第1部 第2話【キョウ様】
タクヤとコツはキョウイチのことを【キョウ様】と呼ぶ。これはただ単にキョウイチが部屋のリーダー的存在だからというだけではない。そこには深い理由があるのだ。
まず、キョウイチは【鉄拳】という対戦格闘アクションゲームの攻略ブログを運営しており、人気・知名度ともに日本ナンバーワンに君臨していた。
キョウイチが【鉄拳】のブログをはじめたのは中学生の頃で、ゲーム少年だったコツはそのときキョウイチのブログの存在を知ったのだ。
それまでのコツの【鉄拳】人生はいばらの道そのもの。ただただとにかく【努力が報われない】という状態で、ほかの誰よりも練習と勉強を積み重ねているはずなのに、なぜいつまでたっても結果が出ないのだ?と日々嘆き続けていた。
そんなときにキョウイチのブログと出会い、基礎から【鉄拳】の勉強・練習を開始し、とうとうコツは念願だった獣段という段位に上がることができた。
【鉄拳】という格闘ゲームには柔道や剣道などと同じように、プレーヤーの実力をあらわす段位というものが存在する。大きく分けると━━
数字段
↓
漢字段
↓
獣段
↓
拳段
↓
羅段
↓
赤段
↓
神段
↓
王段
━━というところ。最後の王段が最も高い。そして上から数えて3つ目の獣段というのがようやく初級者を抜け出し、中級者の仲間入りを果たした段位として認知されている。
【鉄拳】の初心者たちは、とりあえずこの獣段というものを目指して精進する。しかし、ここからが分岐点。漢字段までは行けても獣段の壁はなかなか厚く、ここで挫折してしまうプレーヤーがあとを絶たなかった。
キョウイチが【鉄拳】のブログをはじめるまでは……!
どれだけがんばっても獣段に行けない、初級者の壁を打破することができない━━そうした懊悩に苛まれるプレーヤーがゴミのようにあふれ返っていた【鉄拳】界に、ひとりの救世主が舞い降りた。それこそがキョウイチであり、数字段、漢字段止まりだった無数のプレーヤーたちがキョウイチのブログで1から練習し直し、多くのプレーヤーが見事に獣段に上がることができたのである。
彼らにとってキョウイチはまさに救世主、神のような存在であり、キョウイチはブログの読者たちから当時からキョウ様と呼ばれていた。
その読者のひとりだったコツは、まさか徴兵で送り込まれた軍事訓練学校で憧れのキョウイチと一緒の部屋になれるなどとは夢にも思っていず、キョウイチの姿を眼前にしたときは感極まって涙を流してしまったほどだった。
ちなみに【鉄拳】のシリーズは、第29作目を最後に新しいものが制作されていない。
実は【鉄拳29】に反政府的な性格の新キャラクターを登場させてしまい、それが【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の逆鱗に触れてしまったのだ。やがて【鉄拳29】の制作にたずさわった人たちは秘密警察【ブラック・リスト】に逮捕され、いわゆる良心の囚人として全員獄中死したと伝えられている。
次にタクヤ。彼は前述したようにゲイであり、それゆえカミングアウトした中学時代からむごい差別と迫害にあい続けてきた。
西暦3035年の現在の日本。西暦2000年代からLGBTという言葉が誕生したり、同性婚が認められるようになったりして、ゲイに対する世間の見方もだいぶ肯定的になっていった。しかし西暦2800年代頃からそうした傾向は途絶えていき、再びかつてのようなバッシングの嵐がゲイたちに浴びせられるようになっていった。
日本ではゲイに法的制裁をくわえるまでにはいたっていないが、いじめや暴力などは当たり前、就職面においても極めて不利な立場にたたされ、ゲイの自殺者は増加の一途をたどるばかりだった。
