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勇者と邪悪と

 それが突き出した剣の先で、5つにも満たない子供が断末魔の痙攣を繰り返す。

ぼたぼたと血が流れ、力を失った四肢がだらりと垂れ下がる。


「は、はは……!」


その剣の持ち手の先には、おおよそ十代後半と思われる青年が立っていた。

目を見開いた子供の死体に突き立てた剣を力づくで振りぬき、その腹を破ると心臓を取り出した。


「やった……!やったぞ!これで俺は……!!」


そして彼は……その元の持ち主の年齢相応に小さな心臓を


飲み下した。



-----------------------------------------------


 彼は願っていた。いつか、自分の力でもより上に成り上がれる世界に行きたいと。


 彼は願っていた。せめて、自分がした努力の分だけでも認められ、報われる世界に生きたいと。


 努力すれば努力しただけ、無駄だと嘲笑われた。身の程を知れと脅され。分を弁えろと邪魔をされた。

そのくせ、何もしなければ何もしない事を責め立てられ、失敗すればより責められる。

彼はただの学生ではあったが、虐められ、家族からは見向きもされず……終には教室で自身の腹を割き、喉首を切り裂いての死を選んだ。

教室を満たした悲鳴を心地よく聞きながら、彼の意識は消えた……はずだった。


-----------------------------------------


 気が付くと、彼は教室に浮いている自分に気が付いた、足元では元自分だった肉塊を見て、嘔吐する女子生徒や、腰を抜かす男子生徒でパニックの様相を見せていた。


いい気味だ


「そりゃ誰に向かって言ったのかな?自殺した青年」


彼が声のしたほうに向きなおると、そこには醜悪という言葉をそのまま形にしたような容貌の老人が、にやにやとした笑みを浮かべて浮かんでいた。


(別に誰にも、パニクってる元クラスメイト共もそうだし、この後外面だけは悲しむふりをするだろう両親も、マスコミ対応に四苦八苦するだろう教師共も、そこに転がってる肉塊にも)


声は出ないが、答える。すでに死んでいるのだから、何が起こったとして彼が驚く道理はない。


「壊れとるの、その年齢(トシ)で……まぁ、よほど腹に据えかねてた事は、ワシとてこの有様を見ればわかる」


いかにも邪神です、と言わんばかりの醜悪な老人にドン引きされて、それでも彼はほぼ無反応


(じゃあ)

「まてまてまてまて、お前さん死んだはずなのになぜ!?とか思わんのか!?」


突っ込まれた。全力で。


(今更面妖も面妖でないも無い、縁があったらまた来世)

「いや自分の命に興味が無いにも程というモンがあるじゃろ!?お前さんどーいう人生あゆんで……」


ハデにツッコミ入れていた老人の動きが止まる。


「うわ……ごめん、これ死にたくなるわ、生きる事の希望無くすわ、わしだってこの状況陥ったら自殺以外選択肢見えないもの」


ガチ同情された。


-----------------------------------------


 このままお前さんの魂が消滅するところを見てたら神が廃る。と良く判らん事を言う老人に連れられて、とりあえず屋上に出た。幽霊であっても壁抜けはできないらしい。


「改めて……わしは……まぁ、外の世界の神、とでも思ってくれればいい、この世界のメジャー処……仏陀や言葉にできぬ四文字……この国なら八百万の神々だったかな?そんなのと似たようなもんじゃ」

(邪神じゃなくて?)

「そんなものは物の見方の違いじゃ、同じ水神が、干ばつの時には慈雨をもたらす神になり、水害となれば邪神になる」

(そりゃすまない、なにせ見た目もろ邪神だから聞くだけ聞いてみた、この状況、隠し事はできないんだろ?)


 彼の身も蓋もない言葉に、神は苦笑する。


「あまり先読みするもんじゃない、驚かす楽しみがなくなる」

(そーいうのは好きじゃないしあんたを楽しませる趣味もない、要件を)

「……ドライじゃの、まぁいい」


こほん、と咳ばらいを一つすると、神は彼に向き直る。


「お前さんの魂はすぐに消える、まぁ想定はしとっただろうが……自殺と言うのはそれだけ自分の魂にもダメージを与えるもんじゃ」

(なら、万々歳だ)

「まぁそれを否定はせんがね、ただまぁ、お前さんが理不尽な世界に少しでも反逆したいというなら、わしは場を用意してやってもいい」


にやりと、蛇のように目を細めて神は続ける。


「わしの世界ではな、神というのはあまり力を持っておらん、全知全能、森羅万象を司る、そんな能力は勿論持っているが、そういうもの、以上ではない」

(それと俺と、なんの関係が?)

