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王都冒険者ギルド非公式探偵

お正月企画その10

 その日、王都冒険者ギルドで事件が起きた。



 王都冒険者ギルドとは、王都にある冒険者のギルドのことだ。そこには連日、金になる仕事を求めて多くの冒険者たちが詰め寄せる。

 だが、その日は少しだけ様子が違っていた。

 勇者が帰ってきたのである。


「いやあ、大変な旅だったよぉ」


 勇者の言葉に、ははあさすがは勇者様、と即座の合いの手が重ねられる。

 見事、魔王の討伐を完遂し王都へ凱旋を果たした勇者。その功績を称えるパーティーが催されていた。

 王都冒険者ギルドを貸し切り、王城から王までが駆けつけた盛大なパーティーである。身分的には冒険者として活動してきた勇者だ、皆で祝い合いたいとのことから、会場が王都冒険者ギルドになったわけである。


「魔王はなにせ凶悪でさあ。オレも本気? 出さざるを得なかった、みたいな?」

「さすがは勇者様!」

「まあ、オレの手にかかれば? 魔王といえども? 一撃? 的な?」

「さすがは勇者様!」

「この? 聖剣から? ぶっぱされる? 勇者の? 聖なる必殺技の威力が? ぱない? っていう?」

「さすがは勇者様!」

「いやあ、我ながらちょっとピンチ? でもあったんだけど? そこは機転っていうの?」

「さすがは勇者様!」

「我が必殺の? 《聖光勇覇激爆斬ホーリーブレイブスラッシュ》の一閃で? 魔王城も? もはや廃墟?」

「さす勇!」

「さす勇!」

「さす勇!」

「かー! オレなー! カッとなるとなー! 周りがなー! 見えなくなるとこなー! あるからなー! かーっ!」

「さす勇!」

「さす勇!」

「さす勇!」

「さす勇!」

「さす勇!」


 さ! す! 勇! さ! す! 勇!

 勇者イキリーの英雄譚に会場中が盛り上がっている。

 さすがは勇者様であった。

 彼は勇者の証たる《聖光》の恩恵ギフト――つまり神に賜わされる特殊能力――を所有している。その力を真に引き出すことによって、イキリーは魔王さえ打ち滅ぼすほどの強靭な戦闘技能を得ているのだ。

