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第2部 第7話【世紀末の救世主】

 その少年は19歳だった。高校卒業後、完全に部屋にひきこもってしまい、外界には1歩も出る気力がなかった。


 


 

 そんな少年は毎日が生き地獄そのものだった。高校時代、壮絶ないじめにあっており、そのトラウマから抜け出すすべを見出せずに、恒常的な絶望にくる日もくる日も痛撃され続けていた。


 


 

 廊下でほかの生徒たちが見ている前で殴られ、蹴られ、全裸にされた記憶━━少年の脳のキャンパスには当時の記憶がぜったいに消えないマジックでありありと描かれ、それが脳に蘇るたびに耐えがたい塗炭の苦しみに全身が襲われた。


 


 

 それに追い打ちをかけるのが1年後に迫った徴兵制━━もう自分には自殺以外に選択肢はないと少年は100%の確信を持つにいたっていた。


 


 

 そんなときである。インターネットのユーチューブで、【キョウイチ救世法その①】というタイトルの動画を見たのは。


 


 

 そこには【足立区の救い主・キョウ様】として紹介された青年が、どこかの一室で数百人の女性たちに講演をしている様子が映し出されていた。


 


 

 そこで語られた空前絶後の真実━━生得的嗜虐性!━━その動画を見た少年の胸から、それまで絶え間なく痛撃し続けていた地獄のような苦しみが嘘のように消えていき、オレンジ色のやさしい安らぎがパァァァッと広がっていった。


 


 

 その日から少年の生き地獄の生活は終わりをむかえ、濃厚な安寧に満ちあふれた日々がスタートした。


 


 

 また、ある少年である。16歳の彼は高校でむごいいじめにあい続け、不登校になり、精神病院にも通ったが苦しみから解放されることはなく、あるとき母親に向かって『苦しい!僕を殺してくれ!』と悶絶しながら懇願した。


 


 

 そのときである。父親が【キョウイチ救世法その①】というユーチューブ動画を息子に見せたのだ。


 


 

 動画を見終えた少年は急に落ち着き出し、苦しみも悩みもなにもない様子で突然シャワーを浴び出した。そして母親に『母さん、今夜はカレーがいいな』と明るい口調でいった。


 


 

 これらと似たような現象が日本各地で無数に巻き起こり、動画【キョウイチ救世法】は一大ムーブメントを呼ぶこととなった。


 


 

 ━━そんなある日の朝だった。マイルームのベッドで寝ていたキョウイチは、なにやら外が異様に騒がしいことに気づいて目覚めた。


 


 

 起きて顔を洗ったキョウイチはクラウディアに訊いた。


 


 

 「クラウディアばあちゃん、なんか外が騒々しくない?」


 


 

 「なーにのほほんとしているのよ。ついに日本全体がおまえを救世主と本格的に認めはじめたのよ!」


 


 

 「へ?」クラウディアの言葉にキョウイチは呆然とする。


 


 

 「とりあえず、着替えて外に出てみなさい」


 


 

 クラウディアのいわれるとおりに外に出てみると、そこにはざっと2000人ほどの群衆が集まっていた。


 


 

 キョウイチの姿を目にし、感動と狂喜の絶叫をあげる群衆。


 


 


 「あぁぁぁぁ!キョウ様だ!」


 


 

 「きゃぁぁぁ!キョウ様よ!」


 


 

 「足立区の救い主……いや、世紀末の救世主キョウ様の登場だ!」


 


 

 そして集まった群衆はバンザイを開始した。


 


 

 その様子に呆気にとられるキョウイチ。彼のそばに3人の男たちがささっと駆け寄った。


 


 

 「キョウ様、おはよう」


 


 

 「タクヤか?」


 


 

 「いきなりで驚いたと思うけど、とにかくこっちにきて」と、コツ。


 


 

 ユーレイもそろっていた。


 


 

 3人はキョウイチを群衆から守るように取り囲み、キョウイチを1台の軽自動車の中へ押し込んだ。


 


 

 運転席にいたのはサトミ・サカグチ。後部座席にはユミリがいた。


 


 

 「おはよう、キョウイチくん」ユミリは隣に座ったキョウイチに莞爾した。


 


 

 「ユ、ユミリちゃん!?」


 


 

 そして軽自動車は2000人の群衆を引き離すように走り去っていった。


 


 

 ━━東綾瀬公園。軽自動車の中のサトミを残して話をするキョウイチとユミリ。


 


 

 「【フォロー・ザ・ウィンド】福祉センターでのボキの講演をケータイで撮影していた!?」


 


 

