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小説売りの少女ちゃん

 小説売りの少女は小説を売っている少女です。

 今日も冬の街の中、大きな籠いっぱいに詰め込んだ物語を、小さな体で売り歩いています。


「小説は……小説はいりませんかー……。小説ぅ……」


 幼気な少女の健気な呼びかけ。これだけでもう、ひとつの物語のようではありませんか。

 おやおや。していると、さっそくひとり目のお客さんが現れます。


「小説ひとつくださいな」

「いらっしゃいませ!」


 現れたのは、Mの内(幕の内ではありません)とかによくいそうな感じの、さばさばとしたおねえさんです。

 どこか憂いを帯びた表情が気になりますが、そこは小説売りの少女ちゃんも商売人。言葉にすることなく、さっそく商談に移ります。

 どうせ失恋したばっかとかですよ。はっ。


「おねえさんは、どんな物語をお探しですかっ」

「そうね……どんなものがあるのかしら」

「げへへ、そいつぁもう古今東西、ありとあらゆるストーリーを取り揃えてますぜ姉御。いかがぁしやすか」

「……えと。じゃあ、甘くて、とろけそうで、どこか苦いけれど夢のあるような。そんな恋愛小説はないかしら」

「なぁるほど(↑)! では、こんなお話なんていかがでしょう?」


 冒頭ちょっとで若干すでにキャラがブレ気味な小説売りの少女ちゃん。

 大きな籠から一冊の本を取り出すと、純真無垢な笑顔を見せておねえさんに掲げます。


「タイトル『OL転落武勇伝』」

「待って」


 止めますおねえさん。


「あれ。お気に召しませんか?」

「いや召すとか召さないとかいう以前に。話聞いてた?」

「モチのロンですぜともぜ」

「なんて?」

「いえ。とにかくオススメですよ」

「いや……だってもういろいろアレだけど。転落してるものOL。転落してるのに武勇伝ってもう意味わからないもの。そもそも明らかに恋愛小説の空気を持ってないもの。殺伐としてるもの」

「この物語はですね」

「聞けよ」

「――恋に破れ、会社もクビになった失意のOLが主人公なのですが」

「大丈夫? その時点でもうオフィスレディじゃないけど平気?」

「彼女は崖に旅行に行くんですが」

「崖? ねえそれ旅行? ほんとに旅行? ほかの目的あったりしないよね?」

「そこでひとりのサキュバスと出会うのです」

「超展開」

「彼女は悪魔界隈で落ち零れと呼ばれ、執拗な同僚の虐めから逃げ出して人間界までやってきたのですが、どうしても人間の精(みらくる☆えなじー)を摂取することができず死にかけていたのです」

「すげえルビ振ったなオイ」

「意気投合したふたりは、揃って世界への復讐を決意します。OLはその同僚に妬まれまくった驚異のコミュ力をサキュバスに貸し、サキュバスはOLに悪魔としての×××××を×××××して×××××です」

