第5部 第7話【喜ぶべき死】
西暦3037年の元旦、キョウイチはクラウディアとふたりで銀座の高級和食店【炎の化石】でお節料理を食べていた。
6畳ほどの部屋で、向かい合ってお節料理を口に運ぶキョウイチとクラウディア。彼らは毎年元旦、この【炎の化石】でふたりきりで新年を祝うことになっていた。
「ついに西暦も3037年になったね」と、キョウイチ。
「そうね、新生日本革命からもう2年。まるで昨日のことのようね」クラウディアはギリシャ神話のセイレーンのような声でいった。「ところでキョウイチ、タクヤくんたちは今どうしてるの?」
「ああ、あいつらね」キョウイチはいった。「あいつら3人は新生日本革命後、東北のほうに行って農業に従事してるらしいよ」
「まあ、農業!」クラウディアは神秘的すぎるアイスブルーの瞳を輝かせていった。「それはすばらしいと思うわ。農業っていったら若い人に人気がなくて、後継者不足に悩んでいた職種だものねぇ」
「うん、新生日本革命後、農業もけっこう人気な職業になってね。いろいろ試してみたけど、どれもいまいちしっくりこないっていう若者たちが農業に流れるようになっているみたい」
「すばらしいわキョウイチ。まさかあたしの孫が日本をここまでにしてくれるとは……」
「え?やめてよクラウディアばあちゃん」
「おまえはあたしの誇りであり、現代の奇跡そのものよ」
「ボキが奇跡?」キョウイチは眉を寄せていった。「それはこっちのセリフだよ。クラウディアばあちゃん、オサム・クマザキと同い年だってのに、セーラー服着たら【ちょっと老けた女子高生】でとおるルックスだからねぇ」
「あたしが女子高生?キョウイチも最近、お世辞が下手になったわねぇ」そういってクラウディアは雑煮の汁を上品にすすった。
しかし、まったくお世辞でないところが、クラウディアの美貌の恐ろしいところだった……。
そんなクラウディアも新生日本革命後、キョウイチと同じように別のマンションに移り住むようになり、かつての家は取り壊されていた。【フール・メンズ・パレード】のほうも知り合いに譲り、クラウディアは高級マンションでひとり悠々自適の老後をおくっていた。
「ところでキョウイチ」と、クラウディア。「ユミリちゃんとはどうなのよ」
「ああ、ユミリちゃんね」キョウイチはいった。「ボキも日本の天皇に即位したばかりで、まだまだやらなきゃならないことが山のようにあるんだよね。そのため、ここのところはたまにしか会ってないね」
「まあ、そうなの」
「でもま、ユミリちゃんが大学を卒業したら、秋葉原にある【ヴァージン・ビートチャンネル】のスタジオ近くのマンションにでも一緒に暮らすつもりでいる」
「そうね、それがいいわね」クラウディアは小さくうなずきながらいった。「でもキョウイチ、国民のみなさんはおまえたちに皇居に住んでほしいって、かつてのクマザキ宮殿を改造工事しているらしいわよ」
「ああ、その話ねぇ……」キョウイチは困ったようにいった。「ニュースとかで見たんだけど、ボキは皇居だとか宮殿だとか、そんなところで暮らすような柄じゃないから……」
「そうね、おまえはそういうタイプだね」
「ところで、クラウディアばあちゃんこそ、誰かいい人はいないの?」
「いい人……?」クラウディアはぽつりとくり返した。「この年で再婚とかは考えないけどねぇ」
「そう?でも、いまだにクラウディアばあちゃんモテるんでしょ?」
「そりゃ、まぁ、去年は2000と83人の人にプロポーズされたけど……」
「2000と83人!?」キョウイチは箸を止めてぎょっとした。「……というか、まあ、そんなことをいちいち数えていることのほうがボキには驚きかな……」
しばらくしてキョウイチはトイレに立った。
そして、トイレから戻ってきたときのことである……。
クラウディアが椅子から床に倒れ込んで、意識を失っていたのだ。
「クラウディアばあちゃん!?クラウディアばあちゃん!?」キョウイチはクラウディアの名前を呼びながら体を揺さぶったが反応はない……。
━━翌日の都内の総合病院。クラウディアが運び込まれた病室には、タクヤたち、そしてユミリとサトミが駆けつけていた。
「クラウディアさん……?」ユミリがベッドの上で眠り続けるクラウディアに声をかけた。が、返答はなにもない。
と、そのとき、キョウイチが沈黙を破った。
「実はクラウディアばあちゃんねぇ、餅を喉に詰まらせて亡くなっちゃったのよ」
キョウイチの言葉に一同愕然とする。
「クラウディアばあちゃんほどの人があっけない、情けない死に方をしたと思うかい?」キョウイチはいった。「全然そんなことはないのよ。クラウディアばあちゃんのような仙人めいた人も、あくまでほかの凡人と同じだったということなの。凡人と同じ面も当然のように持っていたということなのよ。ボキはむしろこのような死に方をしてくれて、なぜかちょっとほっとした部分があるくらいだけどね」
「で、でも、キョウ様」と、タクヤ。「餅を喉に詰まらせて亡くなったって……クラウディアさん、よほど苦しい思いをしたんじゃないの?」
「病院の先生に聞いたところ、まったくそんなことはなかったらしい」キョウイチはたんたんといった。「苦しんだのはほんの一瞬。ボキが最初に倒れているのを発見したときも、クラウディアばあちゃん安らかな表情してたしね」
そのときだった。コツが嗚咽をもらして膝を落とした。
「うぅぅぅぅ、クラウディアさん……」
コツにつられて涙ぐむ一同。しかし、キョウイチが一刀両断した。
「なに泣いてんの?みんな。これは悲しい死ではなく喜ぶべき死なのよ」
「……喜ぶべき死?」ユミリが不思議そうにつぶやく。
「たとえばね、無差別テロに巻き込まれて死んだとか、飲酒運転の車にひかれて死んだとか、そうした不条理でやりきれない死に方をしたのなら泣いて悲しむ気持ちもわかるけど、クラウディアばあちゃんは70歳以上まで生きて、男からはメチャクチャモテ続け、同性からは憧れられ続け、街中の人々からは尊崇され続けたのよ。充分ハッピーな人生だったと思うよ。さらに病院のベッドの上でみんなに見守られながらあの世へ旅立てるんだから、これぞ最高の理想的な死に方なのよ。喜ぶべき死なのよ」
キョウイチの法話を耳にした一同は涙をぬぐい、クラウディアの遺体に両手を合わせて病室をあとにした。
が、そうはいわれても、あまりにも唐突なクラウディアの死に、キョウイチ以外の面々はさすがに哀絶の思いを抱かざるをえなかった。




