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第3部 第2話【ミーアキャットのタトゥー】

 その日、タクヤ、コツ、ユーレイの3人は【フール・メンズ・パレード】の仕事を早めに終わらせてもらい、キョウイチ、ユミリとともにとある場所に向かっていた。


 


 

 そこは東京屈指の繁華街、渋谷。キョウイチたちは粗末な家しか建っていないスラム街の竹ノ塚で暮らし続けていたため、高層ビルが林立する渋谷の街並みにはやや畏縮してしまった。


 


 

 ところで現在は西暦3035年ではあるが、SF小説に描かれるようなハイテク近未来都市の景色はほとんど見られなかった。


 


 

 20世紀末、人類は『21世紀になったら車が空を飛んだりするんだろうな』とイマジネーションをふくらませたが、実際はそうはならなかったのと同じように、西暦3035年の日本の風景も1000年前とたいしたちがいはなかった。


 


 

 と、そのとき、キョウイチたちの視界にとある不快な銅像が入った。全長10メートルほどの黄金のオサム・クマザキ像である。


 


 

 黄金のオサム・クマザキ像は日本中のあちこちに建てられており、オサム・クマザキの権勢がふるわれていた。


 


 

 ちなみに唾を吐いたりいたずら書きなどがされないように、すべてのオサム・クマザキ像に監視カメラが設置されていた。


 


 

 そんなオサム・クマザキ像を見ながらコツがいう。


 


 

 「そういえば数百年前まで、ここにはハチ公っていう犬の銅像が建てられていたらしいね」


 


 

 「ハチ公?」タクヤがくり返す。


 


 

 「ああ、かすかに記憶にあるな。そんなような犬の名前」キョウイチが興味なさそうにいった。


 


 

 「コツくんって博識なのね」


 


 

 そういうユミリにコツはややはにかんでいった。


 


 

 「いや、それほどでも」


 


 

 無言のユーレイ……。


 


 

 彼らは軍事訓練学校の医務室でゲンジという男に教えられたセルリアンタワーに向かっていた。ちなみに特に変装はしていなかった。


 


 

 キョウイチは残念ながらルックスは可もなく不可もない男だったので、顔のほうはまだ広く知れ渡っていなかった。まれに気づかれたとしても『よく似てるっていわれるけど』でほとんど会話は終了した。


 


 

 セルリアンタワーにたどり着いたキョウイチたち。さっそく受付のショートボブがあまり似合っていない小柄な女性に、教えられた合言葉である【魂を抱いてくれ】をキョウイチが代表していった。


 


 

 すると受付の女性は全身に緊張をみなぎらせ、無言でキョウイチたちをセルリアンタワーの地下7階に案内した。


 


 

 ━━セルリアンタワーは一般的に地下6階までしかない建物と認知されているが、実は地下7階以下には広大な地下世界が広がっていた。そこは【キャバレー・イン・ザ・ヘブン】と呼ばれ、東京最大の反政府組織【アーバン・ジャングル】のアジトになっていた。


 


 

 ショートボブの受付に案内されて、【キャバレー・イン・ザ・ヘブン】に足を踏み入れるキョウイチたち【ヴァージン・ビート】の面々。そこには格闘技の練習や、肉体の鍛錬にいそしむ無数の男たちの姿があった。きっと彼らが【アーバン・ジャングル】のメンバーたちなのだろう。


 


 


 しかし、地下7階にはリーダーのガンジはいないらしく、キョウイチたちは地下8階に案内されることになった。


 


 

 地下8階━━そこは男たちの匂いと緊迫感に満ちた地下7階とは対照的に、地上とほぼ変わらない和やかな街並みが広がっていた。


 


 

 そしてキョウイチたちは案内されるまま、一軒の小さなケーキショップに入っていった。


 


 

 「ねえねえ、こんなところにあの【アーバン・ジャングル】のリーダーがいるっての?」タクヤが怪訝そうな声を発した。


 


 

 しかし、店に入ってすぐに、彼らの視界の中に極めて頑健な印象を放つ大男が入った。


 


 

 坊主頭を金色に染め、剛腕という言葉が当てはまる左腕にはミーアキャットのタトゥーが彫り込まれていた。そんな大男は店内の席についており、なにやら奥のほうにいる人物に声をかけているようだった。


 


 

 そしてショートボブの受付が軽く頭を下げてケーキショップをあとにする。


 


 

 そのとき、キョウイチたちの気配に気づいた大男が、キョウイチたちをギロリと睨んで声を発した。


 


 

 「見かけない顔だな。あんたたちは?」


 


 

 ひるんで黙り込むタクヤたちとは対照的に、キョウイチは飄然とした様子でいった。


 


 

 「あんたたちとは無礼だな。君がボキに会いたいっていうから遠路はるばるやってきたってのに」


 


 

 「なんだと?」大男は首をキョウイチたちに向けた。「どういうことだ?」


 


 

 「君の弟のゲンジくんに徴兵に行っているとき会ってね。それで君がボキに会いたいらしいことを伝えてくれたのよ」


 


 

 金色坊主の大男━━【アーバン・ジャングル】のリーダー、ガンジの鋭かった表情がみるみるうちに温和なものになっていく。


 


