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そして勇者は魔女と出会う

「で、だ」

「おう」


 後頭部にでっけぇこぶを作った男達がまじめに地図に向き合う。その背後ではニールがアクイラを背に男達……グルスと陣を睨みつけていた。それでも全員で注視するのは地図上に現れた光。それを中心におおよそ徒歩1日分の距離を円で囲む。この範囲内のどこかに、親玉の居る確率が高い。


「遠いな」

「単純に追いかけるのは無理か」


 光点のある場所は、ジルコニアと鉄工街のちょうど真ん中を超えた所にあり、最早騎乗動物を使った所で追いつけるような距離には無かった。


「でかい癖に早いのか、でかいから早いのか……まぁなんにしても、デカブツが目的地に着いたからってそうすぐに動き出すってことは無いだろうな」

「でかくても生き物は眠くもなりゃ腹も減る、か」

「ワームみたいに土食べてる可能性は?」


 いくつかの懸念事項が飛び出すが、どれもこれも憶測の可能性を出ない、結局彼らにできる事は相手が動き出すよりも早く鉄工街にたどり着き警戒を促すことに集約される。

ジルコニア鉱山街での一連の事件は連絡の早馬よりも早く噂が飛び交っており、すでに鉄工街でも気にしてはいるだろうから、スカイゴールド名義の親書は間違いなく後押しになる。果たして、相手がどれほど事を重要視するか、という疑問はあるが。


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 もちろん情報を伝播させるのは陣達だけの役割ではない。ジルコニアを起点にさまざまな方向へ、様々な距離へ、情報は伝えられる。勿論、女神教にも情報は共有された。魔術による情報ネットワークを持つ女神教の情報伝播速度は速い、一両日中には、情報は帝国本土にある総本山に届いていた。


アーティルガ帝国元帥府ではジルコニアからの情報の精査を待ちながら、今後南方に対してどのような行動をとるかで揉めていた。流れは大きく二つ、静観するか、これを機会と南進するか。

 他国の混乱は「機会」であり、混乱のさなかであれば侵攻を成功させるのはさして難しい事ではない。それと同時に、帝国は南進を何度も失敗しており、また、事態がどう動くかまだ目星が立たないのも事実であった。


 しばし後、帝都アーティルガ南門……


「まさか君が伝令を務める羽目になるとはな、ギムリット」

「我が軍の人手不足もそこまで深刻という事さ」


 騎士鎧の上から青のサーコートを身に纏った騎士が、見送りに交じっていた同僚に苦笑する。


「で、どうするんだ?」

「確か先だって勇者様が出立していただろう?まずは合流しようと思う、あの魔術は本物だからな」


 サーコートを翻し、騎乗して走り去る青の騎士は気づかないだろう。彼を見送る友人の口元に、笑みが浮かんでいた事には。


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 アーティルガ帝国首都、アーティルガの周囲は広く泥炭地帯が広がっている。このため都市としてのアーティルガの食料自給率は低く、周辺の耕作可能な衛星都市から常に食料の運搬がなされ、この大都市の腹を満たしている。居を構える商人たちはこの不毛の地で農耕をすることをすぐさま諦め、2次、3次産業に力を入れていた。結果アーティルガは政治、経済、文化の中心としての役割をこなす都市となり、周辺から人口を集め、大都市化を続けている。


 帝都アーティルガから西へ7日の所にある宿場町、そこを発って南へ向かおうとする一団があった。年の頃17、8の青年と、女神教の神官服を身に纏った少女、身軽な服装をした活発そうな女性の3人、いずれも女神教の信徒を示す聖印を身に着けている。


「トウノ様、次の目的地はここから南にあるヴィデルという町です、規模としては大きくないですが、一応周辺の集落からの荷が集まる拠点的な場所でもあります」

「といっても、ハルメアまでの中継地点でしかないから、簡単に休んだり、補給したり、くらいしかできないかしら」


 二人の女性がいう言葉に軽く頷いてから、トウノと呼ばれた青年・・・本名、冬野将司は改めて地図を覗き込み……


「勇者様!」


 聞こえてきた声に、三人そろって顔を上げる。視界に飛び込んできたのは、騎乗竜と呼ばれる小型のドラゴンに跨った、青い騎士。


「ようやく追いつきました……!私は青の騎士団所属のギムリット・ローラン、勇者様御一行に知らせです!」

「帝都でなにかあったんですか!?」

「いえ、そうではありません……ここより遥か南、峡谷海を抜けた先にあるジルコニア鉱山街にて正体不明の化け物が発見されました、勇者様にはその調査を依頼したい、と皇帝陛下よりの書状を預かっています!」


 下馬し、うやうやしく書状を捧げる騎士から神官の少女が書状を受け取る、封印を確認し……「本物です」と呟いていた。


「文を改めさせていただきますね」


 そういって蝋で出来た封印を切ると、中からの手紙……この場合皇帝からの指示書を確認する。読んでいる間に、神官の少女の表情は思考に沈んでいく。


「……ローラン卿、この事は総本山の方々は……?」

「もちろん知っておられます、近々、海路にて支援隊が派遣される予定です」


 それを聞いて、彼女は将司に振り返る。


「勇者様」

「……ローランさん、一番近い船着き場まではどれくらいかかりますか?」

「いっそ峡谷海を渡って南街から船出したほうが近い、までありますな。一度鉄工街で補給を行い、そこから探索をする予定ですので、多少遅れたとしてもそこで合流できるかと」