 その二つ名、《聖光の勇者》の由来である。


 豪華な食事。高価な酒類。

 これらは全て王都冒険者ギルドによって提供されている祝いの品だ。

 勇者に限らず、この会場を訪れた人間全員が、無償で恩恵に与れるパーティーであった。


「はー。さすが勇者。すげえわ」


 その会場の片隅において。

 遠巻きに勇者の物語を聞きながら、けれどそれもそぞろに飲食を続ける男がひとり。

 半ば強引にコネで招待された――名をリールという。


「モテんだろうなー。なんせ勇者だもんなー。パーティも女ばっかだもんなー」


 数日分のカロリーはここで摂取し尽くしてやらんとばかりに勢いよく飲み食いを続けている。

 そんな彼の言葉は独り言だったが、かといって反応する相手がいないわけでもなく。


「――おい。それは僕に対する当てつけか?」


 突っ込みのように挟まれる言葉。

 リールはそれを無視するように続けた。


「ハーレムだもんなあ。いいよなあ。羨ましいぜ、ったく」


 その視線の先には勇者を取り囲む複数名の見目麗しき少女たち。

 いずれも勇者の仲間として戦場を駆けた冒険者である。


「きゃーっ! さすがイキリー様、ちょお格好いいんですけどぉーっ!」


 戦士の少女がそう言えば、


「ああ、素敵だわ。あの堂々たる振る舞い……アレこそまさに勇者の風格……」


 僧侶の少女がそう受けて、


「長い旅だったけど、勇者様が報われて嬉しいです……」


 魔法使いの少女が答える。

 軒並み目を惹く美少女であったが、彼女たちの視線は会場の一点に注がれていた。

 無論、魔王を倒し世界を救った勇者である。


「あれ全員、勇者に惚れてる感モロバレだよな。逆にすごくない?」

「……どうだろうな」

「おーい、そう気を落とすなよ。お前の功績だってみんなわかってるさ」


 リールはそう言って連れに笑いかける。

 だが、声をかけられたほうは苦々しげな表情を崩さなかった。


「なんだよ。拗ねてんのか、サブ?」

「別に。拗ねちゃいない」

「お前も勇者パーティのひとりだろう。こんな隅っこにいないで輪に加わってきていいんだぜ」


 リールのそんな言葉に、サブと呼ばれた連れは「フン」と鼻を鳴らすだけ。

 そんな反応に、けれどリールは慣れた様子で苦笑を零し、再び食事に集中し始めた。


「誰のせいでこうなってると思ってる」


 サブは言う。リールはパスタをぎゅるぎゅる吸い込んで答えた。


「お前の役目は俺を招待してくれた時点で終わってるぜ?」

「僕の招待枠で来ているんだ。君が粗相をやらかしては僕の沽券に関わる」

「沽券がどうのこうの言うんならよ。それこそお偉いさんのお相手してこいって」

「……勇者パーティの一員だとはいえ、誰も盗賊になんて興味ないさ」

「拗らせてんなあ、お前。まあ勝手だけどよ」

「君はあまり好き勝手するなよ」

「わーってるよ。なんだよもう、喧しいなお前よぅ」

「メシ代を浮かせたい、なんて理由で無理やりついて来たのは君だろうが」

「んだよ、けち臭いこと言うもんじゃねえぜ。いいだろ別に。俺にだって平和を喜ぶ権利はあるさ」

「なら勇者たちに挨拶のひとつもしたらどうだ?」

「おめっとさん。あんがとよ」

「……ここからじゃ聞こえないだろう」

「お前に言ったんだよ」

「…………」


 サブもまた世界を救った勇者パーティのひとりである。

 職業は盗賊。冒険に役立つ様々なスキルを駆使することができ、《疾風》の恩恵ギフトを持っている。

 戦闘力も、さすがは勇者の仲間といったところで、恩恵ギフト由来の速度を活かして戦場を縦横無尽に走り回るパーティきっての切り込み隊長として活躍した――そうだ。


 そのサブが今、こんな会場の端っこにいる理由は、ただひとつ。

 この会は勇者と、そして見目麗しいパーティの少女たちが主役であって。


 誰も、薄汚い盗賊になど興味がないからだ。


 もちろん盗賊といっても、それは冒険者としての技能傾向であり、犯罪者の称号ではない。

 ではないのだが、やはり盗賊はパーティにおいて基本的には裏方である。地味な風貌も相まって、《疾風の盗賊》サブは勇者パーティで最も目立たないメンバーであった。

 そういう役割だから、といってしまえばそれまでだが。


「あんなハーレムパーティで旅するのは面倒……っていうか、つらかったろ」


 勇者パーティからイキリーとサブを除いた残りの女子陣は、その全員が勇者に惚れていると来たものだ。

 全員がひとりの男に惚れているメンバー。そんな中にいたサブの気苦労は、王都にいただけのリールでも察しがつくレベルだった。


「別に」


 と、だがサブは興味もなさげに答える。


「指名だったから。不満はないさ。イキリーとの付き合いも、パーティでは僕がいちばん長い」

「ほかの連中は旅の中で仲間になったんだったもんな。ならそうか」


 リールは王都冒険者ギルドの一員であり、かつてはサブもそうだった。

 サブとの仲は、だから長い。サブがイキリーを連れて王都から旅立つ際には、見送りの行列に紛れてもいた。

 一時期、サブとリールはともに冒険をした仲なのだ。


「幼馴染みなんだって? 故郷が同じだとか」

「ああ。まあイキリーは王城で勇者としての訓練を重ねていたから、冒険者になった僕とは一時期別れていたけれど」

「お前と知り合ったのはそんときだったな。なんせ腕がいいから助けられたぜ」

「君は弱かったからね」

「お前たちが強すぎるんだよ……勇者パーティの基準で語るなや」

「でも、君の機転には助けられたさ」


 世辞を言う雰囲気でもなく、サブはただ事実だからとばかりに言った。

 実直な奴だ。サブの性格を知っているリールは、少しばかり面映ゆい気持ちになる。本心だとわかるからだ。

 だからこそあえて、リールは茶化すように答えるのだ。彼はそういう男だった。


「は。まあ勇者パーティの盗賊職様に褒められるんなら誇らせてもらうぜ、一応な」

「あのパーティはみんな強すぎるからね。なんでも力押しで解決しようとする傾向があった。その点、君は自分の実力を踏まえて策を練れる頭があっただろ。その点は信頼していたよ」

「やめろや、気持ち悪ぃ」

「一応。僕だって、ただ昔の知り合いというだけでパーティの招待枠を預けたつもりはないからね」


 ――というか。

 と、サブが首を捻って問う。


「リール。君だって王都冒険者ギルドの登録冒険者だろう? そりゃ全員じゃないとはいえ、招待枠ならギルド経由で手に入ったはずだ。君ほどのベテランが、手に入れられないとは思えないんだが」

「今さらかよ」

「旅に出て以来、二年振りだからね。その君がいきなりやって来て招待してくれ、だ。面食らったんだよ。第一、昔の君は、こういう面倒な集まりはむしろ避けるタイプだった。どういう風の吹き回しだい?」

「そりゃお前……あれだよ。勇者パーティの中の知り合いはお前だけだしな。世界を救ってもらった感謝くらいは、せめてお前だけには告げておこうっていう……」

「嘘をつくなよ、もっともらしく。気持ちは嬉しいが、その義理は君なら別の形で果たしただろう」


 気持ち自体は否定しない辺りがサブらしい。

 二年の旅を経てなお、相変わらずといったところだろう。

 サブはいつだって本心で話している。


 だから、というわけではない。

 ないのだが、たまには少しくらい、全部ではなくとも、本心を話そうとリールは思う。


「ちょい気になったのさ」

「……、僕が、か?」

「お前じゃねえよ。あの勇者が、……かな。それも厳密には違うが……まあ説明しづらいな」

「……そうか」

「だが俺はお前が旅に出てる間に冒険者を辞めちまったからな。招待状が手に入らなかったんだ」

「なるほど……いや待て、冒険者を辞めた!? 君がか!?」


 目を見開くほど驚くサブ。

 それに対し、リールはあくまで気のない様子で。


「いや。正確には登録自体は残ってる。けど仕事はほぼしてねえな。今じゃ別の職業さ」

「……何をやっているんだ?」


 リールは答えず食事に戻ろうとしたが、皿が空になっていることに気がついた。

 だから仕方なく、とでも言わんばかりに小声で言う。


「――探偵だよ」


 サブは、ものすごく妙なものを見る顔でリールを見つめた。



     ※



 酒をかっくらい、食事を大量に食べ、なんなら持ち帰りまで果たしたリール。

 宴会後、彼は今のねぐらである住居までひとりで戻った。サブたち勇者パーティにはギルドに宿が用意されているものの、一介の招待客に過ぎないリールは当然、寝床まで帰らなくてはならない。

