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第3部 第1話【あいさつ】

 ある日の朝だった。キョウイチが【フール・メンズ・パレード】を訪れると、スタッフユニフォーム姿のタクヤがあいさつをした。


 


 

 「キョウ様、おはようございます」


 


 

 「ん?ああ、おはよう」


 


 

 それからしばらくしてからのことだった。今度はコツがあいさつをした。


 


 

 「キョウ様、おはようございます」


 


 

 「ん?ああ、おはよう」


 


 

 次はユーレイだった。


 


 

 「……お、おはよう、ご、ございます……」


 


 

 そういって作業に取り掛かるタクヤたち。キョウイチは彼らを無言で見つめ返した……。


 


 

 ━━午後3時頃のことだった。キョウイチが2階の【鉄拳29】のマシンで、見知らぬ客と対戦していたときのことである。キョウイチの連勝が続いていたのだが、キョウイチの操るファランというキャラクターがまたもや勝利すると、対戦相手の男性客が席をがっと立ち上がってキョウイチに詰め寄ってきたのだ。


 


 

 「おい!てめぇ!」


 


 

 青筋を立ててがなる客に、キョウイチはゆったりと立ち上がりながらいった。


 


 

 「はぁ?なに?」


 


 

 しかし男性客は感情をうまく言葉にできないらしく、全身を憤懣で震わせながらキョウイチにがなり続けるだけだった。負け犬の遠吠えである。そんな男性客にキョウイチは毅然といった。


 


 

 「なに?ボキに負けて悔しいわけ?でもねぇ、ボキに向かって怒声を浴びせるたりするのはマナー違反っていうか、それ以前の問題なのよ」


 


 

 まだ男性客の顔から憤怒の色は抜けきっていない。


 


 

 「もしもボキが卑怯な手を使って勝ち続けていたとか、相手をからかうような戦い方をしていたとか、そうしたことをしていたのなら君の怒りの感情もわからなくはないよ」キョウイチはいった。「でもボキは卑怯な手を使った覚えも、相手をからかうような戦い方をした覚えもない。正々堂々と戦っていただけだ。そんな礼儀正しいボキに向かって怒鳴り声をあげるってのは論外の行為なのよ。わかる?」


 


 

 結局、対戦相手の男性客は始終カリカリした様子で【フール・メンズ・パレード】をあとにした。


 


 

 「あーあ、いったいボキを誰だと思ってるんだろう?ボキの今の言葉で自分の罪を悔い改め、土下座して謝っておいたほうが身のためなのに……」


 


 


 閉店後の深夜12時頃、キョウイチはクラウディアと【鉄拳29】を2階のマシンで戦った。キョウイチの使用キャラはファラン、クラウディアの使用キャラは三島平八というものだった。


 


 

 30分後、マシンがクラウディアの操る三島平八の勝利を宣告した。


 


 

 そのとき、そばで観戦していたコツがかすかに震えながらつぶやいた。


 


 

 「し、信じられない。キョウ様のファランを5回連続で負かすなんて……」


 


 

 そう。キョウイチとクラウディアの対戦は、クラウディアの5連勝に終わっていたのである。


 


 

 「へ?なにかすごいことなの?」鉄拳に明るくないタクヤが質問した。


 


 

 「キョウ様のファランには【キョウちゃんスペシャル】と呼ばれる無敵の連係があるんだ」コツが解説した。「それでキョウ様は最高段位の鉄拳神までのぼりつめた人なんだよ。いまだに【キョウちゃんスペシャル】の対策は確立されていないといわれ、キョウ様に勝つことができたとしても、5連勝なんてできるプレーヤーがいるとは……本当に信じられない」


 


 

 そんなコツの様子に含み笑いをするクラウディア。キョウイチはいった。


 


 

 「……クラウディアばあちゃん、ひょっとしてボキが徴兵に行っていた頃、【キョウちゃんスペシャル】の対策、練ったりしてた?」


 


 

 するとクラウディアは笑いながらいった。


 


 

 「当然よ!これ以上おまえに大きい顔されたくないからねぇ」


 


 

 「で、でも、いったいどうやって対策を考えたのか……」


 


 

 不思議がるコツ。クラウディアのような超人の頭には、凡人には永遠に追いつけそうになかった。


 


 

 しばらくしてタクヤたちは着替えを終え、キョウイチたちにあいさつをした。


 


 

 「キョウ様、おつかれさまでした」と、タクヤ。


 


 

 「クラウディアさん、おつかれさまでした」と、コツ。


 


 

 「お、お、おつかれ、さまでした……」と、ユーレイ。


 


 

 そのとき、キョウイチが声をやや荒げていった。


 


 

 「あのさ、前から思ってたんだけど、あいさつっていうのは1回だけでいいのよ」


 


 

 「え?」きょとんとするタクヤたち。


 


 

 「おはようございますだの、おつかれさまでしただの、なんで同じ言葉を1日に何回も何回もいわないといけいないわけ?おかしいと思わない?」キョウイチはいった。「とある会社に社員が100人いたとする。そして朝礼のときに100人が一堂に会して【おはようございます】といい、仕事が終わったあとは再び100人が一堂に会して【おつかれさまでした】という。あいさつはそれだけで充分なのよ」


 


 

 「な、なるほど」コツは納得してうなずいた。「よくわかったよキョウ様。じゃあ、おつかれさまでした」


 


 

 「まったく、いったそばからそれかよ」キョウイチは苦笑した。


 


 

 「い、いやぁ、どうしても癖で……」


 


 

 タクヤとユーレイも苦笑をもらさざるをえなかった。

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