擬人化家電リモ子ちゃん!
「ええーっ! 山田お前、マジで『電これ』やってねえの!?」
という大仰な驚きに、山田は露骨に眉を顰めた。
そんなリアクションをするほどだとは、どうしても思えなかったのだ。
「いいだろ、別に。俺が何やろうと俺の勝手だ」
「でも今すげー流行ってんだぜ、電これ」
家電これくたーず――通称『電これ』とは、現在最もプレイ人口の多いソーシャルゲームだと言っていい。
プレイヤーは擬人化した電化製品――テレビや冷蔵庫などだ――を戦わせ、電力を奪い合うというナウでヤングな発想が、若者たちの間で大いに受けている。昨今の家電ブームも相まってか、今や電これの名を聞かない日はないとさえ言っていいだろう。
擬人化され、美少女として姿を獲得した家電たち。
クラスでの雑談や、SNSでの発言で「冷蔵庫ちゃんマジ美少女」「あー、携帯電話ちゃんマジ萌えるわー」「俺も掃除機ちゃんに吸われてー」などと言えば、だいたいが電これのことだと思って間違いない。
「まあまあ、とりあえずインストールだけしとけよ。ほら、俺が招待コード送ったるから」
友人である小島の強引な勧誘に、しぶしぶながら山田もスマートフォンにアプリをダウンロードする。
しばしチュートリアルを進め、ついに最初のガチャを引くときが訪れた。
「これで家電少女を引き当てるんだ。レアが当たるといいな」
「何がいいんだか、ちっともわからねえ……」
「まあ十連も引けるんだから、一枚くらいいいのが当たるって。たぶん」
「どうでもいいなあ……」
ぽち、と画面をタップする山田。
特有の演出が流れ、画面が光に覆われる。
横合いから山田のスマフォを覗き込んでいた小島が、どれどれ、と検分を始めた。
「……んー、リモ子に、パソ子98……クラリモ子……お前、運悪いな。ほとんどレア以下だわ」
「そう言われてもなあ」
「――いや待て。虹色演出が始まったぞ、SSレア確定じゃねえか!?」
「はあ?」
「す――すげええええ!! 4K対応75v型D007シリーズちゃんじゃねえか!」
「今、何語で喋ったの……?」
「最新機種のテレビちゃんだよ!! クソ、羨ましいぜえ……これが物欲センサーというヤツなのか……」
小島のノリノリっぷりに、若干引いている山田。
だが、彼が余りにも羨ましそうに目を細めるため、なんだか気になってきてしまう。
「えーと……この子を育てればいいのか」
「ああ。とりあえず、ほかに当たったリモ子とかは食わせていいぜ」
「食わせる?」
「合成して経験値にするってことだ。テレビちゃんのレベルが上がるんだぜ」
「もうワケわかんねえな……」
首を傾げながらも、山田は小島の手解きをひと通り受講した。
そうして、なんとか操作になれる頃には、テレビちゃんの強さもわかってきたのだ。
「この子、強すぎじゃね……? ひとりだけステータス段違いだろ……」
「まあ最高レアだからな。このくらいは当り前さ」
山田は小島とフレンド登録をする。
その頃には休み時間が終わり、教師が現れたため、ふたりはそそくさとスマフォを仕舞い込んだ。
あとは五、六限の授業を済ませれば、待ちに待った放課後である。
※
放課後、山田は自宅に帰る。
両親の仕事の都合で、山田はひとり暮らしをしていた。もともと家事は得意だったし、隣の市には父方の祖父母も暮らしている。
特に寂しいと思ったことはないし、むしろ気ままで自由な生活を気に入っていた。
アパートの鍵を開け、自室へと入っていく。
「ただいまー……っと」
誰もいない家でも、なんとなく挨拶は出てしまうものだ。
答えがないのはわかっているが、言うなれば、家そのものに対する挨拶だった。
だが――今日ばかりは、少し様子が異なっていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「…………」
――え、あれ? ここメイド喫茶だったっけ?
