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存在するが実在しない姫

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 平和だったイグドリアス大陸にかつてない巨大な敵が姿を現した。

 その名はレギオン。

 人間、亜人、モンスター、それにただの動物からなる摩訶不思議な混成部隊の軍団。そこには統一性もなければ規則性も無い寄せ集めの軍団。

 それがローザリア、ラグナなどの列強諸国を次々と打ち破り驚異的な勢いで版図を広げていった。

 名だたる将が次々と散りもはや大陸にレギオンに勝てる者はないとさえ言われるようになった。

 レギオンは敵の戦術の全てを先読みし、次々と先手を打って攻めてくる。 こちらの動きを何等かの方法で読んでるのだろうかといいたくなる程に正確だ。

 如何なる手段なのかレギオンははこちらの手の内を完全に読んでくるゆえに奇襲をも完全に不可能としていた。

 一度、飛竜部隊による背部から奇襲攻撃を仕掛けてみたが。レギオン側の飛竜部隊による待ち伏せによってあっさりと全滅してしまった。奇襲の試みは全ては失敗に終わっており、何処からか情報が漏れているのかもしれない。内通者達の影に諸国は疑心暗鬼となった。

 戦場においても戦況に応じてリアルタイムに有機的に次々と部隊の動きを変えていく。

 その早さは人間の軍隊では追随できない程の早さだ。意識レベルで兵達が繋がっているのではないかと思える程の早さだ。機械的な動きしか出来ない人間の軍隊は圧倒されてしまう事が多い。

 それでいながら奇妙なことにレギオンには指揮官というものが存在しない。

 戦争中指揮をしている者の姿を全く見ることはない。それでいながら軍隊の動きに全く無駄が無いのだから尚更不気味に見える。兵士の一人一人がやるべきことを心得ているようにも見える。

 そういう理由からレギオン相手に本陣の直接攻撃という手段は通用しないなど人間世界の戦争の常識が通用しないことも少なくない。

 人間の常識を超えたこの奇妙な軍団は行動も異様なものがある。戦争でも敵兵士をなるべく殺さずさらってしまうのだ。支配地域でも人を集めモンスターを動物を集めて連れて行く。

 博愛主義でないのなら軍事力強化のためなのか奴隷として売るためなのだろうか。それなら動物の類まで集めている説明がつかない。

 更に一番、奇妙な事実はレギオン達を支配している者が何者なのか全く分からないのである。

 レギオン達の住まう都市は支配地域に少しずつ増えているものの彼等を支配する貴族や王族の姿が都市で全く確認されていないのである。レギオン側が交渉のテーブルに着くことはある。だがそれはあくまで人間や亜人による代理人によってであり。レギオン達の真の支配者がその姿を現すことはない。

 そんなレギオン達にも確実に分かっていることが一つだけある。全てのレギオンの首筋に柱状のクリスタルの様なものが埋め込まれていることである。人間はそれをレギオンクリスタルと呼んでいた。

 ただそのクリスタルがどの様な機能を果たしているかを知る者はいない。

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 対レギオン戦で諸侯が集まり会議を開くもお約束の様な展開となる。

「まだ万策尽きたわけではない。何処かに策はあるはずだ」ハーマン議長。

「ですがこう簡単に手の内を読まれてしまっては」ラグナ卿ステファン

「ならば内通者の調査を徹底的にするべきであるのでは」ロザンニ教会エドモント枢機卿

「馬鹿な我が軍団の兵は全て忠義者、その様な不心得者は一人としていないぞ」ローザリア騎士団団長クリストフが噛み付く。

「なら一体何処から情報が漏れている。そもそも一人や二人の内通者の情報源などというレベルのものではない。軍の動きの全てが完全に筒抜けになっているのはどういうことなのか」ステファン