 盛大に食事を終えたのだ。今日は昼過ぎまで惰眠を貪っている予定だったリールは、けれど突然の来客に叩き起こされる形で覚醒した。


「はいはい。お客さんですかー?」


 連打される玄関の魔術式ベルの音。

 それを止めるべく、寝起き姿のまま迎えに出たリールは、そこで意外な来客に驚いた。


「――アンタがリール?」


 ひと言目からの、割と無礼な物言い。

 それには文句を言わない。ただ驚きからリールは目を細める。


「そういうアンタは……あの勇者パーティの」

「そう、戦士職。どうやら自己紹介は必要なさそうね。本題を言うわよ」

「あん?」

「こういうことはアンタを頼るっていうのが、王都の常識らしいじゃないの。つべこべ言わずに来て」

「てことは……依頼か」


 そう呟いたリールに、戦士らしい引き締まった肉体の少女が答える。


「正直、なんの役に立つのかって話だけど。サブの奴の知り合いだっていうし問題ないでしょ」

「……事件か?」

「大事件よ、でなきゃこんなとこ来ないっての!」


 ひと息。

 それから彼女は言った。


「――勇者が襲われたの! アンタなら、犯人を見つけられるんでしょう!?」


 リールは小声で、誰にも聞こえないよう口の中で呟いた。

 ああ、酒は控えめにしておいて正解だったな、と。

 それから目の前で首を傾げる少女に対し、お決まりの台詞を口にする。


「ようこそ、王都冒険者ギルド非公式探偵事務所へ。ご依頼でしたら、まずは中へどうぞ」

「うっさいそんな暇ない、いいから来い!」

「あ、はい」



     ※



 ――勇者が襲われた。

 という表現が完全に正しいかというと、そこにはまだ解釈の余地がある。

 正確には、それらしい痕跡が残っているだけだから、だ。


「……血痕だけ、か」


 ギルドに許可を取って、俺は今、勇者の昨夜の宿泊場所である一室を検分している。

 正確には、勇者パーティの鶴のひと声で許可を毟り取ったようなものだが。サブが仲間たちに口を利き、胡散臭いと思いつつも俺に依頼を通す、といった形になったそうだ。探偵だと、言っておいた甲斐が――さて、あったと言うべきかどうか。

 勇者が泊まっていたのはギルド本館の横にある宿の最上階。

 フロアそのものがひとり分の部屋になっているという貴賓用の客室で、それこそ王侯貴族などのために使われる。勇者ならば、その権利がないとは言えないだろう。

 本当は勇者も「別の部屋がいい」と言ったらしいのだが、その辺は様々な事情が絡んだらしい。さすがに、救世の勇者を最上の部屋に泊めないとなっては、ギルドとしても沽券に関わるのだろう。


「――……どう思う?」


 俺にそう問うたのはサブだ。以下、残る三人の仲間もここにいる。

 目の前にはベッド。勇者が眠った寝室だという。実際、使われていたことは間違いない。

 辺りには血の赤が滲んでいる。量はかなり多く――これが人ひとり分なら、魔術による治療でも受けない限りはまず助かるまい。

 だが遺体はない。この場所には、朝いちばんで仲間が訪れた頃にはもう誰もいなかったという。


「これが勇者の血痕じゃない……って可能性はあるか?」


 俺はサブにそう訊ねてみた。サブはしばし考え込んだあと、


「……つまり、イキリー以外の誰かがここで血を流した、と?」

「可能性はゼロじゃないだろう」

「どうだろうな。だとしたら、イキリーがここにいない理由がわからない」

「殺しちまって逃げたとか」


 言っておきながらないと思っていた。

 案の定、答えが来る。これはサブではなく、その後ろにいた仲間から。

 さきほどの戦士の女だった。


「なんでよ! 逃げる理由なんてないじゃない!」

「この血の量だ、普通なら死んでる。殺人とあらば犯人になった勇者が逃げた可能性もゼロじゃないだろう」

「ここは勇者の部屋よ? 襲われて返り討ちにしたんなら逃げるはずないでしょう」

「殺すつもりで呼び寄せたとしたら?」

「――――」


 戦士は一瞬だけ不快そうな顔を見せたが、何も言わなかった。

 俺はあらかじめ、サブを通じて「可能性は全て探るから、不快に思っても堪えてくれ」と頼んでいた。それを思い出してくれたのだろう。惚れた男が失踪しようと、さすがは勇者の仲間。最低限の冷静さは保ってくれていた。


 代わるように口を開いたのは魔法使いの女だった。


「仮に、勇者様が完全な私利私欲から、誰かをここに呼び寄せて殺したとします」


 そんなことはあり得ないと信じていますが。

 そう、つけ加えつつ彼女は言う。


「仮にそうだったとしても、彼は世界を救った勇者です。こう言ってはなんですが――」

「――揉み消される。罪には問われない、と」

「はい」


 あり得そうな話ではあった。というか、まあそうだろう。

 そもそも、仮にだれか殺したい相手がいたとして、そいつを自室に呼び寄せて殺す意味がわからない。どう考えても非合理だ。この血痕が、勇者のものであることを確定させられれば考えなくて済むのだが――。


「……アンタらの恩恵ギフトで魔力を探れないか?」

「エナ。君ならできるんじゃないか?」


 サブが名を呼んだ少女――エナは、魔法使いのことらしい。

 彼女は頷いて、両手を前へと翳してみせる。

 恩恵ギフト――それは神から賜る生まれつきの特殊能力のことだ。この能力によって、人は将来の道を決める。それほどこの王国では恩恵ギフトが大事にされていた。人知を超えた力を、人間に与えるのだ。


