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第2部 第4話【キョウイチの野望】

 帰還してから数日後のことだった。キョウイチはその日、ひとりで足立区綾瀬に向かっていた。


 


 

 時刻は午後4時、とある建物の付近に長蛇の列ができていた。


 


 

 並んでいるのは一発で仕事と食料にあぶれた野宿者とわかる男たち。年齢はばらばらだったが、誰の目にも生気はなく憔悴しきった雰囲気だった。


 


 

 実は【フォロー・ザ・ウィンド】というボランティア団体がホームレスたちに食料の配給をしており、この日も綾瀬のホームレスたちが食料を求めて列をなしていた。


 


 

 キョウイチはそんなホームレスたちを眺めながらてくてく歩き続け、ようやく探していた人物を発見した。


 


 

 【フォロー・ザ・ウィンド】のイメージカラーであるパープルブルーの正装に身を包んだ女性、ユミリ・サカグチという人だった。


 


 

 ユミリの姿を目にしたキョウイチは安寧の笑みを浮かべ、ホームレスたちにおにぎりとバナナを配り続けるユミリの名を口にしていた。


 


 

 「ユミリちゃん……」


 


 

 キョウイチの存在に気がついたのか、ユミリがキョウイチのいる方角に視線をやった。その瞬間、ユミリはあまりの驚きと歓喜に表情をひまわりのように明るくした。


 


 

 そんなユミリの様子に気がついたかたわら年配の女性が『まあ、キョウイチくんじゃない!』と叫んだ。


 


 

 彼女はユミリの母であり、【フォロー・ザ・ウィンド】の代表でもあるサトミ・サカグチという人だった。


 


 

 サトミはユミリにいった。


 


 

 「今日はもういいから、早くキョウイチくんにところに行ってあげなさい」


 


 

 そんなサトミにユミリは軽く頭を下げ、パープルブルーの正装のままキョウイチのもとに駆けて行った。


 


 

 ……近くの東綾瀬公園。桜やツツジが植えられたほのぼのとした公園には、学校帰りと思われる子供たちがばらぱらといるくらいだった。そこをキョウイチとユミリは散歩しながら再会を喜び合った。


 


 

 「ユミリちゃん、ボキは今、感動のあまり意識が朦朧としているんだ」キョウイチは興奮ぎみの口調でいった。「3年ぶりにユミリちゃんに会えたこの感動、なんてたとえればいいんだろう」


 


 

 そんなキョウイチにユミリは微笑んでいった。


 


 

 「それは私も同じよ、キョウイチくん。キョウイチくんが徴兵されてから3年間、キョウイチくんのことだけを考えて生きてきたんだから」


 


 

 「ほんとに?」


 


 

 「うん」ユミリはいった。「ただ、帰還した日に出迎えができて本当にごめんなさい。【フォロー・ザ・ウィンド】の仕事がすごく忙しくて……」


 


 

 「いいんだよ、そんなこと。ボキの出迎えなんかより、明日生きているかどうかわからないような境遇の人たちのために働くユミリちゃんがボキは好きなんだ」


そんなキョウイチに小さく微笑むユミリ。彼女は胸まで届くストレートの黒髪が印象的な純和風の美女で、気持ち自信なさげにうつむきがちなところがある女性だった。しかし、それもしおらしい魅力としてキョウイチにはどストライクだった。


 


 

 そんなキョウイチとユミリは暗黙の了解的な恋人同士であり、中学時代からほとんどの時間をふたりで過ごしていた。


 


 

 実はキョウイチの両親とユミリの父親が知り合いで、そこからキョウイチとユミリは親交を深めるようになっていった。


 


 

 キョウイチの両親はふたりとも真面目で腕のいい爪切り職人だったのだが、父親のほうはワーキングプアから抜け出せない世の中に絶望し、いつしか酒びたりの毎日になってしまった。


 


 

 母親のほうも怪しげな新興宗教に心酔するようになり、貧しいながらもほがらかな幸せに包まれていたキョウイチの家庭は荒廃していった。


 


 

