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第4部 第5話【決着】

 フォーラム・ディスカッション第2ラウンド━━【堕天使の会】からふたり目の論客が立ち上がって、激しい動揺を必死におさえながら論駁を開始した。


 


 

 「わ、わたくし、【堕天使の会】幹部コマツと、も、申します」彼は汗をハンカチでふきながらいった。「キョウイチ様の貧困をなくす救世法について疑問点をあげさせていただきます。……娯楽職業の人間は自分の好きなことをして生活できる代わりに、最低レベルの質素な暮らしをしなければならないというお話ですが、それでは労働をやらない怠惰な人間が続出するのではないでしょうか?」


 


 

 キョウイチは無言で聞き続けた。


 


 

 「たとえば漫画家になったとします。優雅な生活など別におくれなくてもいいから、好きな漫画を適当に書きながらのうのうと生き続けるか━━という感じの人間です。そうした人間であふれ返ってしまう危険が非常に高いと思うのです。以上です」


 


 

 万雷の拍手が復活する日本武道館。キョウイチが立ち上がって反論を開始した。


 


 

 「なかなか鋭いとこついてくるね」キョウイチはいった。「その場合の対処策なんだけど……こうすればいいかな。最終学歴から10年以内に世間からそれなりの傑作と認められるような作品を発表しないと生産的労働にまわってもらう。これで一件落着でしょう」


 


 

 館内は再び静まり返ってしまった。


 


 

 フォーラム・ディスカッション第3ラウンド━━【堕天使の会】から3人目が立ち上がって論駁を開始した。


 


 

 「ゴミ・トイレ系の仕事の人には通常より上の生活をおくってもらうというお話ですが、それでは医者や弁護士などはどうなります?子供の頃から必死に勉強を続けて医者や弁護士などになるより、ハードルがかなり低めのゴミ・トイレ系の仕事についたほうがぜったいに楽なはずです。これでは医者や弁護士を目指す人がいなくなってしまいます」


 


 

 キョウイチが立ち上がって反論を開始した。


 


 

 「それは極論だと思うね。ゴミ・トイレ系の仕事に人気はものすごい集中すると思うけど、医者や弁護士を目指す人は永遠になくなることはない。理由①【知的でカッコいいイメージがあるから】、理由②【歴史に名を残せる可能性があるから】、理由③【美人の患者や依頼人との出会いがあるから】━━こうした特典がいろいろあるのよ。よって、ぜったいに、医者や弁護士を目指す人は永遠にあらわれ続けると思うね」


 


 

 静まり返る館内。キョウイチは小さくあくびをしながら席に戻った。


 


 

 フォーラム・ディスカッション第4ラウンド━━【堕天使の会】の4人目が立ち上がって論駁を開始した。


 


 

 「いろいろと切り返してきますが、キョウイチ様、娯楽職業の人間に最低レベルの暮らしをおくらせてしまったら、この世から娯楽がなくなるか、娯楽のクオリティーが著しく低くなってしまいます。これはまちがいありません。そうなったら我々はなにを楽しみに生きればいいかわからなくなります!このストレートな疑問にお答えいただきたい!」


 


 

 拍手が復活する中、キョウイチはすっと立ち上がって反論を開始した。


 


 

 「はっきりいっちゃっていい?ボキはねぇ、別に娯楽職業が絶滅してもいいと思ってるのよ」


 


 

 キョウイチのこの言葉に、【堕天使の会】4人目の論客は愕然とする。


 


 

 「……今、なんと?」


 


 

 「なにを楽しみに生きればいいかわからなくなる代わりに、貧困に端を発した無数の戦争や紛争、貧困に端を発した無数の犯罪、貧困による無数の餓死者や自殺者、貧困ゆえに学校に行けず、過酷な児童労働をしいられている何億人もの子供たち━━これらがすべて世界から根絶されれば上出来でしょ?」


 


 

 館内は今度は静まり返らず、ざわざわとした喧騒に包まれ出した。キョウイチは続ける。


 


 