「……エナの恩恵ギフトは《奏魔》という。魔力の質を見抜き、支配的に操れるという応用範囲の広い恩恵ギフトだ」

「なるほど。そんな恩恵ギフトを持って生まれりゃ、そりゃ魔術師の道を選ぶよな」


 小声で補足してくれるサブ。

 その直後、エナの調査が終わった。


「……、間違いないです。この血痕は勇者様ご本人のものです」

「そんな……!」


 誰かが息を呑む声。

 果たして、そうであってよかったのか悪かったのか。


「血に残った魔力から人物を特定できます。勇者様の魔力を見間違ったりは、しません」

「誰かの血と混ざっている可能性は?」


 と、これは俺が訊いた。

 一瞬だけエナは眉根を寄せたが、すぐ首を振る。


「それもあり得ません。残留魔力は残された結婚全てでひとり分です。間違いありません」

「わかった。なら勇者は死んでいる可能性が高いな」

「――ま、まだわかりませんっ!」


 そう言ったのは僧侶の女だ。


「勇者様の恩恵ギフトは治癒能力さえ高める最高位のものです。即死でもしない限り回復が可能です」

「……まあ遺体がない以上はなんとも言えんが。いずれにせよ襲われた可能性が高い、か」


 わざわざ死んだと断言することはない。調査に支障も出よう。

 実際、遺体がないのだ。それは彼女たちにとっては、生存の希望となる。魔王さえ倒した勇者ならば、あるいはこの負傷でも生きているのではないか――そう、彼女たちは考えるだろう。

 あり得ないと、俺は思うが。


「少なくとも勇者が傷を負ったこと自体は間違いなさそうだ」

「そうですね。それは……そう、なります」


 沈鬱な表情で頷く僧侶。その顔に続けて俺は訊ねた。


「勇者イキリーの姿を、最後に確認したのは誰だ?」

「……ええと」

「昨日、パーティーが終わったあとに勇者と会った奴だな。心当たりは?」

「わたし……かも、しれません」

「……アンタ、確か名前は」

「僧侶のフトゥです」

「ああ、そうそう。そうだったな。で、最後に会ったのはいつ頃だ?」

「お部屋までいっしょに戻って少し……その、お話を……」

「……あ、そう」


 それは言葉通りの意味……なのだろうか。

 躊躇いはあれど、恥じらっているような様子はない。逆に誇るようでもない。周りのふたりは何かを考えこんでいるようだが、これといった反応ではなかった。

 その辺りを勘繰るのはやめて、重ねて問う。


「何か変わった様子はあったか?」

「いいえ。いつも通りだったと……思います。ちょっと酔っていらっしゃるようでしたが」

「酔ってる……ね。それで? 別れたのはいつ頃だ」

「日付が変わるよりも早く、ですね。そのあとは知りません」

「――そのあとはアタシが行ったよ」


 と、これは戦士が答えた。


「日付が変わった、すぐあとだったかな。小一時間ほど話して帰ったよ」

「……はあん。そらまたなんでそんな時間に?」

「そこはなんでもいいだろう。アタシだって勇者様とお話したいときはあるさ」


 それとも疑っているのかい? そう問いたげな瞳だった。

 下手なことを言って機嫌を損ねてもバカらしい。俺は軽く肩を竦める。


「何か気づいたことは?」

「特にないね。まあ、早く帰るようにとは言われたけれど――いつものことさ」


 夜這いに来られようと意外と身持ちの固い勇者だ。

 三人のほうはおそらく、抱かれに行っているようなものだろうに。少し意外だった。


「……あんたも行ったりしたのか?」


 どうせそんなことだろうと思って魔法使いのエナに訊ねる。

 推測は当たっており、こくりと彼女は頷いた。


「たぶん、ランチのあとだと思う。時間的に」


 ランチというのは、おそらく戦士の女の名前だろう。

 この三人は時間をずらして、三人で勇者に会いに行っている。

 偶然だろうか。


「一応お前にも訊いておくが……何か変わったことは?」

「客観的に見て不自然なことは何も。勇者様も眠たそうだったし、すぐに自分の部屋へ戻ったよ」


 勇者と仲間たちは別の建物に宿泊していた。


「そうか。……ご協力どうも」


 俺は視線だけで、サブに「お前は?」と訊ねる。

 サブは軽く肩を竦めるように、「僕が行くわけないだろ」と視線で返した。

 だろうね。


「……わかった。話を聞かせてくれてどうも」



     ※



 午後。推理を固めるため一度、別行動を取った俺は、サブに呼び出されて王都冒険者ギルドを訪れた。

 一階受付隅のスペースが簡易的な休憩所になっており、地下の酒場から飲み物を持ってきてもらえるのだ。日中では冒険者連中以上に、王都に住まう一般市民たちが多く利用する憩いの場となっている。

 こうも開放的な雰囲気は、王都のギルド本館に特有のものだ。地方では、やはりギルドは荒くれ者の溜まり場というイメージが強く、実際には冒険者は意外と礼儀正しい者が多いとはいえ、それでも一般人の出入りは少ない。


 窓から入り込んでくる陽の光が目に眩しい。この落ち着いた雰囲気を好んで王都で仕事をこなす実力者がいる一方、逆にこの空気に馴染めず別の場所へと去ってしまう冒険者も多かった。

 俺は紅茶を啜りながら、視線は動かさずに辺りを探る。飲茶の文化はここ十年ほどで一気に庶民に広まった。以前は金持ちだけが優雅に嗜んでいたお茶も、今では普通に手が届く値段なのだ。魔王が討伐された今、王国はさらに発展していくことだろう。

 それに――けれど果たして、どれほどの者がついて行けるのだろうか。


「…………」


 正面には無言で目を伏せるサブ。

 正直な話、あまり居心地がいいとは言えない。それはサブの責任だったが、理由は黙っているからではない。単に、冒険者を辞して探偵になった俺では、ギルドで浮いてしまうというだけ。つまりは場所の指定が悪い。

