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紫パンダの尻尾は緑

お正月企画その7

 紫パンダは今、パンダの村の広場で肩身を狭くしていた。

 ここはパンダの村の真ん中にあって、お祭りや村の会議など、みんなが集まるときに使われる。

 けれど今日パンダたちが集まった理由は、決して楽しいことではない。

 裁判である。


「静粛に。静粛に」


 裁判長のパンダがごんごんと、あの裁判長がよく持ってる木製のハンマーみたいなやつで音を鳴らす。

 ジャッジガベルという。

 傍聴席に集まったパンダたちのざわめきを落ち着かせるためにある。


「静粛に。静粛に! そこ! 笹を食べるのをやめなさい」


 傍聴席で笹を食べていた数頭のパンダが、決まり悪そうに笹食を中断した。

 それを見て取ってから、裁判長が改めて裁判の開始を宣言する。


「では、これより裁判を執り行う。被告パンダ」


 裁判長のパンダの威厳ある声が響いた。彼はパンダの村の長も兼任している。

 声のあと、告発された被告パンダである紫パンダが前に出た。所在なさげに不安そうな様子だ。


「まず名前を述べなさい」


 裁判長のパンダが言った。


「紫パンダです」

「今回、被告・紫パンダは告発された。申し開きがあるのなら、この場で述べよ。また被告パンダには弁護パンダを呼ぶ権利が保証されている」

「あの……裁判長」

「なんだ」

「ぼくはどうして訴えられてしまったのでしょう」


 紫パンダは温厚なオスパンダだ。

 質素に、村の端のほうで、笹を食べて暮らしている。

 そんな紫パンダは、だからこうして自分が訴えられている理由がわからない。

 何か村のパンダたちの気に障ることをしてしまっただろうか。

 紫パンダは不安に思っていた。


「うむ、当然の疑問だ。では訴状を読み上げる」

「お願いします」


 裁判長が笹の葉にさらさら記された訴えの内容を述べる。


「訴え。――色がズルい」

「そんな」


 紫パンダは頭を抱えた。

 なんて酷い。そんな生まれつきのことで訴えられてしまうなんて、差別と変わらないじゃないか。


「そんなことを言われても、どうしろというのですか」

「それは……まあ、アレじゃないか」

「アレって」

「染めるとか」

「そんな白髪染めみたいに言わないでください。第一、なんですか。なんで訴えられる側が出頭するまで告訴内容を知らされていないんですか。そんな司法がありますか!」

「この村、ほら、平和だから……。裁判なんて、わしもやったことないし……」

「自分は白黒の普通のパンダだからって! あなたが白髪染めしたら全身真っ黒ですよ! もう熊ですよ!」

「静粛に! いいから白黒はっきりさせるんだ! パンダだけに!」

「自分が白黒だからって! 自分が白黒だからって!!」


 裁判長はそっと目を逸らした。ずるい。

 染めろと言われても困る。なぜなら彼は紫パンダなのだから。

 紫パンダが紫じゃない色になっては紫パンダじゃなくなってしまうのは自明の理。

 紫パンダは紫でなければならないのだった。


「なぜですか。ぼくが紫パンダだからいけないって言うんですか!」

「さあ……」

「さあって」

「その辺りはあまり詳しく聞いてない」

「適当なんだから!」

「まあまあ。――もちろん、きちんと準備はしてあるとも」


 裁判長が言う。


「では、告訴パンダ。入廷しなさい」

「はい」


 言葉と同時、ひとりのパンダが姿を見せる。

 この裁判の告訴パンダであった。紫パンダを訴えたパンだ。

 違う。

 パンダだ。


「あっ!」


 その姿を見て紫パンダは酷く驚いた。

 何を隠そう、告訴パンダは紫パンダの友パンダだったのだから。


「なぜ君が!」

「…………」


 告訴パンダは黙して答えない。

 裁判長が問う。


「では、告訴パンダよ。告訴内容を述べたまえ」

「――はい」


 粛々と、告訴パンダは裁判を進行させようとする。

 紫パンダは裏切られた気持ちだった。真っ当に生きてきたのに……どうして……。

 頭を抱える紫パンダの眼前で、告訴パンダが訴えの内容を述べる。


「私は、被告・紫パンダを訴えます」

「なぜかね、告訴パンダ」

「はい。――紫パンダの色が、ズルいからです」

「さっきと変わってない!」


 ズルいから。

 ズルいから。

 言う?

