釈然探偵白河黒船
お正月企画その1
ツイッター上で『タイトル』を募集し、そのタイトルで短編を書く企画です。
絢爛雅な華の都。モダーンシティ帝都東京は心臓部、ギン=ザの街は、夜に目を覚まし昼に眠る。
彩りが目に忙しいネオンサインも、太陽の明るさにはさすがに勝ち目がない。とはいえ煌びやかなイルミネイションも、窓を閉め切りカアテンで塞いでしまえば、あとは眠りを邪魔するものではなく。
「ああ……実に、ハアド、ボイルドぅ……!」
格好いい(当人比)寝言を零すのは、このギン=ザ・シティの一角に事務所を構える名探偵。
すなわち――白河黒船だったのであります。
まあ。
もっともギン=ザはギン=ザでも、裏路地奥まり安普請、ビルヂングと呼ぶのもおこがましい、くたびれた一室を事務所と言い張っているだけで。色とりどりのネオンサインも、この事務所までは届きますまい。
明るい赤も優しい緑も、こんな事務所には似つかわしくなく。
白と黒と、あとはせいぜい灰色だけが、この事務所の中の彩りなのですが。
「ほら、黒船さん。そんなとこでぼさっとしてないで、さっさと起きてくださいよう」
わたしはゆさゆさ黒船さんを揺り起こします。
黒船さんは、ソファに身体を預け、無駄に帽子で顔を隠しながら眠る振りをしていました。顔なんて覆わなくても光は入って来ませんし、そんな余裕があるなら衣服を着替えろと言うのです。
「む……なんだ、後輩くん。せっかくの午睡を邪魔しおってからに……」
「アンタどうせ昨日もずっと寝てたんでしょーや」
だいたい、この時間に起こすよう言ったのは黒船さん当人です。
律儀に起こしに来た後輩探偵に、この言いようはないというものでしょう。
「……あいかわらず、やさしくない……」
釈然……とブツブツ小うるさい黒船さんを「いいからさっさと」とわたしは起こします。
なにせ今日は、久々に依頼を請けての出勤日。我らが白河探偵事務所始まって以来の大口のご依頼なのですから。
普段はとんと役にも立たない、ものぐさ野郎の黒船さん。こんなときくらい活躍してもらいたいものでした。
「ほら、起きてください。今日はお仕事でしょう? まさか忘れてたとは言わせませんよ?」
「……そうだっけ?」
のらくらと起き上がる黒船さん。襟を整えながらそんなひと言。
マジはっ倒しますよってんですよコレ。
「黒船さーん……?」
じとり、不満を込めて睨んであげるとします。
せっかく探偵になれたのです。たまの活躍の機会を、わたしは逃したくありませんでした。
「……ん? あ、ああ……そうだったそうだった。今日は仕事か……いやいや、もちろん忘れてたとは言わないよ」
「言ってないだけでしょーが」
「そんなことを言っている場合かね! さあ支度は万全か後輩くん。出かけるとしよう!」
「野郎ぉ……」
素知らぬ顔の黒船さん。本当にムカつきますね、この男は。
ですが、こんなんでも一応、わたしにとっては先輩探偵なのですから。
働くと言うなら是非もありません。
さて。さっそくお仕事に向かうとしましょう。
――ああ、申し遅れました。
わたし、この白河探偵事務所に出向中の駆け出し探偵。
今は助手として先輩を手助けする美少女後輩。
名は、……そうですね。では、Aとでも仮にしておきましょうか。
いえいえ、構わないのです。わたしの名前など重要ではなく。
この物語はあくまでも、探偵・白河黒船を中心とした物語になるはずなのです。
こんなぼんくらボンボン丸でも、探偵としてはそこそこ業界に知れ渡っている黒船さん。
彼は、人呼んで――釈然探偵といいました。
※
釈然としないのはこっちだ、というようなやり取りを経て、わたしたちはお出かけをします。
向かったのは、とある田舎町――匿名性を重視してS町とさせていただきます。
道中、上手くもなければ、かといって死ぬほど音痴というわけでもない、実に微妙なラインの結論下手くそな歌唱力で黒船さんが歌う『船頭小唄』や『当世銀座節』に、嫌々合いの手を入れなどしつつ。
陽もとっぷり沈む頃、わたしたちは目的地、《F家旧邸宅》に辿り着きました。
「ふん、田舎だな」
武蔵のド田舎で幼少を過ごした黒船野郎が上から呟きます。
何様なのでしょうか。
「まったく、カフェーのひとつもありそうにないじゃないか、ええ? 退屈な旅になりそうだな……」
「一回しか行ったことないでしょう貴方。社交とか無理でしょうコミュ力ないし」
「…………」
「言うほど別にギン=ザにも馴染めてないですよ、黒船さん」
「――落ち着いた、いい雰囲気の町だな」
落ち込んで、いい雰囲気に話を誤魔化す黒船さんでした。
そういうとこですよ、この人は。すぐイキる。