 よくも悪くも王都暮らしの長い俺は顔が売れてしまっているし、いくら最も地味とはいえ同席者は世界を救ったパーティの一員だ。勇者の失踪は伏せられているはずだったが、場所が場所だし、冒険者は情報というものを重視する。耳聡いタイプの連中ならば、噂くらいは掴んでいる頃合いだろう。

 そんな俺たちが周囲の注目を集めないと言えば嘘になった。


 ただでさえ、一部の冒険者からはあまりいい感情を向けられていない俺だ。

 それは個人的な確執ではなく、ひとたび冒険者になった者が職を辞し別の仕事に就くことは基本的に好ましく思われないから。名誉の負傷で辞職するなら一目も置かれようが、健康なまま辞めて別の仕事を始めた人間は臆病者だと蔑まれる。表立って何かを言われることはなくとも、そういった感情は拭い切れないものだ。

 王都において、俺は誇りある冒険者という立場から逃げた人間だ。


 ――まして探偵として公認されているわけでもないのに、こうして首を突っ込んでいては。


「それで――」


 と。しばらくの間のあと、サブが言った。


「犯人の目星は……ついたのか?」

「……どうだろうな」


 俺は薄く笑う。直接の依頼者は、俺の覚えている限りサブではない。


「お前らはどう思うんだ?」


 あえて複数形で訊ねた俺の性根は歪んでいた。

 サブは気づいたが、嫌悪ではなく苦笑によって呆れを示す。


「三人は、まあ、僕が犯人だと思っているらしい」


 驚きは欠片もなかった。その上で問い返す。


「お前だけが昨晩、勇者の部屋に向かわなかったのにか?」

「それが逆に疑わしい、とでも思ってるんだろうさ」

「なんの逆だよ、バカバカしい。――とでも言ってくりゃいいだろうに」

「別に直接、話したわけじゃない。これでも命を預け合った仲間なんだから」

「だからこそ気づくってか。皮肉な話じゃねえの」

「……実際、そう間違った推測というわけでもないんだろうさ。そいつは僕にもわかる」

「あん?」


 まさか自白でもなかろうが。疑念、というより疑問の視線を向けた俺に、サブは軽く笑った。

 それこそ皮肉に。


「――仮に勇者が誰かに殺されたと仮定しよう」


 もはや勇者が生きているとは誰も思っていないのだろうか。


「仮定しよう。で?」

「おかしいとは思わないか?」

「誰かが殺してるんだぜ。おかしいことだらけだな」

「――世界最強の人間である勇者が、むざむざ殺されていること自体がおかしいんだ。わかってるだろう?」


 もちろんわかっている。

 その通り。魔王を討伐した伝説の勇者が、たとえ寝込みを襲われたところでむざむざ負けはしない。

 この王都にさえ、そんなことが可能な人間がいったい何人いるだろう。


「ならば考え得る勇者殺しの犯人像は――」

「第一に、不意打ちで勇者を殺し得るだけの実力者」


 サブの言葉を引き継いで言う。向こうから話してきたのなら、あえて逸らす必要もない。


「あるいは第二に、勇者に信頼されている知人、友人――その類い」

「ああ。そしてそのどちらにも、僕は該当するわけだ」


 四人はおそらく現場を見た段階でそれに気づいていた。

 身内に犯人がいる可能性がある、と。勇者の死の可能性が浮上してなお冷静さを保っていたのだ、感情が揺さぶられていたとは思えない。その辺りは、さすが勇者パーティと言ったところか。

 ともあれ、その可能性がある以上は第三者を介入させる必要がある。強権でもって怪しい探偵――つまり俺――を呼んだ理由はそれだろう。だから戦士の女が俺を呼びに来た。

 元冒険者で探偵をやっていると聞いて、おそらくは勘違いしたのだと思う。俺がギルド公式の調査員であると。実際には違っており、あの三人のアテは外れた形だ。


 この段階で、彼女たちは犯人を探してほしかった、わけではない(丶丶丶丶丶丶)

 それもあるだろう。だが正確には、自分が犯人ではない(丶丶丶丶丶丶)ということを証明してもらいたかった、というほうがより近いと思われる。なぜなら彼女たちは全員、最後に勇者と会ったのが自分である、と思い込んでいたのだから。

 それで疑われては堪らない――ゆえに潔白の証明を欲した。

 あるいは、仮に犯人が紛れているのなら、ほかのふたりの動向を見てこれなら疑われない(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)と踏んで情報を提示した、か。

