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異端審問官

 女神教はこの世界の誰もが思っている以上に大きな勢力だ。政教分離などとは縁遠い帝国においてはその政治中枢までどっぷりと入り込み、他諸国に関しても少なくない人々が信仰している。そんな一大勢力に目を付けられるというのは、決していいことではない。


「いかがでしたかな?」

「……この国の主は神の威光というものを知らないようだな」


 深紅のサーコートを身に着けたまま、彼は教会に宛がわれた部屋で椅子に腰を下ろす。その向かいに座るのは総本山からの使い。


「……愚かな事だ、人は縋るものなくて生きては行けぬという事を知らぬと見える」

「そう遠くないうちに、神の裁きが下りましょう……それよりも、鉄工街に向けて勇者様が船出されました」


 フードを目深にかぶったローブから見えるのは口元程度、その使いの姿を胡散臭げに見てから、彼は言う。


「勇者様か……」

「ひひ……アーディン卿は勇者様が戦いに参加されるのをよく思っていないご様子」

「……」


 じろり、とにらみつける騎士の目に「おぉ、こわやこわや」とローブ姿は姿を消す。あとに残るのは、異端審問の騎士、アーディンのみ。


「……誰が好き好んで、戦いを知らぬ青年を戦いに引きずり出したいと思うものか」


 ひとり呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく消えていった。


-----------------------------------------


 ジルコニア鉱山街の町並みは山沿いに沿うように作られ、各区画ごとが横に横にと広がっていく。ジルコニア鉱山を有する山脈が南北に伸びている事から、街自体も大きく南北に伸びている形となっている。かき集めるように建てられた鍛冶工房からは槌の音が響き、多くの鍛冶職人が出入りしている。

 そんな中を騎士であることを示すサーコートを身にまとった男が歩いていれば思った以上に目を引く、ましてやアーティルガ帝国の紋章を掲げたものを着ていればなおさらだ。


「……」


 無言のまま職人街を歩く。物珍しそうな視線に交じる、ほんの少しの悪意。それを感じられないほどアーディンは鈍くはない。同時に、それも「仕方のないこと」と思っている。

 帝国の南征は幾度となく繰り返され、その度に追われた民が居ることは確かで……彼らにとって帝国の旗印、双頭の竜は忌むべきものでしかないのだから。


 職人街の中にある、一軒の鍛冶屋。ヒュムが店主を務めるその店に、アーディンが足を運ぶ。


「あぁ、これは総本山の……このような鍛冶屋にどのようなご用件でしょうか」

「忙しいところすまないが、剣を一本見繕っていただきたい」


 敬虔な女神教教徒である店主がかしづくのを手で制して言うアーディンに、店主は意外なものを見たような表情を浮かべる。なぜなら、アーディンは既に戦槌を背負っているからだ。


「あぁ、俺のものではない……知人の普段使い兼訓練用のものでな、帝国の者が顔を見せたところでドゥビットの鍛冶師はいい顔をしない、だから来た」

「はぁ……、であれば鉄工街で探したほうが面倒事も少なくて済むのでは?」


 言われて、アーディンはにやりと口元を緩める


「確かに彼方の方が問題はないだろう。だが、鉄工街には貴公が居ないからな」

「なるほど、職人のおだて方を知っておられる」


 プライドを擽られ、鍛冶師の小鼻がぴくぴくと動いた。


--------------------------------------------------------------


「おい、そこのお前」


 突然投げつけられた声に、陣たちの歩みが止まる。依頼先から鉱山街への帰り道、徒党を組んだ冒険者らしき何人かが陣達の前に現れた。鎧を身にまとい、得物を手に取って陣達3人を半包囲の状況にもっていく。


「唐突に非礼な上に物騒ね、なんか用?」

「亜人ごときに用はねぇ、俺らが用があるのはそこの背教徒だ」

「……その言いざま、あなたたち、女神教の教徒?」


 リーダーらしき赤髪が陣に剣を突き付けるのを見て、ニールとアクイラがいつでも動けるように構えをとる。


「だったらなんだってんだ?」

「ジンくんは別に女神教教徒ってわけじゃないから、背教徒ではない、よ?」


 言いながら素早く相手の装備を見定める。なるほど、確かに全員が女神教の聖印を身に着けている。


「ンな事たぁ問題じゃねぇ、目の前に異端者が居てここに女神教の使徒がいる、だからテメェ、とりあえず死んどけ」


 殺気立つ、とはこういうことか。我慢しきれないという感じで、包囲した冒険者達がそれぞれの武器を構える。アクイラが帽子を深くかぶりなおして視線を隠し、ニールの翼がいつでも羽ばたけるように引き上げられる。


「できません」

「あぁ?」

「そっちの満足のために殺されてやることは出来ない、それなら戦いの中で小鬼にでも殺される方がまだマシだ、穢れ切った女神教徒」


 次の瞬間、赤髪が陣を斬りつけ……その一撃はまだ剣を振り上げている段階で止められた。


「よーせやい、こんな所で人間同士が殺りあったってどこの誰も得しねーや」


 赤髪の腕を抑えているのは、陣がこの世界に来てから見たことがないほどに恰幅のいい男。大きく膨らんだ胴鎧がそう見せているだけかもしれないが。いずれにしても腰にはいた戦槌と相まって巨大な壁のような印象を与える男だ。軽く掴んでいるだけのように見えるが、赤髪のほほを流れる脂汗からして、どれだけの力が籠っているかは想像に難くない。