確かにギン=ザといえば資生堂パーラーや三越百貨店などのひしめく流行の最先端。赤レンガ街を歩けば、それだけでまるで銀幕俳優にでもなったかのような気分。自分を見失う気持ちもわからなくはありません。
が知ったことでもありません。
「俺は河原の枯れすすき……」
ちょっと喧しいですよ、黒船さん。
さてさて。
F家と申しませば、かつては貴族院議員も輩出していた名門です。華族令以降、子爵に列せられた当代当主、子爵様直々のご指名とあれば、零細事務所の白河探偵事務所としても名を上げる好機です。
玄関へ向かい女中さんの歓迎を受け、さっそく中へと案内されました。
邸宅内部は、それとなく西洋風に仕上げられた新しいもの。別荘のひとつなのでしょうか。
「あんまりどんよりした感じがないな……」
女中さんに廊下を案内されつつ、ぼそっと黒船さんが呟きました。
聞かれていないか不安になりながら、わたしも小声で応じます。
「いや、何言ってんですか。いいことじゃないですか」
「えー……? もっとこう……浪漫? が欲しいじゃない」
「はあ?」
「旧家の血に塗れた歴史とか、陰惨な風習とか、そういうフックがシナリオに欲しい」
「何言ってんですか頭おかしいんですか」
「君はそれでも探偵か!?」
「アンタそれでも探偵ですか」
平行線のわたしたちでした。
「――こちらです。当主様はすでにお待ちですので、中へどうぞ」
廊下の突き当りで女中さんが言いました。ここがご当主様の書斎という模様です。
「エログロナンセンス……」
という黒船さんの小さな呟きを、わたしは聞き逃しませんでした。
ませんでしたが、それはそれとして無視です。
※
この日は、F家当主様の還暦を祝うパーティが開催されるとのことです。
夜、親しい知人や親族だけを招き、ささやかに催されるというお話。ですがどうも子爵様、最近は体の調子がよろしくなく、また、どうにもよくない胸騒ぎがする、と。
そしてその直感を裏付けるかのように、子爵様本人宛に命を狙うとの脅迫状が届いたようなのです。
事態を危惧した子爵様は、伝手を頼ってこの白河探偵事務所に護衛の依頼しました。
醜聞を厭うお華族様。警察機関を頼るわけにはいかなかったのでしょう。
滞りなくパーティが進む最中、我々ふたりはお客様方の仔細を観察します。
「さて。この状況で子爵様の命を狙うのは誰だろうな?」
黒船さんの呟きに答えます。
「真っ先に疑わしいのはご長男でしょうね。当主が亡くなれば、家は彼のものになります」
「……うん」
「また奥方様とも不仲という情報を入手しました。可能性がないとは言えませんが、果たして脅迫状まで出すでしょうか……パーティの日を狙うとなると、普段はここに訪れない人間がやはり怪しくなりますね」
「うん。まあ、うん。そうだね。うん」
「となると招待客の中では……そうですね。造船業のD氏などが、調査によれば子爵様に借金があるとか」
「うん! まあ、そうね! ごめんね! あの、ちょっと――」
「あとは逓信省にお勤めのR氏が、どうも個人的な恨みがあるとの情報を確かな筋から得ています。帝大卒の若き英才と評判の彼ですが、あるいは――」
「いっかぁいっ!」
黒船さんは叫びました。
一瞬、近くのお客様方がこちらを見遣ります。
「なんですか、先輩。うるさいですよ」
「うん。いやうんじゃねえよ。一回。一回待って、一回。一回」
一回を連呼する黒船さんです。
わたしは訊きました。
「そんなに的外れなことを言っていましたかね……?」
「違う。違くて。そうじゃなくて。いや的は射てんだけどさ。そうじゃねえだろ。むしろなんで射てんだっつー話」
「はい?」
「だって違うでしょそこは違うでしょう。外せよ。そこは的外してくとこだろ。なんかトンデモ推理を適当に披露して、それを俺が修正していく感じの展開がベターじゃん。なんで? ねえなんでそんな優秀?」
「その怒られ方は予想してなかったんですけど……」
「えぇ、おかしいな……。ここは絶対、助手に対して経験でマウント取っていくターンだったじゃん……これじゃ俺の出番とか別にないじゃん、いらないじゃん……。もうお前ひとりでやればいいじゃん……」
面倒臭い人でした。
※
深夜。なんやかんやいろいろあって部屋で子爵が死んでいました。
密室殺人でした。
専門家として、さっそく書斎に駆けつけます。
家に残っているのは容疑者の皆さん。時間的に犯人は、泊まっている人間に限られるでしょう。
SAN値チェックです。0/1D3でお願いします。
「……亡くなっている」
遺体を見分し、黒船さんが呟きます。
