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崩壊の兆し


 その後、南街の調査を暫く続けたが、ギルファをはじめとするエイグリズドの使徒達の尻尾を掴むには至らなかった。

 大石橋を南下してきた帝国軍の偵察部隊を確認し、陣達は一度南街の調査を切り上げると鉄工街への帰路につく。


「あ~……皆、ちっと耳に入れておきたい情報があるサ」


 船旅の途中で、連絡に使っているらしい鳩の足から手紙を取り外したマリグナがとても渋い表情で皆に告げる。


「鉄工街で若干だけど、病気が流行する兆しが見えてる」

「病気?」

「まぁ、あそこは定期的に変な病気が流行っちゃいるが……今回のはまた面倒なようだね」


 風邪と似たような症状で、急に熱が尋常でないほど上がり、場合によってはそのまま死に至る。

 病状としてはシンプルなものだが、その感染速度は尋常でなく、鉄工街の施療院は既にオーバーフロー状態が続いているという。


「とりあえず、アタシは調べた事を纏めて議会に報告しておくさね、後、あんたらの言ってたバケモノの話も聞きたいそうだから、鉄工街に戻ったら一度議事堂に来てくれ、と書いてあるね」

「議会?」

「あぁ、鉄工街はデカい街だからね、商工ギルドや自警団、防衛隊が代表を出し合って街全体の事を決める議会を作ってるのサ」


 さらさらと細かい字で小さな紙に返信をしたためると、鳥の足に付けたままの金属筒に手紙を入れなおし、空に放つ。

 それだけで鳥は自分のなすべきことを知っているかのように空高く飛びあがり、数度円を描くと、一気に飛び去った。


「……」

「おっと、別にコネがあるだけで、議会の回し者だとかそーいうのじゃないサね」


 何か言いたげになっていたのだろう、陣の顔を見てマリグナが笑う。

 その笑顔には、なんの裏も無い様に見えた。


***



 南街に行くのよりも長い時間をかけて、陣達は海路で鉄工街に戻る。

 こればかりは帆船と言う移動手段である以上仕方のない事で、ある程度の事態の変化は予測できるようにしていた。

 しかし、事は陣が想像していなかった方へと進んでいく。


 鉄工街へと戻った陣達は、その足で鉄工街議会平院の建物へと進んだ。

 鉄工街の議会は、貴族、王族が主体となる「貴院」と平民が主体となる「平院」の二つからなる。

 それぞれの役割を軽く聞いた陣の受けた印象は、貴院が衆議院で、平院が参議院だった。

 年齢の代わりに、階級で区分しているだけで、基本的には変わらない。

 その平院……結局のところ、あまりいい結果は掴めなさそうだ、と陣は内心考える。


「で、結局のところこの様相ですか」

「ま、平院は疑問を投げかける事も、何かを提案する事も出来ない、貴院の下ろしてきた案に賛成するのが仕事みたいなもんサね」


 会議は踊る。

 その言葉が相応しいと言える状況に、平院は陥っていた。

 何せ全く未知の流行病、しかもパンデミック真っ最中だ。

 こういう時に先陣を切るはずの貴院からは、「平院に対応を任せる」と定型句が返って来るのみ。

 つまるところ、すっかり機能不全に陥っていた。

 そもそも、こういうどうしようもない時に蜥蜴の尻尾切りをするための部署、という共通認識が貴院にはあったのだろう。

 そんな状況下で、陣達のもたらした情報がさらなる混乱を産むのは必然であった。


「……これは、真なのかね?」

「少なくとも、見たこと以外は話して居ません、その上で信じる信じないは自由かと」


 陣達が通された応接室で、対応した比較的若い平院の議員が、同席した貴院の議員の代理と顔を見合わせる。


「少なくとも、平院で扱うようなものではない」

「貴院の方は現在の流行病の対策についての会議が難航しており……」

「おい、それはそっちがこっちに全面的にぶん投げてきた事だろう」


 ほんのちょっとしたきっかけで、殴り合いすら始まりそうな雰囲気に、陣達は知られぬようにため息を吐く。

 十分予測できたことだが、この二つの院は敵対でもしているのかと言わんばかりの関係だ。

 貴族側は自分たちのやりたく無い汚れ仕事や、増税の発表など事を全て平民側に押し付ける。

 平民側はそんな貴族連中に嫌気がさし、本気で王制を廃し、共和制へ移行しようという話を本題そっちのけで続けてしまう。

 この今にもつかみ合いを始めそうな二人であっても、まだマシな方と言われてしまえばどうしようもない。


***


 疲れるだけで、なんの実入りもない報告が終わった。

 とりあえず帝国の侵入に対してどうするかだけを、貴院で話はするらしい。

 取り急ぎ形だけでも、現在鉄工街に来ている帝国軍の司令官が呼ばれるはずだ。


「まぁ、結局のところああいう所で話し合ったからって、病気が消えたりする訳じゃないんだよな」

「どうする?流行病が収まるで、鉄工街を離れる?」

「……それも手かもなぁ」


 そこかしこに咳き込む人の姿がある。

 病は確実に、この街を覆い始めていた。


「離れるんならさ」


 珍しく、ニールがやや言葉を濁しながら言う。


「せっかくだし、この辺りの状況、見て回らない?」


 その言葉に、他の皆が一度顔を見合わせて首をかしげる。

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