それぞれの準備
ジルコニア鉱山の深部……人の寄らぬ廃坑の一つに作られた簡素な祭壇と、祈りの場。そこに多数の人影が寄り集まっていた。エルムを始めとした多種族の混血、隔世遺伝による先祖返り、戦傷で体の一部を失ったもの……様々な理由で忌み嫌われる者たちが、そこに集まっていた。
彼らの目的は様々だ、排斥され、ただ逃げてきたもの、復讐のため力を得る、その寄る辺を求めてきたもの、流され、寄り集まってきたもの……、女神教の影響は帝国より弱いとはいえ、決して無視できるものでもなければ小さなものでもなかった。
くすんだようなスラム地帯を抜けると、鉱道を拡張した広場のような場所に出る。そこは、ある種静謐ともいえる空気が漂っていた。何人かの、神官服を身にまとった女性たちが神の像に祈りを捧げるその光景を見れば、ここが世間一般で邪教と呼ばれている宗教の拠点だとは誰も思わないだろう。宗教の神像の前において、人々が祈ることは平穏と静謐、その1点においてどんな宗教も驚くほど違いは少ない。そこからさらに奥、一部の神官しか立ち入らぬ神殿の中心部では……。
その小さな部屋には、安物のベッドが一つ無造作に配置されており、その上で年若い男女が抱き合って眠っていた。男の側が起き上がると、かけていただけの毛布がはがれ、隣で眠っている女の美しい裸体があらわになる。男は少しだけ苦笑しつつ毛布をかけ直してやると、簡単に服装を整える。
「相も変わらず、そこに迎えるのは一人かい?」
不意に聞こえた声に、男は手元の武器を構え、声のした方に向ける。
「おおっと、怖い怖い……その物騒なもの、ほいほいと向けるんじゃないよ、寿命が縮む」
闇の中から出てきたのは、フービットの女性。ネレッドを襲ったあの野伏だ。彼女は、口元を笑みの形にゆがめていた。
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所代わって将司たちは……
「反対!反対です!!ぜーーーーーーーーーーーーったい反対!!!」
「いやだからってこの状況の女の子をこんな所に放置していくわけにも……」
凄まじい剣幕で口角泡を飛ばすリアラに押されながら、将司は発見した少女を背にかばうようにしている。
「まぁ、エルムだからねぇ……あたしも心情はリアラ寄りだけど、ここに放っておけないってのもね……」
ユーリルもやや渋い顔をしているが、リアラのように絶対反対、とはいかないようだ。
「大体!こんな忌まわしい穢れた種族の、しかも女なんて放っておけばいいんです!こんなのにわざわざ構ってたら勇者の名が穢れます!」
「いや確かに謎粘液で汚れちゃいるけどそこまでひどくも……」
「汚れじゃありません!穢れです!け・が・れ!勇者という存在の品位に関わると言ってるんです!」
ぎゃあぎゃあと怒りをあらわにするリアラに困惑しつつ、将司は助けを求める目をギムリットに向ける。ギムリットは少し考えると、わざとらしく咳ばらいを一つして……
「勇者殿、確かにメルファリア神官の言う通り、その娘を見ていい感情を持つ帝国臣民は少ないです、女神教の教義で子供のころからそう植え付けられてますからね、ただ、例外は存在します」
「れ、例外?」
既に掴みかかろうとしてくるリアラの腕を抑えて、必死に防戦しながらギムリットに視線を向ける。この状況、なんとかできるなら早く言ってくれ、と。
「簡単な事ですよ、その娘を奴隷にすればいい」
「……はい?あだだだだだだだだだだだっ!?」
腕の力が抜けた拍子にリアラに引っかかれ、将司が悲鳴を上げる。それを苦笑しながら見ていたユーリルが「ま、そこが妥協点かしらね」とつぶやいた。
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視点は改めて陣に戻る。ジルコニアで新たな旅立ちの準備を進める陣の元に、現在鍛冶修行中のノーリがやってきた。
「ジンくん、防具、見繕ってきたよ」
「あ、すみません、伝言してくれれば取りに行ったのに」
「いーのいーの、サイズ調整とかしなきゃいけないしね」
留め金を調整し、固定ベルトを確認してから、胸当てを陣に実際に着せてさらに調整する。
