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人狼村のいろは歌

お正月企画その8

 ここは人狼村。

 人狼が潜んでいる村っぽい名前の村だ。

 広い森の隣に位置している。


 今、村では会議が行われているところだった。

 一昨日の夜だ。村に住むひとりの男が喰われて亡くなったのだ。

 人狼の仕業に違いないという話だった。


 だが村人たちは慌てなかった。

 このような状況に際し、どう対処すればいいのか。

 古くから伝わる森の言い伝えがあったのだ。

 森の入口の碑文。

 そこには、こんな言葉が刻まれていた。




 い、いちばん怪しい奴から吊ろう。

 ろ、ろくでもない奴は全員吊ろう。

 は、犯人は最後に残った奴だから。




 古来より伝わりし含蓄溢れる由緒正しい素晴らしき生存のための叡知だった。

 言い伝えの《人狼いろは歌》に則り、彼らは怪しい行動をしていたひとりの男を吊った。

 全員で会議をし、ひとりの男を村のための犠牲としたのだ。

 その対象は投票によって選ばれた。昨日のことだった。

 誰ひとり疑いを持たない。彼らは変質し、人狼に対抗するための能力を今やその身に宿したのだ。

 古の叡智だった。

 そういうことにしておいてください。


 だが人狼は一体ではない。

 昨夜もまた、別の犠牲者が出てしまった。



     ※



「まずはこれを見てくれ。俺は昨日、吊られた男の司法解剖に携わって現場に行ったんだ」


 村人のひとりが言う。

 別の村人が、その言葉に首を傾げた。


「おや。お前は医師の資格を持っていたっけか」

「持っていない」

「ならなぜ」

「俺は霊媒師なんだ」

「霊媒師」

「ああ。死んだ人間が人狼か村人かがわかる」

「どういうことだ」

「いや……よくわかんないけど……そういうことになってるから……」


 霊媒師が悄然とした。

 そこに、執り成すようにひとりの女性が割って入った。


「まあまあまあ。そう責めないの」

「君は」

「私は占い師」

「占い師」

「そう。だから占いをすることができるの」

「初めて聞いたが」


 村人たちの知る限り、彼女は普通の主婦だった。


「いいじゃない。一昨日から、なんかそういうことになったのよ」

「なんかそういうことになった」

「そう」

「そうか。じゃあ試しに占ってみてくれないか」

「えっ」

「そろそろ恋愛運とかが気になるんだ」

「それは、ちょっと、無理……」

「じゃあ金銭運」

「それもちょっと……」

「健康運なら」

「惜しいかな……」

「なら何ができるんだ」

「あなたが人狼か村人かを判定できるわ」

「惜しくないだろうそれは」

「うっさいわね!」


 ちょっと惜しいでしょうちょっと!

 人狼という名の病かもしれないでしょう!