 「それに、娯楽職業もさっきいった医者とかと同じで、自分のやりたいことをやって生きていける上、人気や尊敬を集めやすく、歴史に名を残せる可能性が労働者より遥かに高い。こうした面がある以上、クオリティーの低下はいたしかたないとしても、娯楽職業を目指す人がいなくなるなんてことはやはり考えられないね」


 


 

 激しい喧騒に包まれながらキョウイチは席に戻った。


 


 


 フォーラム・ディスカッション第5ラウンド━━ついに【堕天使の会】最後の論客が立ち上がって論駁を開始した。


 


 

 「しんがりをつとめさせていただきます。【堕天使の会】幹部クメダと申します。キョウイチ様の発表した【いじめをなくす救世法】についての欠点をあげさせてもらいます」クメダははきはきとした口調でいった。「死刑制度などの法律を厳禁化すればいいという内容ですが、かつて秦の始皇帝が死刑制度をあまりにも厳しくしすぎたがために、中国全土で大反乱が起きたことがあります。その二の舞になるだけだと思うのですが?」


 


 

 彼の言葉に【堕天使の会】の信者たちが息を吹き返して万雷の拍手を送った。キョウイチは何事もないように立ち上がって反論を開始した。


 


 

 「そのいい方じゃ、現在の中国の法律がすごく甘いみたいじゃない。中国っていうのは世界最大の死刑大国なのよ。知らなかった?」


 


 

 呆然とするクメダ。


 


 

 「始皇帝の時代の中国の法律には詳しくても、現在の中国の法律には詳しくなかったみたいだね」キョウイチはシニカルにいった。「ただ、過去の歴史をもっと掘り下げて調べたら、たぶん君がいったような史実は出てくるんだとは思うよ。でもねぇ、具体性や説得力がなさすぎる、あまりに極論なのよ。始皇帝の例にしても、どのくらいの厳しさだったのか?どのような立場の人間たちがどのような理由で反乱を起こしたのか?ひとつひとつもっと具体的に説明してもらわないと話にならない」


 


 

 キョウイチの言葉にぐうの音も出ないクメダ。


 


 

 「そもそも、法律を厳禁にしたことで反乱を起こす輩が出てくるなら、そのたびに反乱者を捕らえ続ければいいだけのことよ。非論理的なところはひとつもない」


 


 

 そしてキョウイチは静まり返った館内をざっと見渡し、やや間を置いてからいった。


 


 

 「これで終わりでいいのかな?まだなんかある?」


 


 

 するとリョウゴ・カンザキがぶるぶる震える手でマイクを握り締め、おずおずと立ち上がって声を発した。


 


 

 「……そ、そもそもですなぁ、救世主というのは自分で名乗るものではない!自分で名乗る者は偽者と相場がきまっているんです!」


 


 

 「ああ、前もそんなようなこといってたね」キョウイチはいった。「それで?」


 


 

 「それで……だから!君はけっして本物の救世主ではないということなのだ!」


 


 

 無言のキョウイチ。リョウゴ・カンザキは続ける。


 


 

 「救世主だの英雄だのとおごりたかぶらず、なんの見返りも求めずに困っている人々のために真心をもって全身全霊で働き続け、そしてその活躍と名声がこの世の誰にも知られることなく死んでいく。その死後から何年かたったのち、『あの人こそが救世主だったのではないのか?』と人々が涙を流しながら語り合う。真の救世主とはそういうものだと私は思うのです!」


 


 

 ところどころからちらほらと拍手が沸く。が、キョウイチがトドメの法話を吐く。


 


 

 「よく聞く説だねぇ。しかし、そういう人って私利私欲のないいい人だとは思うけど、救世主だとは思わないね」


 


 

 「な、なんだと?」脂汗をかきながらリョウゴ・カンザキがくってかかる。


 


 

