大事の事後処理
鉱山から化け物が噴火を伴って現れたという事実は、ジルコニア鉱山街を軽いパニックに陥れた。
気絶したままのグルスの幼馴染、マリアを休ませてから、一同はスカイゴールド城講堂に集められる。
「まずは、よくマリアを無事に連れて戻ってきてくれた、彼女をよく知る者として、この街を治めるものとして改めて礼を言う、本当に良くやってくれた」
施政者としての姿勢に安堵を同居させて、カイが陣達にそう言った。
「報告はすでに受け取っている、街にまぎれた邪神の信徒達は可能な限り探し出し、捕縛するよう命じた所だ、あの手合いは放置すればすぐに手に負えない程に増えるからな」
また変なことされたらたまらん、と続けてしまうあたり、被っている猫は早くも綻びている様だ。
「てかよー、なんで知り合いばっかりなのに肩こる口調と態度でやらなきゃならんの?」
「公私の区切りとけじめはきちっと付けろと俺いっつも言ってるよなぁ!?言ってるよなおい!」
早くもダレはじめたカイにカイラスが詰め寄り、のど元を掴み上げる。
「めんどくせーんだよ上等だこらぁ!」「てめー今日こそケリつけんぞゴラァ!!」
そしてはじまる宮廷魔術師と町の代表の殴り合い。
それを見て、ネイラが肩をすくめて陣達に向き直る。
「長くなるから、あんた達はそろそろやすみな、部屋は用意させるし、お駄賃もそこに置いてある」
「いやお駄賃て・・・」
疲れてんだから休んだ休んだ、と陣達を送り出すと、ネイラの纏う雰囲気が変わった。
「カイ!カイラス!!あんたらいい年してなに子供みたいな喧嘩してんだい!!」
「「まずい!狂聖女だ!!」」
「誰が血に飢えた狂戦士だいこらぁっ!!」
ネイラの強烈な一撃が、カイとカイラスの意識を刈り取った。
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グルスは自室には戻らず、マリアが休んでいる部屋の入り口で壁にもたれていた。別に深い理由があるわけでは無い、単に傍に居たかった。
「ん……?」
「よ、気が付いたか?マリア」
気が付いた幼馴染声をかける、その声は、優しかった。
「ぐる……す……っ!?」
幼馴染を視認すると、ぼやけていた頭が一気に覚醒し、耳まで真っ赤になってシーツを頭の先まで被る。
「ななななななんであんたがここにっ!?」
「なんでかはお袋かカイラス叔父さんに聞いてくれ……おりゃ、疲れた」
毛布から目より上だけだして自分を見つめる幼馴染に寄り添うように、グルスは座り込む。
急なことにパニックを起こすマリアの耳に、ぐぅぐぅといびきが聞こえてきた。
一瞬の硬直の後、マリアは呆れたようにため息をつき、引っ被っていた毛布をグルスにかける。
「……ありがと、ナイト様」
彼女が、こっそりとグルスの頬に口づけしたのを知る者は、彼女にとって幸いなことに居なかった。
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一方、ネレッドは休む間もなく町の中を走り回っていた。
鉱山から逃げ出した信者たちの一団が街中に隠れていると情報が寄せられ、調査の依頼を受けさせられた為だ。
「タイミングが良すぎる」
一見注意などする気がないようなネレッドが、周囲に目を張り巡らせて言う。
さらに、大規模依頼とされていながら、ネレッド以外に受けている様子がなく、依頼書もすぐに撤去されていた。
「こりゃ多分嵌められたな……選択肢もなかったわけだけど」
思い返すに……わかる様に暗器を持っていたのが周りに多数、本命を用意していたのも複数いただろう、人目のある所で殺すのもいとわない、となれば余程こちらが邪魔で時間がない、という処か。