 それ言う?

 そんなこと言いますかマジで。ここで。あんた。


「そんな……そんな生まれつきのことを言われてもどうしようもないじゃないか!」


 紫パンダだって別に好きで紫パンダに生まれたわけではない。

 小さい頃は白黒パンダに憧れることもあった。

 けれど折り合いをつけて、そんな自分の個性も誇れるようになって、そうして暮らしてきたのだ。

 それを、こんなところで詰られては堪らない。


「裁判長! その告訴内容は被告パンダのパンダ権を著しく侵害する差別発言です! 撤回を求めます!!」


 弁護パンダが叫んだ。

 だが裁判長は首を横に振る。


「却下する」

「なぜ!」

「なぜかね、告訴パンダ」

「そこで振るのか! それでも裁判長か! 先に聞いておきなさいよ!!」

「聞こえなかったものとする」

「裁判長!」

「あーあーあー」

「裁判長!!」


 裁判長としては次の村長選での得票率を気にするものであった。

 受けるように頷き、告訴パンダの告発が始まる。


「裁判長! 被告・紫パンダの体色はパンダの村の戒律を脅かすものであります!」

「異議あり!」


 弁護パンダも黙ってはいない。


「紫パンダ氏はこの村でも特にパンダ望篤い温厚なパンダです。それは多くの証パンダが……いえ、この村の皆が認めるところでありましょう!」

「異議を認めよう。告訴パンダはより具体的な問題点をあげるように」

「裁判長。では言いましょう。――被告・紫パンダの体色は、パンダの常識を覆す悪しき体色です! まさにパンダにあるまじき色と言えるでしょう!!」


 紫パンダは叫んだ。


「なぜなんだ! 僕が紫だから悪いとでも言うのか!」

「そういう問題ではない。君の色は、パンダとしての決まりを破っている」

「どうして」

「これは哲学的な問題なのだ。パンダはパンダでも紫のパンダはパーンダ?」

「パンダ」

「パンか」

「違う。いや違くて。パンだじゃなくてパンダ。パンダだ」

「パンダじゃなくてパンダとはなんだ」

「そうじゃない! ていうかわかって言ってるだろう! 裁判長!!」


 裁判長は頷いた。異議が認められる。

 だが、紫パンダはまだまだ言い足りない。


「だいたい、僕がダメなら、じゃあ君はどうだっていうんだ」

「な、なんだと」

「君の色だって問題なんじゃないかと言っている」

「裁判長、今は被告・紫パンダの体色の話をしており、本件に私の体色は関係ありません」

「異議あり!」


 ここだとばかりに、紫パンダは叫んだ。


「君だって緑パンダじゃないか!」


 ――まあ私も赤パンダだしなあ、と弁護パンダが言った。

 告訴パンダの緑パンダの緑の顔が赤くなる。

 傍聴席がざわついた。席にいる黄パンダや橙パンダ、藍パンダに青パンダたちも注目の本法廷。

 慌てながら、告訴パンダ・緑パンダが大きな声で紫パンダに訊ねた。


「み、緑パンダの何が悪い」

「紫パンダがダメで緑パンダがいい理由がわからないと言っているんだ」

「緑は、あれだ……ほら、笹と同じ色だし……」

「だからなんだ」

「……あと、なんか、目とかに優しい……みたいな……」

「だからなんだ!」

「自然の色なんだよ」

「僕だって生まれつきの自然色だ」

「いや、違くて、そういう自然じゃなくて。もっとこう山の、なんだろ、木々的な。そういう自然。森とかのヤツ」

「だ、か、ら、なんなんだ!?」

「アース・パンダ・アンド・エコロジー」

「裁判長! 緑パンダの主張は支離滅裂です!」

「だからそういう問題じゃないんだ!!」


 緑パンダは叫ぶ。

 そう。彼は何も紫パンダが紫なことが悪いと言っているわけではなかった。


「――君はパンダの常識を覆す色をしているんだよ!」

「赤だの青だのたくさんいる中で、今さらパンダの常識も何もあるか!」

「いいや! パンダたるもの守らねばならぬパンダの営みがある!」

「喋るパンダの時点で手遅れじゃないか」