 「たとえば自分が疫病に苦しめられている村で暮らしていたとする。そして疫病に苦しむ人々の看病を、なんの見返りも求めずにしてくれる人がいたとする。しかし、ボキはその人を救世主とは思えないね。救世主ってのは、たとえなんらかの見返りを求めることはあったとしても、村人たちを苦しめる疫病の根本的な治療法を発見してくれるような人だと思うのよ。そんな人が出現してくれない限り、いつまでたっても疫病に苛まれる村は救われないわけだから」キョウイチはいった。「そもそも、なんの見返りも求めずにあかの他人のために生涯を捧げて働くって……そういう人が実際いたとしたら、ボキはちょっと気持ち悪いと思うけどねぇ」


 


 

 リョウゴ・カンザキは唯一かろうじて立ちながらキョウイチの話を聞いていたが、あとの4人の論客たちは椅子に腰かけたまま完全に戦意を喪失し、なんの言葉も発することができずにうつむき続けていた。


 


 

 しばらくして司会のウォルフガング武田がステージ中央に出てきた。


 


 

 「【堕天使の会】vs【ヴァージン・ビート】の世紀のフォーラム・ディスカッション。これにして終了とさせて……」


 


 

 そのとき、キョウイチがウォルフガング武田の言葉をさえぎった。


 


 

 「ちょっと、最後にもうひとついわせてくれる?」キョウイチはいった。「リョウゴ・カンザキさん、あなた、きっと、世紀末の救世主と日本中から祭り上げられていたボキの存在がおもしろくなかったんでしょう?嫉妬だよね。その時点であなた、偽者なのよ」


 


 

 「ど、どういうことだ?」と、リョウゴ・カンザキ。


 


 

 「自分が得意とする分野で何者かがスターとして注目される、何者かが偉業を成し遂げて尊崇される━━ってのがおもしろくない。自分以外の救世主候補、または自分以上の力を持つカリスマ的指導者に嫉妬を抱くというのは、【救世主になりたい】という感情を持っていることを意味するのよ」キョウイチはいった。「【救世主になりたい】、それはつまり【救世主になって注目されたい・ちやほやされたい】ってことになるの。要するにあなたの活動は、世界の平和のためでも人類の幸福のためでもなく、スターとして人気を集めて自己顕示欲や虚栄心を満たすことにあるのよ」


 


 

 「そ、それは……」リョウゴ・カンザキは口ごもった。


 


 

 「ボキは【救世主になりたい】なんてことを思ったことは1度もないので、救世主を自称する人が何人あらわれようと、救世主と日本中からちやほやされる人が何人あらわれようとどうでもいいけどねぇ。しかし、あなたは自分以外の救世主の存在がおもしろくないんだよね?あなたはボキのことを偽救世主呼ばわりするけど、偽救世主という言葉をそっくりそのままお返しする」


 


 

 リョウゴ・カンザキは表情をなくしてうなだれた。キョウイチは続ける。


 


 

 「でもねぇ、わかるのよ。その気持ちはわかる。救世主はカッコイイもんね。ボキも自分がなんでこんなカッコイイのかわからなくなる瞬間があるよ。でもねぇ、妬みや僻みってのは、そうした立場に自惚れ、尊大な態度で振る舞うような人間に対してだけ許される感情なの。自分の才能や能力に自惚れることもなく、人を見下すこともなく、横柄な態度をとることもなく、常に謙虚で礼節のある人間に妬みや僻みを抱くのはお門違いなのよ」


 


 

 日本武道館中がキョウイチの言葉に耳を傾ける。ユミリは祈りのポーズのままだった。


 


 

 「これは小学1、2年の教育でなんとでもなる。先生が『このクラスに自分よりすごいと感じる人はいますか?』、それに何人かの生徒が手をあげる。そして先生がいう。『もしもその人が自分のすごさを自慢するような人だったら妬んだりするのはしかたがないことです。でも、けっして自慢したりしないような人だったなら、妬んだりしてはいけません。自分よりすごい人を憧れ、尊敬するようにしなさい』━━これがすべての基本。ボキがいいたいのはだいたいこのくらい」キョウイチはそういい終えると、風のように日本武道館を去っていった。

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