或いは、事実を知る者は少ない方が良い、って事か?と思いもしたが、あの代表にそこまで考える知能があるとは思えなかった。
仮に必要ならやりそうな宮廷魔術師の独断だとしても、根の部分で善人が抜けていないと見える彼にそれが出来るとは思えない。
というか、二人とも政治の世界では長くないだろう、とネレッドは見立てている。有能ではあるが、それだけではただの政治運用マシーンと変わらない。暗躍するものとしてはそっちのほうがありがたいのかもしれないが。
(こっちがあの一発屋の甘ちゃんとはちげーってトコを教え込んでやらねぇとな)
背後から近づいてくる気配に気づかないふりをしながら、ネレッドは軽く舌なめずりしていた。
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たん、という人の命を奪ったにしてはあまりにも軽すぎる音が空間に消えた。
それよりは大きな音を立てて倒れ込む人影の向こうに現れたのはネレッドの小さな姿、その手には機械弓が握られている。
「一緒に居たヒュムがヌルい事やってるんであわよくば……とでも思ったんだろ?」
自身を取り囲むローブ姿を前に、ネレッドは大仰に肩をすくめて見せる。
「わりぃな、オイラこっちを殺しに来る奴には容赦しねーんだ」
それは普段のひょうひょうとした下手なスリとしての声ではなく、場数を踏んだ斥候の声だった。
「理由は聞かねぇ、死ね」
機械弓はまだ装填されていない、そう判断したローブ姿の一人がネレッドに襲い掛かる。
ネレッドは慌てずに機械弓に設置されている弓の機構を動かす。弦が絞られ、その動きで次の矢が装填される。
「わりぃな、特注なんだ」
ローブ姿が驚く暇もあればこそ、再度放たれた矢は正確にそいつの額を射抜いた。
今度こそ、ローブ姿たちは警戒し、動きを止める。
「そいつとそいつ、あとコレは見た顔だな、殺られた仲間の敵討ちか?」
「なっ……!」
明らかに狼狽するローブ姿にニヤニヤと笑みを浮かべて、ネレッドは続ける。
「顔は見えないはずなのにどうして、ってか?簡単だぜ、お前らからドブみてぇな臭いがプンプンするからさ」
ニヤけたような笑みの裏に浮かぶ、殺意。
自分たちよりもはるかに小さなフービットに、ローブ姿たちは2歩後ずさる。
「敵中に忍び込む斥候がなぜ生き残れるか、教えてやるよ」
たん、とクロスボウを放つと、ローブ姿達が一斉に避ける。見えていれば、直線でしか飛ばない矢を避ける事は不可能ではない、ネレッドの思惑通りに。
「生き残るためにできる事は、全部するからさ」
ローブ姿の一人が身をかわした先に、小さな子供がいた。たまたま迷い込んだだけの、なんの罪もない子供。反射的にローブ姿はぶつからないよう身体をそらし……
その隙を突いたネレッドの短刀が、ローブ姿の喉を切り裂いた。
子供に返り血がかからないよう、ネレッドが抱えて跳ぶ。喉を割かれ断末魔を上げる事すら叶わず、もだえ苦しむローブ姿には目もくれず、ネレッドは腰を低く、短刀を体で隠すようにしながら残りのローブ姿と睨み合う。
「良い戦士ね、斥候としても優秀かと言われると悩むけれど」
声は後ろからした、背筋を走る寒気、それと同時にネレッドの身体が跳ねる。
背後に庇っていたはずの子供が、剣を振り下ろしている姿が見えた、ただし、子供が使うには大きな、と言える長剣を。
「ケッ、ご同輩かよ」
「あら、いやそうな顔しないの」
隠れていたゴミ山が、突然に膨れ上がった炎の爆発によってネレッドごと吹き飛ばされる。
威力が大したことは無い、というのは救いだが、受ける衝撃は本物だ。壁まで吹っ飛びしたたかに体を打ち付けたネレッドは、それでも立ち上がる。
ネレッドの視界には、右手に長剣を、左手にタリスマンをぶら下げた少女の姿が映っている。
