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時間を止められるようになった(前編)

 ――時間を止められるようになった。


 マジだ。マジ話だ。比喩とか妄想とかじゃない。俺は本当に自在に、自由に、思いのままに時間を止める能力を手に入れたのだ。

 突然だった。ある日、なんの前触れもなく、ふと時間を止められるような気がしたので、止めようと思ってみたら止まった。それだけだった。

 時間停止能力。

 男なら、男子ならば、その甘美な響きに一度は憧れたことがあるだろう。

 創作の世界では半ば使い古された感があるとはいえ、それでも格好いいことに変わりはない。どんな作品だってメイン級のキャラクターが持つ最強格の能力であるはずだ。

 俺は世界を手中に収めた言っていい。

 言っていいというか、言いたい。言わせてほしい。

 言えないけれど。


 そう、だから代わりに別のことを言おう。あえてこの俺が言おう。

 時間停止能力を持つ、この俺が言うからこそ説得力を持つ言葉だと信じて。

 俺は主張する。


 時間停止能力なんて、ぜんぜんいいものじゃない。


 と。ほかでもないこの俺が断言する。

 なぜって? そりゃ決まっているだろう。役に立たないからだ。

 時間が止まったところで、そんなことになんの意味がある?


 ――だって、動けねーんだもん。


 これに気づいたときは、まあ泣きたくなったものだ。

 浮かれていたからだと思う。最初に発動したときは気づかなかったのだ。二回目で気づいた。

 これには俺も堪えたね。

 だってそうだろ? 停止した世界の中で自由に動き回れるのなら、そんな奴は最強だ。

 だが俺はそうじゃなかった。

 時間を止める能力を手に入れたのに、停止した時間の中を動き回る能力は手に入れられなかったのだから。

 聞いた話、時間が止まったら空気も止まってしまうから、本当に止められても動けなくなるとか聞いたことあるけれど。そんな地味なラインでのリアリティはいらなかった。

 宝の持ち腐れ、とはまさにこのことを言うのだろう。


 まあ、この現代日本で《最強》なんて称号を手にしたところで意味がないと言えばそれまでだ。

 別に強さ云々以外にも利点はいくらだってあるけどさ。

 咄嗟の事故を回避するとか、スポーツの世界で無双するとか。思いつくことはいくらだってある。覗きだってし放題だ。

 いやまあ、さすがに犯罪に使うのは良心が咎めるけれど。

 うん。そう考えれば、むしろこれでよかったのかもしれないと思う。そう思い込むことで悲しさを誤魔化しているのかもしれないけれど、そう考えることにしておこう。

 俺のような平凡な高校生が、いきなり強力すぎる能力なんて手に入れたら、性格が歪んでしまっていたかもしれない。俺は自分の心が、悪意の誘惑に耐えられるほど強いという自信がなかった。


 実際、そうだ。

 今がまさにその瞬間。


 俺の目の前で――ぱんつを丸出しにしている女の子がいるのだから。


 いや、言い訳はするまい。すまなかった。

 ……時間、咄嗟に止めちゃったぜ。



     ☆



 そろそろ冷静になろうと思う。いいものを見たことだし。

 さて。状況の整理だ。

 目の前には女の子。ぱんつの見えている女子がいる。同じ部活に所属する、ひとつ下の後輩だった。

 場所は校内――部室棟の階段だ。上に彼女がいて、踊り場に俺が立っている。

 時間は放課後で、俺は部室に向かう途中だった。

 ここまで階段を昇ってきたところで、こちらに背を向けて立つ後輩を見つけたというわけだ。


 俺は声をかけた。それだけだ。何も悪いことはしちゃいない……と思う。

 だが、言うなれば間が、タイミングが悪かったのだ。


「せんぱ――ひゃっ!?」


 俺の登場に驚いた後輩が、なんだっていうのか、なんと転びおったのである。

 すってんころりん……なんて可愛らしい擬音では誤魔化せない。

 盛大に、仰向けに。バナナの皮でも踏んづけたのかというくらい。このまま行けば、まあ尻は確実に強打するだろう。もし俺が止まった時間の中を動ければ助けられたのだが、残念ながら間に合うまい。