医師ではありませんが、なんのかんの経験豊富な探偵さん。この程度はお手の物です。
「バカな、親父……っ! どうして……!」
「ああ、あなた……!」
悲しむご家族の姿。けれど油断はできません。
おそらくはこの中にこっそり、ほくそ笑む犯人が潜むことでしょう。
「……この匂い」
ハッと気づいたように黒船さんが言います。
わたしも気づきました。
「毒物!」
「ああ、この独特のアーモンド臭は青酸カリの特徴だ!」
ご長男が言いました。
「見ろ。親父は寝る前にコーヒーを飲む。そこに仕込んだんだろう」
ご次男が言いました。
「なんてこと。とはいえ遺体を荒らすわけにはいかないわ」
奥方様が言いました。
「ここは探偵さんに任せて、我々はお広間に集まるとしようか」
社長D氏が言いました。
「ですね。申し訳ない、任せてもよろしいですか」
役人R氏が言いました。
「広間のほうの支度は整えて御座います」
女中さんが言いました。
「あ、はい」
わたしが呟き、皆さんは素直に部屋を出て行きました。
なんという手際でしょう。
「皆さん気丈に振る舞われていましたね」
わたしは黒船さんに声をかけます。
黒船さんは言いました。
「なーにこれぇ」
「は?」
「なんでみんなあんな素直? 違うじゃん。そこは捜査の邪魔するとこじゃん。なんで優秀? おかしくない?」
「いいことじゃないですか」
「知らねえよ。つかこれ以上もう何を調べろってんだよ。死因まで判明しちゃったよなんだこれ」
「何が不満なんですか……」
「釈然としない」
「釈然って」
「SYAN値チェック。1/1D6+1です」
「SYAN値ってなんですか」
「釈然としない値」
「バカじゃないですか」
「黒船は釈然を7失った」
「最大値だ……」
判定に失敗した模様です。
いろいろ調べて、我々は大広間へと戻りました。
「どうでしたか!?」
広間に戻るなり、詰め寄ってくる皆さん。
これ以上、黒船さんの機嫌を損ねても面倒なので、わたしは任せて下がっていることにします。
うふふ。できる後輩でしょう?
「ええ。おそらく死因は毒と見て間違いないでしょう」
ゆっくりと言う黒船さん。
探偵らしい台詞ができてご満悦のようです。
さあ推理パートですよ。
まずはご長男が黒船さんに訊ねます。
「やはり青酸ですか」
「ええ。というのも――」
ご次男さんも。
「毒物の入手先はわかりましたか」
「いえ、それはま、」
皆さんどんどん入ってきます。
「そういえば部屋に瓶が転がっていましたわね」
「あ、はい。たぶんあれに毒が」
「あの瓶には見覚えがありますね。確か子爵様がお取引先の工場で薬品関係も扱われていたかと」
「あーじゃあ出どころは、」
「部屋には鍵がかかっていたんですよね」
「そうですね女中さんと扉を壊して、」
「コーヒーを持っていったのも女中さんでしたか」
「えっと」
「だが親父がこの時間に飲むことは皆が知っていたはず。カップに毒を仕込む分には誰でもできただろう」
「あの」
「パーティの準備で厨房には誰でも出入りできる状態だったしな。親父はいつも同じカップを使う」
「ちょっと」
「アリバイはどうだ?」
「ねえ」
「確たるものは誰にもないことがわかっていますね」
「ねえって」
「マスターキーは使用人室だったか?」
「おい」
「いや女中に持っていかせる分には部屋に入る必要がない」
「こら」
「間違いないのは、この中に犯人がいるということだけのようですな」
「聞いてー」
「親父はパーティのときも同じカップを使っていた。そこで一度洗ったと考えれば、犯行はそのあとだ」
「もう俺の仕事ないんだもんなー」
「とにかく、今夜は皆、同じ場所で固まって過ごすべきだろう」
「俺が言うはずのことぜーんぶ言っちゃうんだもんなー」
「ああ。外部犯の犯行という可能性もゼロではない」
「そうだなー」
「悪いが探偵さんたちも付き合ってくれるかい?」
「釈然としねえよなあー」
「そこをなんとか」
「そこだけ聞いてんだもんなー」
「では、そうしようか」
「もうこんなとこにいられるかぁ……」
――俺は帰らせてもらう。帰りたい。帰らせてよぅ……ぐすっ。
涙ちょちょぎれている黒船さんであったとさ。
とまあ、そういうことになりまして。
わたしは、悄然と肩を落とす黒船さんに、そっと近づきました。
彼は言います。
「いや、釈然としねえーっ!」
これこそ釈然探偵です。
※
翌朝、警察が来ました。わたしたちは取り調べのあとに帰りました。
奥方と不倫していた造船業のDさんが犯人だということがのちほどわかりました。
さすが優秀です。
釈然探偵白河黒船は、あなたからの依頼をいつでもお待ちしております!
完!




