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第5部 第5話【キョウイチの芸術論】

 西暦3036年の秋、ひとりの世界的な日本人作家がキョウイチ天皇の命令によって逮捕された。その人物こそ、あのナツキ・ウエムラだった。


 


 

 ナツキ・ウエムラといえば、ただの日記のような内容のない駄本しか書けない分際にもかかわらず、なぜか出す作品、出す作品すべてが世界中で大ベストセラーを記録する【疑惑の大文豪】として以前から疑い目で見られていた。


 


 

 そんなあるとき、ナツキ・ウエムラの本の出版を手掛けてきた【テスト・オブ・マネー出版】の社員が、キョウイチのもとに内部告発をしてきたのである。


 


 

 そしてその社員に詐欺の証拠となる幹部たちの発言をテープレコーダーに録音させ、ナツキ・ウエムラと【テスト・オブ・マネー出版】の社長や幹部連中は逮捕されることとなったのだ。


 


 

 実はこの頃、内部告発は【テスト・オブ・マネー出版】だけの話ではなく、日本中のありとあらゆる企業の社員や幹部がこぞって内部告白をおこなっていた。それはなぜか?実はキョウイチは【ヴァージン・ビートチャンネル】でこのようなことをいったのである。


 


 


 

 ……全国の平社員のみなさん、もしも自分のつとめている会社や企業が裏であくどいことをしていたら、今のうちに内部告発をしておいたほうがいいことをいっておく。


 


 

 もしもあとあとの調査で悪事が発覚した場合、その会社につとめている人全員に【21時間労働50年の刑】を宣告する。


 


 

 しかし、もしも早急に内部告発をしてくれたなら、その人だけは【7日間土下座の刑】だけで許してあげる。


 


 


 

 ━━というわけで、『あとあと悪事がばれて一生を棒にふるより、さっさと内部告発して7日間土下座で済ませたほうがいいな』と全国の平社員が判断したのだ。かくして内部告発が相次ぎ、ナツキ・ウエムラと【テスト・オブ・マネー出版】の詐欺も明るみになったのである。


 


 

 そのナツキ・ウエムラが逮捕されてから1ヵ月後、【ノルマンディーの林】という小説が発表されて100万部の大ヒットとなった。それはナツキ・ウエムラが獄中で書いたものであり、日本中のナツキ・ウエムラのファン、通称ナツキストたちの新たなバイブルと化していった。


 


 

 それから数ヵ月後のことだった。【ヴァージン・ビートチャンネル】が収録されるスタジオがあるビルの前で、数百人もの【ナツキストの集い】のメンバーたちが【ノルマンディーの林】を掲げながらシュプレヒコールをおこなった。


 


 

 「ナツキ・ウエムラ先生は無実だ!」


 

 「ナツキ・ウエムラ先生を釈放しろ!」


 


 

 そして【ナツキストの集い】の代表者ふたりがスタジオに乗りこんで、キョウイチにフォーラム・ディスカッションを挑んだ。


 


 

 代表のひとりである眼鏡の男性はいう。


 


 

 「キョウイチ天皇、たしかに【テスト・オブ・マネー出版】の詐欺は実在しました。しかし、ナツキ・ウエムラという作家はけっして詐欺師などではありません。今までも多少は誇大宣伝めいたところはあったかもしれませんが、日本を代表する文学者のひとりであることは疑いようはありません」


 


 

 「そこで私たちはキョウイチ天皇にお願いしたいのです」と、もうひとりの代表の女性がいった。「どうか、ナツキ・ウエムラ先生を無罪として釈放、それが難しいようならば、刑期を50年から10年くらいにしていただけないでしょうか?」


 


 

 腕組みにして聞き続けるキョウイチ。


 


 

 「もう1度いいますが、ナツキ・ウエムラ先生は非凡な文学者なのです」眼鏡の男性がいった。「その証拠に【ノルマンディーの林】の大ヒットぶりを見てください。なにも詐欺などしなくても、ナツキ・ウエムラ先生を支持する者は100万人いるのです」


 


 

 「そうです。ナツキ・ウエムラ先生が獄中で書いた【ノルマンディーの林】に、私たちはどれほど感動し勇気づけられたことか……」


 


 

 そのとき、ずっと黙り込んでいたキョウイチが口を開いた。


 


 

 「……ん?ああ、【ノルマンディーの林】ねぇ……」軽くマックスコーヒーを一口飲む。「実はあれ、ナツキ・ウエムラの文体を真似て、ボキがテキトーに書いた小説なの」


 


 

 その瞬間、【ナツキストの集い】のふたりの代表者は『へ?』と口をあんぐり開けて呆然となった。


 


 