「てめっ……放しやがれ!」

「おーおー、あぶねぇ……お前が落ち着いて力抜いたらな?今手ぇ離すと、てめーの剣でてめーの頭斬りつけることになるぜ?」


 バシネットの中で、男がにやりと笑う。舌打ちすると、赤髪は暴れるのをやめた。


「……俺にこんな事をして……ただで済むと思うなよ?」

「おーおー、こえぇこえぇ」


 睨みつけてくる赤髪をさらりと流すと、男は続ける。


「女神教の教えに「女神教教徒以外を迫害しろ」だの「エルムや亜人は奴隷」だのって教えはなかったと思ったんだがね」

「あぁ!?無教養な田舎のデブが偉そうに俺様に説教……え?」


 勢いよく噛みつこうとしていた赤髪の動きが止まる。その視線は、目の前にぶら下げられたものに吸いついた。それは、女神教の聖印。しかも……


()()()()()()()()()()()()


「あ、()()……っ!?」

「ありゃ、その呼ばれ方まだしてんだな?……ま、丁度いい」


 にやり、と男の口元に嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「どうする?小童」


 それが合図であったかのように、赤髪達は尻に帆掛けて逃げ出した。その逃げっぷりたるや大走蜥蜴も真っ青、という所か。


「ありゃ、なーんもしねぇってのに」


 あきれたように呟くと、彼は改めて陣達に向き合う。


「で、お前さん方は大丈夫……いや取って食ったりしねぇよ、大丈夫だから」


 振り返った彼が見たものは……陣の後ろに隠れて威嚇する、女の子二人の姿だった。


------------------------------------------------------


「あ、すみません、助けていただいてありがとうございます」


 改めて、陣は目の前の彼に頭を下げる。基本的にこういう事は厄介ごとなので首を突っ込もうとする人は少ない。


「な~に、いいって事よ、難癖付けられてるの無視するのは俺の主義じゃねーってだけさ」


 まだ警戒心をあらわにしているニールとアクイラに苦笑しつつ、彼は続ける。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だぜ、お嬢さん方、確かに俺ぁ異端審問官だったが、昔の話さ」


 改めて聖印を取り出す、女神教の聖印として作られたそれには、通常のデザインにはないラインが引かれていた。


「……不名誉印」

「とらわれてたエルム連中を逃がしてみたり、獣人連中と酒盛りしたり……ま、ほかの真面目な連中と比べてちょいとフラフラしてたのが気に食わなかったみたいでよ、それ付けられておん出された」


 驚きと呆れが混じった女の子二人の視線に苦笑しながら、彼は聖印を懐にしまう。


「ところでお前さんがた、これからジルコニアに向かうのか?」

「はい、そこで受けた依頼の報告に帰る所で……」


 それを聞くと、彼は助かった、と笑みを浮かべる。


「なんという僥倖!この出会いに女神の祝福あれ!!……なぁ、ものは相談なんだが……俺もジルコニアに連れて行ってくれねぇか?」

「いやいいけど……祝福あれって、あんた聖印に不名誉印付けられるって破門されてるんじゃ?」


 呆れたようなニールの言葉に、彼は答える。


「ん?そんなもん後付けで俺らが勝手にやってる事だろ?信仰に形はないんだから、聖印があろーがなかろうが、破門されてようがされてまいが、祈りは神に通じるさ」

「……女神教教会のやり方に、真っ向から喧嘩売ってる、ね」


 そうか?と呵々大笑する彼の姿に、陣達はもはや呆然とするのを隠せない。


「前に出会った異端審問官とは全然違うなぁ……」

「お?お前さん赤狗に出くわしたことあるのか、よく生き延びたな?」

「……エルムの女の子が一人、身代わりに」


 それを聞くと彼は瞑目し、聖印に祈りをささげる。その仕草が陣の世界でいう所の「十字架を切る」動きだというのは陣も知っていた。


「そいつの名前、判るか?あと、何処で出会った」

「帝国の南側で……たしか、名前は…アーディン」


 その名を聞いて、彼の動きは止まった。


「アーディンか……なら、是非とも探さないとな……ますます、あんたらについていく必要がありそうだ」


 そういって、彼は陣達に再度向き直る。


「ウルリック・レイフォースだ、あんたらが良ければ、まずはジルコニアまで、同道願いたい」

「ジン・ソウガです、ジルコニアまでの案内、賜りました」


 アクイラとニールがウルリックから距離をとりながら、それでも陣の言葉にうんうん、と頷いている。


彼らは、ジルコニアへの帰路に就いた。


-----------------------------------------------


 それは潜んでいる。暗闇の中に、明るい町の灯が落とした影の中に


 それは望んでいる、暗い昏い闇の中に眠る、長い永い安らぎを


 

 それを遍く人々に等しく与えるその時を

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