鳴動する大鉱山4
陣が突き出し続ける槍の先で、断末魔の痙攣を繰り返していた騎士から力が抜ける。
がんと騎士の腹をけりつけ、槍の穂先を引き抜くと、陣は自らの作り出した死骸から顔を背け胃の中身をぶちまける。
ひとしきり吐くものがなくなるまで吐くと、革袋の水で軽く口をゆすぎ、仲間たちに合流しようと歩を進めた。
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ノーリの視界の片隅で陣の姿が枝坑に消える、それを追って入っていく小鬼の姿は捉えていたが、目の前の大小鬼が陣のフォローに行くことを許さない。
「シッ……!」
振りぬいた槌が大小鬼の脛に直撃し、骨を砕く。
骨の折れた激痛に耐えかね、悲鳴を上げながら、片足で体を支えきれずに倒れる。
敵の目の前で見せた圧倒的な隙、それを見逃すほどノーリは優しくはない。すぐさま頭に狙いを定め、槌を振り下ろす。
頭蓋骨を粉々に砕かれ、大小鬼は絶命する。その穴を埋めるように、意識の戻った小鬼達がノーリに飛び掛かった、回避の間に合わない距離、ノーリは肩、喉をかばうように防御の姿勢をとる。
風切り音が鳴り、小鬼達がはじかれたように後ろに下がる。その体には何本かの矢が刺さっていた。
ノーリの後方で、ネレッドが短弓を構えて立っている。慣れた手つきで矢筒から数本の矢を取り出すと、それを構えて同時に放つ。放たれた矢は狙いたがわず小鬼に次々と突き刺さる。悲鳴を上げてさらに下がる小鬼達、主力である騎士は居なくなり、呪術師、魔術師は殺され、自分たちより地力のある大小鬼さえ数を減らしている現状を見て、小鬼達はついに我先にと逃げ出した。
「な、なんとか……って感じだぜ」
「おわった~~~」
短弓から矢を外さず息をつくネレッドを背に、ノーリが地面に座り込む。
「ってダレてる場合じゃなかった!ジン君!」
「グルスの旦那、無事か~?」
状況を思い出し、慌てて陣の援護に向かうノーリと、グルスの支援に向かうネレッド。後には、小鬼達の躯だけが残された。
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「グギュッ!?」
グルスの剣が、小鬼の首を斬り飛ばす。背後からグルスを狙った大小鬼が振り下ろす石斧を、グルスは刃を滑らせることで受け流した。
剣を構えなおして斬る暇はない、振り向いた勢いを殺さず、柄から右手を離して思い切り大小鬼の顎を裏拳でぶん殴る。防御が遅れた大小鬼はもろに打撃を顎に受け、後方にたたらを踏む。
「終わりっ!」
左手一本で片手半剣を振り上げ、柄を両手で握りなおして全力の一撃を大小鬼に叩き込む。肩口をとらえた刃はそのまま大小鬼の身体を割き、心臓を少し過ぎた所で止まった。すぐさまケリをくれて大小鬼をふっとばし、同時に刀身を敵の身体から抜く。
どう、というよりは「ぐしゃり」と音を立てて倒れる大小鬼に目もくれず、グルスは片手半剣を構えなおし……すぐに構えをとく。周りに、動いている小鬼は居なかった。
「よっと、無事みてーだな、良かった良かった」
「よぅ、ネレッド、そっちどうだ?」
大小鬼の死骸を踏みつけてグルスを見つけたネレッドは、思った以上に軽快に死骸の山を進んでグルスに寄る。
「いわだんごがジンの様子見に行ってるぜ、鎧付きとやり合ってたけど、まぁ負けやしないだろ」
「俺もそう思うが、支援に行くぞ」
「りょーかい」
有無を言わさずグルスが進み、ネレッドも弓の張りを確認してからついていく。
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突き殺す。
薙ぎ払う。
振り下ろされた粗末な棍棒を盾で受け、無防備な腹を貫き通す。
陣は追い詰められた隘路で、戦っていた。騎士を倒した後、味方と合流しようといそいだのがまずかったのか、小鬼の群れに見つかり、後退と迎撃を繰り返して、追い詰められた。
無闇な殺生をしない、どころか攻撃されたら無抵抗で首を差し出せ、と教育されてきた現代日本の学生である陣にとって、無限とも言える時間の攻防。
これまでのような、短時間で終わったり、状況が細かく入れ替わったりして周囲を確認する余裕のなかった戦いとは違う。自分が防戦一方から抜け出せないことを理解できる戦闘。できるだけ軽いものを選んだにも関わらず、短槍がとても重く感じる。
ついに、鈍い音を残して槍がへし折れた、体制を崩した陣の隙を逃がす訳もなく、小鬼が手にした棍棒を陣の腹にたたきつける。鈍い音と、想像以上の強い衝撃が陣を襲った。
「がぁっ!?」
「グギッ!!ギャギャギャッ!」