 そう。咄嗟に時間を止めたのは、もし彼女が階段を落ちたら助けようという反射だった。

 止まった時間の中を動けないとはいえ、それでも動き出した瞬間には行動の準備ができているのだから。咄嗟の対処を、咄嗟でなくすることくらいはできる。

 まあ幸いにも彼女は階段こちら側ではなく、廊下側に向かって倒れていた。

 頭さえ打たなければ、大怪我は免れてくれるだろう。それは安心だ。


 だが、まあ、タイミングが悪すぎた。

 あるいは俺にとってはよかったのかもしれないが、とにかく時間を止めたその瞬間、俺の目には映ってしまったのだ。

 めくれ返った彼女のスカートが。その中に映る真っ白な布地が。


 ……白か。無地の白。うん、まあ白だよね。俺も白がいいと思う。

 これで柄物とか、あるいは黒なんて穿いていた日には、今日から後輩に対する対応の仕方を変える必要が、出てこないぞ何言ってるんだ俺。落ち着け?

 というか、もしこんなことを考えていることが知られた日には、逆に後輩の俺に対する態度が変わりそうなレベル。


 …………。


 しかし、こう、なんだろう。

 正直、この歳になって知り合いのぱんつなぞ見ても、意外とあまり嬉しくない。

 所詮は布でしかないというかなんというか。ここまでガン見しておいて言うことじゃないだろうけど。

 それは仕方なかった。俺は止まった時間を動けない。あるのは意識だけだ。

 時間が止まってる以上は脳の反応も止まっていると思うのだが、なぜか意識だけは動いているのだ。つまり俺の脳だけは時間が動いているのか、それともほかのファンタジー的な理由なのか。……どうでもいいか。そもそもなぜ時間を止められるのかさえ不明だ。