 占い師の女はそう叫んだ。


「いいの? いいの、そういうこと言って? 占うわよ? 貴方のこと占っちゃうわよー? いいのー!?」

「いや、だから最初から占ってほしいと」

「そうだった……」


 しゅんとする占い師だった。

 と、そこで思い出したかのように彼女は言う。


「ああ違う、そうだ。忘れてたわ。わたし、占ったのよ」

「何、本当か。どうだった、結婚はできそうか」

「だからわかんねーっつってんだろ」

「そうだった」

「ていうかあなたを占ったわけじゃないわよ」

「……そうか……」

「悲しそうにしないでよ……そう、昨日の晩にちょっとね。占いにはひと晩かかるの」

「大変だな……」

「ええ。お陰で寝不足だわ……」


 目の下にクマができていた。


「それで、占いの結果は?」

「ああそうそう。私は、あの霊媒師を占ったのよ」

「僕なのか!?」


 霊媒師の男が驚く。

 だが占い師の女は微笑んで。


「ええ。でも安心して。あなたは村人よ」

「いや僕は霊媒師だ」

「うん。まあうん霊媒師なんだけど。でも霊媒師は村人だから」

「霊媒師は村人なのか」

「まあ、占い的にはそうかな……ていうか、だって村人じゃないのあなた実際」

「それを言ったら人狼も別に村人の範疇じゃないのか」

「知らないわよそんなこと!」

「なんかごめん……」

「せっかく人狼じゃないって証明してあげたのに!」

「えー。疑われてたの、僕……」


 占い師の女と霊媒師の男が悲しそうになった。

 そのときだ。突然、別の男が話し合いに割って入った。


「おいおい黙って聞いていれば!」


 目の下にクマができた男だった。


「お前は村の――」

「占い師だ」

「そうか。……そうだったっけ?」

「そうだったか、と過去形で訊かれると違うんだが」

「では占い師ではないのか」

「いや占い師だ」

「どういうことだ」

「一昨日から占い師に、こう、なんかなった」

「なんか」


 最近、村では転職でも流行っているのだろうか。


「本物の占い師は俺だ。だから、その女はニセモノだ!」

「なんですって!」

「ふふふ、油断したなバカめ! 占い師をCOさせてもらおうじゃないか」


 村人の男が訊く。


「COってなんだ」

「……え。いや、なんだろ……わかんないけど」

「一酸化炭素のことか」

「たぶん……」

「なぜ急に一酸化炭素の話を」

「わからない」

「占いでもわからないのか」

「そういう……あの、占い師じゃないんで」

「お前なんなんだ」

「いや。まあ、とにかくだ!」


 ふたり目の占い師の男が言う。


「そしてわたしは村人――お前を占った!」

「私か。そうか。おいくらだ!」


 結婚したい村人が瞳を輝かせてそう訊いた。


「え、いや……えっと、値段か……いや、でも勝手に占ったし……」

「無料なのか」

「まあ」

「それでどうやって占い師として生計を立てるんだ」

「わかんない……」

「占い師ってなんなんだよ」

「う、うるさいな! 役職も持っていないただの村人が!」

「なんだと」


 村人が怒る。


「役職なら持っている!」

「ほう! どんな能力かな!?」

「私は――え、能力?」

「役職持ちならそれ相応の能力があるだろう」

「なんだそれは」

「なんだそれはって……なんだろうな。いや、知らないが……」

「適当なことを言いおって」

「なんかそういうことになってるはずなんだけど……」

「言っていることの意味がわからない」

「なんだよ! それならお前だって自分の役職を言ってみろよ」

「村長だが」

「ああ、そうだった……」


 村長だった。

 偉い。


「すみません、ちょっと調子乗りました……」

「お前、村長様に舐めた口叩くなよ」

「うう……俺だって、いきなり、そんな、占い師とか言われてがんばったのに……わかんないよ。なんだよ、寝不足になっても初めての占いを張り切ってやったのに……なんでこんなに責められないといけないんだよ……」

