘は決着がついたが、城下での戦闘はいよいよ激しく続いていた。そこかしこで邪教徒と傭兵や衛兵が戦いの火花を散らし、教会は武装神官が何人も守りを固めている。


「これより打って出る!第一部隊!我に続け!」


 愛用の戦槌を掲げ、白銀の鎧を身にまとった神官、アーディンが教会の門を抜け、包囲網を形作っていた邪教徒の一団に躍りかかる。彼が振るう戦槌の一撃は確実に一人以上の命を奪い、放つ魔術は必殺の勢いを保っていた。彼の背にたなびく紫色のマントに続くのは、女神教の神官戦士たち。常に二人以上で一人の邪教徒に挑み、確実に敵の数を減らしていく。


「邪教の徒どもなど恐れるに足りぬ!皆奮起せよ!」


 最も多くの敵をひきつけ、最も多くの敵を薙ぎ払いながら、アーディンは叫び続ける。敵と味方の意識を同時にひきつけ、味方の敗走を防ぐために。価値のある兵がここにいる、と敵方に思わせるために。

 邪教徒に押され、押し切られそうになっている神官戦士を助け、彼が背にかばっていた少年少女を教会へ向かわせるよう指示を出す。アーディンとその先任によって鍛えられた神官戦士たちはよく戦い、命に従った。しかし、戦況は思わしくない。数が足りない、押し切られる。戦力を門前に集中し、そこに絶対防衛線を引く。その間にも激しくなるアーディンへの攻撃。敵の中の何人かは気づいている。この神官戦士団の結束は、アーディンを頂点とし、その強さに縋ったものだと。


「傷を負ったものは後方へ!この先へ邪教徒どもを行かせるな!」


 戦槌がうなりを上げ、その軌道にそって血の軌跡を残す。彼の武器が剣や槍でなく、槌だった事は幸いだろう。刃のある武器であればとっくに交換が必要な段階になっているだろうから。


(しかし……苦しいか)


 改めて武器を握り直し、萎えそうな己の心に鞭をくれる。戦況はいまだ厳しく、これ以上の戦力は裂けず……ともに飛び出してきた選りすぐりはその数を減らしつつある。教会のバルコニーから弓での援護があり、乗り込もうと取り付く者は熱湯や油をかけられ、続々と倒れているが、それ以上の敵が周りから集まってくる。戦とは守る側が常に不利だ。

 そこに、大角牛が突っ込んできた。密集隊形をとっていた邪教徒たちは急な横からの騎乗突撃にまともな反応ができず、大角牛の勢いのまま、いいように吹っ飛ばされている。


「手間取ってるみてぇだな!アーディン!」

「!……レイフォース師!?」


 大角牛に乗ったまま、ウルリックがバシネットの中でにやりと笑みを浮かべる。


「破門されたあなたがなぜ!?」

「いや今そーいう状況じゃねぇからな?お前は強く真面目だが、頭が死ぬほど硬いのが欠点だ」


 大角牛から飛び降り、尻を蹴って適当に暴走させ、邪教徒の群れに突っ込ませてから、ウルリックがアーディンに並び立つ。大きく膨らんだ胴鎧と、全身を覆ってなお余りある大盾を身にまとい、並の人間ならば両手でようやく、という大槌を片手で担ぎ上げて大音声を上げる。


「てめぇら!赤狗のお出ましだ!死にてぇ奴からかかってきやがれ!」


 その言葉の意味を理解し、邪教徒達が下がろうとするより早く、ウルリックが突っ込んでいく。誰もがその先の行動を予想するよりも早く、ウルリックの持つ聖印が輝いた。


「神の怒りは審判となり悪を滅ぼす!」


 短くまとめられた詠唱と共に、ウルリックを中心として強烈な衝撃が走った。多くの邪教徒はその衝撃波に吹き飛ばされ、交戦中のものは大きすぎる隙を敵にさらし、さらに多くのものは壁に激突するか、吹き上げられた瓦礫の直撃を食らい昏倒した。


「これが……先輩の神意魔術(プリエスティエ)……」


 猛烈な衝撃を耐えて、アーディンがつぶやく。これは神官ならだれでも使えるような初歩の攻撃魔術ではあるが、ウルリックの放ったそれは文字通り桁が違った。敵中に大きく空いた空白地帯、そこを見逃す者はアーディンの部下にはいない。すぐさま空いた部分に突っ込み、占領地を広げていく。


----------------------------------------------


 陣達がウルリックに追いついたとき、教会をめぐる戦いは決着を迎えつつあった。重厚な包囲はすでに切り崩され、組織だった抵抗はまだ続いているものの、その勢いは決して激しいものではない。鍛え鍛えた兵同士が正面からぶつかり合い、その方向からは魔術師の支援や攻撃魔術が飛ぶ。土煙を上げながら当たりの雑兵を文字通り蹂躙しているのはウルリックだろう、とあたりをつけるとその反対側へと目を向ける。混乱の続く戦場が広がり、陣は槍斧を握りなおすと一度後ろを振り返る。杖を携えたアクイラと、機械弓を構えるニールが頷いた。三人はそれぞれが戦いへと進んでいく。