簡単にゆする程度で外れるのは論外、さりとてきつすぎてもいけない、動きが阻害される。
「よし、動いてみて、痛いトコとか動きにくいトコはある?」
「……いえ、大丈夫です」
軽く全身を動かして胴体を守る鎧が動きを阻害していないことを改めて確認する。次にアームレストと籠手を調節し、グリープを締めなおす。これまで身に着けていた胸鎧と籠手のみの防具よりもしっかりとした重みが陣の体全体にかかった。
「うん、ばっちり……前に比べて身体も出来てきてるからね、重くないでしょ?」
「はい、ありがとうございます」
グローブをはめ、何度か手を握って指先の動きまで違和感がないことを確かめると、陣は改めてノーリに礼を言う。
「あとは……これね」
最後にノーリが取り出したのは、皮帽子をベースに額から頬にかけてを金属で補強した兜。
「今まで頭むき出しだったからね、グルスがそうだから言いそびれてたんだろうけど……頭はしっかり防御しなきゃダメよ?」
「……確かに」
今まで何となくしていなかった頭部用の防具を改めて装備する。姿見で自分の姿を改めて見ると、案外に金属部分が目立って重厚な鎧をつけているように感じた、これで盾と槍を持てばRPGの雑兵一丁上がりという所か。
「ん、かっこいい」
「そうね、鍛冶師の腕が良くてしっかり装備が出来ている分格好良さ割増しね」
陣が装備を整えるのを待っていたニールとアクイラがそれぞれに感想を述べる。どうも、と苦笑しながら陣は改めてノーリに礼を言う。
「いいのいいの、練習用に作ったやつだし」
調整用の道具を片付け、ノーリが立ち上がる。工房に戻る彼女を見送ってから、陣は改めてニールとアクイラに向き直る。
「さて……これからどうしましょう」
「そうね……まず、お互いを知る事って重要だと思わない?」
「いろいろと、相性は大切……だね」
三人そろって頷く、お互いに何ができて、何ができないか。それが判らなければ連携も取りようがない。
「とりあえず、部屋、行きましょうか……ジンには知ってもらわなきゃいけない事もあるし」
「ん……」
その場を取りまとめるニールと、少し頬を赤らめて頷くアクイラ。その様を見て陣はきょとんとしていた。
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部屋に入ると、ニールが後ろ手に鍵をかける。アクイラがさっさとカーテンを閉め、室内を照らすのは僅かに入る光だけとなった。
「あ~……えっと、二人とも?」
「言ったでしょ?知ってもらわなきゃいけない事がある、って」
ニールの静かな声が、陣には嫌に大きく聞こえた。
「アクイラ」
「うん」
視線を合わせると、アクイラが唐突に着込んでいたローブを脱ぎ始める。
「ちょっ!?アクイラさんっ!?」
慌てて目をそらそうとするが、男としての本能がそれを許してくれない。陣の視界の中で、アクイラの身を覆う青緑色のローブがぱさりと静かな音を立てて彼女の足元に落ちる。魔術師然としたローブの下から現れたのは、シャツ1枚を身に纏っただけの姿、そのシャツに彼女自身の手が伸びて、腹の部分からまくり上げる様に取り払う。ことここまで来て、見るのはまずい!と焦り続けた理性がぜひとも見たい!という本能から主導権を奪うことに成功したのか、目をつぶり横を向こうとする。
「ジン……くん、その……しっかり見て?でないと……その、恥ずかしい……よ?」
その一言が、再度、陣の本能……欲望とも言う。に主導権を握らせた。恐る恐る目を開く陣の視界に入ってきたのは……。
「あはは……やっぱ、ヒく……よね」
一見するとヒュムに見えたアクイラだが、前腕、大腿に防具のように青緑色の鱗が生えていた。腰の後ろ……布一枚付けていない可愛らしいお尻の上からは、同じく青緑色の鱗に彩られた尻尾が、照れくさそうに揺らめいている。よく見れば、両腕に隠されている胸の間に、小さく輝く宝玉のようなものが埋め込まれるように存在していた。
「ジン、アクイラはね……ドラグナムなの」
サイズの合わない大きなローブは、割と誤魔化しの効かない尻尾を隠すため、となるとあの三角帽子は……角隠しか。と納得しながら……いやそんな事よりも!と陣の視線はアクイラの胸部を中心になかなかずれてくれない。