「わ、悪かったよ……」


 落ち込む男占い師に、気を遣って実は村長だった村人が訊く。


「そうそう、それで? 占いの結果はどうだったんだ!」

「あ、そうそう。それそれ」

「さあ教えてくれ! 私の運命の相手はいずこに!」

「いや……そういうのは、だから、わかんないんだけど……」

「お前それでも占い師なのか」

「仕方ないだろう!」


 かぶりを振って、それから男占い師は言う。


「君は村人だ」

「知っているが」

「……しかも村長だ!」

「そうだな」

「そうですよね……」

「お前は何をなんのために占ったんだ」

「わからない」


 しかしそれがこの世界のルールだった。


「とにかく! 俺が占い師である以上、その女は占い師ではない」

「なんであんたにそんなこと言われなくちゃならないの!」


 当然、男占い師の言葉に、女占い師も黙っていない。


「なぜなら俺こそが本物の占い師だからだ!」

「みんな、騙されないで。私こそ本物の占い師なの。あいつは偽者――騙りよ!」

「なんだとこいつ、一昨日までただの主婦だったくせに」

「あんただって突如いきなり占い師になったってどういうことよ」

「……なあ」


 と、そこで村長が言った。


「別にどっちも占い師でいいじゃないか」

「えっ」

「えっ」

「どっちも本物じゃダメなのか」


 占い師ふたりは迷った。


「そういうのは……え、どうなんだろう……」

「いやでも、やっぱりルールとか、ほら、村の人数とかも関係してくるところだし……」

「ああ。それは、アレか。やっぱり競合する職種があると需要的な」

「いやそういうんじゃなくて」

「そうじゃなくて。ルールがやっぱり……あるから……」

「君らはさっきから何を言っているんだ。ルールっていったいなんだ」

「わからない」

「わからない」

「君ら揃って実は人狼じゃないだろうな」


 首を振るふたりであった。

 そのとき、また別の人間が声を上げる。

 今度はふたりだった。


「ふふん。何を隠そう我々も実は役職持ち」


 それは村いちばんの器量よしと名高い少女と、


「ちー」


 村で最も幼い女の子だった。


「君たちにも役職があるのか」

「あるわ」

「わー」

「それはいったい」

「わたしたちは共有者よ!」

「よー」

「共有者ってなんだ」

「……さあ?」

「さー」

「わからないのか」

「わからない」

「いー」

「じゃあ何しに出てきたのだ」

「わたしたちは、その、お互いが村人であると確信できるの」

「のー」

「どうして」

「どうしてって……なんか、こう……感覚で」

「でー」

「何ひとつ信用できない」

「そんな」

「なー」


 ふたりは帰っていった。

 また別の男が来た。


「俺は狩人」

「そうだな。知っている」

「ああ。じゃあな!」


 帰っていった。

 またさらに別の人間がやってくる。


「君も役職があるのか」

「ああ」

「君はいったいなんの役職を持っているんだ?」

「料理人だ」

「料理人」

「そう。料理人をしている。ご存知だろうか」

「よく店に行っているじゃないか……」

「ええ! いつもご贔屓、ありがとうございます」

「で、料理人は村人とは違うのか」

「いや……まあ村人なんだけれども……」

「では能力はないのか」

「いや、能力はちゃんとあるぞ」

「料理人も能力があるのか」

「料理が上手い」

「そうだな」

「村唯一の料理店をよろしく!」


 宣伝であった。


「結局、いったい誰が犯人なのかしら」

「なんの情報もないな……」


 占い師のふたりは呻いた。

 そこで、最初に喋っていた霊媒師が口を開く。


「あの。僕の霊媒によると、吊られたのは確かに人狼でした」

「それは本当か」

「ええ。霊媒なので間違いありません」

「信用度が低いんだが……そんな超能力みたいな……」

「そんなこと言われたって……」

「だいたい、君だって霊媒師ではなかっただろう、つい先日まで」

「まあ」

「それでなぜいきなり霊媒ができる」

「わからない」

「だいたい霊媒師ってなんだ。どうやって殺されたのが人狼だと判断したんだ」

「それは、ほら……ひと晩使って、こう、吊られた人狼の霊魂を呼び出して、みたいな……」

「みたいなって」

「とにかくそんな感じです」

「じゃあ、その人狼に仲間を聞けばいいじゃないか」

「いや、そういうのは、ちょっと」

「なぜできない」

「わからない」

「実はお前が人狼の仲間なのではないか?」

「わからない」

「わからないのか……」

「何もわからない」


 こうして霊媒師は吊られた。



     ※



 翌日。村ではなく近隣の森の潜んでいた人狼によって村人たちは普通に全滅した。

 森の入口の碑文には今、なかったはずの文字が続けて刻まれている。




 い、いちばん怪しい奴から吊ろう。

 ろ、ろくでもない奴は全員吊ろう。

 は、犯人は最後に残った奴だから。

 に、人間って本当にバカだよねー!




 身内を殺す、人間の猜疑心の中にこそ、狼が潜んでいるのかもしれない(寓話風オチ)。

もう自分でも何を書いているのかわかりません。

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