小鬼は嵩にかかって棍棒を振り回し、ほかの小鬼達も「我も続け」とばかりに陣を殴りつける。いくら防御しようとも防ぎきれるものではない。
まだわずかに回る思考が、逃れる術は無いかと足掻く。魔術を使う?無理だ、術を使うのに必要な集中をする時間がない、無理にでも突破する?自分の力では囲まれた状態を振り切って向こうに抜けることなど出来はしない。思考とは別に動かしていた手が、たまたま小鬼の握る棍棒を掴んだ。無抵抗だった獲物の思わぬ抵抗に小鬼は驚きから動きを止め、すぐに怒りの感情に支配され……。
次の瞬間、小鬼の身体は宙に浮いた。
身長差、ヒュムネと小鬼の間にある絶望的な「種族差」慌てた小鬼はじたばたと暴れ、陣を蹴り飛ばす。
お前が下だ!お前は無様に蹲って俺にいい様に嬲られていろ!小鬼がそう言っているのを陣はなんとなく感じ取り、本気の力で小鬼の握りしめる棍棒を奪い取る。
「あああああああああああああああああああああっ!!」
もはや自分が何をどう発音しているのか判らない。小鬼からもぎ取った棍棒を持ち直すと、狼狽したままの小鬼の頭を掴み、陣はそれを壁に向けて叩きつける。小鬼にとって不幸だったのは、そこがたまたま尖った岩だったという事。叩きつけられた衝撃で背骨にダメージが入り、体が動かなくなる。
そこから、陣は自分がなにをどうしていたのか覚えていない。
何か硬い物を殴った後、衝撃が体に走ったと思うと、自分は仰向けに寝ており、目の前には仲間たちの顔があった。
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そこで何が起こったのか、ノーリには一瞬理解できなかった。
判るのは、かつて小鬼だった残骸を手に、陣が立っているという事。その目は普段からは想像できないほど濁っており、額には「emes」の文字がうっすらと光っている。
小鬼の持っていた棍棒を振り上げ、襲い掛かってくる陣から逃れるのに手一杯で、ノーリはそれに気づかなかった。気づいた所でどうしようもなかっただろうが。
「じ、ジン君!?」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
叫び声というよりも吠え声に近い声を上げて、陣が手にした棍棒をノーリに叩きつける。振り方も何もなくブン回されただけのそれを、ノーリはとっさに籠手で防いだ。
振りぬいた軌跡にそって血が流れる。ノーリのものではない、陣の腕から、皮膚が破れ、血が飛び散っている。
それでも陣は攻撃をやめない、まるで怒りその物に支配されているかのように。
「くっ……!」
閉所用に短く作ったメイスを持ち直すと、ノーリは陣を無傷で無力化する事を諦めた。まして両腕からのあの出血、おそらく今、陣の身体は限界を超えた酷使をされている。
「ウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
互いに裂帛の気合を込めた突撃、高所から重量武器を振り下ろす陣のほうに分があるのは明らかだ。
しかしそれは先刻承知、ノーリはメイスで陣の両腕を跳ね上げ、空いた胴体にタックルを当て
「だっりゃああああああああああああああああああああ!!」
そのまま全力で岩壁に投げつける。
なんと、陣は空中で体を入れ替え、足から壁に「着地」し、そのまま反動を使って再度ノーリに飛び掛かった。
「悪いけど……ヒュムの若いのって好みじゃないのよっ!」
それを見越しての、下から打ち上げるノーリの一撃。ドゥビットの膂力を生かした掬い上げるような一撃が陣の顎を捉えた。
たまらずに姿勢を崩し、壁にたたきつけられる陣。獣のように敏捷に起き上がろうとして……
「笑う地霊の火酒の霧、酔いて眠れや眠れや酔いて、霧火酒飲みて、地霊は笑う」
坑道に朗々と響く詠唱と、それと共に湧き上がる強いアルコール臭を持った霧。
足がもつれ、陣がどうと倒れ込む。
「グ……ガ……ッ!」
「泥酔の霧」のスクロールが燃え尽きるのも気にせず、グルスが陣を無力化する。額に浮かんだ光の文字は弱弱しく消えていった。
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「……ごめん、ほんとう、ごめん、ノーリ」
「いや、良いよ良いよ、どう考えても状況がおかしかったし」
一連の起こったことを聞かされて、陣は何よりも最初にノーリに頭を下げる。
相当に頭がぐらぐらするのは泥酔の霧、という魔術で酔っているからだ、と教えられている。
両腕の裂傷は治癒のポーションで治療されており、動けるようになりさえすればまた前に進める。
(……あれは、一体)
ネレッドだけが、その目敏さで目に焼き付けた、emesの文字に頭を悩ませていた。