「エジンベア卿の動きが怪しい、レギオンと通じているのやもしれない」マクシミリアン

 会議は堂々巡りを繰り返し進展しない。

「そういえば先より沈黙を通しているログリス公アーサーは何か言うことはないのかな」ハーマンが席の奥で沈黙を保つ男に声をかけた。

 沈黙の男は軍議の席でいきなり立ち上がると弓を用意した。

「アーサー公どういうつもりだここは諸侯会議の場だぞ」ハーマンが叫んだ。

 アーサーは声を無視し会議の開かれている窓の傍に立ち窓の外の木立に群れるカラスに向けて矢をつがえた。

「ただのカラスに一体どういうつもりだ」クリストフは叫んだ。だがここである恐ろしい想像が脳裏をよぎる「まさか」

 アーサーの放った矢はカラスの群れの中の一羽に当たり地面に落ちる。他のカラスは一斉に逃げ出した。

 アーサーは会議の席に今しがたのカラスの死体を挙げさせた。

「な、何という恐ろしいことだ」

 カラスの死体を調べると首筋にレギオンクリスタルが埋め込まれていた。

 ようやくアーサーが口を開いた。

「レギオンは人間の姿をしている者達とは限らない。カラスやネズミ、猫や犬、あらゆる小動物に紛れ込み我々を監視している。内通者は人間である必要はないのだよ。

 特にカラスなどの鳥は上空から我が軍の動きを常に監視することが可能だ」

「我々の動きが敵側に全て筒抜けである理由は分かったがどうすればいい」クリストフ

「あらゆる小動物を排除してはいかがだろう」エドモント

「そんなこと常識的に不可能に決まっているだろうが」ステファン

「夜、動いてはどうだろうか」マクシミリアンが提案する。

「駄目だ、夜には夜の監視者達がいる。フクロウや狼、夜行性の動物達が我々を監視している」

「ならアーサー卿、我々は一体どうすればいいのか」

 一つの問題の解決は新たな絶望を生んだに過ぎない。

「そうじゃレギオン側に和議を申し入れよう」弱気になったステファンが提案する。

「だが和議と言っても我々は相手の正体を全く理解していない。敵の首都が何処にあるのか、元首が何者であるのかすら分かっていない、そんななか誰とどう交渉すればいい」

 ここでアーサーが多少なりとも希望を滲ませること言った。

「それら敵の所在については配下の者達が頭脳を結集し捜索を行っている。いずれ期待のできる成果をお出しすることも可能だろう」

「我々の方でも捜索はおこなっているがそなたの良き成果が出ることを期待したい」ハーマンが目を閉じ

ながら答えた。

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「御兄様、これから何処へ行くつもりですか」マリアンナ・フレスティが旅仕度を始めた兄、ヨハン・フレスティを問い質す。

「決まっているだろう、アーサー様の命によってレギオンの正体を探る捜索の旅に出る」

「それは嘘ですね」

「御兄様が探しに行きたいのはあの映像の姫君でしょう。あの怪しげな機械、テレフォノスコープの画面に映るあの姫を」

 所はキャメロット城の地下深く石造りの間にその機械はあった。

 ヨハンはレギオンに対しある仮説を立ててみる。レギオン達の首筋にあるレギオンクリスタルはレギオン達の通信手段のようなものでレギオン達は一種のネットワークの様なものを構築しているのではないかと。ならばレギオンクリスタルを使えば一種の受信機の様なものが作り出せるのではないかと考えた。

 そうして生まれたのがテレフォノスコープだ。二メートル前後の箱型の機械に磨いた水晶のディスプレイのがはめ込まれている受像機械である。受信装置にはレギオンクリスタルを複数使用しチューニング用のつまみも取り付けられている。

 テレフォノスコープを起動させたところディスプレイに間もなく様々な映像が映し出されるようになった。最初は風景であったりメッセージの様なものだったがやがて位置情報らしきものまでもが含まれるようになっていった。情報の内容は軍事的にレギオンに対し大きなアドバンテージの取れるもののはずなのだがヨハンにもその情報の価値に関しては量りかねていた。というのも情報の内容があまりに断片的であるからだ。だが間もなくヨハンを惹きつけてやまない映像が映し出されるようになる。

 それは一人の少女だ。年は16から17前後の美しい金髪の少女、ティアラの様なものを頭に冠していることから王女か姫か。憂いを帯びた表情にヨハンの視線は釘付けとなった。

 彼女は何時も城の塔の上に立ち彼方を見つめていた。何を見つめていたのだろうか。

 彼女はやがてヨハンの方に視線を向けるようになった。

 何かを語りかけるようになる。

 現時点においてはテレフォノスコープは音声データを受信する程の性能はなかった。

 それゆえに彼女が何を言いたいのかヨハンには分からなかった。もどかしい時間が続いた。

 いつのまにか映像に出てくる姫を見る時間が長くなり、いつからか映像の姫君と呼ぶようにな

った。

 レギオン解析という本業を忘れ姫にうつつを抜かすヨハンに妹のマリアンナが気付かぬはずはない。 

「殿方が女性を探しに行くという場合、大体においてふしだらな動機が背後にある場合が多く態度に直ぐでてしまうものです。最近の兄上は少々浮かれ調子であり足元も定まってはいない。テレフォノスコープの本来の目的はレギオンの解析だったのではありませんか」

「それなら、大丈夫だ。テレフォノスコープに映っている時点でレギオンにとって彼女は重要な人物であるに間違いないきっとレギオンの謎を解くのに大きな力になってくれるはずだよ」