タクヤも自殺を考え続ける日々をおくっており、数え年20歳をむかえて徴兵に駆り出された瞬間、『ああ、きっと自分は軍事訓練学校内でいじめられて首でも吊るんだろうな……』とぼんやりと思った。
そんなとき出会ったのがキョウイチだったのだ。そしてタクヤは、どうやらキョウイチはLGBTを忌み嫌うタイプの人間ではないと感じ、出会った初日からさっそく自分がゲイであることをカミングアウトした。そのときのキョウイチの吐いた言葉は、タクヤの記憶の金庫に一字一句消えることなく残り続けている。
……そうかそうか。よく20年間も生きてこれたね。ボキだったらそんな人生に耐えられたかどうか……。
ただねぇタクヤ、LGBTを否定・非難する人たちは、けっしてまちがってはいなんだよ。だって考えてみて。世界中の全人類がLGBTになっちゃったら男女のカップル・夫婦が誕生しなくなっちゃうんだから、新しい生命が誕生しなくなっちゃうでしょ?そうなったら人類が滅亡しちゃうでしょ?そんな可能性は限りなく0%に近いけど、0.000001%でもある以上、やっぱりLGBTは人間の究極の使命である子孫繁栄にとって邪魔で迷惑な存在ってことになっちゃうんだよね。残念ながら正論なのはLGBT否定派のほうなの。
でもねぇタクヤ。悲観することはない。LGBTは存在し続けても許されるから。たとえば綺羅飄介のようなミュージシャンという職業。あれも矛盾なんだよね。だって全人類がミュージシャンになっちゃったら、誰が米やパンをつくってくれるの?誰が社会を機能させてくれるの?ミュージシャンという職業の人たちも、子孫繁栄にとっては矛盾の存在なのよ。
でもねぇ、いつの時代にも娯楽は必要だから、矛盾なんだけどミュージシャンは必要なんだよね。だから許されているわけ。
なんだかんだといってこの世界というのは、常になんらかの矛盾を抱えながら続いていくものなのよ。LGBTもそれと一緒。ミュージシャンという矛盾が許されるんだから、LGBTも許されなきゃおかしいでしょ?
LGBTがなんの不安も心配もなく生きていける世の中を、これからボキがつくってあげるから安心してて。
━━それ以来、タクヤはキョウイチのことをキョウ様と呼び、尊崇するようになっていった。
が、キョウイチに恋心を抱くことはなかった。キョウイチは身長は178センチでぎりぎりイケメンの部類に入る顔ではあったが、やせぎすの体型がタクヤの好みではなかったのだ。
さて、もうひとり、ユーレイのことについても書こう。彼はその暗い性格から子供の頃から孤立しがちで、高校時代はひきこもり生活をおくっていた。
なんとか高校を卒業してからも定職につかず、未来のヴィジョンを抱けないままニート暮らしをおくっていた。
そしてむかえた徴兵━━ユーレイはタクヤ同様、きっと暗い性格の自分もいじめの対象になって、つらい日々が待ち受けているんだろうなと憂鬱になった。
しかし、寮の部屋でキョウイチと一緒になったことで、ユーレイは目の前にパッと花畑が広がったような感覚に襲われた。
ネクラでコミュニケーション能力0のユーレイにキョウイチはいった。
ああ、おまえは別にそのままでもいいのよ。バラひとつにしてもありとあらゆる種類があるように、人間にもピンからキリまでありとあらゆる奴がいて当然だからね。
そもそもネクラな奴って、ボキはなんにも悪いと思わないんだけどね。酒飲んで暴れるわけでも、夜中にバイクで騒音撒き散らしたりするわけでもないし。
それにどれだけ性格が暗かろうと、米もパンも消しゴムもつくれる能力はあるでしょ?社会においても充分貢献はできるのよ。
ま、どうしても暗い性格がコンプ(コンプレックスの略)でいやでいやでしょうがないなら、話し方教室とかに通えば?
━━それ以来、ユーレイの心は以前とは比べものにならないほど軽くなり、キョウイチらとともに3年間の軍事訓練生活をなんとか無事に終えることができたのであった。