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第1部 第1話【ボキ】

 「……【クリスマスは婆ちゃんの胸の中で】━━次は【で】」


 


 

 「……【デブ専のオレ】━━【れ】」


 


 

 「……【レンコンだけは入れないで】━━【で】」


 


 

 「……て、【てんぷらそばだらけ】━━【け】」


 


 

 そこは鉄筋4階建のとある兵舎の一室。8畳一間の部屋の中央に4人の男たちが輪になって座り込み、あるときはププと笑いを押し殺し、あるときは深く考え込む表情をつくったりしながらなにかを語り合っていた。ちなみに全員、20代前半。


 


 

 「……【消しゴムは観音様型】━━【た】」


 


 

 「……【タマキン】━━【きん】」


 


 

 「……【キンタマ】━━【ま】」


 


 

 「……ま、【まりもの育て方】━━【か】」


 


 

 彼らがおこなっているのはしりとりの一種で、あるテーマにそった言葉を自分で創造していわなければいけないのである。


 


 

 ちなみにこのときのしりとりテーマは、綺羅飄介きら・ひょうすけというロックシンガーの【ダサいタイトルのニューシングル】というものだった。


 


 

 と、そのとき、4人のうちのひとりがため息まじりに口を開いた。


 


 

 「まったく、【ダサいタイトル】だっつってんのに、なんでいつもタクヤとコツはふざけたタイトルばかりで、ユーレイはわけのわからないタイトルばっかりいうんだよ」


 


 

 彼の名はキョウイチ。この部屋のリーダーであり、毎回しりとりのテーマを提案する人物でもあった。また、リーダーなので、しりとりの優勝者は基本的に彼のツボしだいだった。


 


 

 奥二重の目をやや鋭くするキョウイチ。そんな彼にタクヤと呼ばれた男がいった。


 


 

 「ええ?私はちゃんとテーマを守ってるつもりだけどねぇ」


 


 

 タクヤは髪の毛が右半分がブルーで、左半分がグリーンというド派手なヘアスタイルの男だった。しかも染めているわけではなく地毛だという。


 


 

 そんなタクヤはゲイであり、寮の中で唯一のおねえ言葉を発する奴だった。


 


 

 「そういうけどキョウ様、このテーマけっこう難しいよ」


 


 

 今度はコツと呼ばれた男だ。パーフェクトなマッシュルームカットのおぼっちゃんタイプであり、彼はキョウイチのことをとある理由から中学生の頃からカリスマ視していた。


 


 

 そしてもうひとり。タクヤとコツとは対照的に、うつむきがちのまま無言の男がいた。ユーレイと呼ばれた男である。


 


 


 彼は異様に長い前髪を眼前にたらしながら、始終無表情のままむっつりし続けていた。


 


 

 ちなみにこの部屋の中で、彼だけ本名を知られていない。暗くて無口でなんの反応も示さない奴だったため、タクヤとコツがおもしろがって【ユーレイ】というあだ名をつけたのだ。以来、それが男の名前になってしまった。


 


 

 彼らを見渡しながら、リーダーのキョウイチがいった。


 


 

 「まったく……タマキンだのキンタマだの、どこがダサいタイトルなんだよ。小学生レベルのシモボキャブラリーしか持ってないのか?」


 


 

 「そ、それはひどいよキョウ様」と、コツ。「僕たちだって僕たちなりに言葉をひねり出してるんだから」


 


 

 「そうよ!キョウ様はもともとカリスマブロガーだからボキャが豊富なんだろうけど、私たちは頭あんま良くないし……」タクヤがひねくれていった。


 


 

 ユーレイはやはり無言のままだった。


 


 

 「うん……でも、まあ、君たちとこんなくだらないしりとりで盛り上がれるのもあと1ヶ月だけだからね。そう思うとボキも少しは寂しいよ」そういってキョウイチはすっと立ち上がり、部屋の隅のトイレに入っていった。


 


 

 キョウイチは自分のことを【ボキ】と呼ぶ。【オレ】という柄ではないし、【僕】ではつまらない。かといって20代前半の身で【私】というのもぎこちない。


 


 

 そこでたどり着いたのが【ボキ】だったのである。とりあえず30代になるまで【ボキ】で通そうとキョウイチは考えていた。


 


 

 そんなキョウイチの背中を見送ったタクヤがぽつりといった。


 


 

 「……でもさ、さっきのユーレイの【まりもの育て方】って、けっこうナイスな回答だったんじゃない?」


 