そんな錯覚に襲われそうな声が、奥から山田を迎えたのだ。
「……ど、泥棒……?」
ビビる山田。しかし、ウチに取るようなものなど……。
正直、焦っていた。だが声の主は山田の内心など斟酌する気もないのか、どこか傷ついたように声を震わせる。
「そ、そんなあ!」
とたとたと、奥から駆けてくる足音がする。
扉を半開きに中を覗き込み、身構えていた山田の元に――やがて声の主が姿を現した。
「泥棒だなんて酷いです、マスター!」
全裸の女だった。
山田は扉を閉めてスマートフォンを取り出す。
「ええと、警察って何番だったかな……」
「待ってください待ってください待ってください!!」
「やめろ、家の戸を開けようとするな不審者!」
中からどんどんと戸を叩く謎の痴女。
それを外から必死に押さえる山田。
普通は逆だろ、という奇妙な構図がそこにでき上がっていた。
「話を聞いてください!」
「うるせえ! 痴女の話なんざ聞いてられるか!!」
「違うんです誤解なんです! わたしは怪しい家電じゃありませんよぅ!!」
「家電に怪しいも何も……んっ?」
――家電?
そう疑問したことが、扉を押さえる山田の力を軽くした。
一方の痴女は、当たり前だが扉を押していたのだ。その結果どうなるかなど、火を見るより明らかだった。
開く扉。後ろ向きに倒れる山田。
そして降ってくる全裸痴女。
地面へとしたたかに頭を打ちつけた山田に、いわゆるラッキースケベを味わう意識など残されるはずもなかった。
※
「――ん、うぅ……?」
後頭部に鈍い痛みを感じながら、山田は目を覚ます。
すると、鼓膜を揺さぶる甘く優しい声がひとつ。
「あ、気がつきましたか、マスター?」
「うわ痴女!?」
「痴女じゃありませんっ!!」
山田は謎の痴女に押し倒されたことを思い出す。どうやらそのまま気絶したようだ。
辺りを見るに、場所は山田の自室。そのベッドの上だった。
おそらく、謎の痴女が自分を中へと運んだのだろう。あのままにしてはおかれなかったようだ。
「…………」
知らず、山田は股の辺りがキュッと締まる感覚を認識した。
まさか意識がないのをいいことに襲われたのでは……。
恐怖する山田。それが伝わったのか、痴女――どうやらエプロンを身につけたらしいが、その下は全裸っぽいのでやはり痴女だ――が不満げに唇を尖らせる。
「な、何もしてませんよぅ。いえ、介抱はしましたけど」
「……ていうか、お前は誰だよ……?」
「わたしですかっ。よくぞ聞いてくれましたー☆」
問うた途端、上機嫌になる痴女。
すっくと立ち上がり、山田に向かって膝を折った。
「改めまして、初めましてマスター。今回、貴方のパートナー家電になりました、テレビリモコンのリモ子です♪」
「警察じゃなくて病院に通報したほうがいいのかな……」
「ああっ、さては信じてませんね!?」
「信じる信じない以前に言ってることの意味がわからねえよ不審者」
「では証拠をお見せしましょう。見てください!」
言うなり、自称リモ子は背後へと振り返る。その背中の肌を見せつけるように。
今さらながら、山田は見た目女子高生――それも割と巨乳の美少女――が自宅にいる、という展開に頭が回った。
でもなあ……痴女なんだよなあ……。
いまいち喜べないでいると、リモ子が叫ぶ。
「いや、だから見てくださいってば!」
「……つーか何を」
言いかけて、そしてその瞬間、山田は言葉を失った。
リモ子の背中の肌。無垢で真っ白なそこに、明らかに趣の違うモノが見えたからだ。
まるで機械の一部分のような質感。
それは、テレビのリモコンボタンと酷似していた。
というか、そのものだ。
「これ、は……」
「信じてくださいましたか、マスター?」
目を見開く山田に、リモ子が静かにそう言った。
確かに、悪戯にしては異常だ。そのボタンは本当に肌へ直接、埋め込まれているようにしか見えない。
