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第2部 第3話【足立区の救い主】

 キョウイチとクラウディアの住む家には、ふたつの6畳間とひとつの3畳間が存在する。6畳間はキョウイチとクラウディアが使っているのだが、3畳間はなにに使用しているのか?


 


 

 3畳間はかつては【クラウディアの部屋】と呼ばれ、数年前から【キョウ様の部屋】と呼ばれるようになっていた。


 


 

 実はクラウディアは【フール・メンズ・パレード】を経営するかたわら人生相談をやっており、3畳の【クラウディアの部屋】で毎日足立区中の、東京中の人々の相談に無料で乗ってあげていた。


 


 

 やがてその正鵠を射たアドバイスと絶世の美貌で注目を集め、クラウディアは【足立区の母】と呼ばれ尊崇されるようになっていった。


 


 

 そんなある日のことである。キョウイチが17歳のときのことだった。朝、クラウディアは隣の部屋から、心臓が止まると思うかのようなすさまじい絶叫を耳にすることとなった。


 


 

 「うぅぅぅぅぅぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 


 

 いったい何事だ!?とベッドからがばっと跳ね起きたクラウディア。そして隣のキョウイチの部屋のドアを開けると、そこにはぞっとするようなおぞましい苦悶の表情でのたうちまわるキョウイチがいた。


 


 

 「ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁぁ!苦しいぃぃぃぃ!苦しいぃぃぃぃ!」


 


 

 キョウイチはベッドから床の上に転げ落ちており、左胸のあたりをかきむしりながら鼓膜が破れるかのような絶叫をあげ続けていた。


 


 

 「キョウイチ!どうしたんだい!?」蒼白になったクラウディアはキョウイチに駆け寄り、キョウイチの体を壊れるほど強く抱きしめた。


 


 

 しかし、キョウイチを襲う謎の地獄の苦しみが和らぐことは一切なかった。


 


 

 「ク、クラウディアばあちゃん!な、なんなんだこれは!?左胸のあたりがハンパなく苦しい!うがぁぁぁぁぁ!苦しすぎるぅぅぅぅぅ!」


 


 

 「キョウイチィィィィィ!!」クラウディアはキョウイチに劣らぬほどの金切り声で絶叫した。


 


 

 それからもキョウイチを襲う塗炭の苦しみは治まることはなく、何日も何日も続いていくことになった。


 


 

 やがて大声で絶叫することはなくなっていったものの、キョウイチの想像を絶する艱難辛苦の日々は終わりをむかえることはなかった。


 


 

 そんなある日、クラウディアは自分の一族に代々伝わるいい伝えを思い出していた。


 


 

 自分の一族には約1000年にひとりのペースで、全世界に真の静謐をもたらす救世主【世界天皇】に君臨する素質を持った少年が生まれるといういい伝えがあったのだ。


 


 

 『約1000年前にも世界天皇候補の少年はあらわれたのだ』と、クラウディアは母方の祖父から教えられていた。その少年こそ都市伝説として語られている【光と闇の聖戦伝説】に出てくる【メシアさん】というブロガーだったのである。


 


 

 この話は世間ではあくまで都市伝説の域を出るものではなかったが、ただひとりクラウディアだけはまぎれもない真実であることを知っていた。


 


 

 そしてクラウディアはさらに思い出していた。世界天皇の素質を持って生まれた少年は、10代の頃に突如原因不明の地獄の苦しみに襲われ、半年から1年間その地獄を味わい続けなければならないということを。


 


 


 それはおそらく神が世界天皇に与えた最初の試練なのだと思われる。この程度の地獄さえ乗り越えられないような者には、その時代の世界天皇たる資格などないと……。


 


 

 くる日もくる日も想像を絶する辛苦が襲いかかってくる絶望の日々。キョウイチは通っていた高校を休学し、毎日のように部屋中をのたうちまわり、床に頭をガンガンとたたきつけ、壁を爪がはがれるまでひっかき続けた。


 


 

 そんなキョウイチに対してクラウディアは、ただただ心の中で声援を送ることしかできなかった。


 


 

 キョウイチ、耐えるのよ。耐えて耐えて耐え続けるのよ。この苦しみは永遠に続くものじゃないから。やがて必ず終わりがくるものだから。それまで耐え続けるのよ。あなたはこの時代の救世主、世界天皇として選ばれた者なのだから……!


 


 

 ……数ヵ月後のことだった。朝起きたクラウディアはいつものようにキョウイチの部屋のドアを開け、キョウイチの容体を確認しに行った。


 


 

 が━━部屋にはキョウイチの姿はなかった。


 


 

 『あれ?』とクラウディアが思ったそのときである。


 


 

 「やあ、クラウディアばあちゃん、おはよう!」


 


 

 後ろを振り返ると、そこには何事もなかったかのような爽やかな表情のキョウイチが立っていた。


 


 

 「キ、キョウイチ?おまえ、体のほうは大丈夫なのかい?」


 


 

 「うん、そうねぇ、よくわかんないけど、もうどこも痛くもかゆくもないのよ」キョウイチは首を気持ちよさそうに回しながらいった。「今までの数ヶ月が嘘だったみたい。または夢だったみたい」


 


 

 そんなキョウイチの様子に、クラウディアは心の底からほっとして感涙した。


 


 

 「キョウイチ、ついに、ついに最初の試練を乗り越えたんだね……」


 


 

 「フフ、メチャクチャ心配させちゃってごめんね」キョウイチはいった。「ところでクラウディアばあちゃん、マックスコーヒー買ってないの?冷蔵庫に1本も入ってないんだけど」