「何を伏せた」

「馬鹿でゲスで脳味噌が下半身に接続されているようなクソ男どもをばったばったと薙ぎ倒し、OLは下克上を目指していきます――」

「君の口からそんな言葉を聞きたくなかった……」

「そして、江戸は平和を取り戻しました」

「時代劇だったの!?」

「え、ああ。物語中盤で江戸時代にタイムスリップしますので」

「もうお話の趣旨が変わってるよぅ……」

「いかがですか?」


 小説売りの少女ちゃんは微笑みました。

 おねえさんも、笑顔で答えます。


「いらない」



     ※



 次のお客さんが現れます。

 なんだか陰鬱で覇気がなく、いかにも休み時間は教室の後ろとかで読書か寝た振りに忙しそうな男子高校生です。

 きっと小説がご入り用でしょう(笑)。

 小説売りの少女ちゃんはかなりゲスでした。


「小説はぁー、いりますぅえんかぁー……?」


 ドン引きの猫撫で声+ウルトラあざとい上目遣い。

 これで落ちる男もいません。

 案の定、割とがっつり怪しまれました。


「え、何。いらない……つーか誰……」

「小説売りの少女です☆」

「ああ、そう。いや、よくわかんないけど。いらない」

「まあそう仰らずお話だけでも」

「いや、だから――」

「まあそう仰らずお話だけでも」

「あの今、ちょっと――」

「まあ、そう仰らず、お話だけでも(ドスの利いた声で)」

「い、いくら繰り返しても折れたりしな――」

「――死にたくなければ聞いていけ」

「あ、はい」


 小説売りの少女ちゃんの魅力に、思春期の男子はたじたじ☆です。


「普段はどんな小説をお読みでしょうか?」


 小説売りの少女ちゃんは訊ねます。

 彼女と本屋さんとの違いは、こうしてお客さんにぴったりの物語を捜してあげるところにありました。

 たとえるなら、図書館の司書さんに、似たようなところがあるでしょうか。

 ないでしょう(結論)。


「そうだな……普段はラノベとか読んでるけど。こう、異世界に言って勇者になったり、特殊な能力に目覚めたりするヤツ」

「ああ、いいですねえ!」

「そ、そうかな……」

「まあそんなもの読んでも貴方が異世界に呼ばれたり能力に目覚めたりはしませんけれどねっ!」

「ぶっ飛ばすぞ」

「そんな貴方にオススメの本がこちら!」


 小説売りの少女ちゃんは、籠から一冊の本を取り出します。


「タイトル、『人生リセット究極マニュアル 愛蔵版』」

「蹴っ飛ばすぞ」


 少年は普通にキレました。


「なんだそれ! ていうかもう小説じゃなくない!?」

「小説ですよ。だって小説売りの少女ですから」

「ほんとかよ……どんな話なんだ?」

「――主人公は冴えない男子高校生です。特徴なんて何もない、どこにでもいそうな普通の少年。勉強は平均ラインを上下、運動だってあまり得意じゃない。当然、女子にもモテないし、これといって目立つ能力は持っていませんでした」

「ああ、まあ、そういう切り出しは多いよな」

「幼なじみはいません。義妹もいません。優しいお姉さんも、貴方だけに素顔を見せてくれる図書委員も、どこか不思議な転入生も、ちょっと厳しいけど愛らしい学級委員長もいません。いるわけねえだろ」

「あれー。なんか次第に悪意が漏れ始めた気がするぞー。気のせいかなー?」

「お前といっしょだな」

「気のせいじゃねえなコレ」

「そんな彼ですが、ただひとつだけ周囲に自慢できることがありました」

「……お?」

「金です」

「……お、おぉ……」

「彼は金持ちでした。正確には金持ちの息子でした。それはもう、どんな少女マンガの御曹司よりリアリティない勢いの大財閥のリアル跡取りだったのです。まあ別にイケメンとかじゃなかったですけどね」

「うん。……うん、まあ、いいや」

「そして彼は財閥の後を無難に引いて、まあそれなりに業績を保ち、幸せに人生の幕を引きます。一生独身でした。しあわせでありましたが、それだけでした」

「……それで?」

「享年七十九歳。素敵な戒名をもらいましたとさ」

「終わっちゃったけど!? なんの盛り上がりもないまま物語っていうか主人公の人生が終わっちゃったけど!」

「人間の人生がそうそう盛り上がるワケないじゃないですか馬鹿ですか」

「しかも説教されんの俺?」

「――ただ、彼は死の間際、莫大な財産を費やしあるモノを作っておいたのです」

「あ、よかった続いた」

「それが《人生リセットボタン》。第二の人生を再びやり直すことができるという、禁断にして究極のアイテムだったのです」

「そう来たかー……」

「お金はあっても、それ以外には何もなかった青春……彼の人生の悔いがそれだったのです。ならば、と彼は考えました。もう一度、今度こそ人生をやり直すんだと! およそ八十年に及ぼうかという人生の経験値をもってすれば、次の人生はもっと輝くはず! そうして彼は転生したのです」

「な、なるほど……」

「――ただし! 満を持して二度目の人生を迎えた彼ですが、そこには誤算がありました。……記憶を、ほとんどなくしてしまっていたのです」

「お、おお……」

「ぼんやりと覚えている記憶は、せいぜい小学生くらいまでのもの。長い経験値のほとんどを失っていました。それでも彼は満足でした。二度目の人生には、一度目に持っていなかった幼なじみや義妹や図書委員や転入生や委員長がいたのですから。みんな美少女です。ふざけるなという話です」

「なぜ私情を挟む」

「そして何より、彼には生前作っておいた秘密兵器があったのです。――そう、《人生リセット究極マニュアル》が!」

「タイトルを回収したあ――!?」

「そうして人生をやり直した主人公。……ですが、そこにはもうひとつだけ、想定していなかった大誤算があったのです」

「ご、ごくり……」

「それは――二度目の彼の家庭は、ものすっごい勢いのド貧乏だったのです……!」

「おお……」

「庶民の金銭感覚などまるで身についていない彼が、その後どのような人生を送るのかは――ぜひ、ご購入して貴方の目で確かめてくださいね」

「意外と面白そうだった……」

「そうでしょうそうでしょうそうでしょう!」


 一度目の失敗にめげず、今度こそはと成功した小説売りの少女ちゃん。

 ご満悦の表情で、ではご購入を――とそろばんを打ちます。


 が。


「いやでも買わないけど」

「ホワイっ!?」


 小説売りの少女ちゃんは盛大に狼狽えます。


「え、なんで? よくなかったですか? わたしのセールストーク、我ながらメチャメチャ切れてませんでしたか!? 面白そうじゃなかったですかねえ……!? これから絶対に流行すること請け合いですよ!?」

