第4部 第2話【しりとりのスキル】
「……【ラムネソーダは割り勘で】━━次は【で】」
「【ディズニーランド最後の日】━━【ひ】」
「【人の食べ方】━━【た】」
「【タンバリン好きの姉】━━【ね】」
そこは東京都港区芝公園。8月最後の日の夜道を、キョウイチとユミリはロードバイクをこぎながらしりとりに花を咲かせていた。
このときのしりとりテーマも【ダサいタイトルの綺羅飄介のニューシングル】。キョウイチとユミリは最後の力を振り絞って鳴き続ける蝉たちの声を聞きながら、夜空の下をいつまでもロードバイクで走り続けていた。
「【ネグリジェ・サンダーアタック】━━【く】」
キョウイチの言葉にふきだすユミリ。
「ププ、なにそれ?……【く】?……【クマしか愛せない】━━【い】」
「【今川焼しか愛せない】━━【い】」
「【イダテンと呼ばれたい】━━【い】」
「【インド人しか愛せない】━━【い】」
「【インダス文明しか愛せない】━━【い】」
そのとき、キョウイチが頭を激しく振りながらいった。
「あぁぁぁもぉぉぉ、【い】ばっかりになってきちゃった!」
「私はもっと続けられたけど?」
「しりとりってしばらく続けていると、まれにこういう事態に陥るから困るね……」
そういうキョウイチにやさしく微笑むユミリ。
「でもさ、ユミリちゃん、いつの間にかしりとりのスキル向上してるね?」
「うん、私もキョウイチくんに負けたくないから、私なりに陰でけっこう努力してるのよ」
「そうなんだ。ボキもおちおちしてられないなぁ」そういってキョウイチはマックスコーヒーを一口飲んだ。
「ところでキョウイチくん」
「なんだい?」
「このロードバイク、高かったんじゃないの?」
「そんなことか」キョウイチはいった。「ご存知のとおり、ボキの人気の影響で【フール・メンズ・パレード】が異常なまでの大盛況でね。今、財布にかなりの余裕があるのよ。高級ロードバイクの2台や3台、今のボキにはたいしたことないね」
「フフ、そうなんだ」ユミリは小さく莞爾した。
「ロードバイクどころか、車の1台や2台すらも買えるんだけど、ボキ、車とかってあんまり興味ないんだよね」キョウイチはいった。「マックスコーヒー片手に、外の景色を楽しみながら自転車を自分の力でこぐっていうのが1番気持ちがいいんだ」
「うん、私もそんなような感じ」
そういうユミリにキョウイチは小さくニコッとした。
しばらくするとふたりの視界に、とある超巨大な建造物が入ってきた。
「お、見えてきた見えてきた。東京のシンボル、オサム・クマザキタワー!」
ロードバイクをゆっくり走らせるキョウイチとユミリの300メートルほど前方に、全長100メートルほどのオサム・クマザキ総裁そっくりの巨大なタワーがそびえ立っていた。
「ここって数百年前まで、東京タワーってのが建てられていたらしいね」と、キョウイチ。
「うん、写真やネットの画像でしか見たことないけど」ユミリはいった。「はっきりいって、東京タワーのほうがきれいだし、魅力的だし、東京タワーのほうがまさに東京のシンボルって感じがすると思うんだけど……」
「ま、日本国民全員がそう思っているね」キョウイチは軽く笑いながらいった。「1度でいいから、東京タワーを生で見たかったなぁ」
「うん、そうね」と、ユミリ。「でも、もうひとつのシンボルの東京スカイツリーのほうはまだ健在だからね」
「今度は東京スカイツリーに行こうか?」
「うん」
そしてふたりはロードバイクを止め、前方のオサム・クマザキタワーを眺め出した。
「そろそろだよ」と、キョウイチは腕時計を確認していった。「そろそろ、8月最後の日が終わって9月になる」
「うん、夏ももう終わりね」
次の瞬間だった。明りひとつついていなかったオサム・クマザキタワーが、まばゆいばかりの強烈な光を発した。
「キャァ!」ユミリがまぶしさのあまり軽く悲鳴をあげる。
「大丈夫かい?ユミリちゃん」キョウイチはいった。
「……うん、すぐ慣れると思う」
オサム・クマザキタワーは年の1回、9月のはじまりとともに全身からものすごい光を放つイベントがある。なぜ9月のはじまりなのかわからないがそれを見るために毎年、日本中からそこそこの人が港区芝公園に集まっていた。
「ああ、オサム・クマザキタワーが七色に光り輝いている……」キョウイチは恍惚としていった。「オサム・クマザキタワーは醜いけど、この光のイベントだけは何度見ても感動するものがあるね」
「うん、とてもきれい」ユミリも目を細めながらオサム・クマザキタワーを見つめていった。
……帰り道。ロードバイクを走らせるキョウイチとユミリはしりとりバトルを再開させていた。
「い……【イルカに乗る意味は?】━━【わ】」
「【ワルサ―P39】━━【う】」
「【ウクライナウクライナ】━━【な】」
「ププ、なにそれ?」ふきだすユミリ。「【ナックルボールしか投げられない】━━【い】」
……しばらくしりとりを続けていたふたりだったが、ユミリがふとキョウイチに質問をした。
「……キョウイチくんって、自分の人生をどう思ってる?」
「え?」ユミリを振り返るキョウイチ。「なかなか深い質問だね。そうだねぇ……というか、どういう意味?」
「キョウイチくんって普通の人っぽいのに……現代の救世主なんでしょ?そう考えると、なんだか不思議で……」
「ボキが1番不思議だけどね」キョウイチはいった。「なぜ自分は救世主なのか?なぜ自分が現代の世界天皇候補なのか?深く考えたことは特にないよ。ただ、なんというか、一族の血がボキをつき動かすのかな。荒廃した地獄のような世の中をほうっておけないし。1000年前の、前回の世界天皇候補だったメシアさんって人も、きっと同じような感じだったと思うよ」
「そのメシアさんって人、都市伝説じゃなかったのね。本当に実在した人だったのね」
「うん、資料は残ってないけど、クラウディアばあちゃんが祖父からそう教えられたというんだから、まず事実だろうね」
「いったいどんな人だったのかしら。キョウイチくんみたいな人だったのかな?」
「どうだろうね」キョウイチは困ったようにいった。「でも、まあ、1000年前もひどい世の中だったっていうし、その世の中を根本から変革しようとひとり孤独に悪に立ち向かった人らしいよ。メシアさんが実現できなかった世界革命を、ボキが代わりに成し遂げてみせるさ」
そんなキョウイチに、ユミリは心底しびれていた。ひかえめでしおらしいユミリだったが、自分のカレシが1000年にひとりあらわれる現代の救世主となると、さすがに興奮をおさえることに苦戦してしまう瞬間があった。
マックスコーヒーをごくり飲みながらロードバイクをひょうひょうと走らせるキョウイチ。その姿をユミリは熱く見つめ続けていた。




