鳴動する大鉱山3
坑道内はそれなりの光源が確保されているものの、全体として薄暗い。狭い通路は陣やグルスの持つ槍斧を振り回すにはとことんまで向いていない。グルスは取り回しのいい片手剣を、陣は短槍と盾をそれぞれ持ち出している。
「さーて、ヒュムの鉱山はどんなかな~っと」
「忘れんなよノーリ、目的はあくまでもグルスの旦那の馴染みを救出する、だからな」
「判ってるってのドチビ」
つとめて軽い言葉を使う亜人二人の姿に「気を遣わんでも良いんだがなぁ」とグルスが頬を掻く。
「それよりもノーリ、鉱山に入ったら頼むぞ、俺たちはノーリほど穴の中には精通してない」
「任せてちょーだいな、森ではエルンに、山ではドゥビットに従え、ってね」
三つ編みにした赤髪を揺らして、ノーリが答える。ドゥビットらしくふくよかな胸をドンと叩くと、手甲と胸甲がぶつかってガンと大きな音がした。
「樽で鉄板胸とか、救いがどこにもねーな」
「あ?」
やれやれ、と肩をすくめるネレッドと、ガンを飛ばして威嚇するノーリ。間に陣が入って「まぁまぁ」と二人をなだめる。
そんな事をやりながら、準備をする手は止めていないのだから、つくづく皆冒険者ではある。
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ドゥビットらしい樽のような体格に、丸々とした団子鼻、三つ編みにした長い赤髪を揺らして、ノーリは坑道内をちょこちょこと見て回る。
坑道はまだしっかりとしており、ちょっとばかり中で戦闘になってもそう簡単には崩れないと感じさせた……、だが、報告に戻ってきたノーリの表情は険しい。
「ね、グルス君、虹雀とは言わないけど、すぐに手に入る小さな鳥、いない?」
「どーした岩団子、頭沸いたがっ!?」
ネレッドにけたぐりかまして黙らせた後、ノーリは続ける。
「地震のせいかは知らないけど……少し、穴倉がいら立ってるかも、場合によっては……」
「判った、用立てて貰う」
地震により地面が揺らされ、予想だにしない処からガスが噴き出している可能性がある。
そしておおよその場合、鉱山のガスは毒性か爆発性、あるいはその両方を持っている。それらを詳細に察知するため、小型の鳥が利用されているのは、割と知られていないらしい。
ドゥビットよりも毒に弱い小さな鳥は、彼らが感じ取れないような薄いガスでさえも感じ取って、逃げようと暴れる。もしも鳥が暴れたならば、そこはすでにガスが出てきている、という事だ。
「とまぁそんな理由で使うわけよ、おわかり?」
「お、おぅ……とりあえず、首が痛い事は判ったぜ……」
ダウンしたままのネレッドにノーリが講釈を垂れている間に、グルスは小さな鳥かごに入った鳥を用意してきた。
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坑道を歩く事しばし、ノーリが声を出さずに手で全員をストップさせる、間髪入れずに身を低くし、ネレッドを指さし、次に先を指し示す。
何が言いたいかを理解したネレッドが音をたてぬよう壁沿いにすすみ、内懐から取り出した手鏡で通路の先を確認する。
ネレッドの持つ手鏡には小鬼の群れが映り込んでいた、数は少ない、奇襲をかければ楽に……と考えてすぐにその考えを改める。物陰からせこせこと出てきたのは、体に比してもなお大きい杖と、特徴的な羽飾りを身に着けた小鬼の呪術師と、小さな水晶のついたスタッフを抱えている小鬼の魔術師、周りを囲むのは人間の大人ほどの体躯を誇る大小鬼と、騎士のような鎧兜に身を包んだ小鬼の騎士
(冗談じゃねぇ……)
心の底から上げたい声を押さえて、ネレッドは足音を立てないように仲間の所へと下がる。
懐から紙を出し、騎士、呪術師、魔術師、大物4、小鬼無数 と書いて仲間たちに見せる、全員が頷き、さらにしばらく退避する。
「参ったなぁ……まさかの小鬼か~」
「廃坑なんざ、奴らが巣にするにはもってこい、だからな」
これが単純に遭遇戦だ、というだけなら、坑道をわざと崩して生き埋めにするという手段が取れただろう、グルスの幼馴染が囚われておらず、中にいるのが小鬼と悪党だけだ、というなら入り口を塞いだうえで炭坑そのものを水没させる、という手段もとれた。
「どうする?ぶつけるか?」
「それでグルス君の幼馴染が苗床にでもされたらどうするの、却下」
ネレッドの合理性のみを追求した一言に、ノーリがすぐさまツッコミ入れて、そういえば……とグルスを見る。
「そういえば、グルス君の幼馴染ってどんな子?誤射防ぐためにも特徴聞いておきたいんだけど」
「あぁ……そういや、見てなかったな」
そう言って、グルスは少し目を閉じる。
「マリアは……長い金髪をしてるんだが、背中で一纏めにしてて、ぱっと見肩くらいまでの長さに見えるな、胸は大きめ、腰回りはちょっと細い、で……身長はネレッドと同じくらい……のはずだな」
「へー、町棲みのフービットか、まぁオイラもヒトの事言えないけどな」
「……マリアはヒュムだ」
「…え?」
グルスがぽつりと言った言葉に全員の動きが止まる。
「……ヒュムで、ネレッドくらいの、身長の、女の子?」