 ぎょっとするキョウイチにユミリは謝罪した。


 


 

 「ごめんなさい、勝手なことして……」


 


 

 「いや、ケータイ撮影くらいは別にいいけど、ユーチューブにアップまでしていたなんて……」改めて言葉を失うキョウイチ。「さ、さすがに度肝を抜かれちゃったな」


 


 


 「本当にごめんなさい。でも、1日でも早く生得的嗜虐性を全国の人たちに伝えて、苦しみに苛まれている人たちを助けてあげたかったの」


 


 

 「そうだったのか」


 


 

 「実は、クラウディアさんには許可はとってあるの」


 


 

 ユミリに言葉に再び驚倒するキョウイチ。


 


 

 「ええっ!?クラウディアばあちゃんに!?」


 


 

 ユミリはキョウイチには秘密でクラウディアを訪ねており、撮影した動画をユーチューブにアップしていいかどうかを相談していた。


 


 

 「ユーチューブにねぇ……」クラウディアは腕組みして考え込んだ。「いい案だとは思うけど、あまりにことを急ぎすぎると【ロスト・イン・ザ・ダークネス】に目をつけられる危険があるしね……」


 


 

 「ハァ、それがありましたね……」ユミリは深いため息をついた。「私が軽率でした。救世主であるキョウイチくんを危険な目にあわすことはできませんよね……」


 


 

 そういって肩を落とすユミリにクラウディアはいった。


 


 

 「……ううん、そう意気消沈することもないわ。動画をユーチューブにアップしてちょうだい」


 


 

 ユミリはうつむいた顔をパッと上げてクラウディアを見つめた。


 


 

 「本当にいいんですか?」


 


 

 「ええ、いいわ。動画が原因で【ロスト・イン・ザ・ダークネス】に命を狙われたとしても、その程度の逆境さえ跳ね返せないようでは、所詮キョウイチはそれまでの男だったということ。現代の世界天皇にはふさわしくなかったということよ」


 


 

 ━━ユミリの話を聞いてキョウイチは表情を鋭くした。


 


 

 「……うむ、さすがクラウディアばあちゃんだ。ボキの心もぴしっとひきしまったよ」


 


 

 「キョウイチくん」キョウイチを強く見つめるユミリ。


 


 

 「いよいよボキたち【ヴァージン・ビート】の本格的な変革活動がはじまるんだ。どこまでやれるかは未知数だけど、今なお苦しみ続けている日本中の人々のためにボキは戦うさ」


 


 

 ━━その日の夜だった。【フール・メンズ・パレード】のスタッフルームで【キョウイチ救世法その①】の動画をパソコンで見ていたときのことである。


 


 

 「生得的嗜虐性とはね!」タクヤが目をギラギラと輝かせて興奮した声をあげた。「さすがキョウ様だわ!こんなこと発見しちゃうなんて!」


 


 

 「うんうん、僕も本当にすごいと思う」と、コツ。「やっぱり僕らのキョウ様はちがうな」


 


 

 無言のユーレイも感動にうちひしがれているようだった。


 


 

 「でもさぁ、ちょっと気になることがあるんだけど」


 


 

 「なによコツ?」


 


 

 タクヤの問いにコツが答えた。


 


 

 「動画に何千件もコメントが寄せられているけど、賛辞や好意的なものだけでなく、批判的なコメントもけっこうな数あるんだよねぇ」


 


 

 そういうコツのそばに行き、キョウイチはデスクの上のパソコンをのぞきこむ。


 


 

 「マジで?どれどれ」


 


 

 するとそこには次のようなコメントが出ていた。


 


 

 『この男、さっきからなにわけわかんないこといってんの?』


 


 

 『新しいインチキ宗教の宣伝動画かなにか?』


 


 

 『なんで感動して泣いたりしている女がいるの?頭おかしいんじゃない?』


 


 

 それを読んだキョウイチはしばし呆然となった。


 


 

 「……うーむ、これはいったいどういうことなんだ?」


 


 

 「不思議に思うわよね?生得的嗜虐性によっていじめ、レイプ、虐待などのトラウマに苦しむ人たちが一気に救われるのに」と、タクヤ。


 


 

 「僕もさっぱり理解できない。生得的嗜虐性はまさに全人類を暴力による苦しみから救済する究極の救世法のひとつだよ!」


 


 

 ユーレイも大きくうなずいていた。


 


 

 この謎はしばらく解けることはなかったが、とにもかくにもキョウイチたち【ヴァージン・ビート】の命をかけた戦いが、いよいよ本格的なはじまりを告げることとなった。 

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