 

 「うんうん、僕もそう思う」と、コツ。


 


 

 するとユーレイは、かすかに照れ臭そうな表情を見せた。


 


 

 ━━ときは西暦3035年。日本は独裁者オサム・クマザキ(72)総裁率いる政治結社【ロスト・イン・ザ・ダークネス】による一党独裁国家と化していた。


 


 

 そして欧米の軍産複合体と太いパイプでつながっている【ロスト・イン・ザ・ダークネス】は徴兵制度を敷き、男子は数え年が20歳になると3年間の軍事訓練を強制されるようになった。


 


 

 キョウイチたちが送り込まれたのは東京都目黒区小山台・第1陸軍軍事訓練学校。東京に在住している男子の多くがここに送り込まれ、陸戦の技術をたたきこまれていった。


 


 

 トイレから出てくるキョウイチ。ふと出入り口のドアの上の柱時計に目をやる。


 


 

 「そろそろ夜の10時だね。見回りがくる前に床に就くか」


 


 

 「うん、そうだね」そういってコツは2段ベッドの梯子を渡り出した。タクヤとユーレイもそれにならう。


 


 


 兵舎の消灯時間は午後10時。もしも1分でもずれると地獄の体罰が待ち受けている。


 


 

 キョウイチたちは明りを消し、部屋の左右に置かれている2段ベッドの寝床にそれぞれ潜り込んだ。


 


 

 「あーあ、早く綺羅飄介の新曲が聴きたいな」


 


 

 小声でつぶやくキョウイチにタクヤが同意した。


 


 

 「そうねぇ、私たちもう3年も軍事訓練受けていて、綺羅様の新曲はずっとごぶさただもんね」


 


 

 「綺羅飄介ももちろんそうだけど、3年間で世間がどう変わったかも楽しみだ」と、コツ。


 


 

 「世間がどう変わったか?コツ、あんた正気?」タクヤが小声でいった。「日本はいまだにオサムちゃん率いる【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の支配下に置かれているのよ。なんも変わっちゃいないわよ。残念だけど」


 


 

 「そ、そうか……」ため息をつくコツ。


 


 

 「でも、綺羅飄介だけは相変わらず反体制ソングをうたい続けてくれているだろうな」キョウイチはいった。「そう思うだろ?ユーレイ」


 


 

 ユーレイは『う、うん……』とくぐもった声でぎこちなく返答するだけだった。


 


 

 ところで、綺羅飄介とは何者なのか?日本の国民的ロックスター、というだけでなく、【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の独裁政治に反対する内容の歌をうたい続ける唯一のアーティストだった。そのためほかのアーティストとは比べ物にならない人気と支持を得ていた。


 


 

 しかし、なぜ反体制ソングをうたうアーティストが綺羅飄介ひとりだけなのか?理由は反体制活動をおこなった者には、容赦のない粛清が待ち受けているからだ。


 


 

 では、なぜ綺羅飄介は反体制ソングをうたい続けることができるのか?実は綺羅飄介はオサム・クマザキの実の息子であり、冷血な独裁者も自分の子供にはさすがに甘い一面があるというわけである。ちなみに綺羅飄介の本名は誰も知らない。


 


 

 「オサム・クマザキと綺羅飄介━━それにしても似てない親子だよな?」


 


 

 そういうキョウイチに、タクヤとコツは『プププ』と含み笑いをした。


 


 

 綺羅飄介は小柄だったが、その顔は【カッコイイ】と【美しい】をミックスさせた【カッコ美しい】という言葉を絵に描いたような恐ろしいまでの美貌だった。ちなみに髪は銀色で、なんと染めているわけではなく地毛だという。


 


 

 【カッコ美しい】とは誰が最初にいい出した言葉なのかわからなかったが、綺羅飄介の登場をきっかけに市民権を得、いまではカッコかわいいやイケメンなどとともに広辞苑に載っているほどだった。


 


 

 それに比べ、【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の総裁であるオサム・クマザキは、ずんぐりむっくりな体型の上にぶよぶよに太りまくり、その醜悪な顔は汚いあぶら汗で常に不気味にてかてかと光り続けていた。そんなオサム・クマザキ総裁のおかげで、キョウイチたちは3年間の過酷な軍事訓練を余儀なくされてしまったのである。


 


 

 が、それも残り1ヶ月で終わりをむかえることになる……。

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