 そんなときあらわれたのがユミリの父、キヨシ・サカグチだった。彼は民主化運動の指導者であり、荒れた生活をおくるキョウイチの両親を立ち直らせるきっかけを与えようと、自分が指揮する団体の仲間に入れてともに活動を開始した。


 


 

 が━━キヨシとキョウイチの両親はそれによって【ロスト・イン・ザ・ダークネス】に睨まれ、秘密警察【ブラック・リスト】に捕われて獄中で死をむかえてしまった。


 


 

 これはキョウイチとユミリが5歳くらいの頃のことなので、キョウイチたちに当時の記憶はほとんどない。しかし、クラウディアやサトミから当時の話を聞かされるたびに、キョウイチたちは痛烈な悔しさと怒りに駆られたのであった。


 


 

 「……ところでユミリちゃん、もうあいつらは出てきたのかい?」


 


 

 と訊くキョウイチに、ユミリは表情をかすかに暗くして答えた。


 


 

 「……うん。3人のうちひとりが16歳の高校生、あとのふたりが14歳の中学生だったから。高校生は少年院に送られて半年で出てきて、中学生のふたりは保護観察処分だった……」


 


 

 「そうかい……」キョウイチは深いため息まじりにいった。「あんな卑劣なことをしておいて、ほとんど無罪で済むなんて……本当にとち狂った世の中だ!」


 


 

 それはユミリが大学3年の20歳のときのことだった。深夜、大学の寮で寝ていたユミリの部屋に3人の少年が猥褻目的で侵入。ユミリは激しく抵抗してレイプ被害はまぬがれたものの、ユミリに暴れられてパニックになった少年が、脅し用に持っていた硫酸をユミリの顔にかけたのだ。


 


 

 その影響でユミリの顔の左半分には、まだ痛々しいヤケドのあとが濃厚に残っていた。さらに左目を失明してしまい、ユミリは右目しか見えない状態だった。


 


 

 犯人の3人の少年たちは逮捕されたものの、少年法によって刑罰が下されることはなかった。キョウイチにはそれがなんとも納得しかねないことだった。


 


 

 日本は1000年前、世界で最も性犯罪が少ない国のひとつとして君臨していたが、その安全神話も完全に崩壊してしまい、西暦3035年の日本の性犯罪発生率は世界屈指の高さとなった。硫酸レイプ事件も多発し、顔にヤケドを負うユミリのような女性はけっして珍しくなかった。


 


 

 性犯罪発生率が飛躍的に高まった背景には、やはり格差が存在する。キョウイチの父のように努力が報われないワーキングプアたちが自暴自棄になり、性犯罪に走ってしまうケースは多かった。


 


 

 さらに追い打ちをかけるのが警察。警察は犯人捜査にほとんど力を入れていなかったため、性犯罪多発に拍車をかける形となっていた。


 


 

 これもまた格差が原因であり、大半が下流階級で占められる警察も仕事のモチベーションを維持するのが困難になっていた。


 


 

 そんな中、3人の加害者少年が逮捕されたユミリの事件はまだましなほうといえた。しかしユミリの顔にヤケドを負わせ、左目を失明においやっておきながら、加害者たちは少年法に守られてほぼ無罪で済まされてしまった。この少年法の改正もキョウイチの野望のひとつだった。


 


 

 「ボキの愛するユミリちゃんの顔にヤケドを負わせた上、左目から光まで奪った少年たちめ。のほほんと生きていられるのもいまのうちだからな」そしてキョウイチはユミリを右手でそっと抱き寄せていった。「ユミリちゃんの仇はボキが討ってやる」


 


 

 と、そのときである。学校帰りの子供たちがユミリに向かってこういい放ったのだ。


 


 

 「わーいわーい、ゾンビ女だ!ゾンビ女だ!」


 


 

 「気持ち悪い顔だ、ウケケケケケ」


 


 

 子供たちはそういって走り去っていった。


 


 

 「なんだ?あのクソガキども!」と、怒気をあらわにするキョウイチ。そんな彼をユミリは制止しながらぽつりといった。


 


 

 「いいのよ、キョウイチくん。だって、あれ……生得的嗜虐性ってやつなんでしょ?」


 


 

 そういうユミリにキョウイチは『お?』という顔をした。

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