 言いたいのはひとつ。

 要するに、俺は首どころか瞼も眼球も一ミリだって動かせないため、目を逸らすとか瞑るとか、そういうことが一切できない。

 視界のど真ん中にフォーカスされたぱんつを、眺め続けるしかないということだ。


 ……なんだな。嬉しくないっていうか、もはや罪悪感しかないレベル。

 なんか、本当にごめん。俺、こんなにまじまじ見るつもりなかったんだよ。いやマジで。

 怪我をしないよう助けるつもりでさえいたんだよ。

 それも確認できたことだ。いい加減、そろそろ俺も時間停止を解くとしよう。

 瞬きさえできないから、目が乾くのだ。いや時間止まってるから乾かないっつーかまず感覚ないんだけど、こう、なんつーか気分的に疲れる。


 というわけで、俺は時間停止を解除した。


 直後に聞こえた「っ、つぅ……!」という声。

 そして、その前のどすんという音。

 転んだ後輩は視界から消えたが、音からするに頭は打たなかったはずだ。きっと。


「おい、白石ー? 大丈夫かー?」


 俺は声をかけて階段を昇った。

 行くと、後輩――白石が長座みたいな形で座っていた。というかまあ転んだのだろう。


戸崎とざきせん、ぱい……? でしたか……」


 なんだか半眼で、こちらを睨むように見上げてくる白石。


「おう。大丈夫か?」

「だいじょぶです……ちょっと転んだだけで」


 やはり尻を強打したらしい。白石は尻の辺りへ手をやろうとして、でも座っているからできないのだろう。手が腰の辺りを無駄に彷徨い、そして諦めた。

 男の前で、尻をさするのは嫌だったのだろうか。まあ無粋な言及はするまい。


「ほら、立てるか?」


 俺は手を差し伸べて言った。

 一応、俺が声をかけたせいで転ばせてしまったわけだし。そうでなくとも、このくらいは先輩として最低限の優しさだろう。

 などと考えたわけだが。


「いりません自分で立てます結構です」

「……あっそう」


 これですもの。まあ別にいいんだけどさあ。

 威厳がないのか何が悪いのか、俺は基本的に後輩から舐められている。

 舐め腐らされていると言っていい。いや、その表現が正しいかは知らないけれど。

 中でもこの白石しらいし琉理るりというコイツは最悪で、ことあるごとに俺に歯向かおうとしてくるのだからタチが悪い。

 別に俺はこいつのコトが嫌いではないのだが、そして別にコイツも俺のことが嫌いというわけではないようなのだが。なんというべきか。

 まあ、ヒトとして舐め腐っている。

 そんな俺に、ちょっとでも手を借りることは白石にとって屈辱らしい。

 だが俺は俺で舐められていることが腹立たしいわけで。


「――ほらよ」

「あっ――」


 白石の言葉を無視し、俺は彼女の手を取る。

 途端、突き刺さったのは氷のような白石の視線だ。


「……いらないって言ったじゃないですか」

「それは、手を貸さない理由にはならないだろ?」


 実に爽やか(当人比)な笑顔で、心にもないイイコトを俺は言う。

 もちろん、そんなことは露ほども考えていない。

 単純に、嫌そうだったからやっただけだ。意趣返しである。


「困ってる後輩は見過ごせないタチでね」

 爽やかな笑顔で俺は言う。白石の視線がさらに冷気を増幅し、

「……それ格好いいと思ってんですかキモいですけど」

「ははは。――もう一度尻を打ちたいか貴様」

「尻とか女の子に言うのやめてくださいセクハラです訴えますよ」


 などと言いつつも、手を振りほどこうとはしない白石。

 理屈が通っていれば文句は言えないのだ、コイツは。そういう不器用さが、たぶん嫌いになれないのだろう。

 それはそれとして舐めてるけど。それは普通に腹立つけど。


「おいおい。そんなこと気にするような間柄じゃないだろ」


 言いながら立たせてやる。白石は「……ど、どんな間柄ですか……」と小声でぶーたれながらも、しぶしぶといった風に従った。

 相変わらず可愛くない奴だ。まあ、珍しくこちらが優位に立ったのだし、ここで追撃しておくのも悪くない。

 俺は言った。


「そんなこと気にするようなサイズの尻でもないだろ」

「死ね」


 蹴られた。ふくらはぎを。スパァン! と一撃。


「痛ってえな、何しやがる!?」

「セクハラに対する正当な報復です」

「ちょっとした冗談だろ……」

「言っていいことと悪いことがあると思いますけど」

「何? 気にしてたの?」

「してませんし。何言ってんですし」

「そうだよな。……気にするなら胸のサイズだよな」

「あはは。二撃目が欲しいなんて先輩はドMですねえ――そこに直れ」

「目がマジですよ白石さん」

「なんのことだかわかりません」

「大丈夫だって。小さいほうがいいって奴も痛えなっ!?」


 ご丁寧に逆のふくらはぎを蹴飛ばされた。いい蹴りしやがる。

 ――まあ、ここまで動けるのなら、大した怪我はしていないだろう。とりあえずは安心していいと思う。

 本人も「まったく、先輩はいつもいつも……」と平気そうなご様子であるし。

 しかし……と俺は思う。

 こいつ、スカート短いなあ……。蹴りの瞬間に見えそうだったじゃん。いや見えんかったけど。

 また罪悪感が昇ってくるからやめてほしい。


「――……せんぱい」


 と。白石が、俺からさっと距離を取った。細い目が俺を射抜いている。

 声がものすごく平坦だった。あの、すみません、怖いんですけど?

 狼狽える俺に、彼女はスカートの前をきゅっと両手で握って、そして言った。


「……もしかして。さっき、……見ましたか?」

「えー……」


 あー。どうしようかな、これえ……。

 さすがに勘づかれるとは思っていなかった。ちょっと油断していた。勘のいい奴だ。

 見ていない、と言うのは簡単だ。簡単だったはずだ。

 だが俺は咄嗟に言葉に詰まってしまった。たぶん、罪悪感があったからだろう。

 それは、白石に事態を確信させるには充分な反応だったらしい。


「……見たん、ですね……?」

「あ、いや、見たっていうかなんていうか……」

「ミタンデスネ?」


 ――声が怖い!