 最後に勇者と会ったという魔法使いが犯人でないのなら、そのあとに向かった人間がいる。


 それがサブではないかとする流れは、決して不自然ではあるまい。


「……なあ、リール」


 と、サブに問われた。


「なんだ?」

「お前、どうして冒険者を辞めたんだ?」

「……別に。もともと向いてなかったってだけさ、冒険者になんてな」

「確かにお前の恩恵ギフトは戦いには向いていなかったが、それでも」

「向き不向きの問題だよ。こっちのほうが性に合ったってだけだ」


 というか能力に合っていた、というか。まあなんでもいい。


「依頼を受けて働く。俺は俺の仕事をやるだけだ。実際それで回してる」

「お前は、……そうか。そういう男だったな」

「ま、ぶっちゃけ適当なんだがな。適当に……自分の裁量で動けるってのは実際悪くない」

「……お前らしい、のかもしれないな」


 らしい、とはどういう意味合いだろうか。

 俺はらしさなど気にしたことがない。


「まあ生き方は恩恵ギフトに縛られるからな。お前もそうだろ?」

「……どうだろうな。それ以外の何かにも縛られている気がする」

「そうけ。……ところでサブ、勇者の恩恵ギフトってなんだ?」

「さあ。詳しいことは本人もわかっていないようだったが」

「……はあん?」

「なんでも光を操れるという。実際、凄まじい攻撃力だった。それに対魔対物耐毒耐呪、自動回復に瞬間移動……もちろん身体能力を向上させ武装も強化できる」

「どの辺が光?」

「光ると不思議なことが起きるんだ」

「メチャクチャすぎでしょう」

「あと滋養強壮にいい」

「意味がわからない」

「空からすごい光が差し込んでなんかすごい健康になる」

「なんでもアリかよ」

「それが勇者だ。――そういうものなんだよ」


 何かを悟ったようにサブは呟いた。

 その顔に俺は訊ねる。


「もひとつ訊いていいか?」

「……なんだ」

「いや、大したことじゃねえ。お前、これからどうすんのかと思ってな」

「さあ……それは、僕が決めることじゃないだろう」


 なるほど、と俺は頷いた。

 ――その一刻後。勇者の遺体が見つかったという報せが入った。



     ※



 勇者に身寄りはない。遺体の確認は最も長く付き合った四人の仲間に託され、俺も同行した。

 現場には、死体がふたつ(丶丶丶)あった。

 遺体の一方は人間ではない。魔族と呼ばれる人間の敵対種族、魔王の傘下の生命種だ。残存魔力からかなり高位の魔族とみられ、おそらくは転移系の魔術が扱えると見られた。でなければ街には入れないからだ。

 死を覚悟で勇者に報復を行い、不意打ちによって手傷を負わせたものの、勇者が転移によって逃走。追いかけた魔族が最後の反撃を受け、相討ちになったものと見られた。

 さすがにショックを受けたのだろう。全員が言葉を失ってしまった。

 それでも俺は、最期の確認として問わなければならない。


「全員に訊く。これは勇者の死体だな? 確かに」


 全員が肯定したのを見届けて、勇者の死が王国において確定した。

 下手人が魔族とあっては俺の捜査も打ち切りだ。


 葬儀が国を挙げて行われるまでに、そう時間はかけられないはずであった。



     ※



 ――およそ十日後。

 旧勇者パーティの一員であったサブが街を出ようとしたところ、背後から声をかけられた。


「先のことは決まってなかったんじゃないのかい?」


 軽薄な声をサブにかけたのは、この街に住む唯一の非公式探偵――リール。

 旧い知り合い。それに声をかけられては、無視するというわけにもいかなかった。

 時刻は、もう陽の沈む頃。王都を囲う城塞の門は、あと少しもしないうちに閉じられることだろう。


「こんな時間から出かけるんかい?」


 軽く訊ねるリールに、サブは笑った。


「こっちの台詞だ、それは。どうしてここに?」

「そらお前、アレだ……なんだろうな?」

「……まったく。相も変わらず適当な男だ」

「そらお前に比べりゃな。ま、そしたら報酬の徴収に来たってことにしといてくれ」

「報酬、ね……確かに、お前にはその権利があるかもしれないな」


 小さく呟いたサブに対し、リールは意外なものを見るように、ほう、と目を見開く。


「こいつは予想外。てっきり依頼人は僕じゃないとか、解決できなかっただろうとか言われて門前払いと思ってたぜ」


 軽口を叩くようなリールの様子に、ふたりとも門の外に出ただろう、とサブは律儀に突っ込んだ。

 リールは笑う。まあ、門前で報酬を払ってくれるなら同じようなものじゃねえか、と。


「で? まあ一応訊いておくが、どこに行くんだ?」

「さあね。答えたろ? ――それは(丶丶丶)僕が決めることじゃ(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)ない(丶丶)

「でもこの街にはもう戻ってこない。違うか?」

「……違わないな。ああ、きっとそうなるとは思っている。今生の別れかな?」

「悪いが俺は、お前が魔王討伐の旅に出た時点で、正直言って二度と会わんと思ってたさ」


 サブは笑った。


「くく……それは酷いな。魔王を倒して帰ってくるとは思われていなかったわけだ」

「いいや?」リールは軽く肩を竦めて。「成功しようと失敗しようと、お前より先に俺が死ぬと思ってたのさ」

「なるほど……それはお前らしい。だからこそ、まさか冒険者を辞めているとは驚いたよ」

「そのお陰で生き永らえたわけだからな。悪いこっちゃねえさ。どうせ俺の恩恵ギフトじゃ早晩詰んでた。転職は英断だったと今では思うね」

「君の恩恵ギフトは――確かに戦いにはあまり向かないからね」

「ああ」


 リールは軽く肩を揺らし。

 笑いながら言った。


「なんだ。お前、やっぱ知ってたんだな、俺の恩恵ギフト

「お前は昔から秘密主義だったから。推測していただけに過ぎないけれど」

{そうかね? 俺は結構、仲間には優しかったと思うが}

「ああ。頭がいいし、冷めた性格なのに、君はなぜか他人を疑わない。僕のような怪しい人間さえあっという間に仲間として迎え入れてくれた。けれど、すぐに人を信じるように振る舞いながら、君は騙されるということがない。誰より嘘に敏感だった。……最初は単に、すごく頭がいいだけだと思っていたんだけれど――」

