新米冒険者のあれこれ
パチパチと枯れ木がはぜる音をBGMに、陣は闇に目をこらす。
視界に入るのは焚火に照らされた暗闇と、今回の仕事を一緒に行うことになった同業者。
「しっかしあれだな、野営はこれが毎度辛いぜ」
年頃は陣と同じくらいの、軽革鎧を身に纏った剣士が呟く。
「そーいうなよ、南街に着けばしっかり休みは取れる、リタに会いに行くんだろ?」
「暫くご無沙汰してたからなぁ……」
他にも互いに顔見知りっぽい何人かが、同じように焚火に当たりながら、雑談に興じている。
陣と一緒に来ているグルスは、見張りのローテーション上まだ寝ているはずだ。
複数パーティーの連合による大規模護衛、ジルコニア鉱山街から南街までの依頼を受けたのは、単純に金を稼ぐためと、陣がこの何でも屋的な行動の経験を積むためである。
「しかしまぁ、大規模はこーいうとこ楽だよな」
「あぁ、それぞれが足りないとこ出しあえるから大体夜営の間常にどっか足りないって事ぁ無いからな」
現に今も、戦士、弓兵、斥候、魔術師と一通り何でもできる組み合わせが取られ、同じように複数のパーティーから集められた何組かが、同じように夜警に当たっているのもそこここに見える。
「んで、ジンだっけ?お前も護衛任務は初めてなんだよな?初めて同士、なかよくやろうぜ」
軽革鎧の剣士がさわやかな笑顔を浮かべて陣に話しかける。
「ああ、よろしく」
木製のマグがこつんとぶつかる、そこに入った水を煽ってから、彼は改めて陣を見た。
「しっかし、俺と同じ駆け出しってわりには、いい槍斧持ってるな」
「知り合いのドゥビットに作ってもらえてね」
「ほー、ドゥビットの槍斧か……見た感じ、そう悪い腕もしてない、これからも仲良くしておいて損はないぜ?」
陣達と同じ組で夜警に立っている斥候が、陣の槍斧を軽く値踏みして言う。
暫く、槍や斧を使う時の留意点や、以前使った変な武器などの話で暇をつぶしていると、がやがやと交代の要員がやってくる。
弓兵が簡単な引継ぎを行い、陣達は寝床に戻る。宛がわれた毛布にくるまると、睡魔はすぐにやってきた。
懸念された獣の襲撃などもなく、翌朝には予定を守り出発した。昼間も交代で護衛を続ける。
陣達がジルコニア鉱山に着くまでにかかった時間に、さらに一日追加して商隊は南街に到達した。
護衛隊は解散、それぞれのパーティーがバラバラに散っていく。
「で、今回は大規模な護衛だったが、どうだった?ジン」
「ルーキー向けって言ってた理由が良く判ったよ」
案外と熟練からルーキーまで織り交ぜて雇われることが多い大規模護衛は、駆け出しが先達から技術や経験を学ぶ機会でもある。陣と同じく槍や長柄武器を使っているベテランからいくつかの修正点や小技などを教えられ、陣は訓練すべきことがまた増えているのを感じた。
(お前さん、随分突撃……というか、突進とそこからの派生を使う癖があるな、もちっと槍の「長さ」を活かした戦い方を考えてみるといいぞ)
(まぁ逆に、その突撃を極めてみるのも手かもな、極め極めた一つの技は使いこなせるだけの千の技に勝るって奴だ)
(相手を無力化するまでは……まぁマシと言っても差し支えないが、トドメを刺すのを躊躇する所があるな、優しいのは結構だが、仕留めるべき時は確実に殺さないと、お前が死ぬぞ)
おおむねこんな事を、大体の相手から言われていた。
鍛えればどうにかなる事は鍛えればいい、問題は、陣は命を奪う事にまだ抵抗があるという事だ。
無我夢中で命を奪っているのはある、怒りに我を忘れ、理性での抑えが効かなく、殺してしまったこともある。
それでも、陣の中で人を殺すのは悪だし、逃げる相手を追ってまで殺そうとは思わない。
山賊夜盗と言えども、話し合いで解決できれば……とも頭のどこかで思っている。
しかし世界は、そんな脳内お花畑じみた理想論を許すほど緩くは無い。
自分の意志を、理想を貫こうと思ったら……相応以上の実力と、相手を黙らせるだけの力が必要だ。
「なぁ、グルス……俺って甘いかな?」
「かなりな、正直、いつ殺されてもおかしくない位には」
こういう時正直に答えるのは、グルスなりの誠意なのだろう。陣にはそれが美徳に感じる。
「甘いか……そうなんだよな、けど……」
「まぁ、慣れないし怖いよな」
言いながら、グルスは少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「河岸変えようぜ、シラフじゃ話せねー事もあるだろ」
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南街にあるごく小さな酒場、グラスに氷の当たる音だけが場を支配する中で、扉が開く音がした。
「よ、マスター、邪魔するぜ」
「グルスか……見ない顔もいるな」
カウンターの向こうでグラスを拭いていたマスターが一瞬手を止め、また手を動かし始める。
一見すればなんて事はない自然体、しかし陣の身体は自然と横、後ろのどちらにでも跳べるよう身構えていた。
「……青いな、この程度でビビってるようじゃ、生きていけんぞ」
「っ……!」
そこまで言われて初めて、自分がどの方向にも回避行動をとれるよう身構えていたことに気付く。安全な街の中で、逃げ場所の無い閉所で。
「マスター、あんまり虐めないでやってくれ」
「ふん……」
苦笑したままグルスが席に座り、陣がその隣に腰を下ろす。
「まずは酒だ、マスターの選んだのにハズレは無いから、期待していいぜ」
不愛想なマスターの出した酒は……確かに美味かった。
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「何年前かな、当時傭兵だった俺は新人と一緒に行動していた」