「ほっほ……わかりやすいの、結論から言おう、わしが神というにふさわしい力を手に入れるために、おまえにわしの世界に来て欲しい」


 醜悪な顔をさらに醜く歪ませて……おそらくはそれが彼の「微笑み」なのだろう……神は言う


(あんたの世界で生贄でも集めろと?)

「まぁ近いもんはある」

(面白そうじゃあるが……俺のメリットは?)

「強者である事、強者の特権を享受できること……まぁ、お前さんを虐げ続けてきた連中が貪っていた幸せを、お前さんも得ることが出来る」

(……なるほど、魅力的だ)


 他人を嘲り、嘲笑い、無駄な努力を強要し、それが無駄であることを罵り、できない事を無理やりにでもやらせて、できない事を責め立てる。

それはとても素晴らしい、魅力的な事だった。

彼が望んで手に入れられなかったモノだった。

自分が望んだ復讐の、最初の形だった。



だから


彼は



(判った、その話受けよう)


邪神に負けぬほどの、歪んだ笑みを浮かべて、承諾した。


-----------------------------------------------

 そして、冒頭の惨事に場面は戻る。


 彼が弑したのは、この世界で、後に魔王となる子供。

今はまだ、ただ無垢で無力な存在。

 戦争で両親を奪われ、引き取られた孤児院で奴隷よりは多少マシな扱いをされている、彼が世界を滅ぼそうとするなど、誰も想像もつかぬほど弱い存在。

だから、殺され、命と力を奪われたとして、それは完全な自己責任。

強くなかった、その子供が悪い。

力の源、心臓は……神が言っていたように人間の心臓の形ではなく、ちいさな宝石のような球体をしていた

ごくりと喉を鳴らして、それを呑み込む。


「は……はは、ははは……!」


心の底から……最後に笑ったのはいつだったか。

昔すぎてもう覚えていないが、皮肉にも体は笑い方を忘れては居なかった。

或いはそれこそが、彼の魂が運命に逆らい続けた証なのかもしれない。

運命よ、お前がどれほどの苦難を課そうとも、報われない苦しみを投げかけ続けようとも、己は笑う事を忘れてはいないぞ、と。


「はははははははははははははははははははは!!!」


腹の底からあふれてくる力を感じて、彼は嗤う。

自殺によって欠け、打ち砕かれ、瀕死になっていた魂が、満たされ、癒されていくのが判る。




その日、異世界からの迷い人がひとり、魔王となった。

------------------------------------------


「……また、とんでもないのが呼び込まれたわね」


光の女神、リアラはそのさまを見てため息をつく。

暗い神と違い、彼女は多くの人々の救いを求める声が無ければその力を扱うことが出来ない。

しかし、今、彼女は異界から「勇者」を呼び寄せる事ができるほど力が高まっていることを感じた。


「世界はすべて巡り、足してゼロとなる……か」


世界は足してゼロとなる。

この世界が誕生してから唯一歪むことなく守られ続けてきた掟。

同格の「勇者」を呼び出すことを世界が許容するほど、彼は邪悪だった。


-----------------------------------------------


 極めて短い時間で、クラスメイトが二人消えた。

ひとりは下校途中に消息不明、もうひとりはクラスのど真ん中で割腹自殺。

前者はともかく、後者は目の前で自殺されたのもあって、今更ながら思う所はある。

そういえば、自分はクラスメイトの名前を何人知っているだろう、とか。

自殺したクラスメイトの名前をニュースで初めて知って、一瞬自分が何を考えているのか判らなかった。

「あぁ、あいつそんな名前だったんだ」

が唯一思ったことで、特にそれ以上の感情はなかったのだが。


「苗字は……井上、だったか、坂本、だったか……?」


まぁいいや、と頭から追い出す。

もう覚えていた所で意味のない名前だ。

虐められていた奴に自分から関わろうとは思わない、彼は命知らずでなければ常識も弁えていた。


 ともあれ、先日の大惨事で今日明日は急な休み、明後日には全校朝会でもやって、校長のつまらんお涙頂戴話でもあるだろう。そんな事を考えながら、彼はふらりと家を出て本屋に向かう。自殺した本人の家族親族にとってはどうか知らないが、彼にとっては降って湧いた休みでしかない。


