調和の魔女
「へー、じゃあジンは、魔術の基礎をその人に教わったのね」
「……白杖の魔女は別名知識の魔女、知恵と知識なら調和の魔女の中でも十指に入る、よ?」
「いやあんたら常に世界で3人しか居ないでしょうが」
突然始まった異世界トークに陣が首をかしげる。
「調和の魔女?」
「うそ、知らないの?子供のころおとぎ話とかで聞いた事ない?」
きょとんとする陣に、ニールが信じられないという風に問いかける。それに対して「ない」ときっぱりはっきり答える陣と、絶句する二人。「そこからか~」と頭を抱えるニールが眉間をもみほぐしながら口を開いた。
「要点説明するから、寝物語はアクイラにベッドで聞いて。その子そーいうのも上手いから」
「……ニル、誤解招く発言は……ちょっと。私、ノーマルだし尻軽でもない……よ」
さすがにジト目で抗議する相棒の声をスルーして、ニールが言葉を続ける。曰く、この世界の「調和」を維持する3人の女性というものが、常に世界にはあり、彼女らを調和の魔女、と呼ぶ。本当に魔女……魔術を使える存在である必要はなく、ただ存在し続ける事が、彼女らに定められた使命。何かをする必要が在る訳ではない、それでも世界が必要とする「パッシヴな調整機」ともいえる。そう難しい事はしていない、人が死んだとき、その魂が白に偏り過ぎていれば少し黒を混ぜ、黒に偏っていれば黒を抜き取り白を増やす。最も、これは人々が自分で理解できるように調整した認識なので、実態はまた色々と違うらしいが。
今。調和の魔女とされているのはやはり三人。
「白杖の魔女」
「青鱗の魔女」
「橙眼の魔女」
と呼ばれている。それぞれに面識はなく、互いに知っているのは噂のみ。
「青……鱗?」
「うん、私」
目の前にいるドラグナムの少女は、あっけらかんとそう言った。本人的には隠すようなことでもないらしい。
ふと、先ほど見た彼女のセミヌードを思い出す、柔らかそうな胸にモデルのように整ったシルエット……それを思い出して赤面しながら、陣は彼女の腕と腿に生えていた鱗を思い出す。
「青い鱗……」呟いた言葉にアクイラが頷く。
「そう、だから青鱗」
同時に、エルが抱えていた彼女の身長を凌駕する杖を思い出す。確かに、あの杖は白く彩られていた。
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陣とニール、アクイラの三人は町から少し離れた場所まで来ている。目的としてはまだ魔術に明るいとは言えない陣の訓練を兼ねた連携訓練。
「じゃあ、おさらい」
陣と向き合ったアクイラがスタッフを片手に言う。
「魔道魔術は理の魔術、精霊の力を借りる精霊魔術や神の奇跡の真似事である神意魔術と大きく違う所はそこ……よく見て、聞いて」
言い終わると、アクイラは目標と定めた岩に向け、杖を構える。
「炎」
彼女がそう呟くと、杖の先に小さな火が灯る。
「念動」
続いてそう呟くと、灯った火は岩に向けて動き、ぶつかって消えた。
「これを一緒に行うと、炎の礫になる。威力と長さ、数、どれに重きを置くかは状況によると思うけど、基本的に威力が高くなるほど長さは短く、数は少なくなると思えばいい……正確には、威力のある長い魔術も出来なくはないけど……実用に耐えるものじゃなくなる」
「エル……白杖の魔女は射撃する魔術は避けられるからあんまり実用性はない、って言ってたけど」
「……彼女は、確実に一撃で相手を行動不能にする魔術が主、らしいから」
要するに戦い方の違い、一撃必殺を旨とするか、牽制を含めた戦いの組み立てをするか。
人によっていろいろあるんだな、と思いながら、アクイラの真似をして目標に意識を集中する。
やはり何も起こらない、ニールがそれを見ながら、神妙な顔つきで頷く。
「うん、やっぱ、ジン自身の魔術抵抗の高さが魔術の発動を邪魔してる」
「力技でそれをぶち抜いて、魔術を発動させてたんだね……一発撃ったら倒れるのも、なっとく」
