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第2部 第6話【スーツ姿のホームレス】

 キョウイチとユミリはサトミ・サカグチの知り合いの医師が運営しているという中絶クリニック【コーリング】を訪問していた。


 


 

 その日の【コーリング】にも多くの女性患者を訪れており、女性たちは悲傷な影を漂わせて待合室のソファに腰をかけていた。


 


 

 しばらくしてその日の診察と手術が終わり、院長の60歳近いと思われるコミヤマ医師が顔見知りのユミリのところにやってきた。


 


 

 「やあ、ユミリちゃん。よくきてくれたね」コミヤマは多忙ゆえにやつれぎみであることがうかがえる様子ながらも、爽やかな笑顔をつくってユミリにあいさつした。


 


 

 「こんにちわ、コミヤマ先生」


 


 

 「あの、はじめまして。ボキは……」


 


 

 自己紹介しようとするキョウイチをコミヤマは手で制した。


 


 

 「いわなくても大丈夫。君の噂は患者の女性たちから耳にタコができるくらい聞いている」


 


 

 ぽかんとするキョウイチ。そんな彼らをコミヤマは院長室に招いた。


 


 

 ━━院長室の椅子に腰かけるキョウイチたち。 


 


 

 「キョウイチくんの噂はすでに知っている。生得的嗜虐性、というのかい?」コミヤマはいった。「ものすごい新発見だね。大げさないい方ではなく、ノーベル平和賞級だと思う」


 


 

 「い、いやぁ、そこまでいわれると照れますねぇ」


 


 

 そんなキョウイチにユミリはクスッとする。


 


 

 「女性患者は口々に君のことを現代の救世主だと絶賛しまくっていた。あの人なら現在の日本をなんとかしてくれるのではと」


 


 

 「はあ……まあ、ボキもそのつもりですけどね」


 


 

 「ところでコミヤマ先生、最近体調のほうはどうなんですか?」と、ユミリ。「正直にいって、かなり疲れている感じがするんですけど……」


 


 

 「そうだねぇ、ここ数年、休みは一切なく、肉体的にも精神的にもかなりまいっていることは事実だ」コミヤマは目を沈ませてため息をつきながらいった。「性犯罪は減少する気配がなく、望まぬ妊娠をしいられる女性も絶え間なく無限にあらわれ続けている━━医師の数もスタッフの数も少なく、とにかく悩みの種はつきない……」


 


 

 無言のキョウイチとユミリ。


 


 

 「医師は私含め3人のみ。それも全員高齢で、いつ倒れてもおかしくない」コミヤマはいった。「私たちがいなくなったら、綾瀬の女性たちは誰が救えばいいんだ?」


 


 

 「コミヤマ先生……」ユミリが哀傷を含んでつぶやく。


 


 


 「格差をなくす、性犯罪を根絶する━━これらは夢物語かもしれないが、はっきりいってこれしか女性たちを救う方法はない」コミヤマはいった。「しかしキョウイチくん、君の登場によって今まで夢物語でしかなかったような奇跡が、実際に起きる可能性を私は感じるようになってきたんだ」


 


 

 「コミヤマさん」コミヤマの顔をやさしく見つめるキョウイチ。


 


 

 「私は君に賭けようと思う。現在の狂った日本を根本から変革してくれる救世主になってくれることを心から期待している!」


 


 

 そしてキョウイチとコミヤマは両手でかたい握手をかわした。


 


 

 と、そのとき、ユミリがふと思い出したようにいった。


 


 

 「……コミヤマ先生、【コーリング】の医師の数、半年までは5人だったはずじゃ……」


 


 

 ユミリの質問に、コミヤマの顔に暗欝とした影が漂った。


 


 

 「い、いや、実は……」


 


 

 「今日はこれまで」と、キョウイチが椅子からパッと立ち上がっていった。「なにかいいづらい深い事情があるみたいですね。人間、誰しもいいたくないことはあるもんですよ。今日はこのへんでおいとましますよ。帰ろうかユミリちゃん」


 


 

 「……そうね、キョウイチくん」ユミリはそういってゆっくり腰を上げた。


 


 

 ━━【コーリング】をあとにして家路につくキョウイチとユミリ。と、そのとき、キョウイチたちの視界に、高級スーツに身を包んで道端に寝転んでいる眼鏡の中年男性が入った。


 


 

 「あんな立派なスーツ着ている人が、なんでこんなところに……?」


 


 

 不思議がるキョウイチにユミリが説明した。


 


 

 「私は普段、【フォロー・ザ・ウィンド】の配給のボランティアをしているから知っているんだけど、ホームレスの中にはまれにああいった人もいるのよ」


 


 

 「どういうこと?」


 


 

 「きっともともとは上流階級の人だったんでしょうね。それが倒産やリストラなどで路頭に迷ってしまったんだと思う」


 


 

 「一流大学を出た上流階級の人間でも、明日はどうなるかわからないんだね。本当に恐ろしい世の中だ……」そういってキョウイチは肩をすくめた。そしてズボンのポケットから200円を取り出し、高級スーツのホームレスのそばにそっと置いた。


 


 

 そのときである。今まで寝ていたと思われた高級スーツのホームレスががばっと置き、キョウイチが恵んだ200円を手にとっていった。


 


 

 「こんなもんはいらん!バカにしないでくれたまえ!」


 


 

 「え?」


 


 

 「いらんといっているんだ」


 


 

 そしてキョウイチは恵んだ200円を手元に戻されてしまった。


 


 

 「……どうやらプライドを傷つけちゃったみたいだね」ホームレスからやや遠ざかってからキョウイチがいった。「ボキもまだまだだな……」


 


 

 そんなキョウイチにユミリはやさしい微笑みを返した。

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