グロテスクには思えなかったが――それでも異常だ。少なくとも尋常ではない。
「触ってくださっても構いませんよ。ええ、マスターになら」
そんなことを言うリモ子だが、山田は動けない。
ただ、震える声でこう訊ねていた。
「お前は……いったい」
「――ですから、申し上げました通り」
リモコンですよ。
と、彼女は言った。
「擬人化家電のプロトタイプ。今回の戦いにおいて、マスターの持ち家電となったのがわたしです」
「いろいろ意味がわからないんだけど」
「端的に言えば家電同士を戦わせ、最強の家電を決めようという趣旨の戦いです」
「ますます意味がわからねえんだけど」
「そうでしょうね」
リモ子は、どこか悲しげに微笑んだ。
だがすぐに表情を改め、どこか真面目にこう呟く。
「ですが、申し訳ありませんマスター。どうやら話している時間がないようです」
「はあ?」
「――敵襲です。戦闘の準備を」
「んなこと急に言われても」
「大丈夫です。わたしも戦う擬人化家電――それ相応の能力は所持しています」
「……ぐ、具体的には……?」
ほかにも訊きたいことはたくさんあった。
だが、どうやらそんな様子じゃないことは確からしい。
感じるのだ。なんというか、こう、ちりちりとした電磁波みたいなものを。
暗い部屋にある点けっ放しのテレビ見たいな感覚だ。
「リモコンであるわたしの能力は、もちろん操作系の能力です。マスターはわたしのボタンを押すことで、戦闘のサポートをしてください」
「ど、どんな能力が……」
「そうですね。では、たとえばわたしの音量ボタンを押してみてください」
くるっとリモ子が後ろを向いた。
微妙に艶めかしい背中と、明らかに機械っぽいボタンのアンバランスさ。
それが、なんだか山田を麻痺させているような気分だ。
音量ボタンに、山田はゆっくりと手を触れる。
「こ、これでいいのか……?」
「はい! では押してみてください」
「こうか!?」
山田は音量を思いっきり上げた。途端、
「ひぃああぁぁぁぁぁぁんっ!?」
リモ子が喘いだ。
「と、突然ヘンな声出すんじゃねえよ」
「す――すみませんっ。でもマスターがヤらしい手つきで触るからっ!!」
「言いがかりはやめろぉっ!!」
「本当です! ボタンは敏感なんですからねっ」
「あああもう面倒だな! で、音量ボタンにはどんな効果があるんだよ言ってみろ!!」
「はい! 相手の声の大きさが変わります!」
「心底使えねえなあ!? ほかになんかないのか!?」
「チャンネルボタンもありますよ!」
「これか!?」
「あひぃぃぃんんんんんんぅっ!!」
「だ――から喘ぐんじゃねえよ気持ち悪ぃなあ!!」
「敏感なんですぅー! デリケートゾーンなんですぅー!!」
「そんなところにボタンを設置するな!」
「正論!」
「で!? チャンネルボタンの効果はいったいなんだ!?」
「相手の人格が変わります」
「怖すぎィ!!」
「たとえば、今押された8に人格が合わさりますと――」
「ストーップ!! リモ子、それストップ! それ以上は危ない!! 当局に消される(!?)」
「とか言ってる間に敵が来ましたけど、マスター!!」
「ああんもうっ」
そうして、ふたりは戦いの渦中へと身を投げ出した。
※
その後、山田は一回線の相手である景野とエアコンのペアに、禁断の秘儀《電源ボタン》によって快勝。
だが相手家電を×したことによる反則で敗北となった。
なお優勝は、小島とテレビちゃんのペア。
その商品として、彼は最新の液晶テレビを入手。ゲームを楽しんだという。
――次は、あなたの街に生きた家電が現れるかもしれない……。
「お前ホンットに気持ち悪いな」
「いや別に俺だって常にリモコン押すとき妄想してるわけじゃ……」
「ときどきしてる時点でアウトだよ」