 


 

 「そうだったね。おまえはこの世のなによりもマックスコーヒーが好きだったもんね」


 


 

 「まあね。ボキの血はマックスコーヒーでできているくらいだからね」


 


 

 そんなキョウイチにやさしい笑みを浮かべ、クラウディアはマックスコーヒーを買いに出かけて行った。


 


 

 それからクラウディアは謎の苦しみの理由、キョウイチの正体、都市伝説【光と闇の聖戦伝説】の真相などをすべてキョウイチに説明した。


 


 

 「……ボ、ボキが現代の世界……天皇……?」


 


 

 「そうよ。おまえが現代の世界天皇……に、なれる可能性を持つ人物なの」


 


 

 「き、急にそんなこといわれても、なんかいまひとつピンとこないな……」


困惑するキョウイチにクラウディアはやさしくいった。


 


 

 「なにも急ぐことも焦ることもないわ。やがておまえの中になんらかの変化が出てくるはず。あとは自然の流れ、運命の流れに身を任せればいいのよ」


 


 

 「うん……まだ頭が混乱しているけど、少しずつ現実を受けて入れていくしかないね……」


 


 

 「それにしても、【鉄拳】のカリスマブロガーとして、中学生の頃からその片鱗を見せつけてはいたけれど……」クラウディアは微苦笑しながらいった。「まさか、あたしの孫が、現代の世界天皇だったなんて……キョウイチ以上にあたしも信じられない気持ちよ」


 


 

 そんなクラウディアの秀麗な顔を、キョウイチは奥二重の目をかすかに細めて見つめるだけだった。


 


 

 それから間もなくのことだった。クラウディアが【クラウディアの部屋】で人生相談に乗っているときだった。


 


 

 「うちの娘が高校のバスケットボール部の先輩に弄ばれて……」相談者の女性が鬱屈とした様子でいった。「それ以来、娘は部屋に閉じこもってなにもしゃべらなくなってしまって……」 


 


 

 そんな相談者にクラウディアはいった。


 


 

 「娘さん、まだ全然若いんだから、これから先の長い人生にはきっといい出会いが待っているはずよ」


 


 

 と、そのときである。隣の部屋で話を聞いていたキョウイチが姿をあらわしたのだ。


 


 

 「クラウディアばあちゃん、その助言はボキ、ちょっとちがうと思うのよ」


 


 

 「キ、キョウイチ?」湖の底のような瞳を丸くするクラウディア。


 


 

 「その娘さん、自殺したり、殺害されたりしたわけじゃないんでしょ?」


 


 

 キョウイチの質問に、相談者の女性がうなずく。


 


 

 「自殺に追い込まれたり、殺害されたりしたわけじゃないんだから、そう考えれば苦しみや不快感が100から50くらいに減った気がしない?」


 


 

 また、ある日のことである。


 


 

 「うちの子供が、私がつくるごはんをバカにするんです」相談者の女性がうつうつとした様子でいった。「毎日、ごはんをつくって出すのが怖くてしかたなくて……」


 


 

 「そう。それは困ったわね……」透き通るような白い腕を典雅に組んで黙考にふけるクラウディア。


 


 

 と、そのときである。またもやキョウイチが乱入してきたのだ。


 


 

 「あなたのお子さん、今いくつなんです?」


 


 

 「え?18ですけど」


 


 

 「そうですか……」キョウイチはいった。「親って子供に、頭が良く育ってほしいと思うもんですよね?」


 


 

 キョウイチを黙って見つめるクラウディアと相談者。


 


 

 「子供が親をバカにする、親のやることになんやかんやいい出すっていうのは、子供が親より頭が良くなって親を超えた証拠なんですよ」キョウイチはいった。「せっかくつくったごはんをバカにされるのはつらいけど、『ああ、この子、頭が良く育ってくれたのね』『親の私を超えたみたいね』と思えばいいんですよ」


 


 

 また、ある日のことである。レイプ被害のトラウマに苦しみ続ける相談者の女性のときだった。


 


 

 「レイプってある意味、男性の女性に対する究極の絶賛のあらわれなんですよ」キョウイチはたんたんと語り続ける。「加害者の男にとってあなたは、性暴力を働くその瞬間だけでも【世界一の美女】だったんですよ。そう考えれば苦しみや不快感が100から70くらいに減った気がしません?」


 


 

 クラウディアの助言とはまったく異なる角度からのキョウイチの助言は口コミで広がり、やがてクラウディア目当てではなくキョウイチ目当てで相談に訪れる人が続出した。


 


 

 そしていつしか【クラウディアの部屋】と呼ばれていた相談室は【キョウ様の部屋】と呼ばれるようになり、キョウイチに悩み事をもちかける人が長蛇の列をつくるようになっていった。


 


 

 そんなキョウイチの助言の数々は【キョウイチ救言きゅうげん】と呼ばれ、メディアなどでも取り上げられてキョウイチは全国的な有名人になっていった。


 


 

 そして誰がいい出したのか、キョウイチはいつの間にか【足立区の救い主】という尊称で呼ばれるようになり、足立区民の星になっていった。


 


 

 ……その日の人生相談を終え、マックスコーヒー片手に部屋に戻るキョウイチ。そんなキョウイチを見つめながらクラウディアは全身に感動を走らせた。


 


 

 キョウイチ、おまえはまだ高校生の身で、【足立区の母】として30年以上にもわたって崇拝され続けてきたあたしを超えちゃったみたいね。おまえこそ、まさに真の救世主。現代の世界天皇たる素質充分よ!……。  

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