「その言い回しじゃ、思ったよりバカだったって話に移りそうだな?」

「そんなことを言う気はないよ」

「――《偽眼ぎがん》っつってな。俺の恩恵ギフトは、言葉の嘘を見抜ける」


 秘密主義のリールがそれを口にした、ということ自体が。

 すなわち、もう戻ってくる気がないというサブの言葉に嘘がないと理解しているためで。


「――いつ気づいた?」


 問うたサブに、リールは答えた。


「お前に、パーティーに招待してくれって言いに行ったろ?」

「そんなときから……? 事件を起こすより前じゃないか」

「街中で凱旋中のお前らを見かけてな。懐かしい顔だから見てたんだが――ほら。お前以外の女三人。あいつら、口ではずっと勇者を持て囃してはいるんだが、その言葉に嘘が混じっててな」

「……なるほど」

「いろいろ調べてるうちに嫌な可能性が浮かんじまったわけさ。――ああ、これは、あの勇者殺されるな、って」

「考えてもみなよ」


 サブは、リールの言葉を否定しない。

 ただ続けた。


「魔王を殺した英雄。勇者イキリー。そんな存在が、平和になった王国に残り続けてみろ。――王国が、その影響力を危惧しないはずがない。平和になった世界に、勇者は邪魔なんだ」

「かといって、本当に魔王を倒してきた英雄を殺すのは楽じゃない。暗殺には相応のリスクがある」

「そう。だから王国は懐柔を念頭に置いていた。勇者の仲間が女ばかりなのはそれが理由だよ。僕は単に幼馴染みだからという理由でイキリーに選ばれたけれど、ほかの三人は違う」

「勇者のパーティに加入しても不自然ではないレベルの強さを持つ人間だ。それは王国のおいても地位を持っていることと同義であり――」

「――かといって政治の上層に食い込むほど年を重ねていない。若さがあるということだ。もし三人のうちの誰かが勇者を射止めていれば、充分な報酬とともに表舞台から消えていた。代わりに生涯を保証される」

「そしてもし失敗したとしても、勇者の信頼を得た仲間たちならば暗殺に成功する可能性が高い――と」

「なにせ魔王討伐そのものは誰にとっても悲願だ。命もかかっている以上、三人だって全霊で協力する。裏切りを警戒するはずがないのさ。その罠は、全てが終わったあとで発動するものなのだから」


 わずかに悲しげにサブは呟いた。サブにとってさえ、三人は仲間であったのだから。

 リールはそれをわかっている。ゆえに言った。


「まあ、安心しろよ。あの三人はだいぶ揺れていた。勇者に絆されたんだろうな――当然っちゃ当然か。殺したいとは思っていなかったのは嘘じゃないよ」

「わかるのか――そうか。お前は嘘を見抜けるんだったな」

「なんとかハートを射止めて勇者を保護しようと躍起になってたみたいだ。あるいはもう、バラしちまうことまで考えてたかもしれないな。まあ心が読めるってわけじゃねえ――口に出してないことの真偽など俺にはわからんがね」

「……それなら、ああ。確かに救いはあるかもしれない」


 リールは嘘を見抜くことができる。

 だがサブは、リールの嘘を見抜くことができない。

 ゆえにリールの言葉が嘘か、それとも本当か。それはサブにはわからないことだった。

 リールが慰めで嘘をついているのか、それとも真実だったのか。どちらの可能性もあるとサブは自覚していて。

 その上で、サブはリールの言葉を信じた。

 あるいはリールではなく、背中を預け合った仲間こそを信じたのか。


 リールは、内心を態度から読み取らせるような下手を打たない。

 ただ小さくサブに問う。


「これからどうする?」

「書き置きはしてきたからね。僕が去っても、誰も不自然には思わないだろう。少なくともあの三人は」

「そうか……そうだな。大丈夫か?」

「――ああ。心配はいらないさ」


 サブは笑った。


「なにせイキリーがいっしょにいるんだ。世界最強の男といっしょで、問題なんてあるはずもない」


 リールは驚きもしない。

 その姿を見て、サブは小さく。


「しかし……聞きたいな。どうして気づいた? 君についた嘘はひとつだけで、そのときにはもう君は全てに気づいていたと思うんだけれど」

「勇者が暗殺されたなんて信じるほうが馬鹿げてるだろ。魔族と、しかも相討ちで? 都合よすぎだ」

「まあ確かに、ね。最初から君だけは、勇者が生きていると確信していたわけだ」

「血を流しても回復できて瞬間移動も自由自在、毒すら効かない怪物なんだろ? そんな奴をそう簡単に殺せると判断するほうが間違いだし、何よりそれができるなら、自分の自分の死を偽装するくらい簡単だ」


 自傷し、血を撒き散らしてからから転移で脱出すればいい。

 負傷は回復できるし、誰にも見つからない。あの状況がごくあっさり完成する。


「それでも可能性としては残ってたからな。ゼロじゃない――だがお前、あとから死体が見つかった、はさすがにバカすぎるだろ。アレじゃ気づく奴が出るかもしれんぞ。タイミングが馬鹿げてる」

「……タイミングか。まあ、アレは確かにイキリーの悪手だった」

「お前が疑われてしまったから、別の犯人をアイツは用意するしかなかったんだ。勇者の遺体が見つかることは予定になかった自体なんだろ。――っつーかたぶん、あの勇者、俺らの話、聞いてたろ、あのとき」


「――うん。悪いね、盗み聞きして」


 その返答はサブからではなかった。

 本当に。なんの前触れもなく、突如としてサブの横に人影が現れたのだ。

 死んだはずの、勇者イキリー当人であった。


「……別に街にいるんじゃなかったのか」


 呆れたように呟いたリールに、救世の英雄イキリー当人が答える。


「ついさっきまでいたよ。瞬間転移はお手の物でね。ご存知の通りとは思うんだけど」

「……いや、タイミングよすぎだろ、だから。それならどこから見てた?」

「光の加護の力で遠見ができるんだよ。本当ならサブに危険がないように見張ってるだけに留めようと思ったんだけど――君には、どうにも世話になってしまったからね。ああ、一応言っておこうか。初めまして、イキリーです」