「それ言ったらお終いだろうが!」


 緑パンダは言った。


「君が紫なのが悪いと言っているんじゃない。君が――三色(丶丶)なのが問題だと言っているんだ!」


 傍聴席がざわつく

 静粛に! と裁判長は言った。

 緑パンダはその隙を突く。


「裁判長、証拠品として提出したい写真があります」

「認めよう。……次から先に出しといてね、そういうのは」


 緑パンダから証拠写真が提出される。

 そこには、紫パンダの尻尾が写されていた。


「そう! ――紫パンダは、あろうことか紫パンダでありながら尻尾が緑なのです!!」


 紫パンダの尻尾は緑。

 この事実が、法廷に大きな波紋を呼び起こす。

 ここで弁護パンダの赤パンダが言った。


「異議あり! 裁判長、紫パンダの緑の尻尾は実にチャーミングだと村でも評判です」

「異議を却下する。……いや、チャーミングとか言われても」

「裁判長!」

「知らないよ……パンダはみんなチャーミングだよ……」

「くっ!」

「なんでそんな悔しげ?」


 その傍らで緑パンダも言う。


「パンダといえば二色。それが決まりというものです」

「なんだと」

「ですが紫パンダの尻尾は緑。彼は白、紫、そして緑の三色を保有している。これはパンダ法の侵害だ!」

「パンダ法ってなんだ」

「パンダの法だ」

「二色じゃないパンダが罰せられる法なんてないだろ。嘘をつくなよ」

「裁判長!」


 緑パンダは無視した。


「これは明確な、いや明白なパンダ権の侵害に当たります!」

「お前」


 紫パンダは言った。


「さては自分と同じ色だから言ってるだろう」

「当たり前だ!」

「野郎、開き直りやがった」

「うるさいな。緑パンダにだって緑パンダの権利とアイデンティティがあるんだ」

「個性が被ったからって逆恨みで裁判まで起こすか普通」

「だってズルいもん」

「だってズルいもん」

「そんな、一頭だけそんな、三色とか。そんなん、あれじゃん。おかしいじゃん。パンダクライシスじゃん」

「パンダクライシス」

「しかも緑。よりによって緑。どうして僕のキャラに被せてくるんだ畜生!」


 緑パンダの悲痛な慟哭が、村の広場に響き渡る。

 紫パンダは思った。

 ――いや、知らねえよそんなん。


「裁判長。そこまで言われては僕も黙ってはいられない」

「何か答弁があるかね」

「ええ」


 裁判長の確認に、紫パンダは重々しく呟く。

 思えば、長い付き合いであった。だからこそ紫パンダは言わないことがあった。

 なぜならここはパンダの村。

 いろいろな色のパンダが彩り色とりどりに暮らしている。

 それは個性だ。本来なら尊重されて然るべき当然のものなのだ。

 だが、もはや紫パンダに容赦はない。


「では裁判長。――傍聴席をご覧ください」

「普通に見えてるが……」

「何が見えますか」

「パンダ」

「そうパンです」

「いやパンダだ」

「そうですパンダです」

「今お前間違っただろうが」

「どんなパンダがいますか」

「無視か」

「お答えください、裁判長。これは本件においてとても重要な案件です」

「まあ……そうだな。いろいろな色のパンダがいるな」

「そうでしょう!」


 紫パンダは傍聴席を指差した。

 その先には、さきほど笹を食っていた黄パンダがいる。


「では緑パンダにお訊ねしましょう」

「……なんだ」

「彼、黄パンダはいったい何色ですか」

「異議あり。裁判長、傍聴席のパンダの色と本件は無関係です!」

「異議あり! 裁判長、パンダの色について議題になっている以上は無関係と言えません!」

「よろしい。では被告パンダ、続けるがよい」

「ありがとうございます、裁判長。さあ答えてもらおう。あの黄パンダはいったい何色のパンダだ!」


 黄パンダは周りをきょろきょろ見ていた。


「……いや、黄色だが……黄パンダだし……」


 緑パンダは言う。

 だが紫パンダは首を横に振る。


「正確にお答えください」