 

 「ひ、ひょっとすると、あんた、まさか……世紀末の救世主キョウ様かい?」


 


 

 「そう。ボキが世紀末の救世主キョウイチ。ま、北斗神拳とかは身につけてないけど」


 


 

 キョウイチがそういい終えるとガンジは椅子から勢いよく立ち上がり、なんと土下座をして額を床にこすりつけた。


 


 

 「世紀末の救世主キョウ様に向かって、失礼極まりない態度をとってしまい申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」


 


 

 突然のことに戸惑うキョウイチたち。


 


 

 「い、いや、いいんだよもう。頭を上げてくれたまえ」


 


 

 ━━なぜかケーキショップの中にいたガンジ。彼こそが東京最大の反政府ゲリラ組織を統括する男だった。


 


 


 「いやいやキョウ様、先程は本当に無礼を。【キョウイチ救世法その①】の動画を穴が開くほど見続けてきたんですが、キョウ様であることを1発で視認できなくて」


 


 

 「気にしてないよ。ボキはもともと地味で印象に残らない顔だしね」キョウイチはガンジと同じテーブルの席にユミリと一緒についていった。タクヤたちはほかのテーブルの席についていた。


 


 

 「しかし、キョウ様が我が眼前にいるかと思うと……まだちょっと信じられないものがありますなぁ」


 


 

 「ところで、ボキにいったいなんの用があるんだい?」


 


 

 キョウイチの質問に、ガンジは表情を正していった。


 


 

 「キョウ様、いまさらいうまでもないことでしょうが、現在の日本は完全に狂っています。恐怖政治、格差、性犯罪など……この混沌とした日本を変えてくれるのは、オレは何年も前からあなたしかいないと思っていたんです」


 


 

 「まあ、徴兵に行く前から、一応【足立区の救い主】とか呼ばれてたからねぇ」キョウイチはいった。「その頃からのボキのファンだったんだ?」


 


 

 「ファンどころじゃないですよ。オレこそがキョウ様の日本一の信者です」ガンジは情熱を込めていった。「そして先日の【キョウイチ救世法】の動画を見て、オレは改めて確信しました。この人こそが世紀末の救世主なんだと、この人こそが混沌とした日本を変えてくれる人なんだと」


 


 

 ガンジが見かけによらず義侠的精神にあふれた人物であることを知り、ユミリは少し安心した笑顔を見せた。


 


 

 「キョウ様、おねがいします。オレはキョウ様のためならこの命を捨ててもいいんで、なにか協力をさせてください。オレたち【アーバン・ジャングル】を、キョウ様の覇業達成のための捨て駒にしてください!」


 


 

 そういって再び頭を下げるガンジ。キョウイチは『まいったな』と苦笑をもらした。


 


 

 「そうかいそうかい。ありがとうガンジ。革命のためには武力もある程度は必要な場面があるからね。そのときは遠慮なくガンジたちに協力をあおぐよ」


 


 

 「いつでも呼んでください!」


 


 

 「うむ。ま、とりあえず、ようやく能力的に当てになる仲間が増えたってところかな」


 


 

 そういうキョウイチに、後ろのテーブルのタクヤとコツが口を尖らす。


 


 

 「またそういう!」


 


 

 そのとき、ガンジがユミリを見ていった。


 


 

 「あんた、キョウ様のガールフレンドかい?」


 


 

 「え?」ユミリがうつむきがちの顔を上げる。「そうだけど……」


 


 

 「あんた、その顔……」ガンジはユミリのヤケドの痕を見ていった。「……いや、なにもいわなくていい。あんたのような女性はこれまで何人も見てきた。あんたもかなりつらい人生をおくってきたようだな」


 


 

 無言のキョウイチとユミリ。


 


 

 「あんたのような女性たちも、きっとこれからキョウ様が救ってくれるはずだ。キョウ様の覇業達成に力添えできると思うと、今から体中が血がざわざわと騒いでくるぜ!」


 


 

 そんなガンジに両親はいなかった。幼い頃、自由義絶法によって父親に捨てられ、児童養護施設に入れられることになったのだが、養子にむかえてくれた義理の両親も病死してしまい、ガンジは弟のゲンジとともに過酷な人生を歩んできた。


 


 

 「自由義絶法なんて法律……ありゃ、ぜったい、おかしいと思うんですよ」ガンジはキョウイチにいった。「オレは頭が悪いからうまくいえないんだけど、たとえ子供が頭が悪いからといって、そんな理由で親が子供を捨てるなんてことはあっちゃならないと思うんです。頭が良かろうと悪かろうと自分の子供は子供なはずでよ。その子供を独立できる年齢まで育てる、それが親としてのぜったいの義務だと思うんですよ」


 


 

 そんなガンジにキョウイチはうんうんとうなずきながらいった。


 


 

 「ガンジのいいたいことはよくわかったよ。ボキもあの法律は前々からおかしいと思っていた」


 


 

 「キョウ様……」


 


 

 「ボキもボキなりに、自由義絶法撲滅のために頭を働かせることにするよ」


 


 

 「ありがとうございます!」ガンジは再び頭を下げた。

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