 それを聞いて将司は大きく頷く。


「判りました、まずは峡谷海の南街へ、そこから船で鉄工街という処に向かいましょう」


 かくて勇者たちは鉄工街へ、そこへ向かうために大石橋南街へと歩を進める。


----------------------------------------


「……」

「これは……?」


 彼らがたどり着いたのは、半ば嘗ての自然に戻り始めている町の跡だった。手入れのされなくなった建物は崩れ、わずかに石造りの頑丈な建物がここがヴィデルという町だったと、ここを訪れたものに教えている。


「……これは、一体……?」


 開拓が放棄され、人が居なくなったとしても、短期間でこうはならない。ギムリットの言う所に寄れば、1年近く前は開拓は順調だと報告が上がっていた。かつての町の中心に近づくにつれ、増えていくかつて人だったもの。時間が経ち過ぎ腐臭こそしないが、白骨化しながらかつての衣服の残骸を纏わりつかせた死骸の群れは、ギムリットを除く一行を怯ませた。


「相当多く集まってたみたいだな……ついでに、事は突発的に起こった、か」

「なんでそう思うんです?」

「死体の頭の向きがバラバラだ、最前列は振り向いて逃げようとして、後の連中はなにが起こったか判らず逃げようとした連中を妨害するような形になって身動きが取れなくなった……結果、押し合うような形になり逃げられなくなった状態で全体が巻き込まれた……って所か」

「あと、そこで起こった何かは、魔術の要素が強いか、魔術その物、ってトコかしらね」


 斥候の女性がギムリットと一緒に死骸を調べる、獣に食い荒らされたであろう部位を除いて死体に欠損はほぼなく、そのどれもが、奇麗な状態を残していた。


「何らかの集会……或いは見世物……」


 状況を確認しながら将司が広場の真ん中にある残骸を調べようと覗き込むと、突然足元が揺れた。


「な、なんだ!?」


 残骸を吹き飛ばし、現れたのは巨大な、良くしなる植物。それはまるで鞭のように動き、辺りを薙ぎ払いながら将司に襲い掛かる。横っ飛びに避けられたのは偏に幸運以外の何物でもなかった。


「リアラ!ユーリル!」

「女神よ、その御手、この祈りをもって、救い求める者に守りの盾を……神威の盾(フライア・ヴクリエ)!」


 神官の少女、リアラの祈りが、将司の前に魔力の盾を生み出し、避け切れない攻撃を軽減する。それを横眼で見ながら斥候の女性、ユーリルが将司の反対側に回り込み、手にしたブーメランを投げつける。十分な回転を与えられた投擲具は、細い枝や根を切り裂き、打ち壊しながら幹のように太い部分に突き刺さる。

次の瞬間、ユーリルが逆手に持っていたクロスボウを打ち込む、ボルトに付けられていたのは1枚の札。それはボルトが刺さる衝撃で起動し、魔力の炎を発した。それだけならば、別段どうという事は無く終わっただろう、生木と言うのは思った以上に燃えないものだ。

 そう、発した魔力の火の少し上に、燃えやすさを突き詰めた油を塗ったくったブーメランが刺さっていなければ。

あっさりと引火したブーメランが燃え出し、そこから垂れた油にも引火して植物は根元から炎に包まれる。

そして、そこ此処から煙を上げながら、残骸を完全に打ちこわして、本体が現れた。


「木の化け物!?」

「予測できること!勇者様は左へ!」


 騎乗竜に跨ったギムリットが荒れた足元も気にせず疾駆し、襲ってくる植物の弦を切り裂く。その間隙をぬって騎乗竜が猛烈な炎を吐いた。飼いならされ、その威力も弱まっているとはいえ竜、その炎はやはり脅威であり、それよりも重要な事は、騎乗竜の炎は他の竜のように炎その物を吹き出しているのではなく、炎を纏った粘性の高い体液を吐き出しているという事だ。……つまり、直撃すれば炎その物がべっとりと張り付くことになる。すぐさま、化け物が焼け焦げる臭いが立ち込め始めた。

 炎に焼かれながら、植物の化け物が暴れる。獣のように叫ぶことも無く、動き回る事も無いが、まるで意志があるかのように蔦を、根を振り回し、叩きつけてくる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 跳び上がった騎乗竜の背から跳躍し、ギムリットの手にした槍が速度と重力の力を借りて化け物に突き刺さる。痛みは無いようだがそれで十分、と化け物を蹴り付けて後ろに下がりながら、ギムリットは指笛を鳴らして支持を送る。従順な騎乗竜はすぐそれに従った、両足のかぎづめを使って化け物にしがみつき、炎を飛ばして自分に注意を向けさせる。


「トウノ様!」

「神の怒りは集熱の槍となって降り注ぐ!シャイニング・レイ!」


 リアラの声に、将司が突き刺さったままのギムリットの槍を掴み、あらん限りの力で魔術を発動させる。陣と同じ光の……ただし、より貫通に特化した魔術。槍を媒体にしたそれは、猛烈な炎で化け物を内側から焼いた。激しく燃え上がり、擱座する化け物。内部からの一撃が致命傷になったのは誰の目にも明らかだった。

やがて、化け物は燃え盛りながら、葉をぼとぼとと落としていく。

それが相当数落ちた時……化け物の中から、魔力に守られた裸の少女が、将司に向けて倒れ込んできた。


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 光の勇者は旅をする。女神教の神官の少女と、斥候の女性、騎士の男と……記憶を失った、混ざりものの少女を旅の道連れに……目指すのは、大石橋

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