「なんだと。黄色だろうが。違うのか」

「まあ黄色ですが」

「じゃあ黄色じゃないか」

「ですが黄色だけじゃないでしょう」


 あなたが言ったことですよ、と紫パンダ。

 緑パンダは、はっと目を見開いた。


「パンダは二色。そう言いましたね。ええ、そうかもしれません」

「……な、何が言いたい……?」

「お訊ねしているのはこちらです、緑パンダ。さあ答えてください! 黄パンダは、何色の、何!?」


 ヒルナン〇スの三色ショッピングのときの南〇キャンディーズ山里〇太の如く紫パンダは問うた。


「……黄パンダは……」


 緑パンダは答えた。


「黄色と、白の……二色のパンダだ」

「では赤パンダは」

「赤と白のパンダだ」

「青パンダは」

「青と白」

「では最後に問いましょう。――あなたは、何色ですか!!」


 苦々しげに、緑パンダは目を伏せる。

 だが、答えないわけにはいかない。

 歯噛みをしながら。それでも、緑パンダは自分の色を述べた。


「緑と……黒だ」

「これをどう思いますか、裁判長!」


 どうだろう……と裁判長は思ったが言わなかった。

 紫パンダが続ける。


「パンダといえば普通は白と黒。ええ、そうかもしれません。しかしそれは所詮コモンパンダです」

「コモンパンダ。え、コモンパンダ?」

「ええ。我々のような色を持つレアパンダもいます」

「酷くない? ねえ今、わしのことコモンっつったよね? 自分のことレアって?」

「どうですか。色パンダと聞いて、普通はどう思いますか」

「普通はいねえと思うよ」

「普通は黒い部分がほかの色に変わって、白い部分は残っていると思うでしょう!」

「お前もうわしの話聞いてないだろ」

「赤パンダなら赤と白。青パンダなら青と白。もちろん私、紫パンダも紫と白です。まあ尻尾は緑ですが、しかし!」


 びしいっ! と緑パンダを指差し。

 紫パンダは言った。


「緑パンダは緑と黒! 白い部分が緑に変わっている!! これだって充分におかしいでしょうが!!」

「そ――そんな酷いことをよくも!」


 狼狽える緑パンダであった。


「やかましいぞ、この顔面緑!」

「顔面緑!?」

「そうだ、他パンダのことが言えた義理か!」

「くううぅぅぅぅ……っ」


 ついに緑パンダが膝をつく。

 決着はついた。

 弁護赤パンダが裁判長に告げた。


「もう、いいでしょう。裁判長、判決を」

「……うむ」


 重々しく頷き、そして裁判長が判決を告げる。


「――被告・紫パンダを無罪とする!」


 こうして裁判は終わった。

 俯く緑パンダ。そこに紫パンダが近寄っていく。

 緑パンダは皮肉げに笑った。


「なんだ。敗北パンダを笑いにきたか」

「違う。……もういいだろう」

「紫パンダ……」

「みんな違ってみんないい、というヤツじゃないか。見てみろ、この村を。十パンダ十色の個性。素晴らしいとは思わないかい?」

「……ああ、すまない……僕が、間違っていた……!」


 涙を流す緑パンダ。彼の緑の顔が涙に濡れる。

 だが、これでいいのだ。

 生まれついての色を誇っていい。好きな色があるなら染めたって構わない。

 その自由を、個性を――皆が認め合えれば素晴らしい。

 そういうことだった。


「前から思ってたんだけどよ」


 緑パンダが言う。


「なんだ、緑パンダ」

「紫パンダ。お前のその緑の尻尾、チャーミングだぜ?」

「……お前こそ」


 紫パンダが笑う。


「その緑と黒のコントラスト、笹団子みたいで美味しそうだと思ってたよ」

「フォロー下手かお前」

「えっ」



     ※


 その後、再び平和を取り戻したパンダの村では毛を好きな色に染める文化が流行し、老いる頃には若いときの無茶で毛が抜けてみんな全身が禿げた。

いい話だった……あと3つ!

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