でかい。思わず唾を飲み込んでいるのが自分で判った。理性を総動員して一足飛びに押し倒したい欲求を抑え込む。
「……すっごい精神力……というか、あれ?」
「アクイラ?」
不意に、アクイラが興味深そうな表情を浮かべた。ぎりぎりまで陣に近づくと、腕で抱いたままの胸の拘束をわざと緩め、谷間を強調するようにしながら上目遣いで顔を覗き込む。
「ジン、くん……?」
「いやあの、判りました!二人とも亜人なのはわかりましたから!理性が飛ぶ前に服着て!はやく!!」
アクイラの切なそうな声に返ってきたのは、はよ服着ろ、という懇願の声。
「……うん、それならそれでいっか……ジンくん、今から服着るから……その、後ろ向いて、目、つぶってて?」
「は、はい!」
助かった、という感情と残念……という感情がごちゃ混ぜになったものに焦りを交えた声音で返答するとほぼ同時に陣が後を向く。
「アクイラ……あんたまたでっかくなったわね……これが種族差…!?」
「に、ニルが細身なのはしかたな……やんっ……こらぁ!」
(肩身が狭いというか本気ではよ着替えてくれ……)
耳に入る、女の子同士がじゃれている声ですら、今の陣には毒だった。
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改めて三人で適当に座り、微妙な雰囲気で押し黙っていると、アクイラが口を開いた。
「…えっとね、ジンくん、私がドラグナムなのは内緒」
「あ、は、はい……」
口元に指をあて、可愛らしく言っているが、陣の方は先ほどの状況が脳内で反響しまくってそれどころではなかった。あの厚ぼったいローブの向こうには、柔らかく大きな二つの果実が……と脳内でよからぬ妄想が出始めたので、ぱんぱんと頬をたたいて追い払う。その行動にニールが驚き、アクイラが苦笑していた。
「その……ね、忘れてとか、ヤボな事言わないし……思い出してする、位なら……その、おっけー、だから」
「いやアクイラ何言ってるの!?」
唐突と言えば唐突な発言にニールが思わずツッコミを入れている。
「言っちゃう、けど……多分ジンくんに、効いてない、よ?魅了」
「は?」「え?」
アクイラの発した言葉にニールと陣が同時に、全く違う意味で声を出した。
「ごめんね、ジンくん……やっぱり、女の子二人旅に男の人が混じると、その……不安、だから、ちょっと試してた」
「……ごめんなさい、ジン、こんな事しなくても方法は他にあったハズなのに……その、二人ともパニくって……というかアクイラ、効いてないってどういう事?」
二人の謝罪に張子の虎のようにこくこくと頷くことしかできていなかった陣だが、ニールの疑問には同じく興味があったので聞く体制に入る。それを見たアクイラは二人に説明を始めた。
「えっとね……魔術は確かに起動したし、ドラグナムの魔術にヒュムネが抵抗するのはほぼ不可能だよ?例外、あるけど」
「それは判るわ、けど、本当にジンに効いてなかったの?ジンの精神力がバカみたいに高くて無理やり押さえつけるのに成功してた、とかは?……その、反応は、してるみたいだし……」
後半消え入りそうに、陣の股間にちらちらと目をやりながらニールが言う、その意味に気づいた陣は慌てふためき、真っ赤になって前かがみになった。
「反応、してる時点で男の子は男の子だとおもう、よ?」
「それもそうね」
それを聞いて陣は思う、二人とも容赦ない、と。
「……少し、実験」
そういうと、アクイラは陣の手を握る。半龍人という種族名からは想像もつかない程、その手は軟らかかった。
「痛み、感じたら教えてね?」
アクイラはそういうと、何かに集中し始める。少し経つと、彼女の額に汗が浮かび始め、傍で見ていたニールの表情に焦りが浮かび始める。
「あ、びりっとした」
陣の言葉がスイッチだったかのように、アクイラの体から力が抜ける。
「あ、あんた……どんだけ抵抗力強いのよ」
軽く恐怖の入った声でニールがつぶやく。先ほどまでアクイラが陣に流していた魔力……大規模な戦場で扱うような膨大なそれを思い出して我知らず自身の体を抱いたまま。