「まさか似たよーな戦い方するご同輩とはな、そりゃ魔道具か?」
「あら、女の名前と手練手管はベッドの中で話させるのが、いい男じゃないの?」
いうなり、手の中のタリスマンをネレッドに向けて投げつける。
とっさに転がる様にその場を逃げるネレッドを、爆風が襲った。すぐに投げつけられる別のタリスマン、今度はそれが着弾すると同時に電撃が地面を這った。
(ちっ……スリングの魔道石か……めんどくせぇのに捕まった)
(この距離で避けて見せるかい……めんどくせぇのに色目使っちまったよ)
ネレッドが体の小ささを利用してローブ姿たちの足元を抜ける様に走る、そこに投擲されたタリスマンが粘液の塊に変わり、ローブ姿達をまとめて行動不能にする。
「ちっ……逃がすか!」
フービットの女が、ネレッドを追って走る、ほどなく、固まり始めた粘液が高熱を発し、ローブ姿達を焼き殺した。
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建物の壁にワイヤー付きの矢が突き刺さる、そのワイヤーを手繰ってネレッドが壁に張り付いた。
息を殺し、気配を殺し、右手にはいざという時のとっておき。
自分を追ってくる同族がちょうどいい位置に来るまで、ネレッドは息をひそめる。
ネレッドを追ってきたフービットの女は、不意に見えなくなった影に注意し、ゆっくりとした歩行と、直ぐに体を動かせる体重移動に動きを変える。物陰、建物の角、すべてが警戒対象へと変わり、慎重に歩を進める。
彼女が調べようとしているのは、道にできている血だまり。それが果たして獲物のものなのか、違うのか。
にやりと笑みを浮かべ、上を見る、目に入ってきたのは彼女の読み通り壁にしがみついているターゲットと、投擲された何か。あわてず騒がず、投擲されたものに石を投げつけ軌道をそらす、そのつもりだった。
ガラスが割れる音と、その時に聞こえた小さな、焼けるような音。
考えるよりも早く、体が全力で前へと走る。後方でそれなりの量の水分がぶつかる音と、道が焼ける音が同時に響いた。
「ちっ!やっておくれでないか!」
「くそっ……!」
奥の手まで切った罠が不発に終わる、となれば身動き取れない場所にいる理由はない。すぐにワイヤーを切り離し、取る手段は逃げの一手。
「……はしゃぎすぎたか」
追撃を考えるのも一瞬、人のざわめきを察知し、フービットの女はその場から姿を消す。
後には戦いの痕跡と静寂だけが残された。
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後日、ネレッドからの報告を受けたカイは、すぐさま件の女フービットを探すよう指示を出す。
「そうか、いよいよキナくせぇな」
「あぁ、少なくとも……根は相当深い所まではってると思うぜ」
グルスとネレッドは二人で状況について再度話を確認していた。
現時点で分かっていることは、少なくとも襲撃者達が先の邪神を崇めるもの達と直接、あるいは間接的に関わりがあるという事、それなりの腕の斥候か暗殺者を送り出せるほどの力を持っている、という事だけ。
どっちにしても巨大な資金源がある、所までは想像がつく、となれば余程潤沢な資金を好きに使えるパトロンが裏にいるか、それだけしっかりした生産拠点があるか……どっちにしてもおいそれと手を出せるものではない。
「どっちにしても、かなりヤバいのは間違いないだろうな、なにせいいトコのお嬢を誘拐して生贄にしようって豪儀な連中だ」
「それだけに、あそこでキメる筈だった場所で被った傷はデカい、か」
「なんとも、退屈しねぇ話だな」
「あぁ、面白くなってきやがった」
顔を見合わせてにやりと笑みを浮かべるグルスとネレッド、強い者との戦いは決して嫌いではない二人は状況を心から楽しんでいた。