「いや、確かにちょっと興味は惹かれたけどさ」

「ならどうしてっ!?」


 少年は、すごく端的に答えました。


「――だって今、お金持ってないから」


 小説売りの少女ちゃんは、地面に唾を吐きました。


「冷やかしなら帰れやクソがぁ!」

「無理やり引き留めたのお前だろうが!」



     ※



 ――ゼロです。売れません。小説がちっとも売れません。

 小説売りの少女ちゃんは冬の港で、絶望に打ちひしがれています。

 寒空の下、肩を震わせながら。空腹に苛まれながら。

 ああ、なんということでしょうか……。


「わたし、才能ないのかなあ……」


 商才という意味でなら、たぶん間違いなくありません。

 ですが、そういう問題ではないのです。小説売りの少女ちゃんが問題にしている才能とは、すなわち創作の才能だったのですから。

 そう。何を隠そう、小説売りの少女ちゃんが売り歩いてる小説作品は、全て小説売りの少女ちゃんがしたためた作品だったのです。

 小説売りの少女ちゃんは、小説書きの少女ちゃんでもあったのです。

『OL転落武勇伝』も、『人生リセット究極マニュアル 愛蔵版』も、その続編の『人生リセット究極マニュアル 愛憎編』も。『メビウス旅団のクソニート』も『それでもボクはロリコンじゃない』も『転生したら転生していなかった件について』も『大正浪漫白河夜船』も『デスノベル ~読んだら死ぬ本を読みました~』も『VRMMOの世界に生きたいんだけどそんなもんないから開発しようと思ったら結果的にメイドロボが完成したんだけど普通に要らないから売り払おうとしたらなぜか自我に目覚めてメチャクチャ縋ってくるんだが性格悪いし維持費は高いし不気味の谷の底にいるしで正直うざいからいつかスクラップにしてやろうと虎視眈々と狙っている俺だが武力が足りないから体を鍛えるよ』も全て全て――小説売りの少女ちゃんが書いた小説なのです。


「面白いと、思うんだけどなあ……」


 わたしだけなのでしょうか。

 読まれない小説に、価値は本当にあるのでしょうか。

 小説売りの少女ちゃんは、もう自信がなくなってしまったのです。


 そのときでした。間の悪いことに、空から雪が降ってきます。

 自費出版のせいで食事もかっつかつだし、服だってもう布地が破れかけの有様。とても寒いです。

 今すぐにでも、暖を取りたい気分でした――。

 ふと少女ちゃんは、懐にあるマッチを思い出します。別に売り歩いてはいませんが、少女ちゃんは喫煙者でした。

 つまり、本当は少女とか言える歳ではなかったのですね。詐欺か。


「でも……」


 ぶっちゃけマッチ擦った程度で取れる暖などたかがしれていました。

 そんなんじゃぜんぜん足りません。普通に寒いです。何か、燃やせるものがあれば――あります。ありますよ。それもたくさん。


 そう。小説の山です。不良在庫なのです。


「え、いやでもさすがにそれは……いやでも、ええ……」


 今後の人生を左右するような選択です。本を燃やすなんて断固として嫌でした。

 そんなことをする人間のほうを焼却して消毒してやろうかクソが! と普段の小説売りの少女ちゃんなら言うことでしょう。

 ですが今、小説売りの少女ちゃんの心は、結構がっつり折れています。

 倫理がなんでしょう。プライドで暖が取れますか。心が燃えて熱を発するのは少年漫画の主人公だけではありませんか。なんの話ですか。

 ――ぼしゅっ。

 小説売りの少女ちゃんは、震える手でマッチに火をつけます。

 嗚呼。このまま彼女は悪魔に魂を売ってしまうのか――いやそんなことはありません!

 小説の神様は、彼女を見捨てていなかったのです!


「――もし。そこな小説売りの少女ちゃんよ」


 声をかけられて、小説売りの少女ちゃんは背後を振り返ります。

 そこにはひとりの男がいました。彼は言います。


「小説を。私にぴったりの小説をひとつ、売ってはくれないかね……」


 奇跡でした。奇跡が起きたのでした。

 捨てる神あれば拾う神あり。世界はこんなにも美しい――。

 小説売りの少女ちゃんは、忘れていた可憐な笑みで言いました。


「はい……っ! どんな小説をお探しですか……!」


 ――五年後。

 実は大手出版社の編集だったそのお客様に見込まれ、小説売りの少女ちゃんは小説書きの少女ちゃんとして、ミリオンセラー連発の大ブレイク作家として名前を売ります。

 ちゃんちゃん。



     ※



「――というお話なのですが、いかがでしょうか!」

「いらない」

「ド畜生があッ!!」


 小説売りの少女ちゃんの戦いは、まだ始まったばかりだ――!

「ある意味、書いてていちばんつらかった作品です」

「……しかも打ち切りエンドか。なんかあった?」

「いや特に。思いついたから書いて送ったんだけど。ほら感想言えよ」

「いや特に」

「(´・ω・`)」

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