「参るぜ、滅茶苦茶で」

「勇者だからね。今となっては元だけど」


 それが笑える冗談であるかのように勇者は言う。

 サブも、リールも、もちろん笑わない。笑えない。


「あの遺体はどこで用意したんだ? こればかりは俺も訊いておいていいと思うが」


 しばし経ってからリールが問うた。

 勇者は静かに答える。


「魔族領まで瞬間転移して生き残りの上位魔族をひとり殺してきた。その死体を持ってきただけさ」

「……現地調達ですか」

「安心してくれ。人間を奴隷にして殺していた奴だよ。僕の身代わりの遺体は、そいつがイジメ殺した奴隷だ」

「安心のしどころがねえな……」

「領土こと壊滅させてきたからね。まあ問題ない」

「なんでもアリすぎる」

「なんでもアリだって割と言ってきたんだけどね? どこまでなんでもアリなのかを、みんなあまり理解してなくて。その点、君は気づいたよね。あの死体がフェイクだって、一瞬で」

「……まあ、聖光の恩恵ギフトでどうにかしたんだろうとは考えた。できるからな」

「光で偽装すれば別人の死体だと気づけなくなるからね。どう調べても疑っていても証拠は出てこない。あとは丁重に葬られて終わりさ。勝手な言い分だけど、遺体を利用させてもらったことは、国葬されることでチャラにしてもらおうってことにした」

「いいんじゃねえの、別に。死体なんざ死体でしかねえ」


 勇者の滅茶苦茶さに突っ込むほうが馬鹿らしい、とリールは降参するみたいに諸手を上げた。


「まあ君は一瞬でその可能性に気づいて、確認するために全員に訊いたわけだけどね」

「……そこも見てたのか?」

「そりゃね。ああ、故人の秘密を確認するようなことには基本的に使ってないよ? 安心してほしいな」

「勇者と喋ってると不安になってくるぜ……ったく。おかしいだろ」


 ともあれ、そういうことだった。

 リールは嘘を見抜ける。嘘を見抜ける以上、死体が偽装フェイクであると知っている人間(丶丶丶丶丶丶丶)に直接訊ねれば、死体の偽装は見抜けなくても嘘であることはわかる。

 だから、あえてリールは全員に一度に確認したのだ。

 より正確に言えば――サブが必ず答えるように仕向けた。


「サブだけは、協力者だからね。僕の。あの遺体が僕の亡骸ものでないと知っている」

「……最初から死を偽装して行方を眩ます気だったんだろ?」


 リールの問いに勇者は笑う。


「役割は果たした。あとは好きにさせてもらうさ」

「……そうか」

「悪いと思うかい?」

「……いや? むしろ優しいね。俺なら勇者に指名された時点で逃げる」

「あっはは!」


 酷く愉快なことを聞いたとばかりに勇者は笑った。

 それから軽く首を振り、リールに向かって小さく告げる。


「それじゃ、僕はこの辺りで」

「見つかるわけにもいかないだろうからな」

「空間に聖光で迷彩を張ってるから見つからないよ。単に別れを邪魔する気はないだけさ」

「……滅茶苦茶だ」

「よく言われる。ああ、このあとは覗かないからご自由に。――それじゃ」


 言うなり、勇者は現れたときと同じだけの唐突さで姿を消した。

 あとに残されたのはリールとサブ。探偵は小さく息をつき、盗賊に向けて訊ねた。


「お前も行くんだろ?」

「……ああ。そのつもりだよ。いろいろありがとう」

「なんの礼だよ」

「気づいていて黙ってくれた礼さ」

「その可能性もあると思ってただけだ。こんな滅茶苦茶に確証なんか出せるかよ」

「かもね。だけど礼は礼だ――君の時間を潰してしまったわけだし、結果としては僕が依頼人だったようなものか。何か望みがあるなら、報酬は支払おう」

「いらねえよ。世界を救ってもらった報酬代わりに働いたんだ、これ以上もう受け取れねえ」

「さっきは報酬を受け取りに来たと言ったくせに」

「答え合わせで充分だ。それでも払いたいっつーなら……そうだな。昔馴染みのよしみでひとつだけ聞かせろよ」

「なんだい?」


 小さく小首を傾げるサブ。

 それに対して、ただひとつのことをリールは問う。


「――お前は、これで幸せか?」

「ああ。僕は――これで幸せだ」


 ならいい、とリールは呟いて、そのまま街の方向へと踵を返す。そろそろ戻らなければ、城壁の外で一夜を明かす羽目にはるだろう。

 別れの言葉は告げない。元より大した知り合いというわけでもないのだ。たまたま、ほんの一時期、同じパーティで戦っただけの旧い戦友。その程度の仲でしかない。リールはサブの人生に関与することなどなかった。

 それでも、充分な報酬なら受け取ったのだ。


 幸せだ、と。


 そう告げた表情は、リールがこの街に来て初めて見る、サブの年相応な、可憐な少女らしい笑顔。

 それが見られただけで甲斐はあった。少女は、きっと初恋を成就させたのだろう。ならば構うことはない。


 ――じゃあな、サブリナ。元気でやれよ。


 冒険を辞めた探偵は、ただ一時期だけ面倒を見てやっただけの後輩冒険者に、確かに報酬を貰ったのだ。

というわけで《間隙新年企画》こと、貰ったお題で短編書くシリーズ終了!

もう新年か怪しい上にいったい何書いてんだって感じですが、何、知ったことじゃない!


――今年もよろしくお願いします。

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