転生小説
目が覚めると、ぼくは見知らぬ場所にいた。
真っ白な空間だった。見渡す限り、まるで光の渦の中に呑み込まれてしまったかのような白。雪山だって、ここまでの光景にはならないだろう。
上も下もわからない――とても幻想的な空間だった。
「ちょっと」
僕は立ち上がる。踏める床がある、ということに、ふれてみなければわからないほど白ばかり。
ほかの方向はどこまで続いているのか。白い地平線は、まるで無限に続いているかのようだった。
「ねえ。ちょっとってば」
広いのか、それとも狭いのかさえわからない白い空間。だが、どうしてだろう。きっと光に溢れているからか。僕はなんだか、今までに感じたことがないような解放感に包まれている。
この白い空間を――
「ねえって。おい。おいテメエ意図的に無視してるだろ」
ぼくは――
どこまでも自由に――
「長い! もうモノローグなっがい!! 止まれ!!」
「なんだよ、もう。いいところだったのに」
先程から小うるさい幼女に向き直った。
まあなんかいわゆるロリ神だ。適当に好きな外見を当てはめてくれればいい。
「ええ……描写が適当すぎる……もっと触れてよ。もうちょいこう興味持ってよ」
「どうでもいいよ」
「お前の空間描写のほうがどうでもいいわ。なんだお前、ほとんど『白い』としか言ってねえじゃねえか。ボキャ貧か」
「目が覚めると目の前に白い幼女がいた。ロリ神である」
「白一色かよ」
「突っ込みの面白くないロリ神だった」
「蹴倒すぞ」
そう。ここは転生待機所。
死んだ人間が異世界へと転生する、その一歩手前の空間である。
のじゃった(笑)。
「いや、いきなりのじゃとか言うなよ……」
「君はいいのか。のじゃロリとかキャラ付けしなくて」
「うるせえな。それはまた別管轄にいるから」
「管轄て」
「ていうか私は安易なキャラ付け嫌いなんだよ」
「それで無個性じゃ世話ねえな」
「ブチ殺すぞ」
「もう死んでるんだろ」
「そうだった……」
転生待機所には転生を待機する人間が来る。
各々の神は、なんかこう適当な理由をつけて彼ら彼女らを異世界へと送り出す。
能力ボーナスなんかも、ときにはつけるのだ。
「……っていう設定なんだ」
ロリ神は言う。
そう。あくまで設定である。
ここは天界なのでメタ時空という設定なのだ。
設定。
「いろいろいるんだよ、ジジイ系ゴッドや残念美少女系ゴッデス。あるいはイケメン金髪ホスト風エンジェルなんかも変わりどころで」
「ヴァリエーション豊かだなあ」
「それぞれの作品によって、いろいろ設定違うからねー」
「設定か」
まあ設定は大事である。
ここに矛盾をきたすと世界観が歪み、場合によっては作品そのものが崩壊をきたしてしまう。
「ところで、なんで僕が転生者に選ばれたの?」
訊くと、ロリ神は鼻で笑った。
「知るかよ。作者に訊け」
「いや作中設定とかあるだろ一応」
「ええ……待って。設定資料集を確認するから」
「あるんだ」
「うん。作品より先に公開してたから」
「なんでだよ」
「いちいち突っ込むな……ええと、そうだな。あれだ。なんかこう神の手違い的な感じで死んじゃったから、憐れに思われて異世界転生って感じ」
「手違いで殺されたの、僕。なんてことすんだ」
「設定だから。なんもしてないから私。むしろ何もできない」
「世知辛い……」
「物語の登場人物なんてそんなもんそんなもん」
「てかさ、手違いで殺したなら、普通にその世界に戻せっていう話じゃないの?」
「だから知らねえ……あ。設定が更新された。お前はどうやら現世に絶望してたらしいぜ」
「じゃあ転生しないで成仏すればいいのに……」
「野暮なやっちゃなー」
ふむ。だが実際、僕は転生になど興味がなかった。
そう思っていると、ロリ神が頬を膨らませる。
「え。それだと話が始まらないじゃん」
「心を読むなよ」
「読んでない。読んだのは地の文」
「地の文」
「だいたい、さっきモノローグ長いって突っ込んだじゃん。今さらすぎるだろ」
「確かに」
「これが伏線というヤツだな」
「それはどうだろう……」
面倒な空間だった。
「つーかお前、転生が嫌ならどうすんの?」
ロリ神に訊かれ、僕は答えた。
「このままここに留まるのは?」
「えっ」
「題して天界転生」
「転生してないけど……」
「でも面白そうじゃないかな。新ジャンル。さっきのジジイ系ゴッドや残念美少女系ゴッデスとか、登場人物にも欠かないし」
「えー……」
「行ける行ける。これで人気を取ろうじゃないか!」
※
こうして始まった天界小説は、その独特な設定と濃いキャラクター、そして頭の悪いギャグのキレで人気を博したが、第三章の転生ドラフト会議編で更新が止まり、そして作者の進学に際して永久に未完となった。
「……もう何がなんだか」
「でも面白そうじゃね、天界小説」
「どうだろ……」