「ああ」
「……幼女趣味」
「小児性愛者」
「ロリコン」
「ちゃうわ!?特徴だけ言ったら絶対言われると思ったけどちゃうわ!」
じと~っとした目で自分を見てくる仲間たちにツッコミ入れて、グルスはふぅ、と一息つく。
「ガキの頃から身長伸びなかっただけで、同い年だよ」
「……って事は、その人十代後半?」
「あぁ、実物見たらびっくりするぞ」
ともあれ、そこで皆の言葉は一度止まる。
見慣れてるやつが「少なくとも可愛い」というような小柄の女の子が、悪漢に捕らえられてさらに同じ炭坑にゴブリンがうろついている。
「で、どーやってあの小鬼共をブチのめすかだけど……」
「やり過ごすって選択肢はないのか」
「ない」
むがー!と頭を掻きむしるネレッドを放置して、ノーリは改めて考える。
ここまで下りてきた感じ、このあたりの穴はドゥビットが掘るよりも正確かつ計画的に掘られており、この穴を中心に支坑ともいうべき穴が伸びているようだ。
「纏まった所を「槍」で薙ぎ払う?」
「……ジン君の魔術は坑道が持たない可能性があるからやめて」
「バ火力の一発屋ってそこが不便だよな」
ノーリとネレッドの言葉にがっくりと膝をつく陣を放置して、どうするかとさらに悩む。
「なら、こいつ使うか」
グルスが思い出したように取り出したのは、投げるのに適した大きさにそろえられた石。
「なにそれ」
当然の疑問としてノーリが尋ねる。陣とネレッドも正体は想像がつかないようだ。
「昔見つけたマジックアイテムを再現できないかとカイラス叔父さんが作った道具でな、キーコマンドを唱えてから投げると、地面に落ちた時に閃光と爆音を発する、防御が遅れれば暫く目と耳をやられるぜ」
(スタングレネード……ファンタジー風だとああなるのか)
三人で少し考える。が、現状それを上回る手も浮かばず、何より時間が惜しい。
変な風にしんみりしている陣を再起動させて考えた策は以下の通り。
1:まずネレッドが近づけるだけ近づいて石を棟的
2:音と光が収まると同時にグルス、ノーリ、陣が突入、魔術師と呪術師は確実につぶす
3:その後は一度奥に抜けてから体制を立て直す、可能な限り乱戦はしない
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小鬼達の進みは遅く、発見場所からさほど進んではいなかった。
計画通り先行していたネレッドがハンドサインで小鬼の発見を告げる。突撃準備が整ったことを確認したうえで、グルスからGOのサイン、ネレッドは静かに前進を開始する。
元々身軽なフービットが本気で隠密に徹すると、小鬼程度では感知することは難しい。
ほどなく小鬼の群れを射程に捕らえたネレッドはキーコマンドを唱え。石を投擲、すぐに身を伏せ、目を閉じ口を開き耳をふさぐ。
暴力的なまでの閃光と爆音が周囲一帯を制圧した。その振動で崩れるような炭坑ではないが、周りの空気ごとびりびりと大きく震える。
突撃喇叭にしては大きすぎる音を合図に、陣達が隠れていた場所から飛び出し、小鬼の群れを越えていく。
強い光にひきつけを起こした者、爆音にさらされ気を失ったものを踏み越えて、グルスが呪術師の首を一刀の下に切り落とす、陣の槍が魔術師を床に縫い止め、ノーリの槌がその頭を叩き潰す。
ふいに背から腹を貫く「いやな予感」に振り向いた陣が掲げた盾が、突き出された槍をはじく。槍を構えているのは、騎士鎧のパーツをちぐはぐに身に纏った小鬼の騎士。
盾を力づくで振り払うと、陣と騎士は互いに距離をとって構える。
(こいつ……いや、鎧兜のおかげで立ち直りが早かったか……!)
慣れない盾を使った戦闘に悪戦苦闘し、さらに早い所安全な場所まで退避したい陣と、ここで時間さえかければ状況は有利になっていくと理解している騎士の戦闘は、油断ならないものとなっている。
囲まれないために下がらない訳にはいかず、下手に本気で逃げを打とうとするとその隙に背後から攻撃される。
グルス、ノーリ、ネレッドのいずれも、大小鬼を仕留めた所で、後は適当に下がりながら迎撃を繰り返す手筈ではあるが。
(逃がしてくれそうにねーな)
使えるものは無いかと、周りをちらと見まわすが、所詮周りにあるのは小鬼の死骸のみ、状況を覆すことができそうなものがそうそう落ちているわけが無い。
陣の状況に気付いたネレッドが支援に向かおうとするが、意識を取り戻した小鬼に妨害される。
騎士の降り下ろした槍を盾で受け、タイミングを合わせて突き出した槍は読まれていたのかかわされる。
足元でダウンしている小鬼の首を踏み折り、気絶から復帰しそうな小鬼を蹴り飛ばして気絶させながら、騎士の振り回す槍をしのぎつつ、陣はじりじりと枝坑の方へ移動していく。先刻から、対峙している騎士は槍を振り回すか、振り下ろすかしかしてこない、突き出しても来るが、それは牽制程度だ。
(もし、想像通りなら……!)
狭い枝坑に入り込んですぐ、騎士の振り回した槍が壁につかえて動きが止まる。
動かなくなった槍をつかんだまま、たたらを踏む騎士。大きく崩れた体制を立て直される前に、陣の突き出した槍が騎士の顔面を貫いた。