とにかくどんな理由であれできない事を無理してやることはない、とアクィラは陣に対して魔道魔術の説明を続ける。魔道魔術の発動はあくまでも力業による世界への割り込み、ゆえに魔術の「出だし」はとても不安定なものになる。
「技量を持った戦士なら、魔術の起動タイミングを狙って魔術を物理的に潰しに来たりもする……滅多に、そこまでの技量をもつ戦士は居ないけど」
魔術で生み出された炎であれ、発生した後は世界の理に縛られる、火は燃えるものなしに燃える事は出来ない。
魔術とは、とにかく不思議なものだった。
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「ジン!犬頭左3!」
叫び声と共に、陣に切りかかろうとしていた犬頭が悲鳴を上げて転がる。脳天に突き刺さっている矢を放ったのはニールだ。
続いて飛び掛かってきた奴は、陣の突き出したハルバードの穂先に貫かれる。運悪く顎から脳天を貫かれたそいつは、数度痙攣して動かなくなる。
「……っ!」
手に伝わる嫌な感触を振り払うように、陣は突き刺さったままの犬頭の死骸ごと、ハルバードを振り回す。遠心力で吹っ飛んだ死骸にぶつかって、もう何匹かが体制を崩した。そこにアクイラの魔術が放たれ、犬頭たちの残党を炎で包む。熱風の残滓が過ぎた時、襲撃者たちは黒焦げの躯と化していた。
「ふぅ……お疲れ様、ニール」
「ジンもね、お疲れ様」
機械弓を手にしたまま、地上へ降りてきたニールに、陣が声をかける。
「やっぱ上から状況見ててくれると、やりやすいな」
ニールの役割は、陣が自分に判りやすく言えば空中管制、自在に空を飛べるその能力をフルに生かし、前衛の支援をしながら戦場全体の把握ができる。
「せっかくの使える能力だもの、生かさないとね」
「連携は、大事……、ニルとジンくんも、上手くなってきた」
うん、と一人で頷きながら、アクイラが続ける。
「ジンくんが殺しを厭うのは……しかたない、こと。けど、絶対に、私とニルを残して倒れないで?」
「そ、そりゃ勿論……」
ぐい、と顔を近づけてくるアクイラに押されて、陣の腰が少し引ける。それを追うようにアクイラがぐいぐいとさらに押す。
「ジンくん……あなたが倒れたら、私とニルだけじゃ、力不足になる……今までは良かったけど、こうやって犬頭が出てきたということは、このあたりの小鬼や豚人なんかも動いてる」
群れで、略奪を旨とする魔物たち、その脅威を思い出し、陣は小さく頷く。
「……小鬼や豚人に組み敷かれたら、私やニルは孕まされるのを待つだけ、みたいなもんだから……本当に、ジンくんが生きて前線張ってくれるのが、大切」
「その通りだとは思うけど……ヤなこと言わないでよ、アクイラ」
嫌悪感に表情をゆがめたまま言うニールに、アクイラが静かに頷く
「ジンくん……守って、ね?」
ジンに向き直り、改めての一言。アクイラと、その隣のニールに向けて、陣は静かに頷いて見せた。
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ーージルコニアスカイゴールド城、とある一室……。
遮光カーテンを閉め、扉も厳重に閉めた部屋の中で、男が二人向かい合っている。
「当初の予定よりも小規模にとどまりましたが、騒ぎ立てる事は上手く行っている様子です」
「おおよそであっても予定通りに事が進むというのは良い事だ……ともあれ、思った以上に手早く鎮圧されているようだが?」
報告書を斜め読みしながら、一方が目を細める。
「予想外の事というのは起こるものでございます」
もう片方は特に取り乱すこともなく、淡々と答える。
「ふん、まあいい」
報告書の束を置くと、そいつはニヤリと笑みを浮かべる
「さて、我が騎士団はいずこで邪教の徒を鎮圧すればよいのかな?」
口元には、ゆがんだ笑みが浮かんでいた。