グラスに注いだ酒をちびちびと口にしながら、マスターが呟くように言う。
「南から着た若いのって以上は知らなかったし、知る気も無かった……筋は……まぁ、良かったな」
からん、と氷がグラスに擦れる。
若い、というにも若すぎる青年を、彼は鍛えた。
どんな戦場に狩り出されても生き残れるように、どんな戦争に狩り出されても目的を達成できるように。
彼の指導の下で、青年は実力をつけ、実績を積み重ねていった。
おおよその状況で生き残る事ができるようになっていた青年だが、やはり一つだけ不得手なものがあった。
目の前にいる者の命を奪う事。
戦場に置いて不殺を貫くのはデメリットばかりでやる意味がない、自分自身どころか味方全てを危機にさらす行為だ。
それでも彼は戦う力を失った敵にトドメを刺すことをしなかった……できなかった。
優しさは、日常においては大切な美徳だが戦場においては致命的な悪徳だ。
その後、結論だけ言えば彼は自らが見逃した少年兵に殺され、助けようとしていたマスターも利き足に深手を負い、傭兵は続けられなくなった。
「坊主、戦う上で相手を思いやり、立場を考える事は悪徳だ」
きっぱりと言い切るマスターの目から、何かを読み取ることは出来ない。
「戦場で敵味方として遭遇した以上、相手が生き残る事は自分が死ぬ事だ……つまらん話だが、覚えておいて損は無い」
「……覚えておきます」
相手が人間の場合だけでく、亜人であろうと同じ事。それ位は陣だって察しはつく。
特に、相手が小鬼や犬頭、大鬼などの人を害することに躊躇の無い連中ならなおの事だ。
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しばらく後、グルスは酔いつぶれた陣を背負って宿へと向かっていた。
「やれやれ、相変わらず酒にも弱い、と来たもんだ」
苦笑しつつ宿への道を歩く、前に呑ませたときもたいがいだったが、一口二口で赤くなるのもいかがなものか……面白がって飲ませるやつが増えるだろう。
「よ……っと」
部屋のベッドに寝かせて自身も空いている側に身を投げ出す。
直ぐに、二人分の寝息が聞こえてきた。
翌朝……グルスと陣は連れだって南街の外へと向かう。
今回の目的は薬草の採取。朝一で依頼者の所に向かい、どんな植物をどれくらいとってくるかを確認する。
上手く見分けがつかない陣の為に、薬草の絵を融通してもらい、それを元に二人で薬草を黙々と採集する。
「……なんだな、もっと動きの大きい事ばっかりしてるのかと思ってた」
「そりゃ、こういう仕事も重要さ、傭兵じゃなくて何でも屋な面もあるしな」
資料と手元の植物を見比べて、合致していれば採取・・・繰り返すこと数時間。
持っていくように言われた荷車に山ほど薬草を詰め込んで、陣とグルスは南街へと戻る。
苦労の結果は……思った以上に金にならなかった。
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「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
猛烈な勢いで陣が逃げる、後ろから追いかけてくるのは無慮多数の数で群れた、陣の膝位まで高さがあるんじゃないかと疑いたくなる「大芋虫」
「わははははははははは!! 災難だな!ジン!!」
「笑ってる場合かーーーー!? あいつらめっちゃこっちに糸吐いてきてるぞ!?」
たかが虫の吐く糸、と笑って引きちぎりたいところだが、地球の小さな蜘蛛や蚕の糸だってバカみたいな耐久性を持っている、それが人に害を与えられる程度の大きさの、となればその強度は推して知るべし。
二人そろって逃げながら、大笑いするグルスに陣が思わず突っ込む。アゲハ蝶の幼虫をそのまま全長5メートルまで巨大化したような虫なのだから突っ込んでこられると地味に怖い、
その後、渾身のダッシュで大芋虫の大群からはなんとか逃げおおせた陣とグルスだった。
「いやー、大変な目に遭ったぜ」
「大変で済むか!? 途中であいつ等角笛猪群れで骨にしてたからな!? てかあれ肉食なのかよ!?」
その日の夜、酒場でほかの連中に楽しそうに大暴走の事を話すグルスの姿がそこにあった
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遺跡探索をし(途中で一緒に組んだ少年盗賊がミスをして転がる大岩に追っかけられた)
暴走牛をなだめ(迂闊に接近したグルスが吹っ飛ばされた)
数日たって、翌日はジルコニア鉱山へと戻る頃。
「ジンさんっ」
陣を、女の子が尋ねてきた。
「あれ、リース?」
「昨日お客さんからジンさんらしき人が来てるって聞いて、来ちゃいました」
宿の部屋で忘備録を描いていると宿のオヤジに呼び出され、酒場で待っていたのはリースだった。
えへへ……と照れくさそうな笑みを浮かべて、陣に隣の椅子に座るように促す、手元には、事前に注文していたであろう串焼きと、薄いパンが置いてあった。
「そんな有名じゃないと思うんだけど……」
「そうですけど、黒目黒髪、左目水晶の義眼って珍しいですよ、やっぱ」
取り留めもない、ごく日常的な会話……エルと暮らしていたころには、エルとこうして話をしていた。
一つの町に居を置かず、あちらこちらを彷徨い歩く旅の日々で、忘れかけていた穏やかな感覚。
「今日は、お仕事とか無いんですか?」
「ここの所詰め込んだからね、今日は休み」
「あ、なら、一緒にお出かけしませんか?」
陣が休みと聞いて、嬉しそうに身を寄せるリース。
「デート?」
「はい、そうです♪」
二人で連れだって街を歩く、その時間はとても穏やかなものだった。