 「いやぁ、全国のナツキストたちはどんな反応を示すか楽しみにしていたんだけど、まんまとひっかかったようだね」そういってキョウイチはケケケと笑った。「たしかに詐欺行為なしで100万部のヒットは見事かもしれないけど、それ以前のネームバリューってやつがあるから驚くようなことじゃない。これでわかってもらえたと思うけど、ナツキ・ウエムラの小説なんか誰にでも書ける駄本であり、ナツキ・ウエムラも偉大な文学者でもなんでもない、正真正銘ただの詐欺師だったのよ。あなたたちナツキストはナツキ・ウエムラと【テスト・オブ・マネー出版】の手の平の上で踊らされていただけなの」


 


 

 【ナツキストの集い】代表の女性はガタガタと震え続け、眼鏡の男性は目の焦点が定まらない顔で『嘘だ、嘘だ』とうわ言のようにつぶやき続けていた。そんな彼らにキョウイチがトドメの法話を送る。


 


 

 「ナツキ・ウエムラの小説は【誰でも書けるただの日記】、それ以上でもそれ以下でもない。あんなものは孤高の芸術とはとてもじゃないが呼べない」


 


 

 日本中がキョウイチの声に耳を傾ける。


 


 

 「あの意味深な作風、意味深な世界観が凡人には理解できない孤高の芸術なのだって声が聞こえてきそうだけど、孤高の芸術ってナツキストたちが考えているほど軽々しいものじゃないのよ」キョウイチはいった。「たとえば、ひとりのおっさんがメイド服姿でへたなブレイクダンスを踊ったとする。そして『これこそが凡人には理解できない孤高の芸術なのだ』といったとする。大半の人が笑殺するだろうけど、1億人中何人かはおっさんの主張に賛同する人があらわれるかもしれない。けどねぇ、たとえ賛同する人が100人あらわれようと200人あらわれようと、そんなもの凡人には理解できない孤高の芸術などでは断じてない。それを凡人には理解できない孤高の芸術としてしまったら、なんでもかんでも凡人には理解できない孤高の芸術として成り立ってしまう。それはすごく恐ろしいことなのよ」


 


 

 日本中が固唾をのむ。


 


 

 「理由①━━真にすぐれた芸術が埋没してしまう。理由②━━芸術全体の価値が低下してしまう危険がある。そうならないようにするためにも、ちょっと変わったもの、ちょっと珍しいもの、なんでもかんでも凡人には理解できない孤高の芸術として礼賛してはいけないのよ」キョウイチはいった。「誰にも真似できないオンリーワンの独創性だけじゃ、凡人には理解できない孤高の芸術たりえない。それにくわえ、誰にも真似できない超絶の技術があるとか、従来の常識をくつがえす革新性であるとか、理屈抜きに胸を打つ輝きであるとか、そうしたものも兼ね備えてはじめて凡人には理解できない孤高の芸術というものになるのよ。しかし、残念ながらナツキ・ウエムラの小説は、誰にも真似できないオンリーワンの独創性すらあるかないか微妙なものだね」


 


 

 【ナツキストの集い】の代表者たちは完全に戦意を喪失し、席についたままうなだれてしまった。


 


 

 「そもそもねぇ、ナツキ・ウエムラのような人を表現するために【有名無実】って言葉が存在すんのよ」キョウイチはいった。「でも、まあ、そう気を落とさないで。今回のような複雑な事件が起きたりするから、複雑な人間模様が織り成すすばらしい小説が誕生したりするんだし……。では、ナツキ・ウエムラの小説が駄本とするなら、どういった小説がすぐれた小説なのか?簡単にいうと【自分には書けそうにないな……】と思わざるをえない小説だね」


 


 

 日本中が聞き澄ます。


 


 

 「たとえば、ユゴーの【レ・ミゼラブル】。あれを読んだ大半の人がこう思ったはず。『こんな小説、自分には逆立ちしても、100年かけても書けそうにないな……』と。一方、ナツキ・ウエムラの小説は『この程度でいいなら、素人の自分にも書けそうだな……』といった気分になった人は多いはず。はい、この時点でナツキ・ウエムラの小説は×なのよ」キョウイチはいった。「すぐれた小説、すぐれた文学とは、『自分には書けそうにないな……』とすべての人に思わせるものをいうのよ。『自分にも書けそうだな……』とひとりでも思わせるような小説は孤高の文学たりえない。ま、ボキがさっき紹介した【レ・ミゼラブル】をひとつの基準に、新たな読書ライフを送ってもらえたら幸いだね」


 


 

 それからしばらくして【ナツキストの集い】のふたりの代表者は、夢遊病者のようなうつろな表情のままキョウイチに軽く礼をし、しおしおとスタジオをあとにした。

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