 ヨハンは自分がいい訳じみたことを言っていることを理解していた。

「ならその姫が実在しているという確証はあるのですか」

「分からないな、でもあの感じだとどこかの塔に囚われているのは間違いない。人知れず何処かに囚われている姫を助け出すなんてロマンがあるじゃないか」

「といっても男のロマンでしょう」

「まっ、そうは言っても僕は行くつもりだがね、この通り小型のテレフォノスコープも完成させた。もう誰にも止めれないから」

 ヨハンは小型化したパッド状の機械を見せた。

 これがあれば何時でも何処でも映像の姫やレギオンの情報を引き出せるようになる。

「僕は彼女を見つけ出さねばならない。彼女に直接会って彼女が何を言いたかったのか、自分で直接知りたい、そして彼女の力になりたい」

「そこまで言うのなら兄上を止めるつもりはありません」

 マリアンナが背負った大きな袋を見せると。三角の帽子を被り魔法使いの杖を握った。

「私もついて行きます。兄上に群がる余計な虫を追い払うのが私の役割ですから」 

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 二人は最初にローザリアの首都アルカサスに向かった。イグドリアス最大の都市でありここなら世界中の多くの情報が集まるはずだ。

 謎の姫君の情報もここでなら容易に得られるはずと踏んだのだ。

 だがここでヨハンは早速、躓いてしまう。

 姫に関する情報を得ることが全く出来なかったのだ。

 姫の容姿、姫のいる城や塔の外見を元に著名な研究者達をあたってみたが思う様な成果が得られない。 恐ろしくマイナーな小国の王女なのか。遥か彼方の国の王女なのか。

 それでも一つや二つのデータがあってもいいはずなのだが。全く情報が得られないとは。

 アーサー王のつてでローザリア王室お抱えの世界の王族に関し博識のロスター博士の協力も得た。

「アーサー卿の頼みだからね。今回は特別だよ。大船に乗った気でいたまえ」

 自信を持ってロスター卿は答えてくれたのだが。

「すまんなヨハン君諦めたまえ。その様な王族も城もこの世には存在しないよ。君がその装置で一体何を見たのかは知らんがね」ロスター卿は鼻眼鏡を動かしながら一週間後にそう返答を返してきた。

 動機が動機ゆえにアーサーの説得に随分と苦労したのに。その分の喪失感も大きい。

「現時点においては王家も王女もこの世に存在しないということになる。じゃあ僕はテレフォノスコープで一体、何を見たというのだろう」

「兄上これからどうするつもりですか」

「マーリン様の力を借りようと思う。魔法の捜索であれば王女も王国も見つけ出せるかも知れない」

「その様な動機の為に力を貸してくれるでしょうか」

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 キャメロットの北に広がる精霊の森の奥の庵に一人住まう大賢者マーリンであれば映像の姫が何者なのかわかるかもしれない。

 一縷の望みをたくしマーリンの庵に向かう。

 精霊の森というに相応しく何処か神秘的な雰囲気を持つ森の庵で長髪の老魔法使いは待っていた。

「そなたが来るのを待っておった。アーサーからそなたの助力をしてやってくれと頼まれておる」

「助力してやってくれって、僕の姫探しの」

「そうじゃ」

「よもや兄上の下心まる見えの姫探しの協力をアーサー王自ら願い出るとは一体どういうことでしょう」

「ははは、話はそんな単純なものではない、姫が何なのかはレギオンの正体ともかかわってくるからな」

「と申しますと」

「現在、わし等がレギオンと向き合う上で問題となるのは二つ、強大な軍事力を誇るレギオン軍をどう対処すべきか、そしてもう一つは謎めいたレギオンの支配種族の正体を突き止めることにある。レギオン軍に参加している種族は基本的には捕虜や支配地域から集めた者達、従属種族によってのみで成り立っている。更に捕虜を取り支配者達について聞きだそうという試みは行われているが曖昧で抽象的な返答しか返ってこない。彼等にとっての神の様な存在であることは分かっているのじゃがな、支配種族がどの様な姿をし何処を拠点としているのか全く分かっていない状態なのじゃよ」

「そこで映像の姫君ですか」

「そうじゃ、レギオンの支配種族らしいもので具体的なものは今は君の持つ機械に映し出された姫しかいない。わしらにとっても唯一の手掛かりともなっている」

「じゃあ姫を探すのに力を貸してくれるのですね」

「うむ、魔法で探してしんぜよう。支配種族の正体が明らかとなれば和平交渉にも繋がるやもしれん」

 ヨハンはテレフォノスコープに映し出された少女の姿をマーリンに見せた。

 マーリンは庵の奥にある大きな水瓶の前に立つと静かに呪文を唱えた。

「ありのままの所在を示せ」水面が僅かに波立つとそこに少女の姿が映し出された。映像の姫君だ。

「やった 、彼女はどこにいるのでしょうか」

「うむ、しばし待て」マーリンは捜索を続ける。

 がその表情に次第に驚きの表情が現れる。老練の魔法使いとは思えない程の動揺ぶりだ。

「信じられないことだ」

「それはいったい」

「映像の姫はこの世界には存在はする。だが実在はしない」

「実体で存在しないということでしょうか、霊とかその様なものの類」

「そうじゃ、だが霊とはまた違う何か別のものようじゃ。物質世界とは別の世界の理で彼女は生きている」 

「存在するが実在しない姫、自分に見つけ出すことは出来るのだろうか」


 




 



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