 仕方ない。ばれたものは仕方ない。認めるしかないだろう。

 こう、なんかこう、なるべく気に病まないだろう言い方をするしかない。

 いくぜ、見ていろ俺のハンドル捌き!


「……えっと。その……なんか、すまん」

「――――――――」


 あ、失敗ですねコレわかります。

 無言で俯く白石。何も言わないことが逆に恐ろしい。


「えと、あのですね? まあアレは不幸な事故ってことでアレっていうか。アレって何? やばい俺は何を言ってんだろね? わあ☆」

「……………………」

「アレだ、その、白っていいと思うよ! 違うか、違うねコレ!?」

「…………………………………………」


 白石が。俯いて、肩を震わせている。

 どうしよう。

 泣かせてしまったかもしれない。それはまずい。それだけは本意じゃない。

 だから、


「ごめん悪かった許してくださいっ!」


 俺は――土下座した。

 もうなりふりなど構っていられない。どう言い繕ったところで、たとえ事故だったのだとしても、こういうのはもう男のほうが悪いと世界の摂理的な感じで決まっている。

 何より時間停止でまじまじ眺めたという罪悪感が強かった。そりゃ嫌に決まっている。

 こうもあっさり土下座を決めるから、俺は後輩から舐められているのだろうか。

 どうでもいい。謝り倒す以外にはなかった。本当ごめん。


「すみませんでした。あの……なんでも言うこと聞きますので、どうか許してはいただけないでしょうか」

「……せんぱい」

「はい。なんでしょうか」

「せんぱい……」

「はい……」


 気分は沙汰を待つ罪人。気分も何も実際その通りだった。

 と、足音がこちらに近づいてくる。

 土下座の俺は視界が狭かったのだが、すぐ先に白石の爪先が見えた。

 ……頭踏まれるのかな……。

 恐々とする俺に、天から注ぐは白石様のお声。彼女は言った。


「――今、なんでもするって言いましたよね?」

「は?」


 思わず顔を上げた。土下座体勢で顔を上げた。

 そこに見えたのは白石の笑顔。……あれ?

 ちょっと? 白石さん? なんかものすごい笑っておられません?


「では、ぜひとも先輩にやっていただきたいことがあるんですけど」

「お前……まさか」

「話を聞いていただきたいんで、ちょっと部室まで来ていただけますか?」

「…………」


 ――やられた。こいつ、微塵も傷ついてなどいなかった。

 だよなあ。俺も割とセクハラじみたこと言ったけど、こいついつも部室で先輩(三年生の部長。女性だが中身はオヤジ)とセクハラ合戦してるもの……。

 俺のほうがむしろアレいたたまれないもの……。

 今さらこの程度で、白石が狼狽えようはずもなかったのだ。……ずるぅ。


「……白石」

「なんですかー? せ、ん、ぱ、い?」


 勝者の余裕で仁王立つ白石に向け、最後の足掻きとばかり、俺は言う。


「ぱんつ、また見えそうだぞ」


 だが白石には通じなかった。


「――見たいんですか? いいですよ、見ても。先輩にだけ、とくべつに」


 ちらっ、とスカートの端をつまみ上げる白石。

 ギリギリ見えないという、計算し尽くされた絶妙な角度だった。


「そしたら、先輩をまたこき使えますもんねー?」

「……いらんわ」

「そうですか。――ざーんねんっ」


 そう言って踵を返し、上機嫌に部室へと入っていく白石。

 ――言い逃れの余地もない、完全敗北であった。


「最悪だ、あのクソ後輩……」


 いつか泣かす。そう心に誓う俺だったが、それが果たされる日は見えなかった。

 ほら、だから言ったじゃないか。

 時間停止能力なんて、なんの役にも立ちはしない。


 ――後輩の女子にすら勝てないのだから。

「もともとは普通にバトルファンタジーの主人公の能力として考えてたんだけどね、この《動けない時間停止能力》」

「それがどうしてこうなった……」

「わからん。書いてみたらこうなった。なお続きます」

「続くのかよ」

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