 がんと音を立てて陣が振り下ろした槍斧は盾に受け止められる。予定通りに。その重量と勢いから、受け止めた敵は防御一辺倒の行動しかとれなくなり……放たれたアクイラの魔術の直撃をくらい、吹き飛ばされる。


「くそっ……!」


 戦いがどうしても避けられない、それが判っていても陣はそう割り切れるタイプではない。どうしても、致命の一撃を入れる必要があるときに躊躇してしまう。動物や魔物は殺してよくて人は殺してはダメなのか、と思うところがないではないが……頭に染み付いた日本人としての感覚が「殺人」を許さない。それ故に陣が動きを止め、ニールやアクイラがとどめを刺す、というスタンスがいつの間にか出来上がっていた。圧倒的なまでの自分の「弱さ」さらにそれを女の子たちに支えてもらっている不甲斐なさ。それらがとても無様に感じ……情けなかった。


「ジンくん……」


 そんな陣にアクイラがいつものように声をかける。いつも通りのゆっくりとした、彼女らしい穏やかな口調。


「考えて……ここであなたが迷って倒れると……私とニルはあなたが考えてるよりもよっぽど酷い目に遭う、具体的には捕らえられて裸にひん剥かれた後孕むまで犯されて、その後は良ければ娼館送り」

「どっちにしてもそーなりそうだけどヤな事言わないでよアクイラ」


 どっちにしても、その言葉が意味するところは陣も理解できた。神官戦士団も完全な味方ではない。萎えそうな心を支えられて、それに情けなさを感じながら、それでも陣は自分自身を奮い立たせる。そこに、暴風が吹いた。


-----------------------------------------------


 振りぬかれた戦槌をよけられたのは運がよかった、返す刀で襲い掛かる一撃は、柄をぶつけて妨害する。


「ここで遇うとはな!やはり邪教の徒か!」

「あんたは……!確かアーディンとかいう……ぐぁっ!?」


 一瞬の膠着は、アーディンが放った蹴りにより陣が吹き飛ばされることで終わる。すぐに立ち上がる陣めがけて、アーディンの戦槌が襲い掛かる。変幻自在に、容赦なく殺しに来る攻撃は突如立ち上がった槌の壁に遮られる。それを神意魔術の衝撃波で崩すと、陣の頭めがけて戦槌を振り下ろし、しかしそれは陣の槍斧で防がれる。


「武器は良い!だが使い手が素人ではな!」


 生きているかのように動きを変えるアーディンの戦槌に、陣は追いつめられる。アクイラとニールの支援も追いつかない。ついに戦槌が直撃し、左腕があり得ない方向に曲がる。


「がっ……!?うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 痛みと共に遠のく意識、それと入れ替わるように陣の額にemesの文字が浮かぶ。


「なんだっ!?……邪教の業か!?」


 突然に変わる動き。それまでが嘘のような身のこなし。片腕で振りぬかれた槍斧は、先ほどまで両手で扱っていた以上の速さ、鋭さを備えていた。折れた左腕を放置したまま、陣は獣じみた動きでアーディンに襲い掛かった。


-----------------------------------------------


「ウラーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 突如戦場に響く大音声。ニールとアクイラがそちらを見ると、ドゥビットの戦士たちがこちらへの突撃を敢行していた。大勢を立て直すため、再度集結していた邪教徒にとって、それは予想外の一撃となる。女神教憎さに、ここに大多数が集まってしまっていたのも不運だった。戦局の一部で終わるはずの場所は、戦いを左右する激戦区となっていたのだ。

 そんな状況に、アーディンは構っていられなかった。目の前に再度現れた「森の魔女の従者」がいよいよその本性を現して襲い掛かってきた……少なくとも本人はそう思っていたからだ。動きの質が違う、勢いが違う。先ほどまであった甘さがない。こいつは、殺すことに躊躇のない化け物だ。


「っ!」


 それでも、勢いだけで押してくる「獣」が相手ならばアーディンが負けることはない。そう、アーディンだけなら負けることはないのだ。陣を、その有様をみて呆然としているニールとアクイラ。亜人二人を捕えようと神官戦士の何人かがそちらに向かい……次の瞬間、彼らは死んだ。まるで暴風に切り刻まれたかのように、全身から血を流して。


「……化け物が!」


 彼らも決して弱いわけではない。弱卒ではアーディンの隊に居られない。しかし、こいつはいとも容易くアーディンの部下を仕留めて見せた。折れた左腕を引きずりながら、「獣」が再度アーディンを目に捕らえる。


「ぁぁぁぁぁぁ……」


 意味のない、唸りとも言えない声が口から洩れ、陣がその身を宙に躍らせた

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