「……ま、最後にでっけぇトラウマは残して逝けて、満足だろうよ」


誰にも知られずに消えて、警察の捜査も早々に打ち切られたもう一人に比べれば。

ぽつりとつぶやくと、彼は歩を進める。

 いつもと変わらぬ本屋で、目当てのものを買ってから、彼が家に帰る途中。

元気よく友達と走り回る子供たちを目の端に映して、特に興味もなく家の方に曲がろうとした所で、悲鳴が聞こえた。

ほぼ反射で、足を止め、振り返る。

視界の先で、目のうつろな中年男性が抜身の包丁を持ったまま、焦点の合わぬ目で全力疾走していた。

その先には先ほどの、子供。

少し先には血だまりの中に斃れている、子供。

 にげろ、と叫ぶ本能に対して、体が拒否を示した。

どうする、と考える間もなく、体が動く。子供と中年の間に駆け込み、中年のハゲちらかした顔面に袋に入った本……受験対策の問題集と各種辞書で5kgは軽くあるそれを顔面に向けて振りぬく。


「あああああああああああああああああああああああ!!!」

「うわぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」


最早言葉にならぬ言葉を叫びながら振り回す本入りの袋は、即席のブラックジャックとなって中年男性の顔面に叩きこまれ……。

中年男性の振り回した包丁は、彼の首に突き立てられた。

しかも悪いことに、それでパニックを起こした中年が包丁を握ったまま腕を振り回したものだから……

彼は、そのまま喉を裂かれた。

 頸動脈が切れ、血が溢れ出る。呼吸ができなくなり、痛みが喉を中心に灼熱のように広がる。

悲鳴を上げたはずの口からはごぼごぼと血が溢れるのみ。

逃げようとする中年に、残された力でタックルをかまし、腕を捻りあげる。

 筋力のリミッターが外れた状態で腕を捻りあげられ、骨が折れるか外れるような音がする。

立て続けに起きた悲鳴と異音に、あたりの住民も寝たふりを決め込んでは居られなくなったのか、パトカーのサイレンが遠くに聞こえてくる。

振りほどかれた、中年男がひぃひぃと息を荒げながら逃げていく。

直ぐに目がかすみ、それすらも見えなくなった。

----------------------------------------------


「……か?聞こえ、ますか?」


 声は、何処から聞こえるのか判らなかった。

遠く、近く聞こえる不思議な声。


「目覚めなさい、あなたに今一度、命を与えます……」


同年代の少女のような、もっと年上の女性のような声。

うっすらと目をあけると、彼は一人の女性に膝枕されていた。


「う……?」

「あぁ、無理はしないで……ゆっくりと……呼吸を整えて」


慌てて起き上がろうとする彼を手で制して、彼女は彼の喉に手を当てると何か唱える。

決して熱くない、暖かいというのが適切なその感覚が収まった時、彼の裂かれた喉は元通りに戻っていた。


「うん……大丈夫、もう喋れます」

「……ここ、は?あなた……は?」


再度起き上がろうとするが、体に力が入らない。

結果として柔らかな太腿に頭を乗せたまま、彼は問いかける。


「……私は、リアラ、あなた方のいうところの、異世界の女神です」

「神?」

「えぇ、にわかには信じられないかもしれないけれど……あなたの勇敢な行動と、最期を見ていました」


女神を自称する女性に促され、彼は立ち上がる。


「勇敢なんて、結局俺は助けられなくて……」

「けど、周りの人間……特に、そういう時は立ち向かいなさいと言い続けてきた大人は、誰一人として動かず、見ないふりをし、聞こえないふりをした」


女神の声に、少しだけ侮蔑が混じる


「普段耳障りのいい事だけ口先に載せて、それが証明されるべき時になにもしないのは、普段から悪意を表してるよりも唾棄されるべき事だわ」

「……」


それは違うと言おうとして、彼は否定できなかった。


「あなたの行動と、魂の輝きは、勇者と呼ばれるにふさわしい……どうか、私たちを、私たちの世界を、助けてほしいのです」

「な……無理ですよ!俺は戦う事なんてできない、ただの学生で……!」

「あなたは、ほかの誰にもできなかった事を、たった今成し遂げたばかりではないですか」


 事実なだけにぐうの音も出なかった。周りの大人たちが聞いたら「出来なかったのではない、しなかったのだ!」と顔を真っ赤にして怒鳴っていただろう、そして、じゃあなぜしなかったのかと言われると余計に怒ったはずだ。


「勿論、なんのサポートもあたえず、なんて事はしません、かの世界で生き抜くのに必要な力と、あなたが望む異能を付けます」

「それって……」

「えぇ、いわいるチートというものですね、ただ、それ位ないと救えないって事でもあります」


それに……と彼女は続ける。


「向こうに行って今日明日ですぐ、って訳では無いんです、準備する時間は十分以上にあります」


だからどうか、助けてください、と深々と頭を下げる女神に、少し気圧される様に、彼は頷く。


「……わかりました、俺にできる範囲の事であれば」

「はい、ありがとうございます」


女神は、とても愛らしい笑顔を彼に向け、歓んだ。


そして勇者は、エレメンツフィアの大地に降り立つ。

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